デート現場
「イーリスさん、こんにちは。今日もありがとうございます。えっと、小麦と大麦、レモネですよね。すぐにお金を持ってきますから倉庫の方に入れておいてもらえますか?」
「わかりました。えっと、忙しい時に来てすみません」
「いえいえ、これだけ繁盛しているのはイーリスさん達のおかげなので、何もお構いなく」
カロネさんは注文票を見て受け取った後、お金を持ってきてすぐに厨房に戻った。ほんと、今は忙しい時間帯なんだな。
私はベスパにお願いして商品を倉庫の方に送った。
「ご注文がお決まりでしたらお伺いいたします」
可愛らしい女の子の店員さんが私達のもとに水が入った水差しと木製のコップを置いて訊いてきた。
「えっと、特製混合紅茶を一杯と特製混合珈琲を一杯お願いします。生クリームは一カップ着けてください」
「かしこまりました」
可愛らしい店員さんは頭をペコリと下げ、私達の注文を暗記したのち、厨房に注文を通した。ざっと八分後、店員さんが木製の板に二杯のカップと小さなカップを置いて持って来た。
「お待たせいたしました。特製混合紅茶と特製混合珈琲になります。こちら生クリームです」
店員さんはソーサーとカップを置いて伝票が書かれた木版を置いていく。
「では、いただきます」
私は珈琲が入ったカップを取り、匂いを嗅いで脳の興奮を静める。
「はぁー。いつかいでもいい香りです……」
「ほんと、良い香りですよねー。私は珈琲が苦手なので紅茶しか飲めませんけど、紅茶もものすごくいい香りがするんですよ」
イーリスさんは紅茶が入ったカップを持ち、香りを嗅いでいた。ものすごくいい匂いなので大変いい気分になっている。
私達がいる席は一番端。周りに迷惑が掛かりにくい場所だ。プランターのような木製の容器に入っている花々がとても綺麗で、一服するのに丁度良い。
「こ、ここ僕のおすすめする喫茶店なんだ」
入口から入ってきたのは、見るからに光り輝いているカッコいい美少年だった。
「うわぁ~っ! すごい綺麗なお花がいっぱい~。凄い凄い~」
美少年の後方からやってきたのは目を輝かせている茶髪の美少女。
――み、見覚えがあるなぁー。どう見てもライトとデイジーちゃんだ。
私達が一服しているこの時間帯にライトとデイジーちゃんがやってくるとは……。まあ、時間が時間なので被るのも仕方がないか。
「い、いらっしゃいませ。え、えっと、えっと、えっとぉ」
可愛らし女の子の店員さんはライトの姿を見て頬を赤らめ、言葉が出てこない。
「二人席は空いていますか?」
ライトは少女を気にすることなく、微笑みながら訊いた。
「は、はい! 開いています! ど、どうぞこちらに!」
店員さんすらライトの美貌に当てられて真面な対応が出来ない。やはりライトの輝きは本物なのだろう。
「お店の中で子供が働いている場所もあるんだね」
デイジーちゃんは椅子に座りながら呟いた。
「昔はそう言う訳も行かなかったからね。最近はずいぶんと安全になったから、子供達も働きやすい環境なんだよ。ここはお茶を飲みながらケーキが食べられるんだ。デイジーさんも何か食べる?」
「食べる食べる!」
デイジーちゃんは満面の笑みを浮かべながら答えた。
「じゃ、じゃあ。遠慮せずに何でも頼んでよ。僕が全部奢るから」
もう九歳とは思えない発言に私は飲んでいた珈琲を吹き出しそうになりながら、見ていた。
「ライト君とデイジーがお茶してる……。な、なんかいけないことをしている気分です」
イーリスさんはチラチラと視線を送りながら紅茶を飲み、半分ほど飲んだら小さなカップに入っている生クリームを入れてミルクティーにしていた。
ライトとデイジーちゃんがいる場所は反対側なので、あちらから私たちは見えにくい場所だと思う。
「ライト君は何を頼むの?」
「ぼ、僕は珈琲かな」
「えぇ~。ライト君、珈琲が飲めるの~。凄い凄い。大人だぁ~」
デイジーちゃんはライトをべた褒めした。だが、ライトは珈琲が飲めない。苦い品はおこちゃまのライトに受け付けられなかった。
だが、大人っぽいからという理由でライトは発言したのだろう。もう後に引けず、店員さんに注文しなければいけないのだが……。
「ど、どうしよう、どうしよう~。ライト様が来てる~」
「ほ、ほんとだ。ら、ライト様と一緒にいる女の子、誰よ。私達のライト様なのに~」
「ライト様、なんであんな子と一緒にいるの。ものすごく田舎臭い子だよ」
「でもでも、あの子、聖典式の時に歌って踊っていた五人組の子に似てない?」
「えぇ~、他人の空似だよ~。だって、あの五人は輝きまくってたもん」
店員さんの女の子達は集まり、ライトとデイジーちゃんを見ていた。どうも、ライトは街の女の子達に顔が割れているようだ。まあ、イケメンすぎるから仕方ないよね。
「あ、あのー、店員さん。注文いいですか」
ライトは手をあげるも、ライトの注文を取りに行く者がいない。緊張しすぎて誰も話せないのだろう。
「も、もう、仕方ないなぁ~」
厨房から出てきたのはカロネさんだった。カロネさんはライトのもとに向かい、注文を受ける。
「えっと、ライト君。今日はなぜここに……。配達の日じゃないよね?」
「今日は僕の知り合いにお勧めのお店を連れて回っていまして」
「初めまして。デイジーと言います! よろしくお願いします!」
デイジーちゃんはカロネさんに頭を下げ、挨拶をした。本当にいい子だ。
