神樹
「すみません、齢八〇〇歳以上のお姉さん」
「うーん、言い方に棘がある……。まあいい。とりあえず言いたいのはキララちゃんの持っているスキルは物凄く弱い。だが、弱いからこそ反動が少ないし、進化の可能性を秘めている。『勇者』や『剣聖』『賢者』『聖女』の類はどれもこれも完成されており、鍛錬で鍛えられるのは肉体だけだ」
「へえ……。じゃあ、四強のスキル自体は強くならないんですか?」
「私が知る中では見た覚えはない。まあ、スキル自体が強いからな。肉体の方が追い付かないと言う場合も少なからずある。そう考えると、弱いスキルの方が可能性があって私は好きだな。まあ、普通の者はスキルをそう簡単に進化させられないが……」
「とりあえず、スキルは使えば使うほど強くなる可能性があると言うことはわかっているんですね?」
「ああ、そうだ。でも、魔力枯渇症やスキルを使ったあとの倦怠感で長時間、連続して使えないと言う者が多い。キララちゃんは体質なのかスキルの影響なのか、魔力がべらぼうに多いから、長時間スキルを使えるようだね」
「まあ、私は昔から魔力が多い体質らしくて、五歳児の頃に死にかけました。でも、耐えきって今に至ります」
「特異体質か何かかな。キララちゃんが持っているスキルはキララちゃんだからここまで使い勝手が良いスキルになっているみたいだね。そう考えると、スキルの相性を考えている神様は頭が中々良いみたいだ」
フリジア学園長は腕を組みながらウンウンと頷いていた。
――駄女神は私のことをちゃんと考えてくれていたんだな。
「キララちゃん、女神に駄女神なんて言葉を使ったら、ばちが当たるよ」
フリジア学園長は私の心をまたもや読んできた。
「私は女神を信仰しているわけじゃないので、なんて言おうと関係ないと思いますけど」
「そうなんだ。私も女神を信仰しているわけじゃないから、お揃いだね」
フリジア学園長は両手を握り、可愛らしく微笑んだ。
「森の民が信仰しているのは女神じゃないんですね。人よりも歴史が長そうですし、ずっと女神に信仰しているかと思っていました」
「ちっちっちっ、私達が信仰しているのは女神じゃなくて神樹だよ」
「神樹……。なんか、神々しい名前ですね」
「大森林の奥にあって、私が生まれるずーーーーっと昔から生えてるの。樹齢何年かわからないんだけど、森の民が生まれる前からあるらしい。世界が誕生したころからある大木だよ」
「へぇ……凄い昔ですね。えっと、フリジア学園長は自然とも会話できるんですよね。なら、神樹とも話し合いが出来るんじゃないんですか?」
「あー、なんか、神樹の声は聴きとりにくいんだよね。言葉がわからないと言うのかな。喋っているのはわかるんだけど、理解できないんだよ」
「まあ、大昔から生えている木ですもんね。逆にそんな言葉を知っていたら凄いとしか言いようがないです。その神樹を崇めているのが森の民なわけですね」
「そう言うこと。人間と森の民は神樹の争奪戦が行われてね。もう、長い間戦ってたらしいんだけど、私は生きてなかったから全然知らない。それだけ昔からある木を崇めて古臭い発言をしている爺と婆ばかりな場所が大森林だよ。人族は滅多に行けないけど、キララちゃんなら私と一緒に行けるかもね」
フリジア学園長は顔を顰めながら言う。大森林にいる他の森の民が嫌いなのだろう。
「キララ様、フリジア魔術学園の中をある程度調べ終わりました」
ベスパは私とフリジア学園長が話していた時に飛んできた。
「お、どうだった?」
フリジア学園長はベスパの発言を耳で聞き取り、声を掛ける。
「私はフリジア学園長ではなく、キララ様に話しかけているのです」
ベスパは腕を組み、少々嫌そうにむくれる。
「別にどっちに話してもいいでしょ。で、どうだった?」
私はベスパが怒らないように抑制しながら訊いた。
「今のところ、魔造ウトサは発見できませんでした。以前、ブラットディアが食べつくしたので、今現在、学園で仕入れられているウトサの中に魔造ウトサは含まれていないことになります。今の商人から受け取っていれば問題ないと思われます」
「ほっ……。よかった……」
フリジア学園長は胸をなでおろし、一息つく。
「キララちゃん、調べてくれてありがとう」
「いえ、お役に立てたのならよかったです。私が出来ることは調べることくらいなので」
「いやいや、諜報員をしていた私からすると、キララちゃんのスキルは本当に便利だよ。だってそこら中に耳と目があるってことでしょ。覗き放題じゃん!」
フリジア学園長は微笑みながら、飛び跳ねる。
「ま、まあ、確かに覗き放題ですけど、犯罪になるのでもちろんしていません。私は犯罪をなるべく起こさないように心掛けているので、安心してください」
「キララちゃんのスキルがあればどこに行っても情報を得られるし、そこら中に仲間がいる。強いか弱いかは置いておいて数の力は偉大だ。キララちゃんが大量の魔力に飲み込まれていないから、その分、安定している。弱いのにほんと良いスキルだね。ベスパ」
フリジア学園長はブンブン飛んでいるベスパに向って言う。
「弱いと言う言葉は不要ですよ。私はキララ様がいれば強くなれるんです!」
