王都の空気が悪い
「でも、フリジア学園長。甘い品を食べなければ歯が痛くなりませんし、体も健康になりますよ。元の痩せた体に戻れます。そもそも、ルークス王国の王都が調味料を使い過ぎなんです。もっと少なくすれば被害は減ります。田舎で高級なウトサなんて買えませんからね」
――街で前と同じように安い魔造ウトサが売られていたらどうしよう。ベスパ、ビーに訊いて。
「安心してください。街で王都のような状況は起こっておりません。ライトさんの結界内に危険物質は運べませんからね。検問で引っかかります」
――なるほど、よかった。とりあえずホッとしたよ。
私は街でまた辛い悲劇が繰り返されるかと思い、恐怖していたがベスパの話を聞き、胸をなでおろす。
「うーん、甘い品を食べないなんて、辛すぎる……。どうしても食べたくなっちゃうんだよ」
フリジア学園長は頭を抱え、すでにウトサの禁断症状が出ていた。ウトサのような糖分は快楽物質と同じだ。取らなくても問題ないのに、取らないと辛いと言う副作用が起こる。
私も田舎に戻って少ししたら出てくるかもしれない。
「なら果物を食べたらいいですよ。果物の中にもウトサと似た成分が入っています。だから、甘いですし、疲れにも効きます」
「ああ、確かに……。果物が食べたくなって来たな」
フリジア学園長は料理を食した後、振舞われた果物をバクバク食し、幸せそうな顔を浮かべる。
その後、私とフリジア学園長はお風呂に入り、体を暖め、心を解した。
フリジア学園長が帰るころ、マルチスさんが無事に帰って来た。
「マルチス、どうだった?」
「無事、商会に話をつけてきました。水に溶かして調査するようにさせます」
フリジア学園長とマルチスさんは話合い、老人同士の長話が繰り広げられた。他愛のない話で仲が良さそうな雰囲気を作る。実際、仲が良い。
「えっと、そう言えば二人は仲がいいですけど何か繋がりがあるんですか?」
「ん? ああ、昔に付き合ってた彼氏だ」
フリジア学園長は耳を疑いそうな発言をした。
「なっ! 何を言っているんですか! わ、わしとフリジア殿は旧友なだけで」
「私に恋していたのは本当だろう。このエロチス(マルチス)め」
フリジア学園長は自分の体を抱きしめて、悪い顏を浮かべていた。
「うぐぐ……」
マルチスさんは珍しく手玉に取られており、なにも言い返せていなかった。
「昔、マルチスが大森林に行きたいから手を貸してくれと頼まれてな。その時、こ奴も若かったし、妻とも出会っていなかったころだ。ほんと、思考の回転と行動は早いくせに、手を出すのが遅いやつでなー。しびれを切らした私の方から……」
マルチスさんはフリジア学園長の口を手で押さえる。
「は、はははっ。わ、若気の至りってやつだな」
マルチスさんは笑いながら屋敷の中に駆けて行った。ものすごい足腰の強さだ。
「まったく、年をとりおって」
フリジア学園長は腰に手を当て、息を吐く。
「フリジア学園長はモテるんですね」
「まあなー。もう、モッテモテだ」
フリジア学園長は胸を張りながら笑う。事実かどうかわからないが……。
「森の民の皆さんは、綺麗なんでしょうね。フリジア学園長が物凄い可愛いですから」
「そ、そうだなー。私の背丈を三〇センチメートルくらい伸ばして。胸にメンロを付けた後、尻を盛り上げたくらいの見かけをしているなー」
――なんて凄い体。フリジア学園長が近くにいたら子供呼ばわりされる未来しか見えない。
「ま、まあー。そう言う体の女性もいますよねー。わ、私はこのままで十分だと思いますけど」
「そ、そうだよなー。無駄にデカいより小さい方が……」
「「はぁ…………」」
私とフリジア学園長は互いにため息をついた。
フリジア学園長は指笛を吹き、大きな怪鳥を呼ぶ。
「じゃあ、キララちゃん。三月八日の合格発表の時に会おう。その時に調査もお願いする」
「わかりました。任せておいてください」
私は胸に手を置き、頭を軽く下げて返事した。
フリジア学園長は微笑み、飛び立っていった。
私は屋敷に戻り、自分が借りている部屋に入る。
「ディア、さっきの魔造ウトサのにおいを覚えてる?」
私はブローチに擬態しているディアに話しかけた。
「はいっ! あんな腐った魔力がにじみ出ている臭い食べ物は物凄く覚えやすいですから脳裏に焼き付いています!」
ディアは大きな声で答えた。
「じゃあ、王都の中に住んでいる一般市民が持っている魔造ウトサをかたっぱしから食べて行って。出来ればあっという間に食べきってほしい。誰にも見つからないように慎重に確実にお願い」
「わかりました! 危機察知と移動速度は自信がありますから任せてください!」
私はディアの頭を撫でて、感謝した後、窓際に置く。
加えてブラットディア達が大量に収納されているサモンズボードもポケットから取り出す。窓からサモンズボードを出し『転移魔法陣』に魔力を込める。すると、出口から黒い塊が滝のように流れ落ちた。
真っ暗な夜に潜む黒い影……。