「は、初めまして。カロネです。えっと、なんか知り合いに似てるような……」
カロネさんはイーリスさんの方を一瞬向いた。するとカロネさんとイーリスさんの視線が合わさる。その瞬間、私の姿も目にしたのでライトがいることも合致した。
「あぁ~。そう言うことですか。なるほどなるほど~。もー、ライト君、まだ九歳なのにさすがの手腕ですね~。このこの~」
カロネさんはライトの肩を肘で突く。
「ちょ、な、何か勘違いしていませんか。ぼ、僕はただ、知り合いにお勧めのお店を紹介しているだけですよ。ぜ、全然普通なんですから」
ライトはいつも通りの冷静な表情ではなく、嬉しすぎて肌が常に熱っていた。
「じゃあ、注文を受け付けました。少々お待ちください」
カロネさんは頭を下げ、厨房に戻っていく。
「はぁ~、良い香り~。お花の匂いでうとうとしちゃう。ライト君、ありがとう。こんな素敵な場所に連れてきてくれて。凄く嬉しい」
デイジーちゃんは近くに置かれている花の香りを嗅ぎ、微笑む。もう、無自覚と言うものは最強で、満面の笑みはライトの心臓を軽く打ち抜き、失神させるほどの威力をほこった。
「あ、あぁ……」
ライトは白目を向き、意気消沈している。心臓が持たなかったか。
「こんにちは、席は空いていますか?」
お店の入り口に入ってきたのは顔を真っ赤にしている女の子と手を繋いでいる美少年だった。
「あ、ガンマ君。シャインちゃん。おーい」
デイジーちゃんはガンマ君の声に反応し、呼び寄せた。
「あ、デイジーさん。ライトさんも。外にキララさんの荷台もあったし、どこかにキララさんが……」
ガンマ君はお店の中を見渡した。
「ちょいちょい……」
私はガンマ君を手招きする。デイジーちゃんとライトが丁度二人席に座っていた。私とイーリスさんも二人席だったが、隣の席が空いていたのだ。
「あ、あそこに行こう!」
顔が真っ赤なシャインはガンマ君の手を引き、私達の隣に座る。テーブルを近づけて四人テーブルにした。
「はぁー。お、お姉ちゃん。私、死んじゃうかと思ったよ……」
シャインは私の耳元でぼそぼそと呟いた。両手を握りしめ、胸もとに手を置いている。
「でも、楽しかったでしょ……」
私はシャインの耳元で囁いた。
「……うん」
シャインは小さく頷き、微笑む。緊張しすぎてしまうのはいけないが、そんな初初しいシャインの姿が見れて私は満足している。
「まさか、全員がお店に集合するなんて……。やっぱり思考が似ているんですかね?」
ガンマ君はイーリスさんの近くに座っており、親子のように見えなくもない。
「シャインさん、何か頼みましょうか」
「そ、そうだね。そのために入ったんだし」
ガンマ君とシャインは注文を取り、待った。
「ガンマ君、商品は全部売れた?」
「はい。全部売り切りました。人気があってすぐに売れちゃいましたよ。シャインさんは荷台を引っ張るだけでしたけど……」
「だ、だって、街の中で二人っきりで商売するなんて初めてだったし……」
「村だといつも一緒にしているじゃないですか」
「む、村は村、街は街なの……。あ、あんなに人が一杯いる中で、耳元で囁いてきたり、微笑みかけられたら声が出なくなっちゃうに決まってるでしょ……」
シャインはガンマ君と急接近して心が震えたようだ。もう、指先をイジイジと触り、乙女全開の愛らしい表情になっている。長いまつ毛と大きな目、すっと通った鼻、ぷるんと潤った唇、しゅっとした小顔。もう、私と同じく整った顔立ちの美少女が頬を赤らめ、熱い視線をガンマ君に送っている場面を見るだけでウハウハが止まらない。
「ガンマ君、沢山手伝ってくれてありがとう。いつもデイジーと遊んでくれて本当に感謝しているわ。あの子、お兄ちゃんが欲しいって言っていたんだけど、ガンマ君がお兄ちゃん像そのものでね」
イーリスさんはガンマ君の頭を撫でながら微笑みかけた。
「いえいえ、困っているのならお互い様ですよ。今の僕は人を助けてあげることが出来るだけの余裕がありますし、デイジーさんと一緒に過ごすのも凄く楽しいので、気にしないでください。イーリスさんの笑顔が増えればデイジーさんも元気になります。デイジーさんが元気になればイーリスさんの笑顔が増える。相乗効果でどちらも幸せになれますよね」
ガンマ君は微笑み、イーリスさんに話しかける。考え方が大人だ……。少しの時間が経つと、ライトの意識が戻った。
「あ、ライト君。起きた? 見て見て、ガンマ君とシャインちゃんがいるよ。キララさんとお母さんもいる~」
デイジーちゃんは私達の方に手を振っていた。そう言うところを見るとまだ九歳児なのが納得できる。
「ね、姉さん……。シャイン……」
ライトは私達の姿を見つけた瞬間、頬を赤らめていた。初デートの場面を家族に見られていたと言う物凄く恥ずかしい状況に遭遇してしまったわけだから、そうなるのも無理はない。
でも、外にレクーがいたし、気づかなかったライトが悪い。きっとデイジーちゃんのことばかりで頭がいっぱいになっていたのだろう。
「はぁー。なんか、緊張が抜けちゃったよ……」
「お待たせしましたぁ~。特製果汁でーす~」
何も知らないカロネさんはライトとデイジーちゃんの注文に加え、特製の果実ジュースを持って来た。大きめのグラスにストローのような細い木製の筒が入っており、二人でゴクゴク飲めちゃうね~きゃは~、といった具合のバカップルが好きそうな一品だった。
――か、カロネさん、サービスしすぎ……。




