救助活動
「キララ様、本物のウトサを見つけた場合はどうしましょうか?」
ベスパは翅を鳴らしながら訊いてくる。
「そのウトサを依頼主に渡してあげれば良いでしょ」
「了解しました。逆に魔造ウトサを見つけた場合はどうしましょうか?」
「その時は魔造ウトサをブラットディア達に食べさせて無かったと報告して」
「了解です」
ベスパはビー達に命令を送り、ウトサの探索依頼を行う。
――にしても、ウトサを使う業者は沢山いるんだね。
「そうですね。パン屋に菓子屋、料理屋、なんなら貴族の屋敷にいる料理人も使います。甘い品が大好きな王都民の心のよりどころであるウトサが無くなったら一大事ですからね。多くの者が体調を崩し、頭が悪くなっていますから見失っているだけの可能性も十分あるでしょう」
ベスパは飛びながら、ビー達の情報を頭の中で処理している。
――なるほどね。そりゃあ、大量の依頼になるわな。でも、悪態をつけてくる人もいるだろうし、どうやって対処するか……。あ、そうだ。各場所にいる魔造ウトサを食べたブラットディアを捕獲して依頼主に見せて。そうすれば仕事した感が出るし、相手も納得するはず。
「いい考えですね。その案、いただきました」
ベスパは光り、仕事をしているビー達に伝達する。ブラットディア達はディアの管轄にあるので上司のベスパの命令も聞く。伝達速度は遅れるが、戦いをしているわけではないので問題ない。
依頼が増えたせいで午前中に仕事が終わらなかった。昼食を得るため、私はウルフィリアギルドの一階に下り、食堂に向かう。
「うう……、あったまいてぇ……」
「酒の飲み過ぎか……?」
「こうなったら追い酒するか」
「いやいや、さすがにきついだろ……」
男性冒険者達はテーブル席でグロッキー状態になっていた。そのような状態で仕事を受けたら『聖者の騎士』のように失敗する可能性が高い。なんせ、熟練Sランク冒険者パーティーでもお酒に酔っていたせいで死にかけたのだ。
通常の冒険者が同じように行ったら死ぬ可能性が物凄く上がるのも必然。今日は簡単な依頼にした方が良いと思うのだが……。
「依頼書はいつも通り無くなっているね」
掲示板に貼られていた高ランクの依頼は真っ新になっており、多くの冒険者が危険な状態で仕事に行ってしまったようだ。
「無事に帰ってこられたらいいけど……」
私は冒険者達が心配になって来た。なんせ、王都で仕事していた御者でもフラフラだったのだ。タフネスな冒険者と言えど、瘴気に侵された体じゃ本気で戦えない。
「うう……、体の調子が悪い……。でも、稼がないと生活が出来ない……」
「家に腹を空かせた子供達がいるんだ……、俺が頑張らないと……」
「貯金もないし、家賃、食費、仕送り……、まだまだ稼がないと……」
獣族の冒険者達も体調が悪い中、仕事に行くようだ。体調が悪い時はしっかりと休むと言うのが鉄則なのに、生活が苦しい者達は働かざるを得ない。
――冒険者に有給とかないだろうし、働かなかったらずっとお金が入ってこない状況になってるのかな。何とかしてあげたいけど……、ライトの特効薬がもう。
私は試験管の中に入っているライトの特効薬がほぼ無くなっていた。三カ月ほどこっちにいただけで八本の試験管が無くなるほど魔造ウトサや調子が悪い者と遭遇するって……。
私は特効薬と書かれたサモンズボードをトランクの中に入れて持って来ていたのを思い出した。異空間に大量の特効薬がある。でも、だからと言って配るわけにもいかない。大っぴらに動けば確実に気づかれるし、魔力の質で存在も知られるかも……。
「キララ様、冒険者限定で特効薬を王都の外で渡したらどうですか?」
「……なるほど。悪くないかもしれないけど、大変だよ。でも、出来るだけやってみようか」
私は王都の四つの出入り口の内、西門に移動した。魔物が多い西の森に行く冒険者達に特効薬を飲ませる。他の方角に言った冒険者達は移動が中心なはずだ。今日、耐えられれば明日には気分が戻っているので問題ないと判断した。
私は西の森の入り口で水を配る。もちろん変装してだ。
「美味しいお水です。冒険者の皆さんに無料で配布しております」
私は男装し、紙コップに薄めた特効薬を入れ、配る。
「君、なんでこんなところで水を配っているんだい? 無料って本当に水なんだろうね?」
冒険者の男性は疑って聞いてきた。
「以前、冒険者の皆さんに助けてもらったんです。その恩返しがしたくて美味しい水を配っています。お金はないですけど、水ならあるので」
私は軽い嘘をつき、冒険者達に水を渡して行く。
「うっま……。本当にいい水だな。ん? なんか、頭が冴えた気がするぞ」
冒険者の男性は水を飲み顔色が少々戻った。気分が良くなって嬉しかったのか、私に銅貨五枚を渡してきた。お金は要らなかったが受け取らないのも悪いので貯めておく。