「はは、そうだね。キララちゃんがいれば強いかもね。でも、自分の強さに過信をしてはいけない。成長を諦めてもいけない。たとえ限界だと思ってもさらに限界を追い求めるんだ。強者は停滞を嫌い、常に先を見ている。まぁ、キララちゃんは強者とか興味ないか」
フリジア学園長は笑い、長い耳を上下にピコピコさせていた。
「そうですね、強くなりたいですけど、強い者になりたいかと言われると何とも言えません。ほんとうに強い者は心から強いです。私はビーを怖がるくらい心が弱いので、道は長そうです」
「まあ、強さを求める人生もいいけど、ごく一般的な結婚して子供を育てて死んでいく人生も悪くないと思うよ。キララちゃんは色々と頭を突っ込み過ぎて抜け出せなくなってるけどね」
「はは……、そうですね。とにかく、正教会の暴走を止めるしか、今後の世の中をよくできません。魔造ウトサを止められただけで正教会が止まるとは思えませんから、さらなる用心が必要です」
「うん、わかっている。正教会は私を狙うと思うし、学園を潰そうと考えている可能性すらある。でも、逆にあっちから近寄ってくれるなら、それを利用してやる。情報を抜き取ってことを有利に運ぶよ」
フリジア学園長はのほほんとした表情から一気にキリリと引き締まった顔になった。頼れる大人の女性だ。
「よろしくお願いします。では、私はこれくらいで失礼しますね」
私はフリジア学園長に頭を下げた。
「あ、報酬……」
フリジア学園長は仕事机の裏に回り、革製の袋を取り出した。
「とりあえず、金貨八〇枚くらいでいいかな」
「え……。そんなに貰っても良いんですか?」
「うん、別にいいよ。だってただ調べてくれただけじゃないでしょ」
フリジア学園長はベスパの方を見ながら微笑む。
「はい、ゴミや埃、腐った品、雑草などなど、全て排除しました」
ベスパはフリジア学園長に伝える。私に言わなかったことまでフリジア学園長はわかってしまうらしい。
「だから、この値段は普通だと思うよ」
「わかりました。受け取っておきます」
私はフリジア学園長から袋を受け取った。重いので、ベスパに持たせる。
「じゃあ、キララちゃん。また遊ぼうね」
「はい。ぜひ、遊びましょう。時間が出来たら大森林と言う場所にも行ってみたいです」
「キララちゃん、もの好きだね……。まあ、考えておくよ」
フリジア学園長は椅子に座り、両手を振って私を見送ってくれた。
私は学園長室を出る。
「ふぅ……。何とか話合いは終わったね」
「キララ女王様。たくさんのゴミが食べられて嬉しかったです!」
ブラットディアのディアは私の足下から体を上ってきて、胸にくっ付く。ブローチに擬態し、完全に沈黙した。
「お疲れ様」
私はディアを撫でて、感謝した。
「さてと、成績を一応見て来ますか」
私はフリジア魔術学園の入り口にやって来た。時間の影響か、人がある程度空いており、結果がはっきりと見えた。
「おお……。数字がずらっと並んでいる……。私の受験番号は八八八八番だったよな」
私は自分の受験番号を調べた。エルツ工魔学園の時と同じく、見当たらない。
「こっちの多い合格者の方じゃなくて上の方かな……」
私は上の方に視線を送る。
特待生の欄に八八八八の文字が書かれていた。どうやら、フリジア魔術学園でも特待生になれたらしい。フリジア学園長が正教会に狙われていなければ入ってもよかったな……。
「うん、これで最後のドラグニティ魔法学園で特待生なら快挙なんじゃないかな……。ライトやシャインが成し遂げていないことだ。取っていればライトが取れたとしても二番煎じ。私の方が一番って言うことになる。弟と妹に、姉として威厳が保てる!」
私は内心ドキドキしながらレクーのもとに向かい、荷台と一緒に厩舎から出した。レクーと荷台を縄でつなぐ。荷台の前座席に座り、手綱を握る。
「じゃあ、レクー。今からドラグニティ魔法学園に行くよ」
「わかりました」
レクーは脚を動かし、フリジア魔術学園の出口に向かう。
「ベスパはレクーの前を飛んで、安全な経路を教えてあげて」
「了解です」
ベスパは大きく頷き、レクーの前を飛ぶ。
「女子生徒が多いフリジア魔術学園の中で魔造ウトサは今のところ広まっていなかった。これから定期的に調べていった方が良さそうだ……。広がってからじゃ遅いし、早めの対策が大切になるぞ」
私はフリジア魔術学園の掃除を定期的に行うことにした。フリジア学園長に頼めば了承を貰えるはずだ。そうすれば、毎回金貨八〇枚くらい貰える。三カ月に一回の計算でも年間金貨二四〇枚。十分生活していける。
「王都はお金の匂いがぷんぷんするなー。お金が貯まっているから当たり前か」
「キララ様、あまりお金の話をすると顔が悪くなりますよ」
「おっと、いけない」
私は頬に両手を当て、円を描くように揉みこんで柔らかくする。
☆☆☆☆
私達はドラグニティ魔法学園に向かっていた。ただ、渋滞しており、前に進めない。
「うーん、なにかあったのかな……」
「見て来ますね」
ベスパはドローンのようにブーンと飛んで行き、八秒足らずで普通に戻って来た。




