自然消滅
「メリーさん、レイニーと旅に出る気はありませんか?」
「え……、な、なんで私がレイニーの旅に……」
「うーんと、旅は一人じゃ寂しいじゃないですか。一人より、二人、二人より三人の方が死ぬ確率が減りますし、メリーさんのスキルがあれば、レイニーを回復させることが出来ます。レイニーはバートンを長時間走らせることが可能ですし、二人でバートンに乗れば、どこまでもいけますよ」
私は少々ロマンチックな想像をメリーさんにさせる。まあ、レイニーが嬉しがるかは別として。
「……でも、レイニーは私を旅に連れて行きたがらないわ。それくらいわかる」
メリーさんは胸に手を置き、瞳に涙を大量に纏わせ、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「…………」
――ああ、その健気な顔。私が男だったらぎゅっと抱きしめて唇に熱い口づけをしてあげたくなっちゃう。って、普通の男ならメリーさんをほっておくわけないんだけど、あの男は。
私はレイニーに視線を向ける。楽しそうに姉さんの背中に乗り、走っていた。
「レイニー、楽しそう……。ずっとずっと辛そうな顔をしていたのに、バートンに乗っている時はあんな良い顏をするんだね。私がおっぱいを見せた時よりも嬉しそうなのが、ちょっと悔しい……」
メリーさんはレイニーの顔を見まいと、反対を向き、仕事に戻っていく。
「メリーさん……」
私は呼び止めたくなったが二人の間を取り持ったところで、両者にその気がないのなら、どうすることも出来ない。
――自然消滅の流れか。もったいないな。
私はレイニーが旅先で恋したり、結婚して戻ってきたりしたとき、メリーさんがどんな気持ちになるのか怖かった。まあ、レイニーは三〇歳になるまで努力し続けると私やメリーさんと約束したわけだが、男は約束なんて簡単に破る生き物だ。結婚がいい例だろう。
永遠の愛を誓いますか? はい、誓います~。二年後、不倫していたなんて話はいったいどれだけこの世の中の者が聞いたか。それくらい、愛なんて不確実なものだ。メリーさんもレイニーよりいい男が現れたらそっちに行っちゃうかもしれない。
「うう……、愛って重苦しい」
私は胸に突っかかりがあるような不思議な気持ちになった。
「……フロックさんも他の女の人と、うっ」
私の胸は攻撃を食らったわけでもないのに、何かが突き刺さったような苦しみを得る。
「ははっ、あの男が他の女とどうなろうが知ったこっちゃない。今、どうしているかなんて全然気にしてないんだから」
私はフロックさんのことが心配で心配でたまらないが、自分の気持ちを無視していた。フロックさんなら大丈夫だと。カイリさんがいるから無事に帰ってくると。言い聞かせているものの、もし何かあったらどうしようと言う気持ちがぬぐえない。
「はぁ……。あの人、おっちょこちょいだし、すぐ死にかけるからな。ほんと困った人だ」
私は頭を振り、フロックさんについて今は忘れる。今、しなければいけないことは仕事だ。そのため、牧場の中を見回り、仕事に滞りがないか調べた。どの場所も問題なく仕事が行われており、危険な場所はない。
昼頃、私は牧場の品が売っている露店に足を運んだ。ガンマ君とシャインが受け持っている場所だ。ガンマ君の器用さと接客の安定した立ち振る舞いが功を奏し、人気なお店になっている。
シャインは荷物を運んだり、用心棒をしたり、強さを使ってお店を守っている。加えて、愛くるしい美貌から多くの者の癒しになっていた。
「ガンマ君、牛乳パックを三本いただけるかしら」
村に住んでいるお年寄りがガンマ君にお願いする。
「わかりました。銅貨九枚です」
ガンマ君は牛乳パックをクーラーボックスから取り出し、紙袋に入れてお婆さんの前に出す。
「はい、銀貨一枚」
お婆さんはシャインに銀貨一枚を手渡した。
「ありがとうございます。えっと……、銀貨一枚なので銅貨一枚のお釣りです」
シャインは硬貨が入った箱から銅貨を一枚取り出して、お婆さんに手渡そうとする。
「あ、お釣りは良いわ。取っておきなさい」
「い、いえ、そう言う訳には……」
「いいのいいの。ここくらいにしか使い道がないんだから。じゃあ、またくるわね」
お婆さんは露店をあとにして帰っていく。
「銅貨一枚貰っちゃった。どうしよう……」
「そうだね。ありがたく貰ったらいいんじゃないかな? 善意を受けたら貰って、返せばいいんだよ。だから、シャインさんもお婆さんに善意を返せばいい」
