調子の悪い人々
「ああ、キララさん、おはようございます。毎日、依頼の仕分けをしていただいてありがとうございます。職員一同大変感謝しております」
受付の女性は頭を下げる。
「いえいえ、適材適所ですよ。皆さん、今日は辛いかもしれないですけどいつも女性特有の辛さを経験しているはずです。今日は不定な女の子の日が来ちゃったと思って頑張ってください!」
私は元気なので、元気がない皆さんを鼓舞する。
「はは……、そうですね。そう考えたらいつも通り頑張れそうです。えっと、八階の仕事室に行かれるのですよね?」
「はい、許可をお願いします」
「承りました」
受付の女性は私が八階の仕事室を使用すると言う記録を残す。
私は受付から右を向き、昇降機の前に行く。昇降機に乗って八階に移動。そのまま仕事室に入った。
部屋の空気を入れ替えるため、カーテンと窓を開ける。すると、赤い鳥が入って来た。
「ぴよー、疲れましたー」
テーブルにゴロンゴロンと転がる赤い鳥は車に引かれたように毛並みが悪くなる。
「フェニクス、お疲れ様。凄い大きさだったね」
「キララさんの魔力のおかげですよ。あれだけ大きくなったのも久しぶりです。ほんと、神獣とキララさんの魔力の相性が良すぎますね。この星から力を借りている気分になります」
フェニクスは翼を動かして起き上がり、身震いする。
「はは……、まあ、間違ってないと思う……」
私は鳩くらいになっているフェニクスを両手で抱え、汚くなった羽を綺麗に撫でて直す。
「ぴよぉ……、気持ちいいです……」
フェニクスは心地よさそうに私に身を任せた。
「き、キララ、われも……」
フェンリルは今朝からずっと沈んでおり、全く話さなかったのにフェニクスを撫でていたら近寄ってきて脚に擦りついてくる。
「はいはい、案外甘えん坊なんだから」
私はフェンリルの頭を撫で、顎下や耳の裏など、彼の好きな部分を沢山撫でてあげた。今朝、私で軽く発情していたのが恥ずかしいらしく、忘れてほしいなどと言われたが、なぶられまくった記憶は中々消せそうにない。
今後、彼の弱みを握ったような感覚に陥り、微笑みながら撫でる。
「じゃあ、ベスパ。昨日の依頼書を持って来てくれる」
「了解しました」
ベスパはFランクとDランクの雑用依頼をもって来た。いつも通り一〇〇〇件を超えており、なにをそんなにお願いしてくることがあるのか謎だ。まあ、こちらとしてはお金が手に入るのでありがたい。
「キララ様が鶏と狼の神獣を撫でていると風格が出ますねー。ぜひ、私も入れていただきたいですー」
ベスパは机に立ち、翅を鳴らしながら言う。
「撫でられたらいいんだけど、触れないから無理。諦めて。この子達も私が撫でていような方達じゃないし……。えっと、フェニクス、フェニル先生は無事?」
「ああー、見ていないですけど、魔力が送られてきているので生きてますね。あの女はそう簡単に死なないので気にしなくてもいいですよ」
フェニクスはフェニル先生を信用しているようだ。私もフェニル先生なら何も心配いらないと思うが、一応聞いただけで、特に詮索する気もなかった。
私はフェニクスとフェンリルの食事を与える。食事と言っても私の魔力を込めた水をあげるだけだ。フェニクスには特別にビーの子が入った品にした。
「ぴよおおーーっ! 漲るうっ!」
フェニクスは翼を大きく広げ、とても元気が良くなる。
「ハグハグハグハグ!」
フェンリルは勢いよく水を飲む。
「フェニクス、出来たらフェニル先生のもとに行ってほしい。あと、彼女に風が止まっていたから吹かせておいたと言っておいて」
「わかりました。お食事、大変美味しかったです」
フェニクスは赤い羽根を机に置き、飛び立っていった。赤い羽根を触るとメラメラと燃えており、普通の羽根じゃないとわかる。
「なんだろう、この羽根……」
「それは燃える羽根だ」
フェンリルはテーブルに前足を乗せ、私に言う。
「燃える羽根?」
「そうだ。まあ、身に着けていたら火属性魔法の威力が上がる魔道具と思えばいい」
「なにそれ……。フェニクスの羽根を毟ったら、そんな効果が得られる品が手に入るの?」
「ただ毟るだけじゃ駄目だ。あのフェニクスが毟る必要がある。感謝の気持ちとして受け取っておけばいい」
「そうなんだ。じゃあ、ありがたく受け取っておこう。えっと、ベスパ。この羽根を杖に出来ない?」
「可能です」
ベスパは燃える羽根を持つ。根本の部分は持っても問題なさそうだ。そのまま外に出ていく。案外長い時間が掛かり、
八〇分ほどで戻って来た。その間に他の依頼も終わっており、私の仕事は午前中で終了する。
「キララ様、こちらが燃える羽根で作った杖になります」
ベスパは赤色に輝く杖を渡してきた。色付きの品が来るのは珍しい。
「おお……。なんか、カッコイイね。珍しいんじゃない、赤色なんてさ」
「魔力伝導率一〇〇パーセントのアラーネアの糸を使用し、燃える羽根を上手い具合に織り交ぜた一本になります。燃える羽根に苦戦し、時間が掛かりましたが形になりました」