地面で蠢くその正体は何万匹もいるブラットディア。ドラグニティ学園長なら何度失神するかわからないほどの数に、私も怖気が走る。でも、皆、仲間だ。
「ブラットディアたち。王都の混乱を防ぐよ。ディアから教えてもらった魔造ウトサのにおいを嗅ぎ取ってじっくりしっかり食らいつくせ」
私はブラットディアたちに命令した。すると黒い影が吹き飛ばした粉のように四方八方にブワッと広がり、いなくなる。
「これで、王都の中に普通に置かれている魔造ウトサは食いつくされる。ブラットディアのせいだとわからないように命令しておいたから見るかる心配もない。皆の頭は繋がってるし、役割分担、組分けで通常の個体より賢い」
私はブラットディアたちの掃除力を頼りにしている。彼らの綺麗好きな部分と何でも食べる強靭な胃。鼻の良さもゴキブリ並だ。ビー同様に強さは無いが、こういう除去系の仕事が大得意なので彼らに任せておけば問題ない。
「よし……。寝るか」
私はベッドに倒れ込み、深い眠りについた。まあ、何とかなるでしょと完全に安心しきっていた。
☆☆☆☆
次の日、私は特に何もなく健やかに起きた。ただ、目を覚まして直ぐに顔がベトベトだと気づく。
「う、ううん……。な、なんだ……」
「キララ女王様……、キララ女王様……」
フルーファは息をはあはあと荒げさせ、私の顔を舐めまくっていた。
「ああぁ……、キララの汗、うま……。キララの汗……、ぐはっ!」
銀色の毛並みがくすんでいるフェンリルが私の顔を舐めてくる。発言が気持ち悪かったので手刀を頭部に打ち込んだ。だが、様子がいつもより変だ。
「キララ女王様……」
「キララ……」
フルーファとフェンリルは私の体に抱き着いて腰をヘコヘコとしている。両者共にマウンティングしてしまっており、発情していた。神獣も発情するのか? と思いながら、魔造ウトサの影響だと考えられるので特効薬を飲ませた。
「う、はぁっ! お、俺はいったい……、なにを……」
フルーファは私に発情していた現状を飲み込めず、理解できていない。
「わ、われは……、なにをしていた……。な、なんてことをしていたんだ……」
フェンリルは自己嫌悪に陥り、ものすごく沈んでいた。
「ベスパ、起きてる?」
「ふわぁー。おはようございます、キララ様……」
ベスパは空中に飛び、体を動かして目を一気に覚ましていた。
「王都の中で魔造ウトサが料理の素材として大量に使われたようです。朝食、パン屋、菓子屋などが朝から一気に使ったんでしょうね。加えて風が吹いていません。異常気象に近いですね。その影響で王都内の空気が入れ替わらず悪い状況に陥っております」
ベスパはビーの情報をもとに簡潔に教えてくれた。
「王都も無風になる時があるんだ……。街にいた時も無風になった時があったよね。無風なんて滅多にないのに……。ともかく、すぐに対処しないと王都中の人々が魔造ウトサにメロメロになる。と言うか、なんで、私に効果が無いの?」
「瘴気が空気中の魔力である程度薄まり、キララ様の魔力でさらに薄まっているため効果がないようです」
「なるほど」
私は服を着替え、魔力を口と鼻の周りに纏わせる。そうすれば、瘴気が入ってこない。
多くの者が寝ている間に毒ガスが王都にあふれているような状態になっていた。だが、正教会は結界に守られており瘴気の影響を受けていないはずだ。
正教会は素面、新しい魔造ウトサから出る黒くない瘴気を吸った者は酔っ払いまたは三日間徹夜している状態の頭脳指数しかないので勝てるわけがない。
私は魔力量がバカみたいに多かったので無事だった。フェンリルでも掛かると言うことは並大抵の生き物は耐えられないと考えられる。
私は着替え終わり、部屋を出ようとしたころ。窓を突く真っ赤な生き物がいると気づいた。だが、とても苦しそうだ。すぐさま窓を開け、真っ赤な鳥を部屋の中に入れる。
「フェニクス。大丈夫?」
私はインコのような小さなフェニクスの背中を優しく撫でる。
「ゴホゴホっ。空気が悪すぎます……。はぁ、はぁ、はぁ……。ここはまだましですね。と言うか、キララさん、何ともないんですね」
フェニクスは私の素面の状態を見て驚いていた。
「と言うと?」
「フェニルは完全に使い物にならなくなりました。お酒と連続した仕事のせいでもともと弱ってましたけど、この悪い空気のせいで完全に落ちてます」
「フェニル先生が……。つまり、Sランク冒険者の方でも耐えられないと……」
私はますますどうしようか考える。この場で大きな魔法を使えば確実に正教会に感づかれるし、何者ってなる。そうなったら詮索されるし、生活がしずらくなるのが目に見えている。そうならないためにも、私は穏便に危険を無くしたかった。
「大量のビーを動かしても駄目、爆発、魔法を使っても気付かれる……。どうしたら……」
「キララさん、私に魔力を分けてください。巨大化して風を起こします」
フェニクスは私の顔を見ながらはっきりと言う。




