ゴブリンの巣に移動
「なるほど、眠ってるんだね。じゃあ、『ハルシオン』で大型のゴブリンを全員、今日は起きないくらい深く眠らせてきて」
「了解しました」
ベスパは発光し、ビーたちに命令した。どうやら、他のビーたちも『ハルシオン』が使えるようになっているらしい。
ベスパだけでも厄介なのに、他の個体も毒針を得たように進化したのだろうか。そりゃあ、大量の魔力を与えて育っていたらベスパに似通っていくか。
「ゴブリンの巣に捕らわれている者はいる?」
「いますね。皆、生きています。ですが、劣悪な環境に置かれ、精神がすり減っており、気を失っている者もいます」
「じゃあ、魔力を与えて少しでも生き残らせて。ゴブリンを眠らせたらネアちゃんの糸で確保。絶対に解かれないようにお願い。念には念を入れるよ」
「了解です」
ベスパは自分で動き、ゴブリンの巣に飛んで行った。
「……なんか、遠隔で敵を攻撃しているみたい。現代の戦法に似てるな。まあ、効率がいいし、被害を出さないようにするために考えたら、こういう戦法になっちゃうんだろうな」
私はビーが弱いと言う認識を使い、ビーたちをゴブリンの巣に送りこませる。『ハルシオン』と言う睡眠毒を打ち込み、意気消沈させたあとネアちゃんの糸で体を拘束。たとえ目が覚めたとしても一瞬で逃げられる可能性を極限まで下げる。
一時間の準備期間を終え、ベスパは戻ってきた。
「ゴブリンの巣、制圧完了しました。今なら、だれからも襲われず、巣の中に入れます」
ベスパは敬礼しながら言う。軍隊じゃないんだから……。
「ありがとう、お疲れ様。じゃあ、私も出発するよ」
私は服を着替え、ログハウスから出る。
日が昇り始め、冷たい空気が一瞬温められた影響で霧っぽい靄がかかる。だが、日の光を遮るほど濃くなく、幻想的な空間が広がっていた。
「んんー、チュンチュンと鳴く鳥の声が心地いいー」
私は外に出て伸びをした後、糸を掴み、地面に降りる。
「皆さん、起きてください。今からゴブリンの巣に行きますよ」
私は朝一番の大声を腹の底から出す。発声練習と思えば気分が良い。
「う、ううん……。う、うわぁ……。何この色鮮やかな景色、最高すぎ……」
ロールさんは少々着崩れた寝間着のままログハウスを出て高い位置から森の景色を見ていた。
「ああ……、ほんと、良い景色だ」
上裸のタングスさんが現れ、筋肉の割れ目がすごい肉体を外気に晒している。ロールさんの肩にローブを羽織らせ、少々紳士的な部分を見せていた。加えて肩に手を回し、私の方を見た。
「キララちゃん、おはようっ! あまりにもいい朝だなっ!」
タングスさんは手を振りながら私に話しかけて来た。昨晩より、精神が若返っている様子。
「ゴブリンの巣に行きますから、出発の準備を整えてください」
「ええ、わかったわ! 起こしてくれてありがとう!」
ロールさんも手を振り、私に伝えた。両者はログハウスの中に戻る。
「ううん……。うわぁー、見てください、イチノロさん。すごくいい景色ですよっ!」
チャリルさんもログハウスから出て来て言う。
「確かに良い景色だが……、チャリルの方が何倍も綺麗だ」
イチノロさんはチャリルさんに抱き着き、人目もはばからずキスした。
「も、もう、キララちゃんが見てますよ……」
「キララはまだ子供だから、これくらいなんとも思わないさ」
「……確かに。じゃあ、もう一回だけ」
「たく、仕方ねえな……」
チャリルさんとイチノロさんは一夜でバカップルに成長していた。
――あああーっ! 面倒臭いっ! そんな甘々なところ見せるんじゃねえっ! 羨ましいだろっ!
「キララ様、落ちついてください」
ベスパは私の頭上で飛ぶ。翅音を聞き、少し気分が悪くなった影響で心が落ち着いた。
「ふぅ……。チャリルさんとイチノロさんも服を着替えて下りて来てください。ゴブリンの巣に行きますよ」
「わかりました! すぐに行きます!」
チャリルさんは手を振りながらログハウスに入る。
「キララっ! イチノロおじさんが今度、好きなもの、何でも買ってやる!」
イチノロさんは手を振り、嬉しそうに部屋に入って行った。
八分ほどして準備を整えた四名が地面に降りて来た。
私は干し肉とパン、水、ビーの子を渡した。ベスパに用意してもらったのだ。
「この白い幼虫は何の幼虫だ?」
タングスさんは手の平にビーの子を出して言う。
「その幼虫はビーの子です。見た目は気持ち悪いですが、栄養価が高くて美味しいですよ」
「ビーの幼虫か。なるほど」
イチノロさんは口に放り込む。
「うん、美味い。滑らかな舌触りでうま味が強いな」
「ほんと……。携帯食の幼虫なんて食べられた品じゃないけど、この幼虫は美味しい……」
ロールさんもゲテモノは無理な人間だったが、ビーの子を恐る恐る食し、微笑んでいた。
「なんか、キララさんが出した品、全部美味しかったんですけど……」
チャリルさんは金髪を耳に掛けながら周りに言う。
「温かい料理の方が美味しく感じられるんです。冷めた紅茶より、温かい紅茶の方が美味しく感じるのと同じですよ」
「へぇー。そうなんですか。私たちが美味しく食べられるように温めてくれてありがとうござます」
チャリルさんは私に頭を下げてくる。
『聖者の騎士』は朝食を得終えた。私も活力を補充し、立ち上がる。
「皆さん、今からゴブリンの巣に行きます。でも、全てのゴブリンが眠った状態なので緊張しすぎなくても構いません。捕らわれている人がいるので救出してから駆除に取り掛かります」
「すべて眠った状態?」
ロールさんは首をかしげながら言う。
「まあ、行けばわかりますよ」
☆☆☆☆
私は複雑で広い森の中を歩き『聖者の騎士』をゴブリンの巣に一切迷わず案内した。
地面の硬い地層が露出した場所。過去に地震でも起こったのか、大きな割れ目が出来ていて、渓谷のようになっている。森に囲まれており人目に付きにくいので隠れるのに持って来い。そのため、ゴブリンたちが住み着いてしまったと考えられる。
「え……、ほ、本当に眠ってる……」
ロールさんはゴブリンたちが横たわり眠っている姿を見て苦笑いを浮かべていた。
――ベスパ、捕まっている人たちはどこ?