「あ、ありがとう……。わざわざ魔力伝導率が高い品に混ぜなくてもよかったのに……。まあ、いいか。使えれば十分。羽根として持つより、杖にした方が扱いやすい」
私はローブの杖ホルダーに燃えるように赤い杖を忍ばせた。これを持っているだけで火属性魔法の威力が上がるなら万々歳だ。生憎、一番得意な属性魔法なので今までの魔法の威力が上がると考えると……、あ、あれ? もらわなかったほうがいいのでは。
「ベスパ、爆発って火属性魔法じゃないよね?」
「キララ様のあれは火属性魔法ではないですね。魔力を爆ぜさせているだけなので、属性効果はつきません」
「なら、よかった」
私はゼロ距離爆発の威力まで上がったらさすがに使い辛いと思ったのでほっとする。
「フェンリルにそう言う力は無いの?」
「われは相手がいないからな……、ただのフェンリルだ」
彼は俯きながら呟いた。
「神獣は相手がいて本領を発揮できる」
「へー、フェンリルの本領って何?」
「われも忘れた……」
フェンリルは不貞腐れながら私の元を離れる。
「もう、相手がいないのは仕方ないでしょー。私が構ってあげるから、元気出しなさい」
私はフェンリルの体を抱き上げ、抱きしめる。椅子に座りながら彼の体にモフモフし、心を安らかにさせる。
「や、止めろ。くすぐったい。われを犬扱いするな!」
フェンリルは吠えるものの、尻尾がブンブンと振られており、内心物凄く喜んでいた。
「まったく、素直じゃないなー。長い間寂しかったんでしょ。なら、ちょっとくらい甘えてもいいんじゃない」
私はフェンリルを抱きしめ、お腹を摩る。
「わふぅ……」
フェンリルは甘い声を出し、心地よさそうに尻尾を振る。神獣ではなくただの犬として可愛がってあげた方がこの子も喜ぶはずだ。なんせ、狼と犬は近しいし、人と相性がいい。頭がいい者同士、波長が合うのだろう。
フェンリルを弄っていると、扉が三回叩かれた。
「キララさん、キアズです。入ってもいいですか?」
「どうぞ」
「ちょ、ちょっと待て、この状態は流石に恥ずかしい!」
フェンリルは両脚を開脚し、お腹を摩られながら喜んでいたので、完全に犬化していた。だが、お腹を摩られるのが好きすぎて逃げられなかった。
「…………フェンリル」
キアズさんは扉を開け、フェンリルの開脚を見ていた。
「キアズさん、こんにちは」
私は懐中時計を見る。午前一〇時八分。
「こんにちは。えっと、見るからにフェンリルがキララさんに甘やかされいますね」
キアズさんは眼鏡を掛け直し、苦笑いを浮かべた。
「フェンリルはお腹を撫でられるのが大好きなんですよ」
私はキアズさんの前でフェンリルのお腹を撫でる。
「や、やめろぉおおおお……。あぁぁ……、だ、駄目だって言ってるだろうがぁ……」
フェンリルは舌を出しながら足を蹴り、尻尾を振りまくる。
「はは……、あのデカかったフェンリルとは思えないですね……。でも、その方がとっつきやすいです」
キアズさんは微笑み、腰に付けられた魔法の袋から何かしらの骨を取り出し、フェンリルの口に加えさせる。
「むむ……、これはヌータウロスの骨」
フェンリルは一心不乱に骨を舐め、噛んで、美味しそうに食していった。
私は彼を床に降ろし、キアズさんの話を聞く。
「キアズさん、どうかしましたか? ああ、これがとりあえず、今日の報酬です」
私は金貨二〇〇枚をわたしながら訊いた。
「えっとですね、今日、追加で多くの依頼が届きまして」
キアズさんは依頼書を見せて来た。ざっと八〇〇枚くらい同じ依頼だ。
「消えたウトサの調査……。はは、そんなの探偵にでも任せてくださいよ」
――なるほど、そんな依頼も出せちゃうんだ。十中八九、魔造ウトサだと思うけど。
「この枚数ですし、無視できないんですよ。調べたら満足してくれると思いますし、お願いします」
キアズさんは頭を下げながら新しい依頼をお願いしてきた。
――仕事が出来るとわかると毎回頼まれてしまうんだよな……。昔から同じだ。
私は要領がいいアイドルだった。可愛くて話が出来て動ける。バラエティー番組や歌番組、トーク番組に差し込んでおけば間違いないと言うくらいなんでも普通にこなせた。だから、他のアイドルや歌手、芸人から代わりに出てほしいと言う依頼を受ける。
他の人で一緒に出たくない人がいるから変わってほしいとか、キララちゃんがいないと話せなーいとか、キララちゃんに振れば毎回いいリアクション取ってくれるし楽なんだよねとか、仕事を沢山回してもらえたことは感謝しているが「何でもかんでも私に頼ってくるな」といらだつこともしばしば。
私は一人しかいないのだから、もっと自分を大切にすればよかったと今さらになって後悔している。
「わかりました。調べるだけ調べますね」
私はキアズさんから依頼を請け負い、ウトサが消えたと言う者達のもとへ冒険者に扮したビー達を送る。




