生活習慣病
「じゃあ、次に体を洗っていきます」
「優しくしてね……」
フリジア学園長は全く色っぽくないのに、自分では結構イケているんじゃないかと思っているドヤ顔がうざい。
子供がお茶らけているようにしか見えないと言いたいが、そう言ったら心を傷つけてしまう。
「聞こえているからね?」
フリジア学園長は耳を光らせており、心を読むスキルを使っていた。
「スキルを使うのやめてもらっていいですか?」
「うーん、なんか、癖になっちゃってて、いつの間にか発動しちゃうんだよね。聴覚だから意識するのが難しんだよ」
光っていた耳が元に戻る。
「スキルが癖になる……。つまり、使おうと思わなくても勝手に使ってしまうと」
「そうだね。私のスキルは聴覚に作用するから言葉を聞いているだけで発動しちゃうの。意識して抑えないといけないから肩がこるんだよねー。乳が無いのに……、何で肩がこらなきゃならないんだよ……」
フリジア学園長は自分で言って自分で落ち込んでいた。
「えっと……私も常時発動していますから、癖になっているんですかね?」
私はベスパの方を向きながら聞いてみた。
「そうだね。でも、キララちゃんの場合、スキルを止めたら止めたで危ないよ。ベスパがいなかったら、魔力がどうなるかわからない。最悪、爆発する」
「うぅ……、こ、怖いこと言わないでくださいよ」
「だって、ベスパがキララちゃんの魔力を制御しているんでしょ。ベスパがいなくなったら魔力がどうなるか……」
「でも、私、ちょくちょくベスパを燃やしてますけど特に問題は無いですよ」
「……じゃあ、問題ないのか。とことん、弱点が少ないスキルだね」
「まあー、使役しているビーが最弱ですからね」
「確かに……。だから、そこまで安全に使えるのか。普通は強力なスキルほど危険だから、制御が難しいんだ。微妙なスキルほど扱いは楽なんだよね」
フリジア学園長は脚をバタつかせながら、スキルについて軽く話していた。やはり、学園長と言うだけあって賢い。
私よりも長い年を生き、魔法について調べて来ただけのことはある。
私は手に石鹸を付け、泡立てた後、フリジア学園長の背中に当てる。
「ひゃっ……。も、もぅ。優しくって言ったのにぃ~」
「面倒臭いので、そのお色気っ子やめてください。色気、全然無いですから」
「本心をズケズケ言うのやめてもらえるかな……。逆に傷つく……」
フリジア学園長がスキルを使わないでいいように本心を喋ったのだが、逆に傷つかれた。
本当に面倒な方だ。
私がフリジア魔術学園に入ったらこの方と毎日会わなければならないのかと思うと億劫に思えて来た。
「体はすべすべですね。にしても……、下腹が……ぷにぷに」
私はフリジア学園長の下腹を摘まむ。とても柔らかく、耳たぶのように心地よい。
「ちょっ! こ、ここは何でもない! ちょ、ちょっと座っていたからだ!」
フリジア学園長は風呂椅子から立ち上がり、お腹をへっこめた。
私はフリジア学園長の耳に息を「ふー」っと吹きかける。
「はわぁ……」
フリジア学園長は甘い声を出し、お腹の力が緩む。すると、ぼてっとした腹が現れた。お腹周りに脂肪がついている。
「フリジア学園長……、お菓子や料理、お酒を毎日食していますよね。一日、どれくらい運動しますか?」
「え、えーっと……。いつも怪鳥に乗って移動しているから、ほぼ運動していないかな……」
フリジア学園長は指先を突きながら苦笑いを浮かべる。かわい子ぶっているが、体の中は太った中年のおっさんと同じくらい危険だ。
「……糖尿病まっしぐらですね。肝臓に脂肪がたっぷり着いていずれ死にますよ。なんなら、脳内の血管に血が溜まって脳出血になって死ぬかも」
「え……、えぇ……。ちょ、なになに、怖い怖い。いきなり、そんな怖い発言しないでよ。糖尿病って何! 脳出血ってどういう状況!」
フリジア学園長は魔法にとても詳しいが、現代医学は知らないらしいので、普通に恐怖していた。
「まあ、簡単に言うと糖尿病は体が体内に入った毒素を上手く分解できなくなります。あと脳出血は頭に巡る血管が膨張し破裂、脳に障害が出て死にます」
「はわわ……。な、なにそれ……、こ、怖すぎるよぉおっ!」
フリジア学園長は顔を真っ青にして体に付いた脂肪を摘まむ。慌てふためている姿を見ると可愛らしい子共だ。
おそらく平民に糖尿病や脳梗塞で死ぬ者が滅多にいないのだろう。貴族の間でも若いうちはいいが、歳をとったら悪習慣の結果、血管が切れて死ぬ。おそらく貴族の死因はガンより生活習慣病なんだろうな……。
「ど、どうしたら病気にならないの。というか、なんでキララちゃんはそんなことを知っているの。おかしいよ」
「あ、あはは……、なんで知ってるんでしょうね。まあ、憶測ですよ。そもそも、お酒は毒です。花にお酒を上げたら枯れますよね」
「ま、まぁ……」
「毒を体内に入れても体が無事なのはなぜかと考えたら、結果的に体が毒を排除する力を持っているとなります。逆に外傷も無しに倒れて死んだら、体の内側で何かが起こっていると言うことです」
