ボワの角煮
「まず、握り飯からだ。ネード村産の大麦をふんだんに使った。ソウルだけの味付けで食べてくれ」
ウロトさんは綺麗に握られた三角形の握り飯を出して来た。ウロトさんなりにビースト共和国の料理を調べたのかもしれない。すでに焚いていた大麦があったのか、とても美味しそうだ。
白い湯気が立ち、オートミールのような少し平べったい大麦は米よりもプチプチとした触感が特徴的。食物繊維たっぷりでカロリーが低めの食品だ。まあ、米の方が美味しいけど、健康を考えたら大麦とかの方が良いんだよな……。
私とイーリスさんは手をクリーンで綺麗にしてから握り飯を手に持つ。熱すぎず、冷たすぎない丁度良い暖かさだ。ネード村産大麦の特徴の気品ある香りがする。
「では、神に感謝していただきます」
「い、いただきます……」
私とイーリスさんはテーブル席に座った状態で握り飯を手に取り一口。口の中に広がるソウルのほのかな塩味……。プチプチと弾ける大麦の触感が楽しく、一粒一粒が舌の上で踊る感覚がお米を彷彿とさせる。噛めば噛むほど大麦の香りが口一杯に広がり、唾液によって甘味が増してくる。始めに来る塩味のおかげで甘味がより一層際立てられ、咀嚼が止まらない。
「はぐ、はぐ、はぐ、はぐぅ、はうぐぐうっ!」
私は麺を啜るように大麦で作られた握り飯に齧り付いて湯気まで吸いこみ、口一杯で楽しんだ。
「お、美味しい……。凄いです。これ、私が作った大麦なんですか?」
イーリスさんは自分で作った大麦の味がやっとわかったようだ。そう、美味しいのだ。
「はい、この大麦はイーリスさんが作ったネード村産の大麦で間違いないです。もう、他の大麦とは比べ物にならないくらい美味しい品なんですよ」
ウロトさんはイーリスさんが作った大麦をほめちぎっていた。
「こんな美味しかったなんて……」
イーリスさんは握り飯を可愛い一口でパクパクと食べていく。食べている時の顔がとても子供っぽく、食事を大変楽しんでいた。
「つ、次は川魚のレモネ和えだ」
ウロトさんが次に出してきたのは生の川魚を綺麗に捌き、白い身にレモネで作ったソースをあえた逸品だった。独特な香りは無く、レモネの爽やかな香りが何とも鼻腔を擽る。
ルークス王国に生魚を食す文化は無いが、ビースト共和国だとあるのかな?
私は日本で刺身や寿司を食べ慣れているので大して恐怖していないが、イーリスさんは顔を青くしていた。青魚の体よりも青い。
「す、すみません……。な、生の魚は……」
「い、イーリスさん、生の魚は食べられませんでしたか。す、すみません!」
ウロトさんは超特急でイーリスさんの前に置かれた生魚が乗った皿を取り上げる。
「ま、待ってください。せ、せっかく作っていただいた品ですし、食べないのは失礼です」
イーリスさんは生唾を飲み、ウロトさんに凛々しい視線を向けた。
「イーリスさん。生魚が食べられないんですか?」
「む、昔、川で釣った魚を好奇心の赴くまま、そのまま食べたら下痢と嘔吐が止まらなくなってしまって、一度死にかけた思いがあって……」
イーリスさんの子供時代はどうやら結構やんちゃな子だったようだ。川魚をそのまま食べるなんて日本の子供でもしないよ……。まあ、デイジーちゃんみたいな子だったのは容易に想像できるな。
「ウロトさん、生ものを出すときはどこで取れた魚なのかを言うと案外安心してもらえると思います。綺麗な山の小川で取れた魚とか、水が透き通るほど綺麗な川で取れた魚とか」
「なるほどな。えっと、その魚は雪が残る川の畔で釣った新鮮な個体で、寄生虫も付いていませんでしたし、臭いや味見したところ問題ありませんでした。安心してお召し上がりください」
