喧嘩を吹っかける
私達は市場の中央よりに位置する場所に停止。
「ここが私達の売り場だよ。昔、私がレモネを売っていた場所は販売禁止区域だったみたい。あはは~」
デイジーちゃんは街の規則に従い、許可をしっかりと取って市場で販売するようになっていた。つまり、月に定額の値段を支払っていると言うことだ。それだけ儲けられるようになっているとは……。
「じゃあ、さっさと天幕を作っちゃうよ」
ライトは『転移魔法陣』から素材を取り出し、簡単な天幕を作った。これで雨が降っても問題ない。質も周りに合わせてあり、浮いている印象は無かった。
シャインとデイジーちゃんが商品を売り場に降ろし、見栄え良くしていく。
私は人々の誘導を行った。通路を少々圧迫していたので交通誘導が必要だと思ったのだ。
「進んでください~い、進んでくださ~い」
私は杖を振り、ガードマンのように人々がぶつからないように進ませる。別に私じゃなくてもいいがすることが無かったので率先して行った。この行動力こそ、私の取り得だ。
「良し、商品の陳列が終わった。全部に『掃除』と『消滅』を掛けてっと」
ライトは食品によって食中毒が万が一にも起こらないよう、細心の注意を払い、魔法を使っていた。薬品を使うより人体に害はないはずだ。
並んでいるのは小麦、大麦、トゥーベル、ビーンズ、レモネなど。レモネが売れるか知らないが、売られていると言うことは買うものがいると言うことだ。やっとレモネの良さに気づいた者がいるのかな。
私は二台を裏側に移動させ、レクーの餌と水を与えて宥めさせる。
「ネード村直送、新鮮な小麦や大麦はいりませんか~」
デイジーちゃんは手を振り、多くの者達に声をかけた。
「どれもこれも新鮮でおいしいですよ~」
シャインもデイジーちゃんに負けじと大きな声を出す。可愛い少女の二名が呼子していたら気になって見に来てしまうのが人の性。
多くの人がすぐに寄ってくる。
「こちら、大麦で炊いた握り飯です。よかった食べてください。パンを作るよりも簡単で栄養満点ですよ。もちろん、パンにして食べていただいても何ら問題ありません」
イーリスさんは作って持って来たのか小さなおにぎりを、お盆にのせて皆に配っていた。美人なイーリスさんから微笑みかけられながら「食べてみませんか?」なんて言われたら「はい!」としか言いようがないじゃないか。
「大麦を一キログラムくれっ!」
「こっちは小麦を一キログラムだ!」
「はいは~い、お待ちくださいね~」
ライトは魔法で量を計り、紙袋に入れて渡す。金貨一枚と交換し、量が増えると少し安くなる方式を取っていた。量を買ってもらうための算段だろう。さすがライトだ。
「……あれ、私は?」
私は特にすることが無く、可愛い女の子のまま、看板のように突っ立っていた。
「キララ様は悠々と椅子に座って儲かっているお店を見ていればいいんですよ。女王様なんですからね」
ベスパは質素だが、作りがいい椅子を私に持って来た。
「いやいや、私だけ椅子に座って眺めているだけなんて出来るわけないでしょ。何か、私にも仕事があれば……」
「そこのカッコいいお姉さんっ! 冒険に行くならこのレモネを一個買って行って! 気付け薬になるし、眠気覚ましにもなる。疲れた時に齧れば疲れが吹っ飛んでもっと頑張れるよ!」
デイジーちゃんは慣れた呼び込みで昔は一個も売れなかったレモネをバンバン売っていた。やはり成長するんだなと感心する。
「もう、美味しすぎて手が止まりません! こんなに香り高い小麦は無いですよ! 種から収穫まで端正込めて作り、病気になった稲は一本もありません! それだけ元気な小麦と大麦なんです! 一口噛めばわかります。弾力とうま味、甘味が他の品と大違い。他の品と食べて比べてみてください!」
シャインは美味しさをこれでもかと力説していた。シャインの顔を見ると、食事を楽しんでいる時と同じ。その顔を見た者たちは小麦や大麦をどんどん買って行く。
「ふっくらと柔らかい青いビーンズはうま味が強くてお酒によく合います。乾燥したビーンズはスープに入れれば肉と同じくらい食べ応えがあって、元気が湧いてきます。器一杯食べれば毎日を健康で楽しく暮らせますよ。私も毎日食べるくらい美味しいです」
イーリスさんは大きな胸をバインバイン跳ねさせながら力説し、男達の注目を集めていた。その乳はイソフラボンの影響か……。いや、元からあれくらいデカかったか。
私は頭を振り、本当にすることが無くて困っている。仕方がなくベスパが作って来た振子椅子に座り、ゆらゆらしながら、商売繁盛しているネード村物産展を眺めていた。
「うぅ……。あうぅ……。あぁうぅ……」
どうも、情けない喘ぎが聞こえてくる。いったいどこからだろう。私は辺りを見渡した。
「ほ、干し肉はいりませんか……。干し肉は……」
以前は繁盛していたのに今は一人も足を止めない肉屋さんが見えた。
「カールさん……」
私は市場で知り合いの男性、カール・ウルフィリアさんを見つける。
「ん? ウルフィリア。いや、まさかな」
私は王都にあるウルフィリアギルドの名前とカールさんの名前が一緒なので少々疑問に思った。全く持って無関係だとも言いにくいか。久しぶりに挨拶に行くことにした。
