ワイルドボワとミーナ
「焦りすぎだよ……」
私とミーナは受付に向かい、パンを一個ずつ貰った。ミーナにとってはとても少ない量だが、無いよりマシ。そう言い聞かせ、一緒に食べる。
「モグモグ……。うーん。キララに貰ったパンの方が美味しかったなぁ……」
「贅沢言わないの。貰えるだけでもありがたいでしょ」
「そ、そうだよね。ハム、ハム……」
ミーナはぼそぼそしたパンを無言で食べて行った。
――まあ、王都のパンを食べた後に一般のパンを食べたらそりゃあ、美味しくないと感じるよな。私もこのパンは食べにくいし……。だからと言って食べ物を粗末にできない。水で流し込むか。
私は水筒の水を飲みながらパンを胃に流し込む。何も食べなければ死ぬし、パンを一個食べれば一日から三日は持つ。
「キララ、ビーの子無い?」
「あるよ。食べたい?」
「食べたい、食べたい!」
ミーナはビーの子にハマり、美味しそうに食べていた。まあ、見た目が悪いだけで、案外美味しい。おやつ感覚でパクパクと食べられてしまう。
私も小腹が空いたら干し肉と同じくらい食べているし……、貧乏な頃の家族を救ってくれた品なので無下にできない。
私達は宿を出てレクーが引く荷台に乗り、また移動を開始した。
「キララ、私、学園生活が不安で仕方ないよ……。今日までキララにどれだけ助けられてきたか……」
ミーナは荷台の前座席に座りながら弱音を吐いていた。
「私だって不安だよ。でも、不安だからと言って挑戦しないのはもったいない。一歩踏み出せば案外大丈夫だったなんて話はよくある」
「そうかもしれないけど……。って、私はこんなくよくよしちゃ駄目。せっかく受かったんだから、それを生かさなくちゃ!」
ミーナは頬を叩き、気合いを入れていた。彼女の内心はとても弱いのかもしれない。でも、変わろうと努力している。それだけで強い精神の持ち主だとわかる。
「ミーナ、大きく変わろうとしなくてもいいよ。少しずつ変われば、いつの間にか昔の自分と大きく変わってるから。始めは小さな一歩から始めればいい」
「そうなのかな……。小さかったら全然進まないんじゃ……」
「ちちちっ、小さな一歩でも何回も続けたら大きな一歩と同じになるんだよ。たとえどれだけ小さくても前に進めていれば確実に成長出来る。その点を考えれば、ミーナはドラグニティ魔法学園に合格したんだから、もう大きすぎる一歩を踏み出してるよ。自信をもって」
「うう……。キララ、私が言ってほしい言葉をなんでそんなポンポン出せるの……」
「うーん、人生経験が豊富だからかなー」
私は腕を組みながら笑いかける。
「もう、同い年なんだからそんな訳ないじゃん」
ミーナは私の発言をボケだと勘違いした。だが、本当の話なので、説得力はあるはずだ。
「キララ様、魔物の群れが近くにある村を襲っているようです」
ベスパはビー達からの連絡を貰い、私に伝えて来た。
「どんな魔物?」
「ワイルドボワです。大型、個体数は八頭程度」
「なるほど。倒しに行った方が良さそうだね。案内して」
「了解です」
ベスパは進行方向を変え、魔物に襲われている村に向かった。
「え、ええ……。キララ。なんか、レクーが道から反れてるよ」
ミーナはレクーの行動に疑問を持っていた。
「今から魔物に襲われている村に向かうよ。ワイルドボワがいるらしい。ミーナも討伐を手伝って。ドラグニティ魔法学園の実技試験でブラックベアーと対等に戦っていたから行けるよね?」
「ワイルドボワ! やったー! 大好物だよっ!」
ミーナはやる気マシマシ。尻尾を盛大に振り、荷台の前座席に立って跳躍。荷台の帆の上に飛び乗ると、目を凝らして辺りを見渡した。
――身体能力が猿みたいだな。狼だけど。
「スンスン、スンスンスン……。あっちから血の匂いがする……」
ミーナは嗅覚も良いので、匂いを嗅いだだけで、村の方角がわかっていた。
「フルーファ。村人に危害が出ないよう、ワイルドボワを引き付けておいて」
「わかった。じゃあ、先に行ってる」
フルーファは超低姿勢で、勢いよく走り、レクーを追い抜かして行った。彼も匂いで分かるので、問題ないはずだ。
「ワイルドボワの肉はジューシーで、食べ応え抜群で、ものすごく大きいんだよなぁ……」
ミーナはすでに食べることしか考えていなかった。まあ、お腹が空いているからかもしれないけど、危機感がゼロだ。
「ミーナ、その考えはワイルドボワを全て倒してから」
「はーい。ふぅ、よし! 絶対に倒すぞ!」
私達はワイルドボワに襲われていると言う村にやって来た。だが、思っていた状況と違う。
「べ、ベスパ……。これは流石に大きすぎない……?」
ワイルドボワの生態は簡単に言うなら大きな猪だ。でも、私達が目にしたワイルドボワの大きさは横の長さが八メートル、縦六メートルの超大型……。見た覚えもないくらいデカい。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ワイルドボワは建物に突進し、容易く粉砕させていた。村の周りに作られていた柵なんてなんの意味もなさない。そのため、他の魔物も入り放題だった。
「うおおおおおおお! でっかいっ! あれ、どれくらいの肉になるんだろう!」
