史上初
「正教会のバートン車と一般人が衝突したようです」
「そうなんだ……。不慮の事故か何か?」
「どうでしょう。ただ、衝突された方が意識不明で正教会はすでに助からないと判断し、置き去りにして行きました」
「衝突された方は生きてるの?」
「生きています」
「じゃあ、助けないとね。えっと、死なない程度に治そう」
私は荷台から降りて人込みを抜ける。人だかりができていた場所に口から血を吐いている銀髪の獣族がいた。
「ミーナっ!」
正教会のバートン車に轢かれていたのは私の知り合いと言うか、ドラグニティ魔法学園を受けていた同級生だった。
私は駆け寄り、ミーナの状態を見る。お腹が凹んでおり、体が細い。もう、何日の間食事をとっていないのかわからないくらいだ。
「どれだけ空腹でいたの……」
私でも持ち上げられてしまうくらいミーナは軽く、すぐに荷台に運ぶ。
「とりあえず骨を繋げる前に内臓の破裂をどうにかしないとな……」
口から血を吐いていると言うことは口内に傷を受けたか、又は臓器が損傷したか、どちらかだ。
私は大量の魔力を含んだ水をミーナに飲ませる。
嚥下する力もないので、彼女の口を開けさせ魔力操作で胃に直接送る。
「ひゅぅ……、ひゅぅ……、ひゅぅ……」
「心臓は止まってないし、呼吸は浅いけどしている。内臓が治れば折れた骨をくっ付けてあげれば良い。肋骨が肺や心臓に突き刺さっているわけじゃないし、手足が変な方を向いているだけだから、治せるはず……」
私は医者でもないのにミーナの治療を行った。すぐに手当てしないと彼女があの世に逝ってしまいそうだったので、仕方がない。
「ネアちゃん。折れた骨を綺麗にくっ付けてくれる」
「わかりました!」
ネアちゃんはお尻から出した魔力の糸を前足で伸ばす。傷から魔力の糸を入れ、折れた箇所まで伸ばす。ネアちゃんの目は人と見え方が違うらしく、体の中もある程度感知できるらしい。骨と骨に糸を付け完璧にくっ付けていく。
何をしているのか全く分からないが、魔力の万能性を見た。
「さすがネアちゃん……。頼りになる」
私はレクーを人目に付きにくい場所に移動させ、ミーナの治療に専念した。
「う、ううん……」
ミーナの呼吸は安定し、折れていた骨もある程度元の方向に戻っていた。まだ、全力で動くことはできないが、推定体重五〇〇から八〇〇キログラムを超えるバートンに突き飛ばされて彼女は生きていた。
体が相当頑丈だと言うことがわかる。
「ミーナ、大丈夫?」
私はミーナの頬に手を置きながら訊いた。
「う、う……。え……、キララ……」
ミーナは綺麗な琥珀色の瞳を私に向けた。瞳に光りがともっているので死んでいない。
「よかった。生きてた……」
私はミーナに抱き着き、背中をさする。
「キララ……、わ、私、なにがどうなって……」
ミーナは変な方向に曲がっていた指を見つめる。だが、外傷は無く、普通に動かせていた。
「ミーナ。今はあまり動かさない方がいい。出来るだけ安静にしていて。そうしないとつなげた骨がまた折れちゃう」
「え……。キララ、折れた骨を治せるの? 回復魔法が使えるってこと?」
「いや……、そう言うわけじゃないけど。しゅ、手術って言う新しい魔術だよ」
私は無理やりごまかす。
「手術……。凄い! さすがキララだね!」
ミーナは大きな耳を立て、尻尾をこれでもかと振る。元気なわんこでとても可愛らしい。
「グルルルルルルルルルル……」
ミーナの弱った胃が大きな音を鳴らした。
「あはは……。もう、お腹が空きすぎて……体に力が入らないよ」
ミーナは力を抜き、荷台に倒れ込んだ。
「何日間食事をとってないの?」
「……八日くらいかな。水ばっかり飲んでた」
ミーナは指を四本ずつ立てて教えてくれた。
「ギリギリじゃん。全く……」
――ベスパ、死んでしまったビーの子を持って来てくれる。
「了解しました」
ベスパは王都内にいるビー達の中で成虫になる前に死んでしまったビーの子を集めてもって来た。新鮮な個体が多く、生で食べても問題なさそうだ。
「ミーナ、ビーの子だけど食べられる?」
「食べる!」
ミーナはビーの子が入った袋を受け取ると手を突っ込んで口に放り込む。よほどお腹が空いていたんだな。
「胃が空っぽだったからゆっくり食べないと体が拒絶しちゃうよ。口に少量を入れて二八回以上噛んでから飲み込んで」
「わ、わかった」
ミーナは八匹ほど口の中に入れ、しっかりとよく噛んでから飲み込む。
私はミーナの背中をさすり、安心感を与えた。
「ねえ、キララはなんで獣族の私にも優しいの?」
ミーナは首をかしげながら訊いてくる。
「なんで? まあ、別に獣族と人間なんてさほど変わらないでしょ。あと、獣族の知り合いがいるから悪い種族じゃないって知ってるし、嫌う必要がない」
「……」
ミーナは少々涙ぐみ、ビーの子をモグモグと食していた。
ミーナの体調が少し回復したので、私達はドラグニティ魔法学園に向かう。彼女も私と同様に合格発表を見に来たそうだ。
「合格発表を見に行こうと思ったけど、お腹が空きすぎてフラフラしていたら、バートン車に吹っ飛ばされたと……」
「いやぁ、スキルが無かったら死んでたよ。あははっ!」
ミーナは荷台の前座席に座る私の隣におり、後頭部に手を置きながら笑う。
――笑い事じゃないでしょ。
