少女の救出
「あっ! 『聖者の騎士』の方々!」
森の中から現れたのは結構ボロボロの冒険者達だった。
「お前ら……、何でここに?」
タングスさんは冒険者たちに視線を送る。
「なんでって、『聖者の騎士』の皆さんが危険だって聞いたから、助けに来たんですよ!」
「昨日の夜、死にかけたんですけど、大型のゴブリンがいきなり隙だらけになってここまで来れました!」
「なにか手伝えることがあったら、俺たちに言ってください!」
冒険者たちは口々に働きたいと言う。皆、『聖者の騎士』の大ファンなのだろう。
「はは……、お前ら……」
タングスさんは身を震わせながら、はにかんだ。
「良し、冒険者達は眠っているゴブリンの処理と捕まっていた者の保護を行ってくれ。俺たちは地下にもぐり、少女の奪還を行う」
「私も……」
私は少女を助けるために志願したのだが……。
「キララちゃんは駄目。危険すぎるわ。確かにあなたが強いのは昨日の戦いで分かったけれど、あなたはまだ子供なのよ。子供を守るのが大人の役目。安心して私たち、こう見えてもSランク冒険者パーティーなのよ」
ロールさんは微笑みながら堂々と言う。その彼女はとてもカッコよかった。
「じゃあ、キララちゃんは他の冒険者の援護を頼む。えっと少女がいる場所まで魔法か何かで案内できるか?」
タングスさんはしゃがみ、私の目線になって訊いてきた。
「はい、出来ます」
――ベスパ、案内役のビーを『聖者の騎士』の前に飛ばして。
「了解です」
ベスパは光り、ビーに命令するとタングスさんの前に一匹のビーが移動する。
「ビー?」
「その子は少女の居場所を知っています。あと、今もビーたちがゴブリンウィッチと戦っているはずです。後方にデカいゴブリンもいるので気を付けてください」
「はは……、そこまでわかるのか。ありがとう、すごく助かる。良し、三人とも行くぞ!」
タングスさんは私の頭をぐしぐしと撫でてきた後、立ち上がった。
「了解っ!」
ロールさんとイチノロさん、チャリルさんは大きな声を上げ返事した。そのまま『聖者の騎士』は案内役のビーの後ろを全速力で追いかけていた。元気があり余っている今の彼らなら安心して任せられる。
なんせ『聖者の騎士』はフロックさんやカイリさんと同じSランク冒険者パーティなのだ。私は援護の役割を果たすのみ。
「ベスパ、厚めのローブと飲み水、ビーの子、食べられる木の実を攫われていた人数分持ってきて」
「了解です」
ベスパは攫われていた人ように大量のビーを動かして迅速に準備してくれた。
「皆さん、ローブを羽織ってください。温かいお湯と食べ物を配ります。眠たい人は私たちが守るので安心して眠っていただいて結構ですよ」
私はほぼ全裸だった女性たちに木製のローブを配り、肌寒さと羞恥心から守る。
木製の容器に入れられた大量の水に試験管内に入っている特効薬を混ぜ、魔力水にした後『ヒート』で高温にした。肌寒いので暖かい飲み物の方が体に沁み渡る。
魔力操作で紙コップに魔力水をそそぎ、一人一杯ずつ配っていった。木の実やビーの子が置かれた紙皿も渡していく。
「あ、ありがとうございます……。ありがとうございます……」
女性たちは泣いて喜んでくれた。あんな化け物に攫われていたらそりゃあ身が凍るような思いだったはずだ。よく気が狂わずにいられたな……。
体が温まり、お腹が満たされて眠気が襲って来たのか、多くの者が眠ってしまった。
ただ、娘さんが居ない女性は眠れず、両手をぎゅっと握りしめ神にずっと祈っていた。
私はそばに寄り添って背中をさすってあげたり、声を掛けてビーの視界を通して娘さんが無事であると伝える。
八分程度で、ビーの視界にタングスさんたちが映った。
「本当にいたぞ……」
「あの迷路みたいな巣穴から一発でここを見つけ出すって……」
「冒険者パーティーに一人は欲しい人材だな」
「キララさんはまだ成人もしてないんですから、そんな話しはあとあと!」
『聖者の騎士』は武器を持ち木製の杖を持っているゴブリンウィッチと玉座のような骨の椅子に座っているどっぷりと太った大きなゴブリンの前に立つ。
太った大きなゴブリンの足下に力尽きるように倒れている少女の姿がビーの目に映っていた。声もビーの触覚で感じ取り、私の耳にしっかりと伝わってくる。
「ベスパ、ここらいったいの魔物は?」
「すでに捜索しています。今のところ、問題ありません」
「そう、じゃあ。『聖者の騎士』の援護にビーたちを回してくれる」
「了解です」
ベスパは光り、八〇匹程度のビーたちが地下に入って行った。
『聖者の騎士』がいるゴブリンの巣最深部にすぐ到達し、戦いに参加する。
「俺とロールであのデカいゴブリンロードを倒す。イチノロとチャリルでゴブリンウィッチを頼む」
タングスさんは大きな盾を左手に、同じように大きめの剣を右手に持ち、自ら突進する。
「了解!」
ロールさんとイチノロさん、チャリルさんはタングスさんの命令を聞き声を上げた。
どっぷり太ったゴブリンは足裏で少女を踏みつけようとしていた。まるで、人間は子供に攻撃が向くと動けなくなると知っているかのようだ。
「ビーたち、少女を避難させて」
