王子の視察
「八八八〇……、八八八三……、八八八七……、八八八九……。あれ? 八八八八番が無い。もしかして、落ちてた?」
私は自分の受験番号が無く、落ちたのかと一瞬思った。だが、上を見ると特待生と書かれた欄があり、一、八八八八と書かれていた。一はまあレオン王子でしょ。八八八八はエルツ工魔学園の私の受験番号だ。
「お、おお……。すごい、本当に特待生が取れてしまった……」
私は写真を撮りたい気持ちでいっぱいになったが、そんな機械はない。ベスパに映像を画像にしてもらい、紙に移し書きしてもらう。
もう、ほとんどコピー機みたいな作業も出来てしまった。コビー機なんて言ってもいいんじゃないだろうか。はは、こじつけ……。
「なんか、こうやって白黒の絵にすると現実味が増すというか、本当に取れたんだって嬉しくなっちゃうな……」
私は今までの努力が無駄じゃなかったとわかり、心が躍っていた。もし、エルツ工魔学園だけを受けていたら私は平民でなかなか凄いことを成し遂げたと有名になっていたかもしれない。だが、まだ二校も残っている。
フリジア魔術学園とドラグニティ魔法学園の合格発表は三月八日だ。もう、一〇日後くらいかな。
ひとまず、エルツ工魔学園が受かっていてよかった。他の二校が落ちていても学園は問題なく入れる。言っちゃ悪いが滑り止めに成功した状態だ。
「あとの二校はどうなっているかな……。ちょっと楽しみになって来た」
「そうですね。キララ様が学ぶべき学園がわかればいいですけど……」
ベスパは上から目線にものを言った。なに様のつもり……と突っ込みたかったが、ベスパにとって私は女王なわけだから良い場所で学んでほしいと思うものかと開き直り、突っ込むのをやめた。
私はレクーがいる厩舎に移動し、手綱を持って彼を出す。
「レクー、このままウルフィリアギルドに行くよ」
「わかりました」
レクーは厩舎から出て軽くかがみ、私が背中に乗りやすいように配慮してくれた。
私は鐙に足をかけ、勢いよく彼の背中に乗る。私が乗ったのを確認したレクーは立ち上がり、エルツ工魔学園の敷地内を走って入口側に移動。
「騎士さん、警備、お疲れさまです」
私はエルツ工魔学園の警備をしている騎士に笑顔で話し掛けた。
「ありがとうございます。お気をつけてお帰りください」
騎士は頭を軽く下げた。
私も会釈を返し、入口を抜ける。そのまま、大きな橋の上を移動し、ウルフィリアギルドに到着。いつも通り仕事を行ってFランクとDランクの依頼をしっかりとこなした……ビーがだけど。
稼いだ金貨をキアズさんと分け、納税額を差し引いた金額を『転移魔法陣』に入れ、貯金。ほとんど流れ作業のように容易に行えるため、お金を稼いでいる感覚が薄い。
もう、昼を過ぎていたのでウルフィリアギルドの食堂で激安定食を購入し、お腹を満たす。
仕事部屋で剣を振ったり、勉強したり、魔法の練習をしたりと案外何でも出来る場所で自由に過ごす。
だが、自由に過ごせるという幸せな時間にも拘わらず、私は完全に暇を持て余していた。どうせなら仕事させてくれと思いながら椅子に座っていた。掃除や仕事など、全てベスパやビー、ネアちゃん、ディアがやってしまうので私がやる必要が無かった。
「う、ううん、ウウウウん……。あぁぁあああーっ! ひまあああああああああっ!」
「珍しい叫び方ですね。そんなに悶えてどうしたのですか?」
ベスパは私の頭上を飛び、働きながら訊いてきた。
「なにもすることが無くて暇なの……。どうしよう、私まで仕事脳になっている。仕事していないと暇すぎてどうにかなっちゃいそう。もう、寝過ぎて寝られやしない。薬を打って無理やり寝るとかも絶対に嫌だし、何か、暇をつぶせることを見つけないと……」
私はやることが無いと精神が乱れるタイプの人間らしい。いつも動いていないと体や心がぼろぼろになっていく。なら、何かをするしかないじゃないか。
「暇なら、暇を謳歌すればいいんですよ。ボーっと座っていたら良いじゃないですか。おそらく、暇でいられるのは学園に入る前の今くらいですよ」
「もう、ボーってし過ぎて頭がバカになっている気がするの。人は考えなくなった瞬間にボケるんだよ。だから、何かやる気が出ていつまでも探求できることでもないかな?」
「うーんそうですね……。キララ様も何か作ってみたらどうですか? この場で作れる品もあると思いますよ。お金と時間がありますし、好きに生活するのでは?」
「確かに……。絵や音楽、料理、工作、何でも出来るな……。とりあえず、何か面白そうな品を市場に見に行くか」
