ルークス王の政策
「ぷぷぷっ、ぷぷぷっー」
ベスパは口を閉じ、完全に笑っていた。燃やしてやろうか。そう思うも、私は絵に集中し、昨日よりもいい絵になるように描いていく。
「うん……。今日はこれくらいにしておこう」
窓の外に見えるのは西日で綺麗に赤くなった王都だ。王城も白さが際立ち、とても幻想的に見える。夕暮れ時の海とまではいかないが、見慣れていない景色なので心が躍った。
「この王都がボロボロになるのは嫌だな……」
私は街で起こった巨大なブラックベアー事件後の街の姿を思い出し、王都と重ねる。
「そうですね。ボロボロになった姿を見るのは辛いですからね」
ベスパも空を飛び、私と心情を共有していた。
「ここがボロボロになった姿は見た覚えが無い。あまり心配しなくてもいいだろう」
フルーファは窓際に前足を置き、外の景色を見た。長い間生きている彼が言うと、妙に安心できる。
「来る人間たちが変わっても、この景色は……昔から変わらんな」
フェンリルは微笑みながら取り残された戦時者のごとく呟く。
私はフェンリルの寂しそうな瞳の奥に長年生きて来た辛さを感じ取った。フェンリルの体にぎゅっと抱き着き、私の体温を送った。
「フェンリル、今は私達がいるからね。寂しがらなくていいよ」
「…………ふん」
フェンリルは鼻を鳴らすと尻尾を盛大に振る。わかりやすいやつだ。
「たとえ神獣と言えど、キララ様に逆らえないようですね。つまり、私にも逆らえないと言うことです」
ベスパは上空で腕を組み、翅を鳴らしながら誇っていた。年老いた新人を見下す若手社員のようで情けない。
「ベスパ、私達の関係に上も下もない。平等だよ。まあ、ベスパは永遠に私の下だけど」
「ちょっ、秩序がすでに崩壊してるじゃないですか」
ベスパは両手両足をブンブン動かしながら大きな声を出していた。
「ふっ、ほんと、にぎやかになったな」
フェンリルは私の頬に擦り寄ってきて尻尾を振る。神獣でも、寂しい想いをするのは辛いのだろう。
私はレクーがいる厩舎に向かい、ルドラさんの屋敷に移動する。
家に帰るとメイドさんやマドロフ家の方達がいつも通り生活していた。どうやら体の中に入っていた瘴気が抜けたようだ。
「うおおおおおおおおおおおおっ! 午前中に出来なかった仕事を終わらせるわよっ!」
「は、はいっ!」
メイドさん達はメイド長が元気になりすぎて大変そう。
私は手洗いうがいを終え、食堂にやってくると豪華な料理がテーブルの上にすでに並んでいた。
今朝、料理長が不甲斐ない料理を作ったからと言って豪華な品にしたようだ。別にいいけど私達だけで食べられる量じゃない……。最後はディアの食事に回りそうだ。
今日はフリジア学園長が来ず、いつも通り少々静かな夕食だった。まあ、それはそれで寂しいと言う気分になるのだから不思議だ。
食事を終えた私は一人でお風呂に入り、ゆっくりまったりする。綺麗に咲いている花が水面に浮かべられており、ゴージャスな気分になれる。貴族の令嬢は毎日こんなお風呂に入っているのかもしれない。
「キララ様、ルークス王国の王様が無事、目を覚ましたようです」
ベスパは昨日にアレス王子のもとに特効薬を持って行ったあとの事後報告をして来た。
「そう、よかった。他の王族の方は無事?」
「はい。無事です。まあ、第二王子のキアン殿下は舌打ちしていました」
「なるほど……。王座でも狙ってたのかな? 今回の騒動の件も知ってるっぽいし、正教会との繋がりがあるのは間違いなさそうだね」
私はお風呂で体を浮かばせながら心を軽くする。
「はぁー、三月八日になったらいったん帰るし、帰ったらまたすぐに出発しないといけない」
「空を移動すれば森を突っ切れるのでいつもより早く帰れるかもしれませんよ」
「レクーを置いて帰るってこと?」
「まあ、そう言う話しになるかもしれません。別に、レクーさんも持ち上げて空を移動させれば問題ないのでは?」
「レクーは走りたがりだからさ、走らせてあげないと……」
「走りたがりって……。確かに、バートンが走らないと存在意義を失ってしまいそうですね」
ベスパは頭上をブンブンと飛びながら、考え込んでいた。
「じゃあ、レクーが走れるまでは走ってもらって、休憩中は飛んで行こう。そうすればいつもより早く帰れるかも」
