クリア・改
シャインは魔法が苦手で、上手く扱えない。
魔法杖を持てば少し扱えるが、すぐに壊れる。近接戦闘が得意なシャインに魔法は不向き過ぎた。扱える魔法も初級魔法までで、実践で使えるわけもなく剣に落ち着いていたわけだが……。
「シャインが魔法を使えるようになっちゃった……。まあ、魔導書より使いやすいってことかな。でも、こんな方法なら多くの者が使えそうだけど……」
「一種の魔道具と同じだよ。この木製の板に書いてある魔法陣は『ウォーター』の魔法陣なんだ。だから『ウォーター』でしか使えない。でも、魔道具って案外簡単に作れるんだね」
ライトは魔道具が作れてご満悦だ。魔道具に人生を捧げている人が聞いたら激怒しそう。
「魔道具は剣に魔法を纏わせたり、光を灯したりするのが主流だった。魔法を放つ道具はあまり無かった印象だったから、掛け合わせで威力が上昇するなら、使うのもありかも……」
ライトは顎に手を置き、魔道具の市場まで知っているのかと突っ込みたくなるものの、彼の考えを邪魔するのは悪いと思った。
「魔道具で一種類の魔法しか使えないと言う問題なら、魔法陣を取り換えればいいんじゃないかな? 剣身を取り換えるのは難しいけど、この形なら容易……」
ライトは物凄い思考回路の速さで、魔道具の問題をさらっと解決してしまいそうな雰囲気を放つ。彼は設計図を取り出し、軽く改良を重ねると先ほどまでなかった弾倉部分が生まれた。
「板に魔法陣を書いて用途に合わせて入れ替えられるようにしてみた。別に、外側に魔法陣が無いといけないわけじゃないし、発生した魔法がこの細い通路を通って詠唱で発動した魔法陣に入ると言う仕組み」
ライトは使用できる魔法を入れ替える仕組みを考えた。魔力という名の弾丸は私達の体の中にあるので、取り換える必要がない。そう考えると、拳銃より危なくない?
ベスパはライトの設計図通りに魔道具を作り、魔法陣が取り換え可能な品を持って来た。弾倉に似た板にライトが完璧な魔法陣を描いていく。
「良し。『ウィンド』『サンダー』『ロック』の三種類の魔法陣が掛けた。シャインは水と風、電気、土の属性が使えたよね?」
「た、確か……」
――えぇ、シャインも魔法の才能があるんじゃん……。使えないの勿体ないな。
シャインは板を魔道具に嵌めこみ、しっかりと握る。
彼女の体はライトよりも頑丈で、手の皮も分厚い。通常の人よりも確実に体が強いから反動にも耐えられた。もしかすると、シャイン専用武器なのでは?
「『ウィンド』」
シャインが詠唱を放つと風の塊が岩を破壊する。
「ただの『ウィンド』じゃ、岩は絶対に壊せない。でも『ウィンド』が二回合わされば『ウィンドショット』の威力になるんだ。やっぱり魔法は面白いなぁ~」
ライトはシャインの姿をみて、自分でも試していた。
魔法陣を二枚出現させて『ウォーター』を放つと言う方法だ。全く同じ魔法を同時に二枚出現させるのは簡略化された詠唱で行使するのが難しいらしい。そのため呪文になっていた。
「うーん、これじゃあ、普通に『ウォーターショット』を撃った方が速い。はぁ……。だから、需要が無いのか……」
――いや、そもそも同じ魔法陣を同時に二枚出すのも一般人には難しい技術だから。そんな無駄なことをして中級の魔法にするなんて……。
「初級と初級を合わせたら中級になるのなら、上級と上級を掛け合わせたら特級になると言うことかな……?」
「姉さんはやめてよ。姉さんの上級魔法はすでに特級魔法くらい強いから。村を吹っ飛ばす気? この前、村を焼きかけたでしょ!」
ライトは私に怒って来た。さっきは私が怒っていたのに……。