私はレクーの背中に乗り、一年前、バレルさんがぶっ壊した市場に来た。市場は復興しており、とても綺麗に直されていた。
今、バレルさんがこの場に来たらどう思うだろうか。まあ、あの時は魔造ウトサや悪魔のせいで感情がグチャグチャになっていたから仕方ないか。
市場にやってきて私は品を見る。銅貨数枚で買える品は少なかった。野菜や果物が一個買えるかどうかってところだ。
質が良いか悪いかは別として銅貨が使えると知り、ほっとした。王都は全て金貨一枚以上だ。なんて言われたら、恐怖でしかない。
私は軽く辺りを散策し、市場の状況を見る。
「うーん、活気がある。人々の笑顔もいい感じ……。生活が苦しい訳じゃなさそう。でも、貴族とか騎士が多いのかな。平民は仕事している時間か。こんな時間に出歩ける者は貴族かお金持ち、暇人のどれかでしょ。まあ、私は暇人か」
私は腕を組み、視野を広げながら何か不信な動きが無いか探る。特に大きな動きは見当たらず、ただの市場だった。
「うん……。私が見ただけじゃ、何もわからないな。ベスパ、何かわかった?」
「そうですね。私達が細かく見たところ粉の売買がされているようです」
「粉の売買……。嫌な単語。どこでどんな風に行われているの?」
「そうですね。見えにくい裏市場で商品と粉が交換されています。粉の色や形状を見たところ、魔造ウトサと同類ですね」
「はぁ……。私が止めたら確実に怪しまれる。そうなったら、私が危険に晒される。騎士に教えても、騎士は正教会の配下だし、粉を売っている者が正教会だったら伝えた私が怪しまれる。うーん」
私は顎に手を当てながら考えた。
「キララ様、市場を治められる者がおりますよ」
ベスパは私の頭上で呟いた。
「え……、あ、ほんとだ」
私の視線の先にいたのは変装して市場の様子を陰ながら視察しているアレス王子だった。
ローブや服装を庶民に近づけ、顔の下半分を布で隠しているが雰囲気と高貴な魔力でわかってしまう。
私は市場を視察しているアレス王子にさりげなく近づく。そのままアレス王子の体に軽く当たった。
「おっと、すまない……。って、君は……」
「こんにちは。お久しぶりです。元気でしたか? こんなところで立ち話は何ですし、近くの喫茶店にでも入りましょう」
「……ああ」
アレス王子は私の発言にコクリと頷いた。
私とアレス王子はベスパがお勧めする治安が良い一等地の喫茶店に入った。平民の私が一等地に入ってもいいんだ……。
「うーんと、お兄ちゃん、あのお菓子が食べたい」
私はショーケースの中に入っているクッキーを指さしながら、顔を隠しているアレス王子に向って言う。
「お、お兄ちゃんって……」
「お兄ちゃん、良いでしょー。買ってよー」
私はアレス王子に抱き着き、可愛い妹ムーブを作った。
知らない男性と子供が一緒に喫茶店に入っていたら怪しまれる。兄妹設定でも作っておけば、多少は周りからの視線が緩まるはずだ。
「はぁー、仕方ないな」
アレス王子はため息をつきながら、ローブの内ポケットから金貨を八枚取り出し、店員さんに渡す。珈琲と紅茶も頼み、角に置かれた二人席に座る。
――ベスパ、ブラットディアとビー達で結界を作って。
「了解です」
ベスパは私達の周りにブラットディアでドームを作り、その周りにビー達を纏わせて光学迷彩と魔力で作り出した映像を照射し、ただの植物が生えているように見せる。店員さんも気付かないほど完璧な仕上がりだ。
「アレス王子、顔を曝しても問題ないですよ」
「はぁ……。いきなり現れて驚いたぞ」
アレス王子はフードと布を外し、イケメン面を見せる。私が同年代ならば確実に心を打ち抜かれているほどの美貌で、妻子持ちなのが惜しいと思ってしまうほどだ。
「アレス王子、なぜ市場にいたんですか?」
「普通に視察だ。何か問題が起こっていないかと調べるためにな。王都の一般人はあそこで物の売買をする。魔造ウトサがあの場で出回っていれば王都の至る所に回ってしまう」
「なるほど。じゃあ、一刻も早く調査をするのが良いと思います。見えにくい場所で粉の受け渡しを発見しました。最悪、魔造ウトサか別の快楽物質でも流通している可能性があります。見つけた場所を地図に書きますから、少し待っていてください」
――ベスパ、粉の売買がされていた場所の地図を作って。
「了解しました」
ベスパは先ほど発見した売買先をまっさらな地図に書き写し、私に手渡してきた。とても精巧な地図で本当に真上から撮った写真のようだ。その絵の中にマルが掛かれており、売買場所が一目瞭然だった。