ウロトさんはイーリスさんの前にもう一度皿を戻す。
私はフォークを持ち、川魚のレモネソース和えを突き刺す。ちりばめられた玉ねぎのような白っぽい野菜と共に匂いを嗅いだ。やはり野菜は玉ねぎっぽい。春玉ねぎかな。じゃあ、新玉か。そのまま食べても辛みが少なくてみずみずしいはずだ。レモネの香りはやはり食欲をそそる。酸っぱいと言う脳の危機が唾液の分泌を促した。
「じゃあ、私からいただきます」
私は川魚を口に入れる。口に入った後、しっかりと咀嚼する。白身は柔らかく、しっとりと口の中でほぐれた。魚独特の臭みは無く、レモネの酸味と香り、加えてソウルの塩味、香辛料による刺激が加えられていた。
決して匂いや味で臭みを消そうと言う訳ではなく、川魚特有の身にあるうま味と甘みを上品に引き出している。玉ねぎのような野菜の触感が口の中でシャキシャキと鳴り、食事を楽しんでいると言う感覚がしっかりと味わえた。
「あぁ……。うみゃぁああ……」
私は猫のような声を出し、魚を楽しむ。普段、魚を食べる機会があまり無いので新鮮な魚の美味さを今になって理解した。
「これだから、生魚を食べるのは止められないですよねぇ~! 刺激が強めのレモネをここまでまろやかにしてうま味を上手く引き出すソースに変えているのは流石ですぅ~!」
私は魚大好き系女子だったので、余裕で食べきった。
「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……。こ、この魚は大丈夫。この魚は大丈夫」
イーリスさんは何度も深呼吸を行い、気を静めていた。そのまま、口に含み目をぎゅっと瞑る。しっかりと咀嚼していくと、顔色がすーっと良くなっていった。
「お、美味しい……。す、すごいです! 美味しいです!」
イーリスさんは美味しいと言う言葉しか知らないのか、味のある料理を食し、目を見開いて感動していた。二八年間生きてきてしっかりと味がある品を始めて食べたのだろうか。そう思うくらい、良い笑顔で叫ぶ。
「ほ……、よ、よかった……」
ウロトさんは胸に手を置き、撫でおろしていた。
「はぐ、はぐ、はむ、はむっ~」
イーリスさんの手は止まらず、川魚をあっという間に平らげてしまった。先ほどまで顔色が最悪だったのに、美味しい品を食しただけで、顔が晴れやかになっている。これが料理の力だ。さすがウロトさん、すでにイーリスさんの胃袋を掴むことに成功している。
「じゃ、じゃあ、最後の肉料理。ボワの角煮だ」
ウロトさんはしっかりと煮込まれ、今にもほぐれてしまいそうな角煮を出して来た。あまりにも美味そうで、口の中の涎が滝のように溢れ出しそうだ。
「こ、こんなに美味しそうなボワの肉、初めて見ました……」
イーリスさんも一食目、二食目を境に、ウロトさんの料理の腕がいいと言うことがわかったので、三食目の肉料理があまりにも輝いて見えているのだろう。なんせ、私も輝いて見えている。
「こ、こ、どうやって作ったんですか?」
ボワの角煮は豚の角煮のように茶色っぽく、甘味の匂いも感じた。もう、ウトサと醤油を使っているようにしか見えない。だが、ウトサは高すぎるし、醤油やみりんもこの街に無いことはわかっている。
「このボワの角煮は多くの野菜と果物と一緒にじっくりと煮込んだ。他の素材はドロドロに溶けたが、ボワの肉は他の品よりも硬くて締まっているからな、溶けずに残ったんだ。香辛料とソウルで味を調え、再度煮込んだ。まあ、一日だけしか煮込んでないからもっと煮込めば味が染みる」