以前、大量の『ファイア』を全方位からベスパに向ってぶっ放した時があった。あの時、ありえないほどの火力が出て、危険すぎる魔法として認定したわけだが、ライトの考えが正しいのならあの威力は特級並みの火力が出ていた可能性が高い。そりゃ、危ないな。
なんせ、特級の魔法は魔法使い最上位のキースさん(ドラグニティ学園長)が暴走していたバレルさんを消し飛ばすために使おうとしていた魔法と同じくらいなわけだから、村が消えずに済んでよかった。ベスパは消し飛んだけど……。
「でも、理論上は上級と上級を合わせたら特級になると思う……。安全が確保できないから実験出来ない……。くうぅ……。キララ平野に実験場を作ろうかな」
「やめときな……。ライトがそんなところに入ったらずっと研究しちゃいそう。仕事がおろそかになるよ」
「そうだよねぇ。はぁ~、早く学生になりたい。そうすれば、ずっと研究していても何も言われないんだよなぁ~。いいなぁ、早く僕も年を取りたいなぁ~」
ライトは学生が自由時間のある人間だと思っているようだ。まあ、あながち間違いじゃないが、ちゃんと勉強の時間もあるわけで……。って、ライトにとっては楽しい時間だから、ずっと自由時間なものか。ほんと、勉強が楽しいって思えるだけで最強だな。
「う、ぐえぇえ……」
シャインは魔力を使い過ぎたのか、地面に嘔吐していた。真面に魔法を使った覚えが無かったのに、万々連射出来てしまうくらい魔法が簡単に放てたので楽しかったのか、限界まで魔力を使ったのだろう。
「こ、これが魔力枯渇症……。き、気持ち悪すぎる……。頭がグラグラするぅ。うぅ、な、なにこれぇぇえ……」
シャインは結構きつい魔力枯渇症を発症していた。
私は魔力をシャインに少しだけ送る。せっかく魔力枯渇症になったのだから、魔力量をあげないともったいない。魔法使いに多くの者がなりたがらない原因が、この魔力枯渇症によるものだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。お姉ちゃん、私、死んじゃうのぉ……。まだ、死にたくなぃ……」
あの強靭な肉体を持つシャインでもここまで言うほど辛いらしい。私とライトは何度経験したか……。私に至っては限界値を無理やり突破するためにベスパに無理やり魔力を放出させ、鍛えていた。今も魔力体を作りながら魔力を消費しなければならない。本当にきつい。
「安心して。死なないから。魔法を使うのが楽しくて仕方なかったんだよね」
「うん……」
シャインは小さく頷いた。弱ると可愛い所が全面的に出てくるんだよなぁ。
「シャインでも使えると言うことは他の子供達も使えるかもね。でも、何度も詠唱を言うのは面倒なんだよな……。なら、数発分の魔力を溜められるようにして、放てるようにすれば」
ライトはシャインの実験を得て多くの情報を得ていた。それだけで私の背筋に怖気が走る。世界とは一人の天才であっという間に変わってしまうんだろうなと……。そんな瞬間を見ているような気がした。
まさか、自分の弟がこの世界の技術レベルを各段に引き上げる存在なのかと。彼が悪の道に進まないようにするために私がこの世界に送り込まれたのではないかと考えることすらできる。
ライトは先ほどの拳銃もどきを改良していった。すると、魔力を溜めて放てるように魔法一八発分の貯蔵用の魔法陣を付けたし、その魔力を引き出せる引き金を付け加えた。もう、それじゃあ、拳銃と変わらないよぉ……。
「できたぁ~。姉さん。これで暴発しなくなったし、何度も詠唱を言う必要が無くなった!」
ライトは魔法が卓越しているが故に、道具が何でもかんでも作れる私と相性が完璧だった。いわゆる、天才の頭脳を持つ者がスリーディープリンターを手に入れてしまったような感覚だ。
