自己犠牲の精神
「おらあああっ!」
シャインは河川敷の中央に立っているバレルさんに向って切り込む。
バレルさんはシャインの手首をさっと持ち、後方に投げる。
「くっ! はあっ!」
シャインは空中で黒い木剣を振るい、空気圧による鋭い斬撃を放った。
「甘いっ」
バレルさんは抜剣し、同じような空気圧の斬撃を放って相殺する。だが、バレルさんが放った斬撃の方が威力が高かったのか、シャインの方が吹っ飛んだ。
「うわあっ!」
シャインはボーリング玉のように地面を転がっていく。土や草が雪のようにまき上がっていた。
「すぅ……、ふっ!」
シャインを囮に使うようにバレルさんの後方に現れたのはガンマ君だった。シャインの大きな動きを逆手に取ってバレルさんに近づいたらしい。剣を無駄のない動きで振りかざしており、バレルさんの背中に入りかける。
「良い連携になってきたじゃないか」
バレルさんは剣を後方に回し、ガンマ君の剣を易々と受け止めた。背中に目でもついているのかと言わんばかりに完璧な防御にガンマ君も笑うしかない。
「はは……、ありがとうございます」
ガンマ君は剣を滑らせてすぐに後方に回避。すると、バレルさんの放った斬撃が地面を抉る。
「すぅ……はぁ……」
ガンマ君がとどまっていたら完全に切られていた。だが、彼は度重なる鍛錬によって軽く先読み出来るようになっているようだ。
「うん、反射神経も悪くない」
バレルさんは剣を鞘に戻すが、警戒を解かない。
「ふっ!」
バレルさんの足下の石が光り、縄の形状を作る。隠れていたセチアさんはバレルさんの足を取って大きく持ち上げた。ざっと八メートル上空。
「スキルの使い方が上手くなったな」
バレルさんは空中で石製の縄を切った。
「今!」
シャインは大きな声を出し、戦っていた三名が同時に空中に飛んだ。
三方向から剣がバレルさんに向かう。
「初めの時より、良い連携だ。だが、まだ甘い」
バレルさんは剣を振るい、大きな突風を起こす。三名は空中で吹っ飛ばされた。理不尽だ。
「な、なんであの体勢からただ剣を振っただけで突風が生まれるんだよ……」
レイニーは当たり前すぎる疑問を呟いた。おそらく音速を超える剣速で、ソニックブームが発生していると考えるのが妥当だ。魔法ではなく物理なのが恐ろしいところ……。
「さあ、なんでなんだろうね……」
「く……、まだまだっ!」
セチアさんは空気を握り、その場に固定。すると空中に浮いた。空気の足場を蹴ってバレルさんに追撃する。
「こっちだって!」
シャインは空気を音速以上の速度で蹴りつけた。空気を超圧縮し、足場に変え、前に飛ぶ推進力にする。
「やるようになったな」
バレルさんは左手を光らせた。音速を超える手刀が飛ぶかと思いきや。
「ふっ!」
ガンマ君はバレルさんに向けて大きめの石を投げ、攻撃する。手刀はガンマ君が投げた石を掴み、振られることはなかった。
「はあっ!」
セチアさんはバレルさんが右手で持っている木剣に切りかかり、封じる。
「シャインちゃん、お願い!」
セチアさんは攻撃の体勢に入っているシャインに向って叫んだ。
「任せてっ! 師匠、一本貰いますよ!」
シャインは大きく反動をつけて黒い木剣を勢いよく振りかざす。
「ふっ、最後の油断だけが減点だ」
バレルさんは右手に持っている石を手放し、手刀でシャインの木剣を防ぐ。
「くっ!」
シャインの木剣はじりじりと動かず、バレルさんに届かない。
皆、地面に足裏を付け、停止した。
「今日はここまでにしよう。他の者が来たようだしな」
バレルさんはシャインの木剣を放す。
「は、はい。ありがとうございました」
シャインは顔をしかめながらもバレルさんに頭を下げる。
「「ありがとうございました」」
ガンマ君とセチアさんも同じく頭を下げた。
「君が、キララさんが言っていた青年かな?」
バレルさんはレイニーの姿を見て訊く。
「キララが俺に合わせたい者ってあなたですか」
レイニーもバレルさんに訊いた。両者共にだまり、なぜか空間がひりつく。小石がカタカタと揺れるような圧力が衝突しあっているようだった。
「うむ……」
バレルさんは左手で剣の鞘をしっかりと握っていた。
「……ふぅ」
レイニーも剣の鞘を持ち、やる気満々だ。
「ふっ!」
「はっ!」
バレルさんとレイニーは互いに剣を抜き、剣先を首元に突きつける。
バレルさんよりもレイニーの方が身長が高く、腕が長いので有利。だが、バレルさんのほうが多くの戦いを掻い潜って来た猛者。
どちらも初速は同じくらいだった。ただ、技術の差が出たのか、レイニーの剣先はバレルさんの首から反れていた。逆にバレルさんの剣先はレイニーの喉仏に当たっている。一歩前に出れば致命傷だ。
「はぁ、力の差は歴然ってところだな。剣の軌道をずらされたあげく、次に繋ぐことも出来ない立ち位置。あの先があれば俺は確実に死んでる」
レイニーは剣を引き、鞘に納めた。
「ふむ……。原石と言ったところか。宝石か、鉱石か、ただの石か。判断が難しい所だな」
バレルさんも剣を鞘に納める。
「初めまして、レイニーと言います。一応成人しています」
レイニーはバレルさんに手を差し出す。
「初めまして、バレルと言う。レイニーの四倍は生きているかな」
バレルさんはレイニーの手を握り、微笑む。
「はは、そりゃ、ああなるか。えっと、キララは何でバレルさんに会わせようとしたんだ?」
レイニーはバレルさんの手を放し、私の方を向いた。
