リアクション芸人
「ミーナ、お待たせ」
「あ、キララ。ドラグニティ学園長となにを話したの?」
「えっと……、四月七日までに学園に来てと言われたくらい。ミーナも同じだからね」
「そ、そうだよね……。うう……、お金どうしよう……」
「村に無いの?」
「お金が沢山いることは知ってると思うけど、初っ端から大金が掛かるとは……」
ミーナは後先考えずに行動する性格っぽい。まあ、行動力がある反面、失敗した時の反動が大きいようだ。
「ミーナ、提案があるんだけどさ、私が使うお金が浮いたんだよね。だから、返してくれるのなら貸してあげてもいいよ」
「うう……。お父さんとお母さんが人間からお金は借りちゃ駄目って……」
「へぇー、優しい両親だね。でも、今のままじゃ学園に入学できないでしょ。それでもいいの?」
私はミーナの両親が賢い者達で少々安心した。
「うう……。お父さんとお母さんに訊いてみないと……」
「まあ、そうだよね。ミーナは何も間違っていないよ。まだあって数日の私を信用しきる必要はない。でも、何かあったら私に相談して。金利無しでお金を貸してあげる」
「え……。こ、怖い……」
ミーナは嗅覚が鋭いのか、金利無しと言う言葉に敏感に反応した。
無料と言う言葉はとても怖い。私もあまり使いたくない。なんせ、後から何を請求されるかわからないのだ。
今は無料かもしれないが、一日後に金貨一〇〇枚を払えとか言いう請求が来るかもしれない。無暗に飛びつくのは危険だ。
「じゃあ、金利〇.一をつけるよ。金貨一〇〇枚借りても一年で金貨一枚だけしか増えない」
「うう……。な、なんか美味しすぎる……。でも、キララは何でそんなにお金を貸そうとしてくるの?」
「なんでって……。私、ドラグニティ魔法学園に同級生の知り合いがいないからさ、ミーナが一人いてくれるだけでもすごく助かるんだよ。だから、一緒に学園生活を送りたいなと思って……」
私は友達がいないのに加え、作るのが下手くそだ。なので、友達になれそうなミーナを易々と逃すわけにはいかない。同性だし、他種族だし、話しも会う。こんな良い相手がいるだろうか。
「わ、私もキララと学園生活を送りたい……。お父さんとお母さんを説得してみる」
「うん、考えてみて」
私はミーナに奨学金のような制度を受けてもらいたかったが、ルークス王国に奨学金制度なんて無い。なら、私自らしてあげれば良い。生憎お金はあるのだ。
「えっと、今から南に行くけどミーナも一緒に行く?」
「うん。ビースト共和国は南東方向だから、一緒に行くよ。途中から別れるけど、それまでよろしく」
「わかった。その……、大分刺激的な移動になると思うから、覚悟してね」
「え?」
ミーナは私の発言が理解できなかったようで、首をかしげていた。
私とミーナは荷台の前座席に移動した。
「レクー。村に久々に帰るよ。でも、安全走行でお願いね」
「もちろんです。キララさんに怪我をさせるわけにはいきませんから、安全に早く走ります!」
レクーは足踏みして体を動かした。すでに走りたくてうずうずしているようだ。
「キララのバートン、すっごく大きいね。毛並みや体調もいいし、すごいよ」
ミーナはレクーを手放しで褒めてくれた。
「ありがとう。この子は私が育てたんだよ」
「ええっ! す、すごい……。バートンを育てることもできるだ……。キララは多彩だね」
「まあ、村にバートンを育てるのが物凄く上手いお爺ちゃんがいるんだよ。育て方を聞いて愛情を沢山与えたら大きく育ったんだ。ミーナはバートンに乗った経験ある?」
「な、無い……。ビースト共和国の住民はだいたい徒歩移動が多いの。自分の体を使って仕事をするのが習わしと言うか、風習と言うか……。まあ、ルークス王国に来て古い考えだなって思った……」
ミーナはとても現代っ子のようだ。
「でも、ドラグニティ魔法学園の必修にバートンに乗ると言う講義があるから少しは体験してみた方が良いと思う。試しにレクーの背中に乗ってみたら?」
「いいの?」
ミーナは耳と尻尾を立て、目を輝かせながら訊いてきた。
「レクー、構わないよね?」
「はい。ぜひ、乗ってください」
レクーは頭を下げ、了承した。
「レクーは構わないって。鐙に靴裏を当てて、鞍にしっかりと座る。太ももでバートンの背中を挟んで体を固定する。私が手綱を持っているし、思いっきり走るわけじゃないから、ミーナも簡単に乗れると思うよ」
「わかった!」
ミーナは荷台の前座席からレクーの背中に飛び乗る。さっきまで骨が折れていたとは思えないほどの警戒な跳躍だった。鐙に足を乗せ、鞍に座り、太ももで背中を挟む。
「おお……。凄い……。私、バートンに乗ってる!」
ミーナは満面の笑みを浮かべながら辺りを見渡した。とても子供らしい動きで、ほほえましくなる。
「景色が高い、風が気持ちいい。凄い凄い!」
ミーナは手をあげ、風を全身で感じていた。レクーはまだ走っておらず、ただ歩いているだけだ。自然公園のような広大な土地を歩き、ドラグニティ魔法学園の入り口付近までやってくる。
騎士の許可をもらい、王都の通路に出た。
「じゃあ、レクー。南門に向かうよ。ベスパのお尻を追ってくれる」
「わかりました」
レクーは歩きから、走りに変わる。三拍子くらいで駆けていた。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ! すごいすごい! 気持ちいいっ!」
ミーナの銀髪が靡き、しっぽが後方に揺られる。
