透き通る目
「ああ……、さすがにいないか」
以前、ものすごく散らばっていた部屋を私が綺麗にした。
今も綺麗な所を見ると、やはりもういないのかもしれない。
なんせ、汚部屋を作る人は何度掃除しても汚部屋になる。だから、テールさんが使っていないと思われる。
「キララ様、学園長室はこっちです」
ベスパは寄り道した私の顔の周りを飛び、正しい方向に誘導する。
「はいはい。ちょっと来ただけだから、すぐに行くよ」
私はベスパについていき、大きめの扉がある部屋の前に到着した。
「ここです」
「お疲れ様。はぁ、話し合いでもするのかな」
私は呼吸を整え、扉を三回叩き、名前を言う。
「キララ・マンダリニアです」
「うむ、入りなさい」
エルツ学園長の低い声が聞こえた。
「失礼します」
私は扉の取っ手を持ち、引いた。中に入ると、大量の工具が壁側に置いており、研究室と言っても過言じゃなかった。前方に大きな作業台があり、その奥にエルツ学園長が椅子に座っている。
「キララ・マンダリニア君だね。おや? 今回はウォーウルフを連れていないのか?」
エルツ学園長は以前、私と面接を行った時、フルーファの首輪を見て、目を光らせていた。なので、今回はあえて連れてこなかった。
「えっと……、体調を崩してて……、寝込んでいます」
「そうか……。まあいい。とりあえず、座りなさい」
エルツ学園長は椅子から降り、長い無精ひげを撫でながら壁際に置いてあった椅子を私の近くに移動させる。
「失礼します」
私は椅子に座った。他の学園長もいると思ったがどうやらエルツ学園長だけしかいないようだ。
「フリジアと仲がいいそうだな」
エルツ学園長は椅子に座り直し、訊いてきた。
「はい、どうも気に入られてしまったようで……」
「どうせ、あのメギツネから学園に誘われているのだろう?」
「まあ……、何度か……」
「実際、わしもキララ君が欲しい。まあ、どの学園長もそう思っているだろう。だが、わしはキララ君自身が決めるべきだと考えている」
エルツ学園長はトランクを取り出し柄だけの剣を一本取り出した。先端に魔石が付いておりパッと見ただけで誰が作ったのかわかる。
「それ……、テールさんの魔剣ですか?」
「ん……、テールを知っているのか?」
エルツ学園長は目を開き、驚いていた。
「えっと、一年ほど前、学園に見学しに来た時があったんです。その時、テールさんから色々教えてもらいました。まあ、あの時は私じゃないんですけど……」
私はラッキーと言う偽名を使い、テールさんと合っているので実際の私をテールさんは知らない。
「そうか。いやー、あの頃からテールが無性に頑張っていたのはキララ君の影響だったのか。じゃあ、テールがなんの研究をしていたか知っているな?」
「はい。魔剣ですよね」
「そうだ。魔剣と言うのは二種類あって鋼の剣に魔法を付与させた品と魔力自体を剣にする品だ。一方はほぼ完成されている。もう一方は全く使い物にならん品だった」
エルツ学園長はテールさんが作った魔剣の柄を握る。すると、刃渡り八〇センチメートルほどの光る刃が生まれた。
「おおーっ! 前は八センチメートルくらいだったのに!」
「これはテールが最後の最後に提出した卒業研究の作品だ。八八八番ラッキーって言うダサい名だが、わしは感動してな」
エルツ学園長は魔力を止め、刃を消すとテールさんが作った魔剣を撫でる。もう、我が子のようだ。
「えっと……、その魔剣と私の話しに何の関係が?」
「ああ、すまんすまん。年寄りは話が長いんだ。この魔剣を作ったテールは大学に行った。まだ研究を続けたいと言ってな」
――テールさん、大学に行ったのか。
「まあ、両親と大分揉めたようだが自分の我を貫き通した。貴族の娘は成人し、学園を出れば婚約者と結婚するのが普通だ。そこで問う、キララ君に、テールのように突き抜ける力があるか?」
「……どうでしょう。私は自分の理想のために生きて来たので、テールさんと性格は似ていると思います。でも流れるような性格もあってデカいデカい岩を貫通させるほどの精神は無いようにも思えます」
「ふむ……」
「私はデカい岩があったら貫通して通らず、別の方法を探すんじゃないですかね。決めた目的地にたどり着ければどんな道を通っても良いと思っています」
「ふっ。変わった考え方をしているんだな。だが、考えが柔軟だ。やはり君は面白い子だな」
エルツ学園長は髭を撫で、むふむふっと笑っていた。
「本題を話そう。わしはキララ君がエルツ工魔学園に来ると言うのなら、学費免除、生徒寮の個室、食堂無償を約束しよう。まあ、田舎から出てくるんだ。それ相応の対応をする。だが、君がこの学園で何をしたいのか、まだ明確に決まっていないように思える。そうじゃないかね?」
「そうですね、確かにエルツ工魔学園で何を学ぼうか考えていません。それはどの学園も同じです。とにかく入れればいいっていう考えで来たので……」