「なるほど。お婆さんっ! 家まで送っていきまーすっ!」
シャインはお婆さんを抱え、もの凄い速さで走り出した。
「はわわわわわわわっ!」
お婆さんの絶叫が聞こえたのは少々危険なので、ベスパに様子を見てもらったが、無事に家にたどり着いたようだ。私が露店に入る前にシャインが露店に戻ってきていた。一体、どれだけ早い速度で走っているのやら。
「はぁ、はぁ、はぁ……。お婆さん、喜んでくれたよ」
「シャインさんの善意が嬉しかったからですよ。しっかりと善意が返せてシャインさんは偉いですね」
ガンマ君はシャインの頭を撫でた。
「…………」
シャインはぼーっとしており、耳まで赤くなっていく。
「シャインさん? 大丈夫ですか」
「う、うん……。ちょ、ちょっとボーってしちゃってた」
シャインは微笑み、頭を掻く。頭を撫でられただけで嬉しくなってしまったようだ。
「シャインさんがボーっとするなんて珍しいですね。疲れているのなら、休んでいてください。この時間帯はあまり人が来ないので、僕だけでも問題ありません」
「つ、疲れてないよ。逆に元気いっぱい、すぎて困ってる……」
シャインは腕をブンブン振るい、身の元気さをガンマ君に伝える。
「じゃあ、お客さんが来るまで鍛錬でもしますか?」
「うんっ! するするっ!」
シャインはガンマ君と共に鍛錬を始める。ただ、私の目はおかしくなってしまったのか、二人の姿が捉えられない。
「あ、あれぇ。おかしいなぁ。裸眼じゃ、二人の姿が見えないんだけど……」
「キララ様、演算しますか?」
ベスパは苦笑いを浮かべながら呟いた。
「二人の動きはその領域に入っているの?」
「いえ、今はこの場にいないから見えないだけですよ」
「ああ……、なるほど」
私は露店の中に入る。すると、呼び出し用の鈴が置いてあった。どうやら、これを鳴らせば二人は戻ってくるらしい。別に何も買う訳ではないので、鳴らさない。泥棒をする者がいれば、ビーが監視しているのでとっ捕まえることが可能だ。
ただ、この村で露店を行ってから泥棒を行った者は一人もいない。まあ、なぜかと言えば、ライトとシャインが関わっているからだ。彼らがいるのに逃げられると思っている者は誰もいない。
私は牧場の方は全て見終わった。そのため、ブレーブ平原にあるもう一個の牧場に向かうことにした。レクーは久しぶりの牧場を楽しんでいるので今回は別の足を使う。
「ベスパ、ウォーウルフの親玉を呼んでくれる」
「了解しました」
ベスパはブレーブ平原の警備を行っているウォーウルフ達の親玉を呼んだ。彼はハンスさん達と冒険に出ず、牧場に残って他のメスや子供達の面倒を見てくれている。警備も担当してくれているので、結構多忙だと思うのだが……。
「及びでしょうか、キララ女王様」
親玉はベスパが呼んでから八〇秒もしない間にやって来た。フルーファより一回り大きく、親玉と呼ぶにふさわしい風格をしている。まあ、ライオンの群れのリーダーとか、ゴリラの群れのリーダーの風格だ。
「私を乗せてブレーブ平原にある牧場まで運んで」
「承知しました」
親玉は膝を曲げ、伏せをする。
私は親玉の背中に乗った。真っ黒な毛が火の光を吸収しており、とても暖かい。
「では、行きます」
親玉は風のように走り、村からブレーブ平原の牧場まであっという間に移動した。あまりの速さに目を回しながら、私は地面に足裏を付ける。
「あぁ、ありがとう……」
私は親玉の頭を撫で、感謝する。
私がやって来たのはハンスさんたちが鍛錬をしていた場所だ。近くに社員寮のような大きな建物があり、こっちで働いている者達の寝床になっている。交代制で働いてもらっており、別に泊まる必要もないので、走って通っている者もいる。
「あ、姉さん。こっちに来たの?」
ライトはブレーブ平原の牧場で働いており、私の近くに寄って来た。
「どう、良い感じでしょ。なかなか様になったと思わない?」
ライトは牧場を指さす。広い土地に柵で囲まれた牧場がありありと見えた。視界に映り切らないほど大きな土地の中の一角しか使われていないのを見るに、まだまだ広げることが出来そうだ。
「うん、ものすごく広くなったね。これなら、モークル達の数が増えても対応できそう」
「そうでしょ。これだけ広ければ、もっともっとお金を稼げるし、動物達ものびのび暮らせる。こんな広い土地を買っちゃってどうしようかと思ってたけど、出来ることが増えて楽しいよ」
ライトは自分で街からこの土地を買った。私名義だけど……。




