あの女がほしい
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁ……。村の空気、うまぁ……」
周りが山や森に囲まれ、超新鮮な空気が集まる場所なので物凄く空気が美味しかった。空気に味なんてするわけない、気分の問題だ。
酸素が血液に流れ頭がすっきりするようで、思考が回る。眠気が軽く飛んでしまうくらい酸素濃度が高い。
「ここがキララの村か……。街より田舎だな」
レイニーは体を伸ばしながら呟いた。
「なに当たり前のこと言ってるの……。寝ぼけてないでさっさと牧場に行くよ」
私達は牧場に移動し、レクーを厩舎に戻して餌と水を与えた。荷台は倉庫に入れてあるので明日、雨が降っても問題ない。
「さすが、ライト……。私がいなくても何ら問題なく仕事が出来ているね」
私は商品の在庫が置かれている巨大冷蔵倉庫の中を見る。大量の牛乳パックが並び、冷えていた。
「ベスパ、村に残っていたビー達に魔力を与えておいてね」
「了解です」
ベスパは光り、仕事を頑張ってくれていたビー達に報酬として大量の魔力を与える。すると、森や地面、空に蛍のように体が光った物体が、ブンブン飛び交っていた。
私は耳と目を瞑り、ビー達が落ち着くのを待つ。
八〇秒ほどすると、落ちついたので目を開けてレイニーがいる厩舎に移動した。
「…………お前、綺麗だな」
レイニーは真っ黒なバートンを凝視しながら、口説いていた。
「なんだい、クソガキ……。おばさんをからかってんじゃないよ」
眼をつむり眠っていた黒い塊……、じゃなくて姉さん(レクーの母)は呟いた。
「いや、本当に綺麗だ」
レイニーは続けて言う。彼はスキルのおかげでバートンの言葉が耳に直接聞こえる。
私はベスパの耳をいったん通さないと言葉が聞こえないので、私よりも意思疎通が速い。
「ふっ……、乗りな」
姉さんは厩舎の壁を後ろ足で破壊して外に出た。手綱もない状態で乗るのは危険だと思うのだが……。
「良いのか?」
「乗りたい気分なんだろ。それくらいわかる」
姉さんはそっぽを向きながら呟いた。いつもはオラオラしているのに、今日は妙だ。
「ありがとう」
レイニーは、外に出て姉さんの大きな背中に軽々と飛び乗った。太ももで背中を挟んでいるだけ。もう、バランスボールに乗っている状態と何ら変わらない。
「行くよ!」
姉さんは爆発が起こったのかと思うくらい力強く地面を蹴った。
私なら手綱も無しに姉さんに乗ったら後方に取り残される。だがレイニーは手綱も無しに悠々と座り、ベテランのジョッキー並みに乗りこなしていた。
「はは……、こりゃ、やっべえ……。お前、バカみたいに強いバートンだな。レクーより力強い……。血筋だろ」
レイニーは一回乗っただけで姉さんとレクーの血筋を言い当てた。
「レクは私の息子だ。似ていて当然だ」
「そうか、レクーはお前の息子か。そりゃ強いな……。じゃあ、ちょっくら付き合ってくれ」
レイニーは魔力で手綱を作った。姉さんの口に挟まれている。光っているのでスキルっぽい。
おじいちゃんしか乗りこなせない姉さんを驚くほど完璧に乗りこなしていた。
――やっぱり、スキルの力ってすごいんだな……。私、姉さんの背中にしがみ付くことしかできないのに。
レイニーと姉さんは真っ暗な暗闇の中、バートン場をとても楽しそうに走っていた。バートン場は真っ暗なのに、なんで走れるんだろうか。私には理解できないが、スキルの影響でよく見えるのかもしれない。
「レイニー、もう、眠たいんでしょ。疲れている時にバートンに乗るのは危ないから、ほどほどにしておきなさい」
私はレイニーに向かって母親のような助言を口にした。
「わかってるよ。もう、十分楽しんだ」
レイニーは姉さんを操り、厩舎に戻って来た。姉さんがぶっ壊した厩舎の壁はベスパに直してもらったのですでに元通りだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。楽しかった……。ありがとうな」
レイニーは姉さんの首を何度も撫で、感謝していた。
「ああ……、私も楽しかった。ありがとう……」
姉さんの少々乙女っぽい声を聴き、背筋が凍る。あの雄々しい姉さんが、出会ったばかりのレイニーに感謝の言葉を伝えるなんて……。
レイニーは姉さんに魔力を渡した。レイニーの魔力はバートンが大好きな魔力らしく、彼の魔力だけでバートンはずっと生きていられる。スキルの効果らしい。
「クソガキ、名前は……」
「俺はレイニーだ。お前の名前はなんだ?」
「ビオタイト……」
姉さんは、びっくりするほど小さく呟く。
「ビオタイトか。良い名前だな。真っ黒なお前によく似合ってる」
レイニーは姉さんを厩舎に戻し、外に出て来た。
「あの女が欲しい」
レイニーは私に直球の言葉を放ってくる。
「……確かに姉さんは女だけど、バートンって言ってよ。なんか、気持ち悪いから」
「ああ、すまない。あの、ビオタイトが欲しい」
