食事の大切さ
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その頃、キララの父親はリーズの診察室に来ていた。
「ジーク、君は子供たちにご飯をちゃんと食べさせているのか?」
「食べ物……。ああ、黒パンとスープを一応毎日ちゃんと食べさせてるよ」
「肉や野菜は?」
「そんな食材、買えるわけないだろ。医者のお前ならまだしも、俺がそんな金を持っているように見えるか?」
「確かに、最近の肉や野菜の高騰は酷いが、お前たちの食生活も相当に酷いぞ」
「お前に何がわかるんだよ、食事を得られないやつらよりはましだろ。俺だって美味い物を子供達に好きなだけ食べさせてやりたいよ」
「すまない。ジークが頑張っているのは知ってるし、お前を責めているわけじゃない。田舎を貧困な環境にしている国が悪いんだ。僕が言いたかったのは、食事に少しでもいいから気を使ってほしいとだけ伝えたかった。双子の風邪の原因は栄養失調から来る体調不良だ。最近はお前自身も力が出ないだろ。肉や魚を食べないと筋肉が落ちていくからな。自慢の体も細ぼっていくぞ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。肉は高すぎて買えねえ、魚は取れても、仕事が出来ねえ。魚を売ろうにも、村じゃろくな金にならねえし、街まで来たら魚は腐っちまう」
「考えるのをやめるなよ。今回の診察代は付けにしておいてやるから、街で少しいい物を食って行けよ。その時の金も貸してやる。良い店を知っているから、今日は飲食店に行け」
「リーズ……、そこはまけといてくれねえか」
「まけられないね。君は私に返さなきゃいけないお金がどれだけ残ってると思う? はい、これ銀貨五枚だ、それと店の場所を書いた紙を渡しておく」
「ははは、ありがとうな。えっと……金の話はまた今度な。それじゃ俺もシャインとライトの所に行ってくるわ」
「あ! こら、待てよジーク! 料理名、まだ言ってないぞ。はぁ、こういうところは昔と変わらないな」
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「おーい、シャイン、ライト。元気か?」
お父さんは病室に戻って来た。
「あ! お父さんだ」
シャインは病室に入って来たお父さんの方を向く。
「ホントだ! お父さーん」
ライトはシャインを見て、病室の入り口に視線を向ける。
双子は私を揉みくちゃにしたあと、嵐のように過ぎ去り、お父さんの方へと向かって行った。
「二人とも、元気になってよかったな」
お父さんはシャインとライトを抱きかかえ、立ち上がる。
「お父さん、リーズさんとどんな話をしてきたの?」
私は気になったので聞いてみた。
「ん? ああ……。街で料理が、うまい店があるっていう話を聞いてきたんだ。あまりにも美味しいから、お前も行って来いってな」
お父さんは私から視線をそらす。まだ何か言われたようだが、隠しているっぽい。
「それだけ?」
「ああ、それだけだ。だから今日は、今から街の料理がうまい店に行く!」
「ちょっと、あなた。そんなお金、どこにあるのよ!」
お母さんは目尻を吊り上げ、私の身が凍る表情でお父さんに話かける。どうやら私はお母さんに何度も怒られた経験から、心と体に恐怖が深く刻み込まれているようだ。
「金はリーズに貸してもらったんだ。子供たちに美味い物を食べさせてやれってな」
お父さんは銀色に輝く硬貨を五枚、手の平に乗せながら、私達に見せる。
――おぉ、これがこっちの世界のお金か。銀貨……でいいのかな? 価値はどれくらいなんだろう。
私は疑問に思ったが、また今度調べればいいと考え直し、保留にする。
「は~、リーズさん、人が良すぎるわ……」
お母さんは頬に右手を置き、深くため息をついた。