「ミーナのスキルって何なの? 勇者系、剣聖系、賢者系、聖女系?」
「私のスキルは『身体能力八倍』だよ」
「……なるほど。『勇者系』のスキルっぽいね」
「身体能力が八倍になるのは良いんだけど、お腹が減るのも八倍速くなっちゃうの。体力だって八倍減るし……。使い勝手は悪いよ。普通の人間が持ってたらすぐに体力がなくなると思う。獣族の私だからギリギリ使えてるって感じ」
「そう言うことか。スキルを一瞬だけ使ってバートン車の衝突を耐えたんだね」
「まあ……、お腹が空きすぎてスキルの力がほとんど出なかったけどね……」
「じゃあ、獣族だけの身体能力でバートン車の突進を生き残ったんだ。凄い耐久力だね」
「ははは……、それくらいしか私の誇れるところがないよ」
ミーナは流暢なルークス語を喋っている。元からルークス王国出身者なのではないかと錯覚するほどだ。
「いや、ミーナは言葉がすごく上手いよ。たくさん勉強したんじゃない?」
「う……。うん……。ハンスさんと会話したくて頑張った……」
ミーナは指先を突きながら乙女の表情を浮かべていた。耳がへたりこみ、尻尾が大きく揺れている。
――国際恋愛ってやつか。だからそれだけ言葉が上達したんだ。愛の力ってやつかな。
「ミーナは本当にハンスさんが好きなんだね」
「うん、大好き! 一緒に川で遊んだり、仕事をしたり、食事したり、寝るときも一緒だった! 寝てる顔にチュッてしたくて仕方なかったけど成人するまでしないって決めてるの! 今はハンスさんの使っていたパンツの匂いを思い出して寂しい気持ちを我慢してる!」
「そ、相当好きだね……」
私はミーナのハンスさん愛が強すぎて少々引いた。
――これが獣族の深すぎる愛か。現代ならなかなか重症なストーカーだ。でも、ミーナに何の悪気もないんだよな。逆に尊く感じる。
私はミーナの話を聞きながらドラグニティ魔法学園に到着した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。お、お願いします。ガイアス様お願いします……」
ミーナは両手を握りしめ、獣族が信仰する神様に祈っていた。
私はドラグニティ魔法学園の入り口で騎士に学生番号を見せ、敷地中に入れてもらう。その後、レクーと荷台を厩舎に移動させた。体を極力動かしたくないミーナをベスパとネアちゃんを使って軽く浮かせながら合格者の番号が書かれている看板に向かう。
「はぁ、はぁ、はぁ……。わ、私の番号……。私の番号……」
ミーナは受験番号が書かれた紙を手に持ちながら探す。
「私の受験番号は八番だったよな……。一番はレオン王子だから、もちろん受かってるでしょ。二番、三番、四番、五番、六番、七番の子も受かってる。やっぱりドラグニティ魔法学園が欲しいと思っていた子だけはあるな……。えっと、七の次が九番……」
私の番号は飛ばされていた。
「う、ううう……。ううう……。うわーんっ! あった、あったよぉおっ!」
ミーナは私に抱き着き、尻尾をブンブン振りまくっていた。ミーナは受かり私の受験番号は見当たらない。
特待生と書かれた看板も無く、普通に私の受験番号は無かった。
「キララは凄かったし、どう考えても受かってるよね」
ミーナは期待の眼差しを向けてくる。
「えっと……。私の受験番号が看板に無くて……」
「え……、う、嘘でしょ。キララの方が断然いい結果だと思ったのに……」
ミーナは不思議な結果に驚き、おどおどしていた。自分だけ受かり、知り合いが受かっていなかったと言う状況に気分を悪くしている。
「はは……。ミーナ、おめでとう。私のことは気にせず、学園生活楽しんで。私は滑り止めで受かっているエルツ工魔学園にでも行くよ」
「え、ちょ、キララ。学園に訊いてみようよ。私が受かってキララが受からないっておかしいよ。絶対何かあるんだって」
「まあ……、話しだけでも聞きに行くか」
私は振り返り、看板の奥に歩いていく。すると、多くの受験生が物凄く渋滞していた。なぜ渋滞していたのかは一目瞭然だった。
「『ドラグニティ魔法学園、史上初の特待生『受験番号八番』」
ドラグニティ魔法学園の一番大きな園舎の屋根から縦に大きな大きな垂れ幕が垂らされていた。あまりにも目立ちすぎる。
「は?」
私は驚きと苦笑いが混ざったような声が出た。
「ふふふっ、さすがキララ様」
ベスパは知っていたかのような顔で笑う。ほんと性格が悪い奴だ。
「き、キララの受験番号は……?」
ミーナは顔を固めながら訊いてきた。
私は手に持っていた受験番号をひっくり返し、ミーナに見せる。
「どわあああああああああああああああああああああああああああっ!」
ミーナは大声を出し、周りを驚かせた。
「す、すみません。知り合いが受かって浮かれちゃって……」
私はミーナの口を手で塞ぎ、騒ぎを静める。そのまま、ささーっと人込みから逃げ、私達はレクーがいる厩舎に戻る。
「はぁ、はぁ、はぁ……。き、キララ、特待生だって! す、すごいすごいよ!」
ミーナは興奮が冷めないのか、手足を振り、尻尾を立てていた。
「はは……。た、たまたま運が良かったんだよ……」
私はミーナから視線を反らし、苦笑いを浮かべた。もう、ドラグニティ学園長……、あんな目立つ発表の仕方をされると困るよ。