「う、うぅん……」
「太ると病気が起こりやすいので、食べ物を食べたら運動する。お菓子やお酒の量を決めると言った制限を付けてください」
「せ、制限……。そんなぁ。お菓子とお酒を嗜むのが私の生きる楽しみなのに……」
フリジア学園長はとてもとても辛そうな顔をする。長年を生きる種族故に、娯楽が無いとやっていけないのだろう。
「なにも、止めろと言っているわけじゃありません。嗜む程度にしてください。真面に会話できなくなるまで飲まないようにするとか、ケーキをデカデカと一個食べないとか」
「ううぅ……。私の主食、お菓子なのに……」
フリジア学園長は俯きながら、呟く。
「それは最悪ですね……。今すぐやめてください。というか、主食がお菓子って、相当儲けていますね」
「まぁー、学園長だし、それなりにねー。でも、責任も重大で多くの者からの期待も多くてさぁ。心身が疲れるんだよね。ほんと、キララちゃんのお風呂に入ると心まで晴れやかになるから、最高なんだよぉー」
――私が入ったお風呂、精神安定の効果もあるのか。とことん、ぶっ飛んでるな。
「お菓子を止めたら、私は生きてけない。だから、お菓子の量を減らすのは……」
「駄目です。減らしてください。パン、野菜、肉、しっかりと栄養を考えた食事に変えないと早死にしますよ」
「う……、私、もう結構長生きしているけど……」
「不老とは言え、体が限界を超えていれば劣化するはずです。劣化すれば、体の新陳代謝が落ちてフリジア学園長の脳内の血管が切れて、ぽっくりあの世に行くかもしれません。お菓子を食べる時間は午前一〇時と午後三時だけにしてください。それ以外は駄目です」
「はわわわ……、き、キララちゃん、容赦ないよぉー!」
フリジア学園長は泣きそうになっていた。私は主治医並にずかずかと彼女の不健康点を突き、改善させる。
「フリジア学園長が死んじゃったら、私……悲しいです」
私はフリジア学園長の手を握り、瞳を潤わしながら呟いた。
「うぅぅ……、こ、心に響く……」
――もう一押し。
私はフリジア学園長に抱き着き、耳元で心の声を伝える。
「私、健康なフリジア学園長と友達でいたいです。だから、健康的な生活を心がけましょう」
「はうぅ……。わ、わかったぁ……」
フリジア学園長はヘロヘロになり、私に抱き着いた。
私とフリジア学園長は長い年の差があるわけだが、子供同士が抱き着いているようにしか見えない。
「じゃあ、明日からお菓子は午前一〇時と午後三時にだけ食べていいです。これだけでも全然違いますから、頑張りましょう」
「うう……、頑張ってみるよ」
フリジア学園長はコクリと頷き、理解してくれた。
生活習慣病予備軍に確実に入っているフリジア学園長はこのまま自堕落な生活をしていれば体調を確実に悪くする。
他の王都民も生活習慣病にかかっているんだろうなと思うとやるせない気分だ。
調味料をふんだんに使って食べていればぶくぶく太っていく。
逆に調味料を使っていない素朴な料理を食べている田舎にいる者達は痩せており、栄養失調。なんて真逆な環境なんだろうか。
私も体を洗い、フリジア学園長と一緒にお湯に浸かり体を温め直した。
体が暖かくなったらお風呂を出る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
メイドたちはバーゲンセールが行われるデパートに入り込んでいくおば様たちのようにお風呂場に駆け込んだ。
「私が一番に入るのよ!」
「いや! 私よ!」
「私がそのお風呂の美容効果を全部受け取ってやるわっ!」
醜い女の争いが繰り広げられ、メイドたちがお湯に飛び込んでいく。
魔力の光がメイドたちに流れ込んでいき、次第に弱まっていった。でも、発光が無くなってもキラキラと輝いており、効果は持続している。
「はぁー、これよこれー。この肌、この艶、この潤い。これが私の本来の姿なのよ」
メイドたちは自分の綺麗になった肌を触り、うっとりしていた。魔造ウトサよりも依存性は無いが、それでも美容外科や美容品がとても儲けているのが手に取るようにわかった。
「キララちゃんの汗入りお湯を瓶に入れて売ったら大儲けできそうだね」
フリジア学園長は自身の肌をモチモチと触りながら呟いた。
「絶対に嫌ですからね……」
私は腕を組み、拒否。
「もう、牛乳は無いの?」
フリジア学園長は体を拭いている時に訊いてきた。
「牛乳はもうないみたいですね」
「うう……、あの味がないとお風呂に入ったのに、もったいないよ……」
「まあ、わからなくもないですけど……。とにかく、今はないので我慢してください」
「はぁい……」
フリジア学園長はとても落ち込んでいた。やはりお風呂上りに牛乳を飲みたくなってしまうのはこの世界でも同じようだ。
「牛乳が王都で買えるようになったらどうしますか?」
「え……、買うに決まっているでしょ。なに当たり前のことを言ってるの?」
フリジア学園長は目を決めながら言う。そこまで好きなのか。




