強敵の問題を倒す
「シャインは一〇分勉強した後、もう少ししようと言う気は起きる?」
「起きない」
シャインは断言した。毎回全力でやって一〇分なのだろう。
「じゃあ、もう少ししてみようって努力してみて。時間を一分でも長くすれば相対的に長くなる。一〇秒でもいい。今は体感で計っているんでしょ?」
「うん……。私の勉強の限界が毎回一〇分なの。ライトの懐中時計で測っても同じ」
「勉強を楽しくしたり、簡単にしたりする方法はない。残念だけど、いつまでたっても辛いままだと思う。でも、しないと上に行けない。それでもいいと思うなら楽してもいい。ただ、シャインは皆と同じ学園に行きたいんでしょ。だったら今以上に努力しないとね」
「私、お姉ちゃんやライトと同じだけ頭が良くなれる気がしないの……。なんなら、後から勉強を始めたガンマ君やデイジーよりも頭が悪いし……。勉強から逃げたせいで今も勉強が辛くて辛くて……」
シャインは涙をこぼしながら話す。相当辛いんだな。
――どうしようか。勉強が辛い子に勉強しろって言うのは一番酷だ。でも、シャインはライトやガンマ君、デイジーちゃんと同じ学園に通いたいと言うし。難題だな。
私はシャインの頭が悪いのか、はたまたシャインは勉強が嫌いなのかどちらかはっきりさせる必要がある。
勉強すればテストの点が取れるのに勉強が嫌いで成績が悪い子と病気で勉強が出来ない子と言う具合に勉強ができない子にもいろいろいる。何でもかんでも精神論で勉強させると言う教育を施したら子供が腐ってしまう。なので、私はシャインに訊いた。
「シャイン、勉強で出来ることと出来ないことはある?」
「出来ないことばかり……」
「じゃあ、出来ないことの中でも特に出来ないことは?」
「算数とか、魔法学とかかな……。文字は読める」
「なるほどね」
――文字が読めて書けるなら病気と言う訳ではないかな。勉強が辛いと頭が勝手に誤認している可能性もあるか。どうしたものかな。
私はシャインが助けを求めに来たのでどうしても助けてあげたかった。
なんせ、シャインだけ出来が悪いなんて言われるのは辛いに決まってる。そんなこと言う者は家族にいないが、シャインが自分で思ってしまっていることが問題だ。
「シャイン、私は思うんだけど、皆と同じじゃなくてもいいんだよ。別にドラグニティ魔法学園に行かなくても他の道が沢山ある。シャインは自分の心からドラグニティ魔法学園に行きたいの?」
「わ、私は……が、ガンマ君が行く学園に行きたい……」
シャインは指先を突き、頬を赤らめた。どうやら、シャインは追っかけたい人間のようだ。ガンマ君は頭が良くてシャインと同じくらい強いので、お金さえあればドラグニティ魔法学園に行けるだろう。
「ガンマ君がドラグニティ魔法学園に行きたいと言ったの?」
「が、ガンマ君が目指すならそこかなと思って……」
「確かにね。じゃあ、訊くけど、なんでガンマ君を追っかけてるの?」
「そ、そんなの言わなきゃダメなの……」
「うん。勉強ってね、なんで勉強するのか考えないとただ辛いだけの記憶作業なんだよ。私は学園を出て学園に通ったと言う証拠と友達が欲しかった。あと、普通に学園生活を送ってみたかった。こんな感じに勉強の目的が無いと、好きじゃないかぎり絶対に続かないよ」
「が、ガンマ君を追っかけている理由は……、が、ガンマ君しか真面な友達がいないし、私も学園に行かないとデイジーに取られそうで……」
「なるほどね。ガンマ君がデイジーちゃんに取れるのが嫌なんだ」
「ま、まぁ……」
シャインはゆでだこのように顔を赤くしながら視線を反らし、頷いた。
「うーん、シャインはガンマ君のために勉強したら少しは長く勉強できるんじゃないかな?」
「ガンマ君のために勉強……」
「そう。ガンマ君に勉強を教えてあげたいとか、ガンマ君と一緒の学園に通いたい、ガンマ君とチュッチュするために学園に行きたいとか。ガンマくんと王都でデートしたいとか……」
「なんか、お姉ちゃんの妄想が含まれていた気がするんだけど……」
シャインは苦笑いを浮かべ引き気味に私を見てきた。
「ともかく、目的を明確化して。それだけで勉強に対する意識が全然変わるよ」
「目標を明確化……。えっと、えっと……。が、ガンマ君と同じ学園に通う」
「うん。ガンマ君がドラグニティ魔法学園に通うんだとしたらもう、あと二年後に入学試験を受けないといけない。ほぼあと二年だから六二〇日くらいかな。今、毎日勉強出来てる?」
「うん……。してるよ。でも、頭が良くなっている気がしないの」
「じゃあ、難しい問題を解こうとしている?」
「……してない。簡単な問題ばっかりやってる」
「なら、今よりも難しい問題に挑戦してみて。解けたらシャインは成長している。解けなかったら何で解けなかったのか考える。勉強は内容を覚えた後に使えないと意味が無いの。だから、簡単な問題を解いて原理を理解してから難しい問題を解く。そうすれば成長しているよ」
「そ、そうなのかな……」
「騙されたと思って少し難しい問題をやってみて。解けなかったら答えを見ればいい。そこで理解出来たら頭が良くなっている証拠だよ」
