原点回帰
私は大きな門の間を通り、人がまばらな広い道を歩いてウルフィリアギルドの本部に入った。
「キララさん……。いったいどういうことですか?」
建物の中で立っていたのは額に血管を浮かび上がらせるほどとーっても怒っているキアズさん。彼が私の方を見て来た。
受付付近で正座させられていたのは『聖者の騎士』の四名。なぜ怒られているのだろうか。
あと、私が怒られる理由ってなんだ……。私が考えている間にキアズさんが前に歩いてくる。
「無事でよかった」
キアズさんは私をぎゅっと抱きしめながら言う。
私はキアズさんを心配させていたのだと知り、抱き着かれてしまったのだと理解する。
「えっと、キアズさん。周りに冒険者の方達がいるので恥ずかしいんですが……」
「あのバカ達の尻ぬぐいをしてくれたようで、何とお礼を言っていいか」
「いや……、私は何もしていませんよ。新種のゴブリンを眠らせて倒しやすいようにしておいただけです。あとあと、新種のゴブリンの親玉を倒したのは『聖者の騎士』なので、私は関与していません」
出来る限り、援助に回っていたと言う点を強調して伝えた。
「『聖者の騎士』はSランク冒険者ですよ。彼らは死にそうになっていたところをキララさんに助けられたと言っています。訳を話してもらえますよね?」
「…………黙秘は」
「駄目です」
キアズさんは私を抱きあげ、歩き出した。
「『聖者の騎士』は今回の騒動の報告書を書きなさい。もちろん、書けますよね?」
キアズさんは正座している『聖者の騎士』に威圧しながら言う。
「「「「は、はい……」」」」
『聖者の騎士』の四名は頭を下げながら弱々しく呟いた。
「キアズさん、彼らは大量の魔物がいると知らずにいきなり襲われたんですよ。そこまで怒る必要があると思えません」
「Sランク冒険者と言うのは他の冒険者に助けられているようでは駄目なんです。彼らで今回の騒動を治められるくらいの力があったはず。にも拘らず、酔っぱらった状態で戦いに挑み、よもや重傷を負って死にかけるなど冒険者としての自覚が足らない! わかってるか、馬鹿ども!」
キアズさんは『聖者の騎士』達に向って叫ぶ。
「「「「す、すみません!」」」」
『聖者の騎士』の四名は土下座しながら謝った。
あまりにも小物感が強いが、Sランク冒険者パーティーだ。
――確かに、部下が酔っぱらった状態で仕事していたら上司は怒るよな。私だってお父さんが酔っぱらった状態で仕事していたら怒る。
「Sランク冒険者パーティーは他の冒険者の見本となる存在。お前らが酒を飲んだあとに依頼に行っている姿を見た下っ端たちが同じような行動を取ったらどうする! お前らみたいに死にかけるかもしれないぞ!」
キアズさんの説教がすぐ近くにいる私の耳にガンガンと響く。彼はこのウルフィリアギルドにいる冒険者達の親みたいな存在だ。
熟練者が悪いことをしていたらしっかりと怒れる存在。やはり、この人なくしてウルフィリアギルドはない。
「まったく。それに引き換え、キララさんの仕事ぶりは目を見張るものがありますよ。あなた達は三〇年以上生きてきているのに、一二歳の少女にすら仕事の態度で負けている。今回の件はいい薬になるはずです。しっかりと見つめ直すように」
「「「「は、ははーっ!」」」」
『聖者の騎士』の四名は床に額を擦りつけ、心変わりの誠意を見せた。
私とキアズさんはギルドマスターの部屋に入る。
「まさか、私が家に帰っている時にあのような事態になっているとは……」
キアズさんは黒い革製のソファーに座り、息を深く吐いていた。
「まあまあ、事態は無事収束したんですから、気にしすぎないでください。キアズさんは何も悪くありません。お酒を飲んで適当に仕事をしようとしていたあの冒険者達が悪いんです」
私も黒い革製のソファーに座り、軽く言った。
「はは……、ほんと今回の件で冒険者が死なずに済んでよかったです。ゴブリンは新種が見つかりやすい種族ですが、巨大に加えて数が多いとなると救助に向かった冒険者達もろとも全滅していた可能性があります。『聖者の騎士』に至ってはキララさんがいなかったら死んでいたと言っていましたし、何とお礼を言ったらいいか」
「私が『聖者の騎士』と話しをしようと待っていたから現場に向かえました。キアズさんが私を引き留めていたからとも言えます。つまり、キアズさんが冒険者達を守ったんですよ」
「そんな上手いこと言って……。ほんと相手を立てるのが上手ですね」
「私の特技みたいなものですよ。えっと、なにを話せばいいんですか?」
「あらかた『聖者の騎士』から聞きました。ただ、巨大なゴブリンの標本をキララさんが確保していると言うので」
「ああ、なるほど」
私はキアズさんに見られないよう『転移魔法陣』を使い、頭が矢に打ち抜かれたゴブリンを出す。数体、確保しておいた個体だ。
「これが新種のゴブリンですか。やはり、デカいですね」
キアズさんは横たわるゴブリンを見回す。
