フェニクスの風
「なるほど……。それなら行けるかもしれませんね。全部、フェニル先生がやったことにすればことは丸く収まります。じゃあ、早速……」
「キララ様、待ってください。この場で巨大化したら不自然です。フェニクスは空にいる者ですから、巨大なまま、空から降りてくる方が自然ですよ」
ベスパは翅を大きく鳴らし、私に言った。
「確かに。でも、フェニクスは私の魔力をそんな遠くから受け取れないでしょ?」
「キララさんとお友達になれば問題ありません。と言うか、もう、お友達ですよ」
フェニクスは小さな翼を羽ばたかせた。チリチリと赤い火花が散る。
「心の繋がりみたいな話ですかね……。とりあえず、私の魔力を分け与えればベスパがフェニクスの元に魔力を投げられるはずです」
私はビーの子が入った小さな袋をトランクから取り出し、魔力を込める。
「どうぞ」
私は魔力を込めた乾燥したビーの子をフェニクスに与えた。
「コオオーーーーっ!」
フェニクスは雄叫びをあげ、赤色の翼がより一層艶やかになる。
「これこれっ! 力をビンビン感じますよっ!」
フェニクスは先ほどよりも明らかに元気になり、窓から外に飛び出す。打ち上げ花火よりも早く上昇し、真っ赤な光が雲の真下から突っ込む。
「ベスパ、フェニクスに魔力を与えて」
「了解です」
ベスパはフェニクスに魔力を送った。すると小さな小さなロウソクの灯から太陽が落っこちて来たかのような明るさの炎に変わる。
「コオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
フェニクスは神獣と言う名が相応しいほど神々しい姿になって現れた。尾がクジャクのように伸び、翼が巨大化してほぼ炎に変わった。
全体がメラメラと燃え、初めて見た時の姿に似ていた。でも、その時よりも綺麗だ。
フェニクスが翼を広げた姿が一八〇メートルほどあり、あまりにも大きい。
その状態で翼を羽ばたくと熱風に近い温度の風が吹き荒れる。
瞬間風速三八メートルを越えそうだ。台風が来ない地域の建物じゃ、耐えられない……。二、三度羽ばたくとフェニクスが消え、空気の温度上昇による気圧の変化により風が吹いた。
「はぁ……。と、とりあえず風は吹いてくれた……。後は、瘴気を吸った者達をどうするか」
「ビーに噛みつかせ瘴気を吸わせるほかないかと思われます」
ベスパは私の頭上を飛び、お尻を向ける。自分は針で吸い出すと言わんばかりだ。
「ビーだけじゃ難しいから、小さな生き物や毒がない虫達にもお願いして」
「了解です」
ベスパは光る。ダニや蚊のような小さな生き物は人を攻撃する。もちろん、倒すためではなく生きるためだ。細菌やウイルスを持っているため、危険だがベスパが私の魔力を与えているのなら危険な細菌やウイルスは弱まっているはず。
私は王都の様子を見に行かず、じっとしていることにした。今の状況下で真面に動ける者は危険視される。そう考えたのだ。
なんなら、バカな振りをするのもありかと思ったがさすがに出来ない。バカな振りは本当にバカな者じゃないと簡単にわかってしまう。
「瘴気を吸い取って皆の体調が元に戻ってから外に出よう……。そうじゃないと危険だ」
私はお腹が空いたので食堂に向かう。食堂にいたのは私一人だけだ。八分後、フラフラと歩いてきたルドラさんとマルチスさんが椅子に座る。
「ああ……、目覚めが悪い……。二日酔いになっているようだ……」
「昨晩、お酒は飲んでいないのに……、おかしいですよね……」
マルチスさんとルドラさんは虫たちが瘴気を吸い取るさい、魔力も軽く吸い取られたのか気分を悪くしていた。まあ、瘴気の影響を受けている可能性が高いな。
「おはようございます。マルチスさん、ルドラさん。とりあえず、お水をどうぞ」
私はライトが作った特効薬を水で薄めてマルチスさんとルドラさんに渡す。
「あ、ああ。すまない……」
「いただきます……」
両者は水をグイッと飲み干し、息を長く吐いた。
「ふぅ……。生き返る……。水がこんなに美味しいと感じるなんて珍しいな」
「雪解けの天然水を飲んでいるようです……。乾燥した体にじわりじわりとしみ込んできます」
マルチスさんとルドラさんは顔色が良くなり、頭痛が軽減されたようだ。
後からやって来たケイオスさんとテーゼルさんにもライトが作った特効薬を飲んでもらう。
「皆さん、おはようございます」
私はマドロフ家の皆さんに椅子に座りながら挨拶した。
「おはようございます」
マドロフ家の皆さんは何も問題なく挨拶を返してくれた。
「うん……。問題なさそうですね」
――ベスパ、王都の人達から瘴気を吸い取れた?
「日常生活に支障が出ない程度に吸い取りました。いきなり全て吸い取ると正常な魔力も吸ってしまうのでルドラさんやマルチスさんのように頭痛などの弊害が出るようです」
――なるほど。うまい具合に調整してくれてありがとう。王都の状態は?