「ふむ、キララ君。正解がある問題と正解がない問題、どっちが好きだ?」
「え……。そうですね……、正解がある問題の方が楽で好きですかね」
「なら、機械弄りや作り物、動く物に心を揺さぶられたり、もっと学びたいと思うか?」
「……あまり、思わないですね」
「ならば、キララ君がエルツ工魔学園に来て学べることは少ない。止めておけとは言わん。ぜひ来て工魔学にハマってもらいたい。そういう気持ちが大きいが、テールのような情熱が無いと無駄な三年間になりかねん」
「つまり、エルツ学園長はエルツ工魔学園が私に向いていないと言いたいんですね」
「簡単に言えばそうだな。だが、やってみないとわからない。キララ君が新しいことに挑戦したいと言うのであれば、全力で支えると誓おう。家に合格通知と入学届が送られている。それを出せば学園に入学できる。最後まで自分で考えるといい。他人任せというのは一番楽だが、つまらん生き方だ」
エルツ学園長は私の奥を見透かしているかのような言い方で心に訴えかけて来た。やはり、長い時間生きているだけあって言葉が深い。
「ありがとうございます。今の話、しっかりと受け取らせていただきます」
私は頭を深々と下げる。
「さて、学園長としてのわしが話すのはこれくらいでいいか。今から、一研究者として話をさせてもらおう」
エルツ学園長は椅子から降りた。
「まず、見たいのはキララ君の懐中時計だ! 今すぐ見たい! 見せてくれ!」
エルツ学園長は私の前に来て、犯罪者並みに目を血走らせながら喋る。
「ちょ、ちょちょ。待ってください。なんで、懐中時計が見たいんですか!」
私は身を引き、ちっさなおじさんから離れる。
「正教会が時計の形式を決めているからな、売られている品はほぼ同じ見た目をしている。だが、キララ君が実技試験中に見ていた懐中時計は全くの別物だった。つまり、自作した懐中時計ということだろうっ!」
エルツ学園長の瞳が輝く、どうやら目に何らかのスキルを持っているらしい。癖で光っているのかもしれない。
「もしかして、ものすごくよく見える目をおもちで?」
「おっと、すまない。つい癖が出てしまった」
エルツ学園長は目を閉じ、光が消える。
「言い逃れはもうできないみたいですね……。えっと、他言無用をお願いできますか?」
「口は堅い。酒にも強い。安心するといい」
「はぁー。わかりました……」
私はポケットから懐中時計を取り出した。
「おおーっ! ありがたい。もう、ずっと見たくて仕方がなかったのだ!」
エルツ学園長は相当機械オタクらしく、ライトが作成した懐中時計を舐めるように見回していた。
うわ蓋を外し、中身を見る。すると、透明なガラスで覆われた中身が露になる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! す、すごい! すごいぞ! 多くの歯車が綺麗に動いている! 中身がここまで精密な品は見た覚えがない! これは模倣ではなく、新たに設計し直している! す、素晴らしい……」
エルツ学園長は目を光らせた。
私の目では懐中時計の表面しか見えないが彼の目は奥まで見えているようだ。
――透視が出来る目なんだ。すごいな。でも、おじさんが持っていてほしくないスキルだ。女湯でも覗くんじゃなかろうか……。私の体が見られていないか心配だ。
「これはキララ君が作ったのか?」
エルツ学園長はキラキラした瞳をわたしに向ける。私の体、透けてないよね?
「いえ、その懐中時計を作ったのは弟です」
「お、弟……。キララ君が一二歳だろ……。じゃあ、一二歳よりも若い男児がこの懐中時計を作ったと言うのか……」
エルツ学園長はドン引きしていた。
そりゃそうだ。歯車から秒針を動かす魔法陣まですべて自作。懐中時計を作る九歳児なんてどこにいる? きっと地球にもいない。まあ、プログラムを作る九歳児ならいるかもしれないけど……。
「驚かれるのも無理はないですが事実です。いわゆる天才ってやつですよ。私なんて弟から見れば凡人です」
「いやいや……、キララ君も十分天才の域……。まあ、この品を作れる弟がいたらそう思っても無理はないか。親か知り合いが時計職人なのかな?」
「いえ、親は時計職人じゃありません。街の時計屋さんの店長から話を聞いて自作したそうです。私の誕生日の贈り物にくれたんですよ。良い弟ですよね」
「自作の懐中時計を送る弟……。はは……、もの凄い興味が湧くが詳細は教えてくれないのだろ?」
「はい。私は弟にのびのび育ってほしいので、今は好きなことをやらせています。学園に来るまで自由を謳歌してほしいです。何なら、大人になるまで。出来るなら大人になっても」
「さすがにスキルを使わないと無理だよな。いったいどのようなスキルで……」
「言っておきますけど、スキルなんて使ってませんよ。全部地頭です」
「…………」
エルツ学園長は度肝を抜かれて喋れなくなっていた。




