現実逃避がうまい
「世界に広がりまくった魔造ウトサを持つ者達が一斉に暴れ出すかもしれません……」
ベスパは私に嫌な想像をさせてくる。
「な、なにそれ……。そんなことをして何の得があるの」
「わかりません。ですが……、そうなったら地上が死地に変わってしまいます」
「そうならないために、今、多くの人達が頑張って働いているんだよ」
「確かに……。キララ様の魔力を受け取っている個体は魔造ウトサを受け付けませんから、無事です。その分の手下は確保できます」
「うう……、総力戦って感じがする……。悪魔と対等に戦うとか無理があるけど、何もしなかったら本当に地上が死地になってしまう。なとかしないと……」
私は過程が増え、考えることが複雑になった。魔造ウトサを止めるために正教会にいる人間を倒せば何とかなると思っていたが、もし、魔造ウトサを作っている者が悪魔なのだとしたら倒すのが一気に難しくなってしまった。どれもこれも仮定の話だけれど……、確定している部分が少なくて仮定で考えるしかない。
「でも、悪魔が作った品を消せるライトってやっぱりやばい存在なんだな……」
「そうですね。もう、ライトさんの存在だけは何が何でも隠し通さなければなりません」
「いや、もう目立ちすぎて知られまくってるでしょ。だって、空を飛ぶ九歳児なんていないもん」
私は苦笑いを浮かべ、ライトの姿を思い出す。
もし、ライトの存在が正教会に知られれば確実に消される。魔造ウトサの効果を消せる液体を作り出せるなんて人間技じゃない。まあ、ごくまれに人間の中にも悪魔みたいな化け物が現れる時があるが、それがライトなのだろうか。
私は駄目神の考えがちょっとわかった気がする……。でも、確認しようがないので頭の片隅にでも置いておこう。
「ベスパ、村の周りに誰か怪しい人がいないか調べてきて。なんで村を襲ったのか調べられたら良いんだけど……」
「了解しました」
ベスパは光り、ビー達に調べさせる。
「村の周りを調べたところ、隠れている者は一人もいませんでした。この村を襲った理由はわかりませんが、実験でもしていたのではないでしょうか?」
「実験で村人が危険に晒されていたなんて……。証明しようにも証拠が残ってないし、訴えられない。このままじゃ、どうしようもないね」
「そうですね。物的証拠は今のところ見当たりません。ワイルドボアを見せたところで、魔物が暴走したと言って無視されるだけでしょう」
ベスパは頭を振り、打つ手なしと言う。
「仕方ない……。村の周りに新しい強化した柵を作って」
「了解しました」
ベスパとネアちゃんは村の周りに強靭な柵を作った。木製の太い槍が突き出しており、大型のワイルドボワの一撃も通さない。今回現れた超大型のワイルドボワの突進も一撃なら耐えられるそうだ。
「ふわぁー。って、ええ……。な、なんかでっかい柵が出来てる。どうなってるの!」
居眠りしていたミーナは目を覚ますと周りの大きな柵を見て目を丸くしながら驚いていた。
「おはよう、ミーナ。食べてからすぐに寝るのは健康にあまりよくないからやめた方がいいよ」
私はミーナの近くに立ち、生活習慣を改めさせる。
「あ、キララ……。こ、この柵ってどうやって現れたの。もしかして地面からキノコみたいに生えてきたとか!」
ミーナは目を輝かせながら立ち上がった。子供の発想のようでかわいらしい。
「違うよ。普通に作ったの。だから、そんなキラキラした目を向けられても困る」
「えぇ……。普通に作ったの? すっごぉ……」
ミーナは逆に驚いていた。まあ、普通に作れる柵じゃないか。
村から逃げていた村人は村に戻ってきていた。村の変わりように驚いていたが、内部もベスパ達が直したので、以前より強化されている。
「皆さん、次、大型の魔物が攻めてきたら迷わず逃げてください。いいですか。逃げてくださいね!」
私は建物が頑丈になり、大きな柵で守られていると安心感を得てしまうとわかる。そのため、普通の魔物が攻めてきてもびくともしない。そうなると、多くの者が安心しきってしまう。
堤防があるから川は氾濫しないよとか、防波堤があるから津波が来ても大丈夫なんて考えている者が危険に陥るのと同じで、安心感は逆に危険に陥る可能性が十分あり得る。なので、私は村人たちの恐怖心をあおっておいた。
村人たちは皆頷き、感謝してくれた。七体のワイルドボワも肉と素材に分け、ベスパに瘴気を抜いてもらい、七体の肉を全て村に渡した。
私は柵を作った報酬だと言って素材を貰う。
「キララ、大人を纏めちゃうなんてすごいね……。なんで、そんなに頭がいいの?」
ミーナは私の人心掌握術を見て、驚いていた。
「別にすごくないよ。私は相手が欲しい物を渡して自分が欲しい物をもらっているだけ。対等に考えて相手の有利と不利を考える。まあ、難しく考えず、相手が嬉しいことと自分が嬉しいことを同時に行っているだけ」
「ええ……。なんか、計算されていてちょっと怖い……、わ、私のこともたぶらかしてるってこと……?」