――まあ、お金を貸してもらったと言うことは、リーズさんに借金をしたと言うことと同じ。加えて、お父さんとお母さんはシャインとライトの治療費すら払えていないはずだ。治療費がいくらかは聞かないでおくが、五人の食事代が銀貨五枚だから、一人銀貨一枚と考えて……、治療費も銀貨一枚くらいなのかな? これが安いのか高いのかもわからない。勉強不足だな。
私は知識の無さを痛感し、本当にただの超絶可愛らしい五歳児になっていた。
「よーし! それじゃ出発だ!」
お父さんはシャインとライトを抱きかかえたまま、病室を出ていく。
「おー!」×シャイン、ライト。
シャインとライトは全く同じ瞬間に両手を上げた。
双子は無事退院した。その後、お父さんとお母さん、私、シャイン、ライトの五人で街の飲食店に向った。お店の風貌はどこか古風で、趣がある……。黒っぽい木材を使ったお店で、入口の上に大きな看板がくっ付いていた。
加えて文字が書かれているが、全く読めない。昔を思い出すまで、絵本を読んでもらっていたのにどこか見覚えがあるだけで何と書かれているか、わからなかった。
――あの文字、家にあった絵本でも見たな。この世界の文字か。日本語と全然違う。私の頭で、覚えられるだろうか。まあ、今、話している言語は日本語っぽく聞こえるけど、この世界の母国語だし、日本語の発音とは違うんだろうな。これがバイリンガルの感覚か……。日本語と異世界語の二言語を話せます~。なんて面接で面接官に言ってもこの世界の人にとっては何の価値もないな。なんせ、ここは地球じゃないのだから。
私は苦笑いしながら、お父さんの背中について行き、お店の中に入る。
日本料理店……、中華料理店……、イタリア料理店……、フランス料理店……、メキシコ料理店、ある程度、アイドルの時に取材してきたが、どのお店とも違う雰囲気を放っていた。やはり異世界には異世界の食文化があるらしい。
お父さんは四人席に座り、大きな椅子にシャインとライトを隣の席に座らせた。私は双子と対面するように椅子に座る。お母さんは私の隣に座った。
お父さんは立てかけられている品目を見て、料理名を指でなぞるように見ていく。
「すみません、ここのお店で銀貨五枚で食べられる、一番のおすすめ料理をください!」
お父さんは店員さんに声をかけた。何の料理を選んだらいいかわからなかったからか、おススメを聞いた。どうやら、リーズさんから何の料理が美味しかったのか聞き忘れたようだ。
「わかりました。少々お待ちください」
店員さんは頭を下げ、厨房に向かう。
一八分ほど待たされた後、店員さんが私達のもとに料理を運び、大きな皿をテーブルに乗せた。
「お待たせいたしました。ピスキスの丸焼きです」
店員さんが持ってきた皿には、私が初めて見る魚の丸焼きがでかでかと乗っていた。
「どうだ美味しそうだろ」
「おお、美味しそう?」
「食べたことないからわからない」
シャインとライトはあまりにも正直に答えた。
――タイ? コイ? ブリ? 何の魚かわからない……。まあ、ここは地球と違うし、わからなくても仕方ないか。問題は味だ。どうか、美味しくあってください。
私は魚に願いを込める。
お父さんは大きな魚を五人に切り分けると、いつものようにお祈りを捧げ、食べ始めた。
私も手を合わせる。「もう、薄味には飽きた。どうか濃い味がしますように……」と祈る。
ナイフとフォークを使い、白身魚の身を解して口に運んだ。
「んっ! んんんんっ!」
――味、全然しないじゃねえかよ! ふざけんな! ちょっと魚臭いし、この料理作ったの誰だよ、追い、そこの店員、ここの店長呼んで来い! と言いたい味がする。いや、味はしないんだけどさ、日本でこの料理を提供したら確実に評価は一以下だよ。
「んっ、たぶん美味しい~。なんか食べてる気がする~」
シャインはお父さんに魚の身を食べさせてもらい、頬に手を当て、感想を言った。
「んっ、これがピスキスの身……。口の中で噛んでると美味しい気がする……」
ライトも同じようにお父さんに魚の身を食べさせてもらい、顎に手を置きながら呟く。
――どっちも弁舌だな……。まだ小さいのに、賢いのかな?