ウロトさんの顔がてかっていたのは煮込み料理を行って水蒸気をふんだんに浴びていたからのようだ。
「なるほど、多くの野菜と果物を混ぜ込んで煮たわけですか……」
私はナイフとフォークを持ち、ボワの角煮にナイフの刃を入れる。すると、ケーキを切るようにふわっと切れた。力を入れていないのにすーっと切れたのだ。
肉のタンパク質を柔らかくする酵素を持った果物が煮込まれるときに入っていたのだろう。豚の角煮を作る時にパイナップルを入れたりするのは豚のたんぱく質を柔らかくするパイナップルキナーゼと言う酵素が働いて柔らかくなるからだ。コーラを入れる簡単角煮もあるよなぁ……。あぁ、くいてぇえ~! って、今は目の前にあるボワの角煮を食べなければ。
私は記憶の片隅にある角煮ではなく、目の前にあるボワの角煮に視線を向ける。
「では……。失礼して……」
私は一口の大きさに切ったボワの肉をフォークで刺し、口に運んだ。口に入れるとまず、ボワの脂身が口内の体温で溶けてじゅわぁ~っと広がる。油に含まれている甘味がガツンと舌をつんざき、頭を興奮させた。
その後、歯を使ってボワの肉を噛もうとしたが、舌を動かしただけでボワの肉の繊維が解れていく。この肉、歯がない人でも食べられちゃうんですかぁ~。と言ううたい文句が出来るくらい柔らかい。
油の甘味の後に香辛料のピリッとした辛みとソウルの塩味が加わり、肉の臭みが一切無い。多くの野菜と果物によってうま味が凝縮した肉の味は最あんど高! 全部食べたい! これで、試作品なのだから、ウロトさんはいったいどんな頭の中をしているのだろうか。もう、日本食を彼に作ってもらいたいっ! という淡い思いをひた隠し、ボワの角煮を噛み締める。じゅわぁ、ジュワァあ……、ジュワァぁぁぁああ……と溢れ出すうま味に涙がほろり。
一口一口が幸せ……。もう、日本酒をグイッと一杯いただいて、ご飯もがっがっがっと掻きこみたい! が……、無い。もう、なんでないんだ。あるのは超美味いボワの角煮だけ。
「あぁ……。し、幸せ……。こ、こんなに美味しいボワの肉、食べた覚えが無いです……」
イーリスさんはボロボロと泣きながらボワの角煮を食べていた。その気持ちが痛いほどよくわかる。人の目が無かったら、わんわん泣いているところだ。
「よ、よかった……。お口にあったようですね」
ウロトさんの敬語は少々聞きなれないが、お客さん相手には敬語で話しているのだろう。私は子供だから敬語で話されたことはない。
「ウロトさん! ありがとうございます! こんなに美味し料理を食べさせていただいて、本当にありがとうございます!」
イーリスさんは椅子から立ち上がり、ウロトさんの手をぎゅっと握って満面の泣き笑顔を見せていた。超絶美人のイーリスさんの涙と満面の笑みが組み合わさったら落ちない男なんてこの世にいない。
「きょ、恐縮です。いつもお世話になっているイーリスさんに喜んでもらえたら、俺としても嬉しいです……」
ウロトさんは頬を赤らめ、若々しい表情を浮かべていた。ウロトさんって案外若い方なのだろうか。三〇代かと思っていたが、私がそう思っていただけ?
「う、ウロトさん……。何歳ですか……」
「俺か? 俺は二七だが……。今年で二八歳になるな……」
「ちょ、丁度良いぃ~っ!」
私は何とも理想的というか、なんなら、イーリスさんにとって悪くない条件。同年代と巡り合うなんて、ものすごく理想的。年代が離れていると困ることも多いし、お似合いの二人だ。
私の一押しカップルになってもらいたいくらいだが、ウロトさんはイーリスさんが未亡人で子持ちと言うことを知っているのだろうか。