「今のところ、問題ありません。ただ、正教会関係の者達は理解が追い付いていません。どうやら、今回の騒動を利用して一儲けしようとしていたようですね」
――使う手段が悪質なんだよな……。高い聖水を売りつけて治療しますなんてほぼ詐欺。なんなら正教会が作った品のせいで王都の者が苦しんでいるのなら公害と言っても過言じゃない。止めさせたいけど止めさせられないのがまどろっこしい。
「正教会は魔造ウトサが消えた問題の究明を急いでいるようですね。まあ、私達は気づかれるへまはしません。ただ、正教会が悪事を働いていたと言う証拠も手に入れられていませんから、互角ですね」
――ほんと、尻尾を出さない連中だ。少しでも出ていたら捕まえられるのに……。
「焦らず騒がず、毒のようにじわじわと追い詰めていく方が効きそうですね。敵の数も多いですが、こちらの数もバカになりません。数だけの勝負なら圧勝しています」
ベスパは腰に手を当て、胸を張った。
――虫と人間の数を比べてもね……。とりあえず、正教会に私達の存在は知られていないようでよかった。悪魔関係は何かわかった?
「特に情報は得られませんでした。奴らの存在はこの王都にいるはずですが、姿が見えないとなると正教会によって制御されていると考えて間違いないでしょう。つまり、悪魔を扱える者が正教会にいる可能性があります」
――はは、笑えないね。悪魔と『勇者』『賢者』『剣聖』『聖女』を集めて何がしたいんだろう。全く想像つかない。
「まったくです。ですが、すぐ近くに敵の本拠地があると言うことを再確認しなければならなくなりましたね。何かしでかしたら普通に感づかれる可能性が高いです」
ベスパは翅を鳴らし、警告音を発生させた。
「皆さん、今日は気分が悪いかもしれませんが明日になれば治っているはずです。一日我慢してお仕事を頑張りましょう」
私は現場監督のように皆さんの気持ちを盛り上げた。
朝食の料理が長テーブルに並ぶが、今日の料理は無味だった。
どうも、料理長の調子が悪く、味付けしたら不味くなってしまったらしく味を付けないようにして素材そのもので調理したと言う。
逆にありがたい。甘味がある料理だったら何があるかわからないので、安心して食べられた。
味がなくともお腹は膨れるし、エネルギーになってくれる。実家の素朴料理のようで懐かしさもあった。
これだけで私は頑張れるが、他の者はそう行かない……。やはり、調味料は無いと味気ないので食べにくいようだ。
まあ、私にとってはスポーツドリンクが水になった程度だけれど、他の人は菓子パン生活から、味の無い食パン生活に変わったような状態。もう、調味料無しだと満足できない体になってる。
食事後に出されたフルーツの甘味がより一層美味しく感じられた。
私はウルフィリアギルドに向かう。そのためにレクーがいる厩舎に向かった。
「うう……うん、ううぅ……」
レクー以外のバートン達が軒並み調子が悪そうだ。
「レクー、体の方は大丈夫?」
「はい、僕は問題ありません」
レクーは瘴気を吸っていたはずなのに、案外問題なかった。
「レクーは瘴気に強いよね。動物なのに、おかしいのかな……」
「レクーさんはキララ様の魔力をふんだんに受け取っていますし、昔から瘴気に当たっていますから耐性が付いているのかもしれません」
ベスパはレクーの状態を考察した。
「なるほどね。レクーは多少の瘴気を何度も受けて来たし、その都度、無理やり走って来たから体が慣れちゃったのかも」
私はレクーの頬を撫で、可愛がる。厩舎から出し、背中に乗った。そのまま、ウルフィリアギルドまで走る。
「うおっ!」
私がレクーを走らせていると他のバートン車が居眠り運転のようなフラフラとして突っ込んでくる。
「す、すみませんっ!」
御者さんは真っ直ぐ走っているつもりだが、バートンも軒並みフラフラなので操作が上手く出来ていなかった。
また別の場所でも、
「うゎああっ!」
私はレクーの手綱を引く。十字路でバートン車が思ったよりも早い速度で飛び出してきた。
「す、すみませんっ!」
御者さんは引っ張られ、危ない状態に陥っている。
「なんか……、王都の中が危なくなってるな。ベスパ、バートン達だけでもある程度治してきて。そうじゃないと操作できないし、危ない」
「了解しました。バートン達の体内に含まれている瘴気を吸い出します」
ベスパは光り、ビー達に命令した。レクーの体に瘴気は含まれておらず、どのビーも来なかった。
「レクー、いつもより安全に走っていこうか」
「わかりました」
「ベスパ、レクーの近くにバートン車とか人がいたら知らせて」
「了解です」
ベスパはビー達と連携し、私の移動を保護した。警ビー隊の八方位陣形……。
私はいつもより慎重に移動し、ウルフィリアギルドに到着した。
「ううん……。頭がガンガンします……。お酒、全然飲んでないのに……」
受付にいる方達は皆、顔色が悪い。化粧の乗りも悪く老けて見える。
「おはようございます」
私は受付の女性に話し掛けた。