魚の味は日本食の味を知っている私にとって、ただの丸焼きにしか感じなかった。でも、皆が魚をおいしそうに食べていたからか、私もなんだかおいしく感じてきてしまった。
――これが、家族と食べる悦び。一人で食べる高級焼肉弁当とは一味違った美味しさがある……、気がする。
この世界に来て初めて食べた魚、私の血となれ肉となれ。
いつか、もっと良い物を食べられるようになるんだ。
私たちは料理と言う名の、魚の丸焼きを食べ終え、家に向かった。
「あうあうあうあうあうあうあっ、あうあうあうあうあうあうあっ、あうあうあうあうあうあうあっ」
――うわぁ……、めっちゃ気持ち悪い……。地面がガタガタなのかな。車輪が木製だからか……。た、助けて。ジェットコースターよりも乗り心地が悪いよ。
私たちはだいぶ揺れる乗り物で、帰宅している。眠たくなかったら吐いてしまいそうだ。
既に夜中になってしまっていたため、双子の意識は夢の中にある。お父さんに抱きかかえられ、とても心地よさそうだ。
「キララも寝ていいわよ。私たちがベッドに運んでおいてあげるから」
私はお母さんに頭を撫でられながら囁かれ、お言葉に甘えることにした。
魚を食べた次の日、ベッドの上で目を覚ます。
私は起きた途端から調子がすこぶる良かった。視界がよく見え、頭がスッキリと冴えている。呼吸もしやすい。
――何だろ、体がすごく軽い。今にでも走り出したいくらい。もしかしたら、今なら瞑想をせずとも、一発で魔法が使えるのでは!
そう思った私はベッドからすぐに出て小さな台に置いてある、ろうそくに向って『ファイア!』と唱えた。
だが、うんともすんとも反応はなかった。
「あれ……、おかしいな。じゃあ、瞑想をしてから」
私は瞑想を一度行い、精神を整えたのち『ファイア!』と唱える。
するとロウソクの先端に飛び出ている糸が一気に燃えるようにぼっと鳴り、火が灯った。
「す、すごい。以前より確実に上手くなってる。加えて威力も強くなってる。瞑想のおかげ? いやそれもあるかもしれないけど、もしかしたら食事のおかげ……、なのかな」
魚を食べた後の我が家はものすごい活力で溢れていた。
お父さんとお母さんは元気いっぱい、シャインとライトは言わずもがな元気いっぱい。
お父さんは朝すっきり目覚められたらしく、すたこらと仕事に行ってしまった。
お母さんはお肌の調子がいいのと笑いながら言う。
「ははははははははっ!」
シャインは二足歩行で走り回り、木の棒を振るっていた。本当に幼児か?
「ん……。ん……」
ライトは地面を指先でなぞりながら呟いている。何をしているのだろうか。
双子の行動は私の眼から見ても明らかにおかしかったが、子供のすることなんて大概訳がわからないから、危ないことをしていなければ、気にしないのが一番。とりあえず、双子は元気いっぱいで可愛い子達と言うことだけは確かだ。
私も魔法が上手くいってとても良い気分。超貧乏でも、心が浮き上がるような気持ちで生活したいものだ。
――こうなってしまっては、疑うほうが野暮だ。魚のタンパク質、凄すぎる。また食べたいな。
「お母さん、昨日、お店で食べた生き物がどこにいるか知らない?」
私は魚欲しさにお母さんに聞いた。
「そうね、近くの川じゃ取れないはずよ。もっと山の上の方にいけばいるかもしれないけど……。って、キララ、何を考えているの? 危ないからそんなところに行っちゃだめよ」
お母さんは私の両肩に手を置き、強く言う。
「はーい」
――そうか、あんなに綺麗な川なのに魚はいないんだ。
私は家にいても何も見つからないので、外に出て食べ物を歩いて探す。
「魚……、魚……。魚以外に何か体に良い食べものは、どこかに落ちてないかな」
私の視界の先にあったのは広大な牧場だった。
「バートン、メークルは食べちゃいけないだろうし……。はー、どうしてこんなに広いのに、生き物をもっと増やさないんだろ。そしたらお肉も食べられるのに……」
まぁ、生き物を増やさないのはいろいろと事情があるのだろう。私には牧場の経営方針を変えるなんて出来ない。肉は当分おあずけかな……。
私は食べ物を、探すのを諦めて家に帰り、魔法の練習をすると決めた。
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