不可解な声
「えっと……。村人はいずこ」
私の視界に映る村の中に、村人らしき者は一人もいなかった。ワイルドボワたちが全て食べてしまったのかと思ったが、そんな惨状が起こったわけでもない。
村を探していると、家の中に取り残された老人や怪我人などがいた。
残っていた者達に話を聞くと、ワイルドボワが襲ってきた時に多くの者が村の外に逃げたと言う。まあ、賢明な判断だ。
村に冒険者ギルドは無いし、支部も無い。運よく冒険者が泊まっているわけでもなかった。まあ、冒険者が止まっていても超巨大なワイルドボワを見たら逃げるか。私も逃げたくなるし……。一部の頭が狂った者だけが、自ら戦いに行こうとするんだよな。
私は、一般人と同じ考えなのでさっきはもちろん逃げた。まあ……、守らないといけない者がいたら戦うけど。
村のなかを見渡すと、フルーファが引き付けていてくれたおかげか、壊された柵と一部の家以外案外無事だった。これなら、村を捨てることなく住み続けられそう。でもあんな大きな魔物に襲われたら村を捨てたくなるかもしれない……。
「ここら辺でも魔物の被害が出始めたか……。魔造ウトサの影響かな」
「そのようですね」
ベスパは解体を終えたのか、私の頭上に飛んできた。
「魔造ウトサが大きなワイルドボワの体内に入っていました。質からして古い魔造ウトサです。ざっと一年以上前の魔造ウトサだと思われます」
「はぁー、やっぱり……。狂暴化に加えて巨大化までしちゃってるのか……。厄介にも程があるでしょ……」
「今回はミーナさんがいて助かりましたね」
ベスパは翅をブンブン鳴らした。村の中で爆破するわけにもいかなかった。
「そうだね……。クロクマさんでも止められなかったと思うし、ベスパ達じゃ手も足も出ない。超上空から落とすっていう手を考えていたけど、ミーナが先に倒しちゃった」
「ワイルドボワの解体をしていたら特に硬い頭部の骨が粉砕骨折していました。鉄板以上の硬さだったので相当な威力ですよ」
「だろうね。で、そのミーナは今何をしているの?」
「肉を食べようとしていますが、ビー達が止めています。魔造ウトサが感知された以上、安全性が皆無なので、食べない方が得策です」
「ありがとう。ちょっと説明してくるよ」
私は肉に齧り付こうとしているミーナの元に脚を運んだ。
「き、キララ……。な、なんでかわからないけど肉が食べられないんだ……」
ミーナの服が伸び切り、今にも割けそうなくらいビー達に引っ張られている。
「ミーナ、この肉は危険だから食べない方がいい」
「え……。なんで、ものすごく美味しそうじゃん! 今すぐ食べたいよ! 私、生肉でも食べられるくらい胃が強いから大丈夫だって!」
ミーナは肉にじりじり寄っていく。
私達からすれば肉の山が後方に聳えている。黒味が掛かった豚肉のような見た目をしており、あまり食欲はそそられない。
――肉に含まれている魔造ウトサの比率はどれくらい?
「一割未満ですね。少量なら特効薬を飲んで問題なくなるくらいです。大量に食べれば確実に食中毒になりますね。体調不良も考えられます。私が吸い取ればその分食べられますよ」
「そう……、じゃあ、問題ないんだね」
「はい」
ベスパは大きく頷いた。
「ミーナ。今から肉の処理をするから少し待っていて」
「わかった!」
ミーナは大きく手をあげ、私の指示に従った。素直な子だ。
「じゃあ、ベスパ。八キログラムくらい切り取ってその中に含まれている瘴気を吸い取って」
「了解しました」
ベスパは大きな肉の綺麗な部位を八キログラム切り取り、お尻の針を刺して瘴気を吸い取った。少量の瘴気だったので、私の魔力量で無力化でき、ベスパは無事だ。
「今からこの肉を処理するよ」
私は八キログラムの肉を食べやすい大きさに切り、村人が持っていた鉄板の上に敷く。ステーキを作る要領だ。
大きめの石を四つ角に置き、地面で薪を『ファイア』で焼く。その火の熱を使って加熱する。
私はステーキを焼いた時を思い出し、中に火が通るように配慮する。魔物の肉は豚肉と同じくらい当たりやすいので、食中毒にならないよう火を通すことが大前提だ。
「おお……、おおおおっ! おいしそうッ!」
ミーナは焼かれている肉を見て、目を輝かせていた。弾ける油、漂う蒸気、焼ける匂いが彼女を狂わせるようだ。
「ミーナ、鉄板が熱いからちょっと離れて。火傷しちゃうよ」
私はミーナを鉄板から離れさせる。
「よし……。もう少しかな」
私は肉を魔力でひっくり返し、軽く押す。肉汁があふれ出し鉄板に焼かれてじゅーっと鳴り、美味しそうな匂いが熱された油のにおいと混ざってそこはかとなくおいしそう。
「あぁぁ……。は、早く食べたい……」
ミーナの口から涎が垂れ、今にも齧り付きそうだ。
押した感覚は硬く、内部まで火が通っていると直感する。ナイフで切ると、断面が見えた。二センチほどの厚さに切られたワイルドボワの肉は内部まで火が通っており、赤身が無くなっていた。
「よし、焼けた」
私は木製の皿に肉を移した。味付けは無いが、肉だけでもいいとミーナは言うので、そのまま出す。
「はい、ただの焼肉」
私は木製の皿をミーナに渡した。料理名などない、ただの焼かれた肉だ。