ざっと八〇人の冒険者さんが西の森を通る前に特効薬の水を飲んだ。
皆、気分の変化を実感していたので相当強い効き目がある。チップのように貰い続けた銅貨が金貨二枚くらい貯まったので西の森近くにある村に渡しに行く。
ゴブリンの被害を受け、お金がないのだ。金貨二枚程度で村が潤う訳ないが、気持ちだけでも十分ありがたいはずだ。そう思って寄った村の中が想像と違った。
「な、なんじゃこりゃ……」
「く……、いつもなら負けないのに……」
「村があって助かったな……」
「俺ってこんなに弱かったか……?」
「魔法が上手く使えなかったんだけど……、なんでなの……」
村の中に怪我を負った冒険者達が溢れていた。村にある品々を買い、経済が潤っているものの冒険者達がここまでボロボロになるほどの敵がまだ西の森にいると言うことだろうか。
――ベスパ、西の森にいる魔物を調べて。
「了解です」
ベスパは西の森を飛び回り、魔物の様子を見て回って来た。
「どうだった?」
「新種や強化された魔物はいません。ここにいる冒険者の方達は通常の魔物にボロボロにされたようですね。それだけ瘴気の影響を受けてしまったと言うことになります」
「そうなんだ……。ウルフィリアギルドの冒険者さんは優秀な者達ばかりだと思うし、お酒と睡眠不足って本当に最悪なんだね。その両方を与える魔造ウトサも相当害悪だ。ともかく、傷を負っている冒険者達の手当てをするよ。包帯と三角巾、ガーゼなんかを準備して」
「了解です」
ベスパは森の中から医療用品を作り出した。まあ、他の布とほぼ変わらないので問題ないはずだ。色もダサいし、見かけが安っぽいので目に優しい。
深い切り傷がある者はネアちゃんに縫ってもらい特効薬を軽く浸したガーゼで傷を拭き、包帯を巻く。
骨が折れている者は椹木して包帯や三角巾で固定。魔力をそそぎ、身体を活性化させる。
「この状況……、巨大なブラックベアー事件の時の騎士団と同じ感じだな。まあ、あの時よりはマシか」
私は一年以上前の経験を活かし、迅速に対処する。
「君、一体何者だい……。ポーションを使っていないのに痛みが引いたんだが……」
寝そべっている冒険者の男性が訊いてきた。
「ちょっとした救助活動ですよ。暇だったので来ただけです、気にしないでください」
昔、私はボランティア活動団体に入っていた。まあ、戦場に行くなんて言うことはなかったが被災地や生活がままならない国に行ったりする機会は多かった。仕事の合間を縫って向かった時もある。だって、困っている時に来たらヒーローっぽいでしょ。
私は優越感に浸りたいわけではないが、子供のころから助けると言う行動が好きだったのでそつなくこなしている。まあ、今、余裕があると言う状況が一番大きいかな。
「キララ様、村にいる冒険者達の容態が安定しました。もう、問題ありません」
ベスパは村の上を飛びながら私に伝えてくる。
「そう。よかった。じゃあ、お金を渡して帰ろうか」
私は村人達に金貨二枚分のお金が入った袋を渡し、村を出る。空を飛んで王都の西門付近に降り立ち、ウルフィリアギルドに戻ったころには夕方になっていた。
「はぁー。疲れた……」
仕事部屋に帰ってくると依頼が完了したのか、金貨の塔が八本立っている。ウトサの捜索依頼もそつなくこなしてくれたようだ。
「にしても金貨を置きっぱなしにしておくのは危ないな……って、フェンリルがいた」
フェンリルは金貨を守るように室内で眠っており私が部屋に入ると耳を立て、目を開ける。
「キララ、昼食から帰ってくるのが遅かったな。待ちくたびれたぞ」
フェンリルは私の足下をグルグル回り、目の前でお座りする。
「ごめん、ちょっと色々あって長引いてさ」
私はフェンリルの頭を撫で、照明のスイッチを押し、明かりをつける。
フェンリルを待たせてしまったのでお詫びとしてブラッシングしてあげる。
「はう、はうぅ、はうぅうーっ!」
フェンリルはお腹をブラッシングされて引くほど喜んでいた。その姿を見ると心が癒され、疲れが抜ける。やはり動物と触れ合うのはいいな。
「はぁー、駄目だ……、溶けそうなくらい気持ちいい……」
「そう、よかった。待たせてごめんね」
「こんなご褒美があるならいくらでも待つさ……」
フェンリルは仰向けの状態から四つん這いに戻り、舌を出して尻尾を振る。
私は金貨を分け、キアズさんに二割、四割を納税に回し、二割を自分の貯金にする。
「少しだけでも描くか……。続けないと意味ないよな」
私は昨日描きっぱなしにしていた絵を見た。今見ると子供が描いた絵としか思えないが、完成させたかったので夕暮れ時の王都を見ながら描いた。
フェンリルは私の絵を見ながら尻尾を振り、笑っている。まあ、バカにしているわけではなく舌を出して口を開けているので笑っているように見えるだけだ。