レイニーはやはりバートンの強さがわかるらしい。一発で、この村にいる一番強いバートンを言い当ててしまった。
「あのバートンはこの牧場の主が乗っているバートンだから……、一度聞いてみないと」
「そうか、明日聞きに行くとするか。じゃあ、俺はあの女と寝てくる」
「ちょ、なんでそうなるの……。だから、女って言うのやめて……」
「キララが言っただろ。スキルを使い続けると強くなるって。だから、バートンの近くで生活していればそれだけ早く強くなれるはずだ」
「そうだけど……、極端すぎるよ」
「まあ、バートンの厩舎なら、干し草が敷いてあるし、雨風もしのげる。あと、女を抱いてればあったけえだろ」
「はぁ……、好きにすれば。ベスパ、レイニーに毛布をあげて」
「了解しました」
ベスパは毛布を持ってきてレイニーに手渡す。
「ありがとう、じゃあ、お休み」
レイニーは厩舎の中に入り、姉さんがいるバートン房に向かった。
私は溜息をつきながら帰り道を歩く。
「今帰ったら開けてくれるかな……。もう、皆寝ちゃってるころだろうし……」
「もし、誰も開けてくれなければ私が開けますよ」
ベスパは扉の向こう側にすり抜けて扉を開けることが可能なので、野宿する心配は無くなった。
「そうだね。最悪、ベスパに開けてもらうよ」
私は家の前に到着し、扉を叩く。
「ただいま、キララだよ」
私は扉を三回叩いた後、自分の名前を言った。
「キララ……?」
扉の奥からお父さんらしき声が聞こえた。
「そうだよ、キララだよ。王都から帰って来たの」
私が話すと、扉が少しずつ開いた。
「あぁ、キララ……。お帰りなさい……」
お父さんは周りに迷惑が掛からないように小さな声でお出迎えしてくれた。
「ただいま」
私は家の中に入る。懐かしい匂いがして心が落ち着いた。実家って感じがする。
「こんな夜遅くに帰ってくるとは思わなかったぞ。でも、驚いた……。まさか、三通も封筒が届くんだからな……」
お父さんは棚の上に置いてあった封筒を私に手渡して来た。どうやら、各学園の合格通知と入学許可書、色々な書類が入っているようだ。
「まあ、今日はもう遅いし、さっさと寝るよ」
「そうだな。皆も寝ているし、明日、皆を驚かせてやろうか」
お父さんは微笑み、寝室に戻って行った。トイレに起きただけのようだ。
私は抜き足差し足で移動し、自分の部屋に入った。広々とした部屋で三か月生活していたので、久々の自分の部屋を見て、正直な感想が浮かぶ。
「あぁ……、せっま……。でも、これくらいがちょうどいい」
ベッドの上に布団一式がすでに置かれており、ビー達の仕事の速さが伺える。
「あぁぁ……、ここ、やっぱりここだぜ」
フルーファは狭い部屋の中をクルクル回り、体を丸めて眠る。
「まったく。ブラッシングしなくていいの?」
「してくれ!」
フルーファは私に飛びついてくる。その際、私は角を弾き、彼を悶えさせた。
「角が刺さったら危ないでしょ。不用意に飛びつかない」
私はトランクの中からブラシを取り出し、フルーファの毛並みを整える。
「あぁ……。気持ちぃ……」
フルーファはお風呂に入ったおっさんみたいな声を出し、気を緩めていた。
ブラッシングを終えた後、私は服を着替え『クリーン』で体の汗や垢を綺麗にしてから寝間着を羽織る。こんな時間でも日ごろの習慣は続けたいので魔法陣を一〇枚描いた。
「はぁ……、ねっむぅ……」
私はフラフラとベッドに移動し、倒れ込むように眠りにつく。
落ち着く場所、落ちつくベッド。二つが合わさり、私はあっという間に眠りに落ちた。
☆☆☆☆
次の日。
「ん……、ふわぁーあぁ」
私は眠りから目を覚ました。窓を開け、眩しい朝日を全身に浴びる。心地よい春風と新鮮な空気、綺麗な景色が私の眠気をあっという間に晴らす。
「いい天気。やっぱりこの村の景色は最高だな」
私の大好きな景色を堪能した。昨晩は真っ暗で何も見えなかったが、陽光と共に湿った空気が温められ、水滴に光りが反射し、キラキラと輝いて見える。
「キララっ!」
扉を破壊する勢いで部屋に入ってきたのは寝起きのお母さんだった。
「うわっ! お、お母さん、ど、どうしたの!」
私もお母さんの侵入に驚き、大きな声を出してしまった。
「靴が玄関に置いてあったから……。うわぁぁぁぁぁぁぁん、キララっ!」
お母さんは私に飛びついてきた。大きな胸が顔にむぎゅむぎゅと押し当てられる。とても恥ずかしいが、愛されていると思うと凄く嬉しい……。
「も、もう、お母さん、泣きすぎだよ。えっと、ただいま」
「お帰りなさい!」
お母さんは私の背中をこれでもかと撫でて来た。
「グルルル……」
(うう……、お母様……、重い……)
フルーファはお母さんに踏みつぶされており、苦しんでいた。
「あ、フルーファ。ごめんなさい。質が良い敷物だと思っちゃった」
お母さんはフルーファの頭から足を退ける。確かに寝そべっていると高級な敷物に見えなくもない。
「お姉ちゃん!」
目を輝かせた我が妹、シャインが扉の奥から部屋の中に入って来た。パツパツの寝間着が彼女の胸のデカさを物語っている。