「なるほど。組み合わせるわけですね。ビー達の休憩にもなりますし、いい作戦です!」
ベスパはその場にとどまり、手を振って大げさに褒めてくる。
「レクーの休憩時間が一時間だから、ビー達に八〇キロメートルくらい移動してもらえるのか。ずいぶん早く帰れそうだね」
私は飛行機と自動車を乗り換えながら帰るくらい力技で時短を実現させようとしていた。
「よし、三月八日のドラグニティ魔法学園とフリジア学園長の試験結果発表が終わったらいったん村に帰る。帰りの時間を考えて家に滞在する時間を考えるよ。あ、お土産を買っていかないとシャインたちが怒るな。時間もあるし、お土産選びをさっさと済ませちゃおうか」
「いいですね。以前もお土産を買うと言う大切な行為を忘れてしましたし、事前に準備しておくことは必要不可欠です」
「そうだよね。じゃあ、三月八日までにお土産を買っておこう」
私はお風呂から上がり、体を洗って再度お湯に浸かった。その後、お風呂から出る。すると、メイドたちが我先にとお風呂になだれ込むように飛び込んでいく。とても行儀が悪い。まあ、疲れに効くお湯に入りたいと言う気持ちはわからなくもない。
私とベスパ、ディアは正教会の魔造ウトサの流通を販売を陰ながら阻止した。まあ、根本を倒していないので永遠に作られることとなり、鼬ごっこに発展するかと思いきやルークス王が会見を開き、でかでかと宣言した。
「ウトサの購入、販売に関してすべての商人の販売行為を禁ずる。これからはルークス王国の王たるわれが認めた者にしか販売を許さん。たとえ王家の者、大商会の者と言えど、われの一存が無ければ買うことも売ることも処罰の対処とする」
ルークス王が行った政策は法律を一気に捻じ曲げた。まあ、このままじゃルークス王国が魔造ウトサによって没落する未来しか見えなかったので対処の速い行動に流石の頭の良さだなと感服する。
ただ、正教会やウトサを販売していた商人たちは激怒するわけだが、ルークス王は言った。『われに認められればいいだけのことだ』と。いや、痺れるね!
ルークス王の発言に商人たちは黙り、正教会は奥歯を粉砕するくらい悔しい顏をしていたに違いない。
後で知ったが、ルークス王にこの話を持ち掛けたのはアレス王子だそうだ。いやー、さすがアレス王子。ルークス王の血をしっかりと受け継いでらっしゃる。
これで、魔造ウトサや他国から入ってくるウトサの管理が一気にしやすくなった。
ただ、逆にこの制限によってウトサの価格高騰は必然。さらに高級品になってしまうと言う失点もあったが、国が亡ぶよりはマシだろう。
「ほんと、ルークス王って頭がいいですね……」
私はルドラさんが持って来た記事を読み、朝食のパンを食していた。
「ルークス王あってのルークス王国ですからね。マドロフ商会もルークス王に認められるために精進しなくてはなりません。元からウトサの販売が少なかったので痛手ではありませんでしたが、大きな商会は大打撃でしょうね」
「マルチスさんが面白い商品を扱っていたおかげで命拾いしたようですね。手堅いウトサではなく、売れるかどうかわからない品ばかり扱っていたのが命綱になるなんて……」
「昔、ソウルの価格高騰があってな。国が販売を制限した。その時、多くの商会が飯を食えなくなっていったんだ。こうなることもあると知識として知っていたからこそ、今のマドロフ商会が残っているわけだ。他の者と頭の出来が違うのだよ」
マルチスさんは杖のてっぺんで頭を突き、私が知るだけでも商会の危機を二度も脱している。やはり彼らは相当出来る方達のようだ。
「はぁ……、御父様に止められていなければ私がウトサの販売数を増やしていました……。そうなっていたらすでにこの商会は無くなっていたでしょうね……」
テーゼルさんは胸に手を置き、マルチスさんの方を向いて頭を下げる。
「テーゼルよ。何も悪いことをしているわけではないのだから頭を下げるな。お主の考えは一般的に考えて最も正しい判断だった。わしの捻くれた性格がたまたま上手く嵌っただけだ。たとえ没落しても、わしらには頭がある。金や商品を奪われても知識は奪えんよ」
マルチスさんは微笑み、テーゼルさんに何の不満もなかった。
「それに対して……。このポンコツわ……。王に認められずにのこのこ帰って来よって」
マルチスさんはケイオスさんの頭に杖を置く。