ミーナは私を見て、身をだいぶ引いていた。
「そんな引かないでよ。普通に交渉していただけだし、誰も不幸になってないんだから」
「確かに……。私なら、私が倒した魔物は全部私の物って言いたくなっちゃう。そこをぐっと堪えて相手に渡して考えに賛同してもらったってわけだね」
「そう言うこと。ミーナも頭が良いね」
私はミーナの頭を撫で、微笑んだ。
「えへへー。だてに勉強してないよ。キララに勝てる気はしないけど……」
「ソンナコトナイヨ。ミーナモルークスゴガハナセテイルダケデスゴイヨ」
(そんなことないよ。ミーナもルークス語が話せているだけでもすごいよ)
私はビースト語で話し、ミーナを驚愕させる。
「うう……、ルークス王国の人がそんな流暢なビースト語を話しているところ聞いたことないんだけど」
「私の弟はもっとすごいよ」
「もしかして、キララってビースト共和国のハーフなの?」
「ううん。純ルークス王国人だよ」
「はは……。こりゃ、特待生だね……」
ミーナは皮肉るように呟いた。
「ビースト語を話せるルークス王国の者は沢山いるよ……多分。私は興味があって勉強しただけ。発音が知っている言語にちょっと似てたから、私でも喋れた」
私は肉を焼いていた鉄板を片付け、この村で一泊することにした。すでに空が暗くなり始めていたのだ。
「ミーナ、今日はここで一泊するよ」
「わかった。じゃあ、夜もお肉食べたいっ!」
ミーナのお腹はすでに凹んでおり、消化されていた。大量に食べたのに消化速度も八倍だからか、あっと言う間だ。こりゃ、ハンスさん、ミーナと結婚したら食費がバカにならないぞ……。
私達はワイルドボワの肉と村にあった野菜を使って軽い炒め物を作り、食べた。
無味だが、健康的過ぎて逆に悪くない。今まで味付きの品ばかり食べていたため、家に戻ったころに「王都に染まったな」なんて言われたくないので、舌を庶民に戻す鍛錬をした。
「ハムハムハム……。んーっ、肉うめー」
フルーファももとは肉食系の魔物なので、ワイルドボワの肉を食し、上機嫌になっていた。尻尾を振り、がっついている。
「モグモグモグモグ……。うーんっ、内臓美味しいですっ!」
ディアはワイルドボワの大量の内臓を食していた。内臓は誰も食べないので、ディアたちがたらふく食べられる品だ。内臓を放っておいたら瘴気が沸くし、焼いたら臭いし魔物を呼び寄せる羽目になる。
ディアたちに食べてもらえば餌として消せる。便利な掃除屋だ。
「ハグハグハグッ! 美味しいです、美味しいですっ!」
今回、出番が無かったクロクマさんは肉を沢山食べ、お腹を膨らませていた。
肉は沢山あるので仕事していなくても食べていいだろう。本当は仕事してもらわないといけなかったが、村人が怖がるので仕方なく待機してもらった。
レクーは干し草を食し、ネアちゃんは肉の破片を食べる。ベスパも肉を団子状に丸め、食べていた。森の中にあるビーの巣にもおすそ分けしに行くそうだ。
「キララってたくさんの仲間がいるんだね。凄すぎて顎が外れそう……」
ミーナは私の周りにいる者達を見て、口を開けて驚いていた。
「まあ、私のスキルが使役スキルだから、これくらいはね……」
「えぇ……。これくらいってどれくらい? バートンに小さなぬいぐるみ、ウォーウルフって、なんか普通じゃないよ?」
「この三体は使役してないよ。ただの友達」
私は視線を向け、ほほえんだ。笑顔でごまかそう。
「友達……。魔物と友達になれるの……。そんな訳ないよ」
ミーナは視線を落とし、呟いた。何かしら暗い過去があるのかもしれない。
「まあ、魔物と友達になるのは簡単じゃないけど、不可能ではない。そう、弟が証明した」
「キララの弟は何者……。ぶっ飛んでるよ」
ミーナは考えるのが嫌になったのか、肉に齧り付いた。
「ハムハムハムっ! 肉、美味しい!」
ミーナは肉の美味しさで頭の混乱を取り払う。
「はは……。現実逃避が上手いね……」
私も肉を食し、勉強をした後、早めに寝た。
次の日、追撃を受けることもなく、借りた家の中で心地よい目覚めを得る。
日差しを全身に浴びてぐぐーっと伸びをした後、ベッドから降り、桶に入れられた水で顔を洗って歯を磨く。服も着替えた。
「ふわぁー、おはよう。ミーナ、もう朝だよ」
私は隣で寝ていたミーナを起こす。
「ふわぁー。おはよう、キララ。今日もいい朝だね」
ミーナは朝起きた瞬間から目をぱっちりと開き、体を動かして脳をすっきりさせていた。
獣族故か、寝起きがすこぶるいい。フルーファの方は未だに眠っている。同じ系列なのにこの差が知能が高い差なのだろうか。
ミーナは寝間着から冒険者服に着替え、顔を洗い、歯を磨いた。
ウトサを食べていないので虫歯にならないが、口臭を気にするなら歯は磨いたほうがいい。
王都の者は歯を磨くが、田舎の者は口を水でゆすぐだけでも効果があるので、あまり磨かない印象だ。
私は習慣になってしまっているのでしっかりと磨く派だ。