「うわぁーいっ! ありがとうっ!」
ミーナは満面の笑みを浮かべ、木製の皿を受け取るとフォークで肉を指し、口に含んだ。
「モグモグモグモグッ! うまぁぁ……。肉、うまぁ……」
ミーナは頬が蕩けそうになるほど笑い、肉を沢山食べていた。
私はこのままじゃ、すぐに追いつかれると思い、さっさと第二陣、第三陣を焼いていく。私が肉を焼いていると、避難していた村の人々も寄って来た。皆、肉を食べたいのかミーナの姿をじっと見ていた。
「皆さん、沢山あるので食べてもらってもいいですよー」
ミーナは自分で取ったワイルドボワの肉を指さしながら言う。
「ちょ、ミーナ。勝手に……」
「いいじゃん。皆もお腹が空いているんだよ。魔物の肉でも食べられるのなら食べておきたいって思うでしょ」
ミーナは大きなステーキ肉に齧り付く。強い顎の力により肉は簡単に引きちぎられた。
「はぁ……。ベスパ、巨大なワイルドボワ内にある瘴気を全て吸い取って」
「つまり、私に死ねと……」
ベスパはプルプルと震え、前髪で目元が隠れる。
「そうなるね」
「うぉ~っ、喜んでっ!」
ベスパは前髪を盛大にかき上げた後、満面の笑みを浮かべながらワイルドボワの肉に突っ込み、巨大な肉の中に入っている瘴気を身に吸い取った。
八〇秒後、ベスパは黒いヘドロのように染まり、地面にぼとりと落ちる。
「えへへー。ベスパ先輩、真っ黒になっちゃいましたね。私が食べてあげますよ!」
ディアは日ごろの腹いせと言わんばかりに口もとを舐めとり、ベスパのもとに向かった。
「く……、キララ女王様、万歳っ!」
ベスパは大きく叫んだあと、ディアに食された。八秒後。
「はぁ、酷い目に合いました……。部下に食われるのはいつまでたってもなれませんね」
ベスパは復活し、私の頭上にやって来た。
「ぐちょぐちょになったベスパ先輩は美味しいですよ。糞みたいな味がします」
ディアは口に付いた瘴気を舐めとる。とても美味しそうに食べるので美味しいのかと思ったが、糞不味いようだ。
「キララ様、これでこの巨大なワイルドボワの肉は全て食べられるようになりました」
「ありがとう。じゃあ、村人に切り分けてくれる」
「了解です」
ベスパはビー達と共にワイルドボワの肉を切り裂き、村人に分けて行った。ビーが肉を綺麗に切れるわけないのでナイフや剣を使っている。ある程度ぶつ切りにしたら、ネアちゃんの糸で切断していた。
巨大な肉は少しずつ無くなっていく。
「キララっ! おかわりっ!」
ミーナは肉を食切り、開いた皿を私に出す。
「はいはい。ちょっと待ってね」
私は焼いた肉を切って火が通っているか確認。焼けていれば開いた皿に乗せ、ミーナに食べてもらう。
「もう一度いただきますっ!」
ミーナは肉にがっつき、満面の笑みを浮かべ続けた。肉が相当好きなんだな。私は一枚で十分だったけど……。肉の質は猪で、臭みが強い。ステーキで食べると硬すぎるかな。でも、ミーナの顎があれば大概の肉は容易く食べられるはずだ。
ミーナのお腹がパンパンに膨らみ、寝そべって力尽きていたのでその間に、私は村人に話を聞く。
「すみません。魔物が襲ってきた時、何か変わった出来事がありませんでしたか?」
「変わった出来事……。特に無いが……」
「そうですか。ありがとうございます」
私は村人たちに同じような質問をして行った。すると。
「すみません、魔物が襲ってきた時、何か変わった出来事がありませんでしたか?」
「変わったことかどうかわからないけど……、なにか声が聞こえた気がするの……。村を襲えとか、突っ込めとか……。恐ろしくて忘れたいわ……」
村人の女性が何かしらの声を聴いたと言った。
その後、他の者にも何か聞かなかったかと質問すると多くの者が同じような声を聴いたと言う。
「ワイルドボワが何者かに操られていた……。考えたくないけど、似たような状況が何回も起こっている。可能性はあり得るな……」
私は街の領主邸でドリミア教会の者から遠隔で話しかけられた。その後、ドリミア教会の者が領主に命令した途端に領主が暴走した。
次は王都でバレルさんと戦っていた時。悪魔の声が聞こえた。その瞬間にバレルさんは暴走した。もしかすると、魔造ウトサは何者かの手で暴走させることが可能なのかもしれない。
「こんなところまで相手の権能が届くの……。いったいどこまで」
「もしかすると私達と同じくらい遠くまで届くかもしれません。能力が似通っています」
ベスパは私に話しかけて来た。
「能力が似通っている?」
「私達が出会った悪魔は二体。うち一体は多くの者と心を通わせられるようです。バレルさんの暴走を促したのもその個体でしょう。魔造ウトサは今まで人が作っていると考えていましたが……もしかすると、悪魔が作った品なのではないでしょうか?」
「…………」
ベスパの話しを聞き、私は身が凍る。
「う、嘘……。そんなことって……」
「わかりませんけど可能性としては十分考えられます。魔造ウトサは私達の魔力と同じように子供にも受け継がれ捕食者にも残ります。どんどん広がっていき、魔造ウトサを体内に宿した者で溢れかえる可能性が示唆されました。その状態で命令が出来るとなったら……」
ベスパは最悪の状況を考えていた。