ミーナは大変喜んでおり、目を輝かせていた。どう考えても普通の人間が戦っていい相手じゃないのに、怖気づいていない。
「ミーナ、正面から突っ込んだら駄目だからね!」
「わかってるよ! こういう時は上からだよね!」
ミーナは帆から大きく跳躍し、腰につけていた剣を引き抜いてワイルドボワの頭部に思いっきり突き刺す。ミーナの怪力の影響で、ワイルドボワは地面にたたきつけられて停止。だが……。
「嘘! 剣が割れた!」
ミーナの力とワイルドボワの頭部の骨が強すぎて剣の方が耐えきれずに粉砕した。
地面に叩きつけられたワイルドボワはすぐに状態を起こし、頭を闘牛のごとく勢いよく振り上げる。
「うわああああああああああっ!」
小さなミーナは何メートル上空にいるのかわからないほど吹っ飛ばされた。
「ベスパ、ミーナを救出!」
「了解です」
ベスパは空を飛んでいるミーナの背中に張り付き、落下死を防ぐ。
攻撃されて完全に気が立っているワイルドボワは目を黒く血走らせ、次の標的となる私に目掛けて走って来た。
「キララさん、なんか、こっちに来てますよ」
「レクー! 村の外まで逃げるよ!」
「わかりました!」
レクーは超巨大なブラックベアーと駆けっこしたくらいの度胸を持っている。そのため、超大きなワイルドボワが相手でも、臆せず走った。
ただ、相手は直線だけならブラックベアーよりも早い。そのため、レクーとの距離はどんどん縮まる。
――森の中に逃げるわけにもいかないし、このまま走っていたらじきに追いつかれる。
私は安全に倒せる策を考えていたところ、上空から銀色の髪の少女がすい星のごとく降って来た。
「おらああああああああっ! にくうううううううっ!」
拳が光っており、スキルを発動しているとわかる。
ワイルドボワは勢いよく走っているため、急に止まれない。
ベスパの援護もあってか、ミーナの体はワイルドボワの頭部に向かって完璧な速度で落下していた。
「せいやあああああああっ!」
ミーナの拳がワイルドボワの頭部に打ち込まれた。
木々や建物を吹き飛ばすんじゃないかと思うほど巨大な破壊音が鳴った後、ワイルドボワの頭部が地面に打ち込まれる。後ろ足が天を向くほど勢いよく反りかえった。
「はは……。獣族の力が八倍ってやっぱ、やばいな……」
私は苦笑いを浮かべ、地面に突き刺さっているワイルドボワを見る。確実に失神しており、動けていない。
「うおおおおおおいっ! キララっ! こっちもたのむううっ!」
フルーファはワイルドボワ達を引き連れ、村を出た。後方から七頭ほどのワイルドボワが追ってくる。小ぶり……、じゃない。今、倒されたワイルドボワがデカすぎて感覚がマヒしているが、十分大きなワイルドボワが突進して来ていた。
「ワイルドボワは脚が弱いんだよね……。ベスパ、ワイルドボワの脚に引っかかるようネアちゃんの糸を張り巡らして」
「了解しました!」
ベスパはネアちゃんの糸を目にも止まらぬ速さで周りに張り巡らせる。
「よっと!」
フルーファはネアちゃんの糸を軽々飛び越える。頭がいい。
「グオオオオオオオオオオオオオッ! グォ!」
ワイルドボワはネアちゃんの糸に引っかかり、体勢を崩して地面をボーリング玉のように転がる。一体が崩れれば周りも巻き込まれ、七体のワイルドボワが倒れた。やはり、頭がいい個体のほうが脅威だな。
「ネアちゃんの糸で脚をグルグル巻きにして」
「了解です」
ベスパはワイルドボワ達が再び、走れないよう足を縛りあげる。
ワイルドボワ達は火属性魔法を使えない。ブラックベアーの怪力でも千切れなかったのだから、ネアちゃんの糸が千切れることは絶対にない。
「よし。とりあえず、捕獲完了」
私は七体のワイルドボワを即座に倒さなかった。全員倒したら解体や血抜きとか面倒な作業がある。全部ベスパ達に任せればいいが、たとえ解体したからと言ってすべて運べるわけではない。まぁ『転移魔法陣』に入れて運んでもいいけど、肉が崩れないようにする工夫が必要なので、難しい。
荷台で運ぶ方法もあるがレクーの負担になるので安易に倒せない。
「キララ! すごいすごい! あっという間に捕まえちゃった!」
ミーナは巨大なワイルドボワの上で飛び跳ねていた。
「あの個体は解体するしかなさそうだな……。ベスパ、お願い出来る?」
「もちろんです」
ベスパはビー達と共に、巨大なワイルドボワの解体を行った。
「うおおおおおおいっ! すっげえええええええっ! 浮いてるっ!」
ミーナは両手を広げ、ワイルドボワの体が空中で解体されている場面を見て興奮していた。
私は気分が悪くなるので、あまり見ない。なんせ、内臓とか皮をはいだりとか……。非日常すぎて苦手だ。
「ディア、血液や内臓を全て平らげて。他の魔物が寄ってきちゃう」
「わかりました!」
ブラットディア達は血液を啜り、綺麗に飲み干す。
掃除を任せたら彼らの右手に出る者はいない。森の中にもブラットディアは大量にいるので数にも困らない。痒いところに手が届く者達だ。
「うえぇ……。ブラットディア……。気持ち悪い」
ミーナは大量のブラットディアを見て、嫌悪感を抱いていた。
――ブラットディアが気持ち悪いと思うのは獣族も同じか。
私はベスパがワイルドボワの解体を行っている間、村の人達の安否を確認しに行く。