頭に思い描いている品を私の便利なベスパと言うスキルが作り出せてしまうが故に、彼の頭の中の怪物はこの世に容易く生れ落ちてくる。
「このでっぱりに指を掛けて引くと、溜められた魔力を使って魔法を放つ。これは一度溜めれば減らないし、時間をおけるから魔力が無くなった時の保険になる。これで、多くの者が魔法を使えるようになるね」
ライトは自分が作った魔道具を握りしめ、岩に狙いを定める。
「『ウォーター』」
ライトの詠唱と共に拳銃型の魔道具が光り銃口に魔法陣が展開する。引き金を引くと魔法が打ち込まれる。『ウォーターショット』の威力となった『ウォーター』が岩をたやすく穿つ。
「そいっ、そいっ、そいっ!」
ライトは引き金を連続で押し込み、両手で反動を押さえながら魔法を放つ。威力は完全に中級魔法で、連射出来るのは中々使い勝手が良い。
「魔力が無くなったら、魔力を込めた魔法陣を付け替えて」
ライトは魔力が無くなった魔法陣が描かれている板を取り外し、魔力が溜まっている魔法陣が描かれた板を嵌めこむ。すると、詠唱を使わずにまた一八発連射していた。狙っている岩は完全に破壊され、見るも無残な姿になっている。人に当たったら痛いじゃすまないな……。
「はははっ! これ、ものすごく楽しいんだけどっ!」
ライトは岩をぶっ壊し、大変ご満悦だ。その顔はとてもカッコイイのだが、なぜか怖い……。この魔道具が国に広がったらさぞかし国力が増強されるに違いない。
なんせ、魔法の射程距離が八〇メートルあるのだ。凄い魔法使いでも魔法が一〇〇メートル飛んだらいい方なのに、連射出来る中級魔法で八〇メートルの距離を飛ばせるなんて悪魔の武器と言っても過言じゃない。
「……でも、悪魔の武器で悪魔を倒せたら」
私の頭の中も大変冴えているようで、悪魔の武器で悪魔をぶっ殺せないか考えた。狂暴な考えだが、この世界にライトが作り出した武器はここにしかない。つまり、悪魔たちは初見殺しを食らう訳だ。相手に何もさせず倒せる武器を持っていれば魔法よりも可能性はあるんじゃなかろうか……。
私の一番殺害性の高い攻撃はベスパとの合わせ技の『ゼロ距離爆発』だ。まあ、ベスパが標的にくっ付いて『転移魔法陣』から着火させる爆弾魔みたいな攻撃だ。『転移魔法陣』が浮かび上がると言う弱点があった。
その点を踏まえると、私ならライトが考えた同じ魔法陣の合わせ技と武器で火力の底上げが出来る。
「ライト……。『消滅』が放てるようになる魔法陣を描いてくれない?」
「『クリア』の魔法陣……。アンデッド特化の武器が欲しいの?」
「そう言うこと。ライトの『クリア』は私も使えない。でも魔法陣があれば使えるでしょ。だから、その魔法陣を使える武器があったら凄く心強い」
「なるほど。いいよ!」
ライトは『クリア』の魔法陣を描いてくれた。あまりにも複雑で読み解けない……。これを数年前に完成させているのだから驚きだ。
「姉さんの魔力量ならもっともっといろいろ組み込めるからより強力な『クリア』にしておくね。『クリア・改』って感じかな」
「『クリア・改』って……。何とも安直。さすが私の弟……」
ライトは魔法陣を描き、魔道具に組み込む。魔力を込めて引き金を引くと光の玉が発射された。どうやら、魔法はちゃんと発動しているようだ。岩の欠片に当たると光の粒になって散り散りになる。
「うーん、僕の魔力量だと威力がいまいち……」
「私に貸して」
私はライトから魔道具を受け取り、両手で持ち手をしっかりと掴み、左脚を少し下げて両脇を閉める。肩が外れないように……。