「バレルさんは故郷に一度立ち寄りたいらしいんだけど、バレルさんの存在はあまり良い立場じゃないの。だから、お忍びで行きたいんだよ。でも、一人だと何かと問題が起こった時、対処しきれない。それなら、仲間と旅をした方が安全だし、仲間内で口を合わせれば検問も回避できる。加えて、バレルさんは冒険者として凄い方だからレイニーに色々教えてくれる。どっちにとってもいい話なんだよ」
「なるほど……、キララのお節介ってわけか」
レイニーは腰に手を当て、溜息をつきながら呟いた。
「まあ、簡単に言うとそうだね。レイニーは外の世界を全然知らない。でも、バレルさんは歴戦の猛者だから、なんでも対処できる。こんな良い勉強の機会は中々無いよ。仲間にも申し分ないし、どうかな?」
「はぁ……、まあ、俺に行先は無い。調べたい対象はあるが物凄く不鮮明な存在だからな。どこに情報があるかもわからない。そんな中、一緒に来てくれる者が歴戦の猛者だって言うなら断る必要があるか?」
レイニーはバレルさんとの旅を了承した。
「バレルさん、レイニーは強い信念を持った青年です。鍛えがいはあると思います。加えて雑用とか仕事とか、色々できます。出来る限り鍛えてあげてください」
「うーん…………」
バレルさんは腕を組み、渋い顔を浮かべていた。元から渋い顔なのにさらにダンディーになり、おばさんの心がむぎゅっと握りつぶされる。
「えっと、どうかしたんですか?」
「レイニーからはどうも生きたいと言う信念がないように感じる。自分は死んでもいいと言う自己犠牲の精神が大きいんじゃないか?」
「え……、ま、まあ……。そうでもないと生きていけなかったので」
レイニーは心の奥底をバレルさんに突かれていた。ずぼしだったようだ。
「自分は死んでもいいと言う考えを持っている者と共に旅は出来ない。そう言う者がいる冒険者パーティーは仲間を危険に晒す」
バレルさんは腕を組みながらレイニーとの旅を拒否した。
「ちょ、バレルさん」
「すみません、キララさん。誠に勝手ながら私はレイニーと旅をしたくありません」
バレルさんはきっぱりと断り、河川敷から出ていく。
「…………」
私とシャイン、ガンマ君、セチアさん、レイニーは呆然と立ち尽くしていた。
「レイニー、師匠に嫌われちゃったね」
シャインはレイニーに苦笑いを見せる。
「あ、ああ……。どうやら、そうみたいだな……」
レイニーは心に何か突き刺されたのか、先ほどよりも藍色の瞳によどみが見える。
「レイニーさん、旅に出たいって本当ですか?」
ガンマ君はレイニーの方を向いて訊いていた。彼は孤児で、昔からレイニーにお世話になっていた。彼にとってレイニーは兄のような存在だ。今後のレイニーの行方が気になったのだろう。
「ああ、ちょっと調べたいことがあってな……」
「レイニーさんが自己犠牲の精神で生きて来たって、昔の話ですよね。今は生きたいって思ってるんじゃないですか?」
セチアさんもレイニーの方を向いて訊いていた。彼女にとってもレイニーは兄のような存在だ。こう見ていると、レイニーの信頼度は子供たちからべらぼうに高い。
「…………」
レイニーはセチアさんの言葉に返答出来なかった。
彼は街の孤児たちの兄として自分を犠牲にしながら弟妹を守って来た。その精神が今もなお、レイニーの中にある。加えて、今、レイニーの目的はマザーの魂を食った悪魔を倒すことだ。自分の命を軽く見ているのは私でも分かった。
「……はぁ」
レイニーは髪を掻き、いらだった溜息を吐く。そのまま、河川敷を出て走り出した。
「ちょ、レイニー、どこに行く気?」
私は走っているレイニーの背後から聞く。
「ぶっ倒れるまで走ってくる。今の俺はどうしたらいいかわっかんねえ」
レイニーは走りながら考えるようだ。ウンウン考えていても名案は浮かばない。なら、鍛錬をしながら考えると言う何とも脳筋な行動だったが、悪くない。ずっと悩んでいるより、体を動かした方がましだ。
「レイニーさん、まだ自己犠牲の精神でいるのかな……」
ガンマ君はレイニーの後ろ姿を眺め、ぼそっと呟いた。
「レイニーさんだもん。自分の食べ物を知らない孤児にあげるような人だよ。根っからの良い人だからさ……、仕方ないよ」
セチアさんもレイニーの背中を見ながら呟いた。
「レイニー、無理ばっかするんだよね。ほんと、早く死にたがっているみたい」
シャインは何ともレイニーの本心を付いた発言をした。
――まあ、レイニーは早く死にたがっている可能性はある。マザーに手っ取り早くあえる可能性がある方法が死ぬことだ。死んでもマザーに会えるかはわからない。そんな不確実な可能性にも縋っているなんて……。愛って残酷だな。
私はマザーのことがずっと忘れられないレイニーが哀れに見えた。逆に、そこまで愛せる相手がいることに羨ましい。でも、死んでまで会いたいなんて愛が重すぎる。
「はぁ……。バレルさんが拒否しちゃったし、レイニーの自己犠牲の精神を直すことも難しそう。二人を旅に同行させるのは無理かな……」
私は腰に手を当てて考えが破綻したとして、考えを脳内のごみ箱に捨てようとしていた。
「キララ様、二人旅で駄目なら三人旅にすればいいんですよ」
頭上に飛んでいたベスパは私に話かけて来た。
嵌らない二つのピースをくっ付ける役割を担う三つ目のピースを間に挟んでくっ付ければ、うまく行くかもとひらめく。