私の指示に従ったビーたちは少女を持ち上げ、太ったゴブリンに人質にされないよう救出。
先ほどまで、ゴブリンウィッチにじゃまされて手が出せなかったが相手の意識が『聖者の騎士』に移ったおかげで救出に無事成功した。
「ビーたちが少女を……。キララか!」
タングスさんが洞窟に大きく響く声を上げる。
「そうです」
私はビー通信でタングスさんに話しかけた。
「はは……、キララの声が聞こえるんだが……。幻聴か?」
タングスさんは首をかしげる。この世界に電話なんて無いので、相手がいないのに声が聞こえると言うのは不思議な感覚なのだろう。
「幻聴ではありません、私の声の空気振動をビーの前に展開させている魔法陣から排出して声を再現しているだけです。少女は私の方で預かります。後は好きに暴れてください」
「はは……、俺たち、少女に上手いように使われちまったぞ。だが、本職はこっち(討伐)だ。任せとけ!」
タングスさんは一瞬、脚と呼吸を溜め、吐き出すとともに加速。大きな盾を前に突き出し太っているゴブリンに突進した。
太っているゴブリンは少女を失い、人質作戦が行えず台座ごと弾き飛び、後方の岩壁に思いっきり衝突。
思っていたよりも強烈な一撃を受け、真っ黒で大きな目を見開き、驚いている様子だった。
「まったく! 本当に成長しないわね! 『沼地』」
ロールさんは太ったゴブリンの地面をドロドロの沼地に変えた。その影響で推進力が生まれず、太ったゴブリンは移動すら困難になっている。
「ははははっ! 冒険者は足腰が大事だって知らないのか!」
タングスさんは剣を引き、太ったゴブリンの首に軽々突き刺す。後方の壁もろとも破壊し、横に一閃。
岩壁が発泡スチロールかと思うほど容易く破壊され、ゴブリンの首も飛ぶ。
疲れが取れていたらここまで一方的な戦いになるほど、彼らは強いらしい。
何か偉そうだった太ったゴブリンは一瞬にして倒された。見掛け倒しにもほどがある。
ビーの視線をゴブリンウィッチの方に向け、イチノロさんとチャリルさんの戦いを見る。
「チャリル、毒系の魔法が来たら消してくれ。それ以外は俺が何とかする」
イチノロさんは左腰に掛けた剣の鞘を左手で握り、右手を柄に乗せる。足を肩幅ほど開き、膝を低く固定していた。
「もう、こんな時にカッコつけなくてもいいですから。魔法の対処は私がします。構わず首を切ってください」
チャリルさんは白いローブの内側から小さい魔導書を取り出し、パラパラと開いた。
「わかった。頼りにしてる……」
イチノロさんは狂犬のような低姿勢で勢いよく駆ける。剣は未だに抜いておらず、移動に集中しているように見えた。
ゴブリンウィッチはブツブツ呟きながら手作りっぽい木の杖を振るい、禍々しい魔法陣を展開する。何気に、魔物が呪文を使って魔法を発動させる場面は初めて見た気がする。田舎の子供たちより賢いな。
「癒しの神よ邪悪に満ちた身を滅ぼす毒牙を払いたまえ……」
チャリルさんはベテランアナウンサーくらい滑らかな口調で呪文を呟くと、ゴブリンウィッチの魔法陣が煙のように消えた。
魔法を放つ前に消すなんて荒業を始めて見たのもつかの間、ゴブリンウィッチの目の間に茶髪の男性がいる。
鍔と鞘が一瞬離れると、チンっと言う甲高い金属音が一度響いた。
ゴブリンウィッチの頭がいつの間にか飛んでおり、なすすべもなく後方に倒れ込む。
イチノロさんの剣はすでに鞘に収まっており、地に靴裏を付けた彼は呼吸を整えている。
「ふぅ。魔法を打たせないなんてさすがだな」
イチノロさんは姿勢を戻し、腰に手を当てて背中を伸ばしながらチャリルさんに話しかけている。
「その方が安全ですから」
チャリルさんは魔導書を閉じ、ローブの内側に戻していた。
――やっぱり、Sランク冒険者はお飾りじゃないな。さすがに強い。
私が感心していると、ビーたちが少女を連れて地下から脱出し、私たちのもとに戻って来た。問題なく生きており、意識もあった。
お母さんを見つけると力強く抱きしめ、お母さんの方も娘をこれでもかと抱きしめている。
「本当にありがとうございました。何とお礼を言ったらいいか……」
「いえ、私は少女を連れて来ただけです。魔物を倒したのはさっきの冒険者たちなので、お礼はそっちに言ってください」
私は少女に応急処置を施したあと、他の冒険者たちがゴブリンを倒せているか見に行った。
皆、ゴブリンの首を切り、大きめの魔石を取り出している。解体作業に回っていると言うことは視界に映るゴブリンを全て倒したと言うことだ。
ゴブリンは殲滅されたらしい。もう、辺り一帯を焼き払うくらいしたいところだが、周りが森なので燃えたら危険だ。
「ディアたち、巣にいるゴブリンの死骸は食べていいよ」
私は掃除屋のディアを胸から外し、地面に降ろす。
「食事と仕事の両方がいっぺんに出来るなんて……。私は何て幸せなんでしょうか! あぁ、キララ女王様、万歳っ!」
私はブラットディアたちが大量に入っているサモンズボードをローブの内側から取り出し、出口の『転移魔法陣』を展開する。
サモンズボードに魔力を流し込むと、出口の『転移魔法陣』から吐き気を催すほど大量のブラットディアが滝のように落ちてきて姿を現した。
まあ、私からするとビーよりましだ。