「ミーナ、あまり喋ると舌を噛むから気を付けて」
「わかっん……!」
ミーナは返事をしようとして舌を噛んだ。可愛そうに。
私達はドラグニティ魔法学園から王都の大通りを走り、南門に向かう。
「ふわぁ……。キララ……、おっさんがうざい……」
私の右隣にいきなり現れたのは黒毛のウォーウルフ、ペットのフルーファだった。
「誰がおっさんだ。われはおっさんではない!」
私の左隣に現れたのは銀毛の神獣。フェンリルだった。
「はぁ……。フェンリル、どうしたの?」
「キララ、王都から出るのか……」フ
ェンリルの声がよわよわしくなり、目が潤んでいる。耳と尻尾が垂れていた。
「なに、寂しいの? 神獣ともあろうお方が、一人の女の子が王都からいなくなるだけで泣いちゃうの?」
私はフェンリルをちょっとからかってみる。
「うう……」
フェンリルは伏せ、本当に泣きそうになっていた。
「ちょ、いい年したおじさんが泣かないでよ。ちょっと家に帰るだけだから。また、一ヶ月後には学園に通わないといけないし、戻ってくるよ。だからそんな顔しないで」
「本当だな……。帰って来なかったら王都を丸ごと食べてしまうぞ……」
フェンリルはほんとに出来そうな発言をした。眼がやる気だ。
「もう、神みたいなこと言わないで……。ちゃんと帰ってくるから、それまで大人しくウルフィリアギルドで番犬でもしてて」
「うう……。わかった……」
フェンリルがとても悲しそうに呟き、ふらふらと立ち上がる。
「はぁ、もう、面倒臭い犬だな……」
私はフェンリルをぎゅっと抱きしめて頬にキスをする。
「ちゃんと帰ってくるから大人しくしていなさい。もし、王都が危険な目に合ったらフェンリルが守らないと駄目だからね」
「あ、ああ。任せろ!」
フェンリルは私にキスされて機嫌を良くした。耳を大きく動かし、尻尾ははち切れそうなくらい振られている。
「ひゃっふうーっ!」
フェンリルは荷台から飛び降り、空中で八回転くらいした後、レクーの隣を勢いよく走る。
「ええっ! し、神獣様!」
ミーナは足下にいるフェンリルを見て仰け反るほど驚いていた。
「こんにちは、フェンリルさん。キララさんに大変懐いているようで」
レクーは神獣のフェンリルを相手にメンチ切っていた。
「む……、小僧。われと走っているからと言っていい気になるなよ」
「良い気になどなっていませんよ。キララさんに沢山甘えられて羨ましいなと思っているだけです」
レクーはフェンリルに嫉妬していたようだ。まったく、可愛いやつめ。
「神獣様が一緒に走ってる……。凄い凄い! こんな経験、滅多に出来ないよ!」
ミーナは一人、大きくはしゃいでいた。彼女にとって、神獣はその名の通り神と同じ扱いなのだろうか。
「ふわぁー。走るの面倒だから、ここにいるわ……」
フルーファは私の膝の上に顎を乗せ、誰よりも寛いでいた。
「まったく、本当にだらだらした魔物だね……。そんなんで、いざと言う時に動けるの?」
「いざと言う時に動けるようにだらだらしているんだよ……。ふわぁーあ」
フルーファは結婚相手が見つかる気が全くしないくらいだらけていた。
「もう、いいや。フルーファは死ぬまで私のペットね」
「う……。それもそれで嫌だな……」
「フルーファはすでに魔力体となりましたので、キララ様が死なない限り死にません」
ベスパはフルーファの方を向き、呟いた。
「へぇ、フルーファ、もう半分不死になっちゃったんだ。じゃあ沢山こき使っちゃおうかなー」
「……よ、よし、走るか」
フルーファは身の危険を感じたのか、荷台から飛び降り、レクーの右隣りを走る。
「え、ええ、ちょ、なんでこんなところにウォーウルフがいるの! と言うか、色が黒い個体なんて初めて見た! すっごーっ!」
ミーナはいちいち反応する性格らしく、とても面白い。
「ミーナ、芸人に向いてるんじゃない」
「芸人……。わ、私は面白くないから無理だよ」
――ミーナ、リアクション芸人って言う部類の人達もいるんだよ。
「グラアっ!」
(俺はフルーファだ)
「ドひゃっつ!」
ミーナはフルーファが吠えて身をのけぞらせる。
「ミーナ、実技試験の時は怖がっていなかったのに、なにをそんなに驚いてるの?」
「今はスキルが使えないからちょっと怖くて……」
「ああ、なるほど。確かに生身だと怖いか」
「グルル……」
(俺、怖がられた……)
「はははっ! これが魔物と神獣の差だ! わかったか小僧!」
フェンリルはフルーファに向って高らかに笑う。
「グぬぬ……」
フルーファは普通に悔しがっていた。別に他人に怖がられても気にする必要ないのに。
「フルーファは私のペットなんだから、私に可愛がられていれば十分でしょ。それとも何? もっといろんな女の子にちやほやされたいわけ? この私から可愛がれているのに?」
「そうだ! そうだ! キララ様に可愛がられているだけでもありがたいと思え!」
ベスパは大きな声を出しながら手足を振るう。ベスパは唯一私に可愛がられることがない生き物なので、ものすごく怒っていた。フルーファはとても恵まれている方なのだ。
「う……。そ、そうだな。確かに、キララに可愛がられているだけで幸せか……。って! あ、危ない、洗脳されるところだった……。おれは魔物、俺は魔物。キララのペットじゃない」
フルーファは頭を振り、力強く走る。
「別に洗脳する気はないのに……。まあ、魔物にとってはそう思うのかな」
私達は南門までやって来た。