「うぅ、難しい問題を解くの凄く苦しいんだよ……」
「苦しいってことは自分より強い問題ってことだよ。シャインは強い相手と戦うのが好きでしょ。だったら、勉強の時もわくわく出来るんじゃない? 相手はシャインよりも強い相手で倒そうと攻撃して来ている。その相手を解いて倒すんだよ! そうすればシャインは強くなれる!」
「な、なるほど……。そう言う考え方も出来るんだ……」
シャインは少し微笑んでいた。考え方次第で勉強の辛さを和らげることは可能だ。シャインの闘争心を掻き立てれば今よりずっと勉強しやすくなるんじゃないかな。
「ありがとう、お姉ちゃん。私、もうちょっと頑張ってみる。強い敵を少しずつ倒して強くなるよ!」
シャインは両手を握りしめてやる気をみなぎらせていた。
「シャイン、私が勉強に使っていた品を渡すよ」
私は勉強に使ったドラグニティ魔法学園の冊子をシャインに渡した。
「これ、ドラグニティ魔法学園の冊子……。うわぁ、む、難しそうな問題ばっかり乗ってる」
「二年後にこの問題を解けるようになっておけば、王都のどの学園にも受かる。シャインなら絶対にね。私が保証するよ」
「す、すごい自信……」
シャインは六法全書のような分厚い冊子を抱きしめながら呟いた。
「そりゃ、私は三大学園で特待生を取っているからね。シャインは私の妹なんだよ。だから、何も心配いらない」
私は妹に自信を付けさせるために無い胸を張る。
「そうだよね、私、お姉ちゃんの妹なんだよね」
シャインは微笑み、やる気をみなぎらせていた。私の妹と言う言葉が利いたようだ。
「お姉ちゃん、ありがとう。凄く心が軽くなった。やっぱり、お姉ちゃんは凄い」
「まあ、私はシャインのお姉ちゃんだからね。だから、シャインは何も心配せず、自分の速度で努力すればいい。なにがあってもお姉ちゃんが助けてあげるよ」
私はガンマ君ほどではないがシスコン気味なのでシャインに甘い。でも、甘くてもいいじゃないか。そう思えるほどシャインは可愛い。
シャインは冊子を持って部屋に戻って行った。勉強に躓いてもシャインなら立ち上がる。私は彼女の成長を温かい目で見守ろう。
過保護になりすぎてもシャインのためにならない。彼女が出来るだけ自分の力で問題を解決できるように手ほどきするのだ。
私は勉強を終え、ベッドに倒れる。ふわふわのベッドで寝心地がいい。メークルの毛で作ったマットレスにブラッディバードの羽で作った羽毛布団。これだけで快眠できる。
「シャイン、頑張れ。私も頑張るから」
私はシャインを応援しながら眠りについた。
次の日、私は目を覚ますと私のベッドにシャインが寝ていた。手に紙を持っており、算数の問題を解いていたようだ。沢山の計算過程が掻きこまれており、答えと思わしき場所に円がグルグルと書かれている。
「……ふっ、やっぱりシャインは私の妹だよ」
シャインは難しい算数の問題を自力で解いたようだ。私に見せに来たが寝ていたので一緒に寝たのかな。
「うぅん……。やったぁ……。皆、合格だねぇ……」
シャインは微笑みながら寝言を呟いていた。辛そうな顔ではなく、とても安らかに眠ている。きっといい夢を見ているのだろう。
私はシャインが解いた問題に花から抽出した赤色のインクを使って花丸を書いた。これだけでも案外嬉しいものだ。シャインの胸に抱かせ、紙に良い思いをさせる。
「さてと、私は起きて仕事でもしますか~」
シャインが難しい問題を解いたと言う快挙を達成した姿を見て、私もやる気が爆上がりした。誰かが頑張っていると自分も頑張りたくなる。そんな相乗効果が姉妹の間で起こったのだ。
私は羽毛布団をシャインの肩まで掛ける。その後、服を着替えて居間に出た。
「姉さん姉さん、見て見て。今年の試験問題を全部解いたよ~」
ライトは王都から送られてきた今年の試験問題を全て解き、間違いなく全問正解していた。
「はは……。さ、さすがだね……。最後の問題は」
「僕が事前に解いていたから多分間違いないね。でも、姉さん。なんで最後の問題を全部書かなかったの? 姉さんなら書けたでしょ」
ライトは私の答案の模倣用紙を見て呟く。
「じ、時間が無かったんだよ……」
――それを解いたら私がやばい天才児に思われるでしょうが。それを解いた本人が目の前にいるのに、出来るわけない。
「姉さんの答案速度なら普通に時間が余ると思うけど……。まあ、何度も見なおしをしていたら時間が無くなったのかな。それなら仕方が無いね」
ライトは私の答案を封筒に戻し、テーブルの上に置いた。
「ライト、もし、試験を受けた時、同じ問題が出てきたらあまり解かない方がいい。目を付けられて面倒臭いと思うから」
「面倒臭い?」
「そう。凄いことをするとね、周りの者の眼にとまるんだよ。ライトがしたいことも出来なくなるかもしれないから、出来るだけ目立たないように生きた方が楽。でも、ライトが目立ちたいと言うのなら私は止めないよ」
「僕、姉さんみたいにキラキラ輝いて目立ちたいわけじゃないからなぁ……」