「カールさん。お久しぶりです。周りは賑やかなのにここは賑やかじゃありませんね」
「き、キララさん……。あぁぁ~っ! キララすわぁ~んっ!」
カールさんは私に向って泣き着いてくる。あまりにも泣いているので、私はカールさんの頭を撫でながら宥めた。
「ど、どうしたんですか?」
「ううぅ……。干し肉が全然売れない……」
「なぜ売れないんですか? 前は売れていたじゃないですか」
「なんで売れないのか俺にもわからない……。前と同じ品なのに……」
私はカールさんのお店に売られている干し肉を見た。確かに前と同じ品だ。値段も一緒。見た目、味も一緒。なんなら、呼びかけ方も一緒。
「常連さんは来てくれるんだが……。せっかく増えた人達を全然捕まえられなくてな」
「獣族さんは干し肉が好きですけどね。なんで、買おうとしないんでしょうか……」
「さぁ。わからん。魔物の肉は食べ飽きているか……。俺の味が気に入らないのか……」
――大した味付けをしていなければ味は変わらないと思うけどな。
「カールさん。何もかも同じではいずれ新しいお店に人々を取られてしまいますよ。もちろん、変わらない良さもありますけど、変わって行かないと時代の変化に取り残されます」
「時代に取り残される……。い、嫌だ。取り残されたくない……」
「じゃあ、変わっていくしかありません。街の傾向と干し肉の需要を考察してください。一気に変える必要はありません。ただ、何か変えられる部分はありませんか?」
「うぅ……」
カールさんは頭を悩ませる。日々考えていれば、このような事態にならなかったはずだ。
「はぁ、全然わからん……。皆、お金を持ち始めたのに、なぜ前と売り上げが変わらなんだ。人も増えたのに、干し肉も美味いのに……」
「うーん、カールさん。今の季節は何ですか?」
「え、三月だし、春だろ」
「じゃあ、その魔物はいつ狩った品ですか?」
「去年の秋ごろか……」
「干し肉と言えど、古い品は味が落ちますし、今は春の季節ですから別の生き物の干し肉を売る方がいいと思います。なんなら、干し肉じゃなくて生肉を売るのもありです。今は多くの者がお金を持っていますから、平民と言えど干し肉よりも生肉を買いたくなるものが多いんですよ」
「な、なるほど! そいう言うことか! じゃあ、俺も生肉を売りまくれば……」
「ちっ、ちっ、ちっ。そう言う訳にも行きません。カールさんはまず、常連さんを持っています。すでに強い。その方達を逃がさず、増やすのが商売の鉄則ですよ。干し肉の質の向上と旬な品で見栄え、味の向上を目指してください。あと、ビースト語で何の肉か書いておくだけでも違うと思います。獣族さんは鼻が良いですからね。匂いだけで何年の干し肉かわかります。本当に売れないなら大特価で安くするのもいいです。とにかく売り切って在庫を減らしてください」
「お、おう!」
カールさんは私が言ったことをするに実践し始めた。
仕方がないので、私も手伝ってあげる。ベスパが作って来た木の板にビースト語で値段と魔物の名前、経過年数を記載。それだけで、信用度が爆上がりだ。なんの紹介が無い干し肉より何の肉かわかった方が買いやすい。
「ただいまから、本日限定干し肉の大特価を始めまーすっ!」
私は朝の声出しもかねて道行く人に大きな声を出す。
「なっ……。ね、姉さん。なにしてるの!」
近くでネード村物産展を行っているライトが目をかっぴらいて私の方を見て来た。
「いやぁ~、そっち側でやることが無くてさ。私の知り合いさんが困っていたから手を貸そうと思ってね」
私はライトに喧嘩を吹っ掛ける。なんせ、売り場所が近い。ライト達の方はすでに人気だが、こっちは皆素通りしている。
だが、売っている品は干し肉だ。獣族さんが多いこの時間帯は完全にこっちが有利。すぐに食べられる品を売っていないライト達は大きな差がある。ただ、相手は美人が三名。美少年一名だ。こっちは八万年に一人の美少女とお兄さん? いや、おっさんかな。まあ、どちらが強いか五分五分と言ったところだ。
「姉さん……。まさか、こんなところで喧嘩を吹っ掛けてくるなんて……」
「お姉ちゃん……。私達の売り場にいないと思ったらあっちにいたんだ」
「はわわ……。キララさんがいないと一気に不安になっちゃうよ~」
「ど、どうしましょう。キララさんが敵に着くなんて……」
ライト達は動揺していた。その一瞬の隙を突かせてもらおう。
「皆さんっ! 年が明けて少々味が落ちた干し肉を大特価の三割引きでご提供いたします! 干し肉の味は中々落ちませんが、皆さんにどうしても申し訳が立たず、このような処置を取らせていただきました! どれだけ買っても三割引きは変わりません! 今日限りですのでお見逃しなく!」
私は割引という強い引き言葉を使い、お客さんを呼び込んだ。
もちろん、獣族の方にもわかるように同じ言葉をビースト語で連呼。人族と獣族の冒険者さん達は買いだめをしようとやって来た。ものすごい勢いで私の部下であるビー達を動員し、販売を行っていく。
「ありがとうございました~。ありがとうございました~」
購入してくれた者達に朝一番の元気を天性の一二〇パーセントの笑顔で与える。笑顔はもちろん無料だ。私の笑顔が無料で見られるなんて運が良い方達だな~。