「平均して身長が三メートル弱くらいありました。もう、オークくらいあります。さっき見てしまったんですが、ゴブリンとオークが重なり合っていました。もしかするとそのせいで新種が生まれているのかもしれません」
「なるほど……。可能性はゼロじゃないですね。ゴブリンは多くの種族と子を作ろうとしますし、新種が多いのも納得できます。このゴブリンはオークとの間に生まれたのかもしれませんね」
「じゃあ、名前はオークゴブリンですね」
「……単純ですね」
キアズさんは私のネーミングセンスの無さに苦笑いを浮かべる。
「悪かったですね。単純で。でも、名前と言うのは単純な方が良いんですよ。無駄に長ったらしいと面倒臭いですし、覚えにくいですから」
私は腕を組み、不貞腐れなる。
「では、オークゴブリンとして記録しましょう。ゴブリンの魔石から得られる報酬と討伐料、新種の発見に加え標本も持って来ていただきましたし、その分の料金を支払わせてもらいます」
「あの、私はそこまで危険な思いをしていないので、戦いに参加した冒険者達に手当として分け与えてください。私が貰う訳にはいきません」
「いや……、しかし……」
「良いんです。私は若いですし、まだこれからがあります。他の冒険者さんの方が命を張っていたんですから、お金の配分が多くて当たり前です」
「では、新種の発見と標本を持ってきていただいた料金を支払わせてもらいます」
「まあ……、それくらいなら」
私はキアズさんから金貨三〇枚を貰った。お小遣い感覚だが、林業していたころのお父さんの年収より高い。
「『聖者の騎士』が資料を書き終え、時間が出来たらまた呼んでください。私は八階の仕事室にいます」
私は立ち上がり、頭を一度下げる。
「わかりました。また、何か報告することがあれば伺います」
キアズさんも立ち上がり、頭を下げた。どこか、会社の取引のようで過去を思い出す。
私はキアズさんの部屋から出て八階にある仕事室に向かった。もう、昼近い時間で、日は大分高い。
「キララ、待ちくたびれたぞ」
部屋の中に、陽光に照らされてキラキラと輝く真っ白な狼が鎮座していた。
「フェンリル……。なんでここにいるの?」
「キララたちが飛び去ってしまったからな。追いかけられなかった。われは大人しくこの部屋で待っていたのだぞ。それより、腹が減った!」
フェンリルは立ち上がり、私の股の間を八の字にグルグル回る。
「はいはい、わかった。魔力を上げるよ」
私はベスパに犬用の器を作ってもらい、床に置く。『ウォーター』で水を出し、魔力を盛大につぎ込んだ。
「はい、どうぞ」
「うぉーっ! いただきます!」
フェンリルは水をがぶ飲みした。すると、毛並みがさらに良くなり、艶々の絹の如く触り心地が最高。
私はフェンリルの体を少々モフモフした後、部屋に置かれている大きめの椅子に座った。
「さて、ベスパ。FランクとDランクの雑用依頼をもってきて」
「了解しました」
ベスパは依頼室に向かい、重なった依頼の束を持ってくる。あっという間に仕分けしたのだろう。やはり、一度覚えさせると同じ仕事の効率が上がっている。
「うん、今日もいっぱいあるね。やっぱり、王都は人が多いし、仕事が尽きなそうだ。私が学生になるまで沢山稼げそうだなー」
私は何もしていないのに、ビーたちが仕事してくれるのでお金が楽に稼げていた。だが、私の気持ちはよくならない。
牧場にいた時の方が働いていた感が強く、今の自分に満足できなかった。
「ううーん、仕事……。仕事……」
私はビーたちが仕事を終えるまで居眠りして時間を過ごす。ただ、目を瞑っている時も仕事のことを考え、悩まされる。
お金は入ってくるが、達成感が無い。
自分がしたいことができると考えればいいのだが、今、私がしたいことは……。
「お菓子食べたい……。はっ、お菓子食べたい!」
私はなぜお金を稼ぎたいのか原点回帰した。
「そうだよ。お菓子食べたい。お菓子食べたい!」
「キララ様、何度も同じことを言わなくて結構です。わかってますから」
ベスパは机の上に積み上がった金貨の塔の頂上で座り、話し掛けてきた。どうやら、私が居眠りをしている間に仕事が完遂したようだ。
懐中時計を見ると一時間しか経っていない。さすがに早すぎないか?
「ベスパ、金貨を八割と二割に分けて」
「すでに終えてます」
ベスパは八本の金貨の塔と二本の塔に分けていた。
「はは……。じゃあ、税金用の『転移魔法陣』に入れてと」
私は納税額四割を『転移魔法陣』の中に入れ、余った五本の金貨の塔から金貨を八枚とり、ベスパに渡す。
「これでケーキを買ってきて」
「なにケーキにしますか?」
「えっと、一番普通のケーキ。とりあえず、スポンジケーキで」
「了解しました」
ベスパは私から金貨を受け取り、窓から外に飛んで行く。
私は依頼達成の印がされた依頼書を纏めておき、勉強を軽くした後、舌を出して撫でられたそうに尻尾を振りまくっているフェンリルを撫でまわす。