「こちらです。ついて来てください」
ベスパはぶーっと翅音を鳴らしながら私の前を飛ぶ。
「皆さん、捕らわれている人たちはこっちです」
私はベスパの先導にしたがい、後を追った。
「ちょ、キララちゃん。危ないから私たちと離れないで」
ロールさんは私の手を持ち、少し強めに引っ張る。
――そりゃそうか。子供が一人で突っ込んでいったら危ないよな。
私は潔く従い、四名の中央に配置された。菱形の中央にいる。全方位を見れる陣形で隙が無い。ただ、中央が少々息苦しいのが欠点だ。
「ん……。おい、本当に人がいたぞ」
タングスさんは人族を見つけたらしく、前に走る。
「タングス、陣形は乱したら駄目だって毎回言ってるでしょ」
ロールさんはきつい口調で話す。
「ああ、すまん。体が勝手に動いちまうんだ」
「もう……。根っから冒険者気質なんだから……」
ロールさんは怒っているわけではなく、誇らしげに言う。まあ、誰彼構わず助けに行ける男性はカッコいい。その点は共感しよう。
人が捕らわれている場所に移動すると、一〇割り女性だった。男性を捕まえてくる物好きなゴブリンはいなかったらしい。
「皆さん、大丈夫ですか?」
タングスさんは女性陣の頬をぺしぺしと叩く。もう少し優しく接してあげた方がいい気がするが、胸やお尻を触らないだけマシか。
「う、ううん……。きゃっ! お、オークっ! ふぐっ……」
女性が大きな声を出したのでタングスさんは口を手で塞いだ。
「俺はオークじゃない。タングスだ。今から皆を救出する」
タングスさんは一気に八名の女性を抱え、巣の外に運んだ。
ロールさんは荷物を浮かばせるように人を浮かせて運ぶ。
イチノロさんとチャリルさんが見張り役で人を巣の外に逃がすことに成功した。まだ数名残っているが私がビーたちを使って運んでいるので問題ない。
捕まっていた人たちを巣の外で集め、これで全員か聞く。すると、一人の女性が震えながら言った。
「む、娘がいないの……。き、昨日連れていかれて……」
女性は泣きながら言う。そりゃあ、娘が大きなゴブリンに連れ去られたら胸がずたずたに切り裂かれる思いのはずだ。
――ベスパ、娘ちゃんはどこにいるかわかる? 最悪の状況になってないといいけど。
「もう少し探してみます」
ベスパはゴブリンの巣の中を飛び回り、巣の内部まですべて見回った。
「キララ様、地下にも似たような巣が形成されています。その奥の方に少女の姿が確認できました。縄で縛られ、ゴブリンの親玉に朝食にされそうです」
ベスパは地面から這い出て来て言う。
「地下まであったんだ……。ここまで大きくなるのが早いなんて……。体が大きくなったぶん、巣を作るのが上手くなったのか。皆さん、少しいいですか?」
私は『聖者の騎士』の方々に言う。
「どうしたの、キララちゃん」
ロールさんは振り返り、青い瞳を向けてくれた。
「少女の位置がわかりました。でも地下にいるみたいです。結構遠いので時間がありません」
「え……、もう見つけたの。は、早すぎない?」
ロールさんは驚きよりも、呆れの方が強い苦笑いを見せてくる。
「私は人探しが得意なんです。えっと、捕まっていた皆さんの保護と他のゴブリンの駆除を行っていたら少女の救出が遅れます。私の方で対処できる部分は行いますが……」
『聖者の騎士』は考え込んだ。
――ベスパ、少女は救えそう?
「親玉がやっかいでして……。ビーで軽く牽制しているのですが火属性魔法を使ってきます。キララ様が近くにいないと対処できません」
――ゼロ距離爆発をしたら少女の身が危険だ。このままだと私も乗り込まないといけないな。
「これだけじゃ数が足らん。もっと冒険者がいれば……」
イチノロさんが口を開いた。その時、森の中から冒険者たちが何も知らないような雰囲気を醸し出しながら現れた。




