一八歳の体とおっさんの経験
「『転移魔法陣』」
私は四名の頭部に『転移魔法陣』を四枚展開する。
「え……、なにこの魔法陣? 始めて見たんだけど……」
魔法に詳しいロールさんが魔法陣を見つめていた。魔法学会で発表されていない新作の魔法だと気づかれたかもしれない。でも、彼らは悪い人ではなさそうなので誰にも話さないと思う。気にしないでおこう。
「『女王の輝き(クイーンラビンス)』」
私は指先に展開されている小さな『転移魔法陣』に向って指先に溜められた大量の魔力を放つ。
すると、四枚の『転移魔法陣』が金色に光り、大量の魔力が滝のように流れだした。大量の魔力を『聖者の騎士』たちは全身に浴びる。
「うわああああああああああああああああああああっ!」
四名は大きな叫び声をあげていた。魔物たちが大量の魔力に反応してこの場にやってくるはずだ。だが何も問題ない。
案の定、大きなゴブリンが木を切り倒しながらやって来た。口から赤子のように涎を垂らし、今にも食い漁りたくて仕方がないと言った表情。真っ黒な眼が漆黒で、ゴブリンってエイリアンみたいじゃないと言われても、確かに……としか言い返せない。だが、今、目の前にいるのは糞デカイゴブリンで宇宙人にしては怖すぎる。まあ、魂の面で言えば私も宇宙人と似たようなものか。
「う……。な、何だこりゃ……」
『聖者の騎士』たちは体がキラキラに光っていた。体に魔力が入りきらなくなった飽和状態。『クイーンラビンス』の付与が問題なく完了したようだ。
「皆さん、私の魔力を分け与えました。多少の傷はすぐに塞がります。たとえ、大きな傷を負っても私が後退させてチャリルさんのもとに移動させるのでガンガン攻めちゃってください!」
「はは……、なんか、体が一気に軽くなった気がするんだが……。こりゃ、一八歳のころを思い出す軽さだな。懐かしい」
イチノロさんは足踏みしながら言う。体の感覚を覚えているって、中々の記憶力だ。それだけ、自分の体について理解していると言うことか。微笑んでいる表情がどこか若々しい。
「身体能力も上がっているはずです。魔法の威力も上がります。でも、動けば動くだけ、魔力を消費しますから光が見えなくなったら効果が切れたと考えてください。私はクロクマさんを操って牽制し、弓矢で援護します。ときおり魔法も使いますし、離脱も任せてください」
「き、キララちゃん一人で何役やる気? もう、一人で冒険者パーティー分の活躍しているじゃない」
青髪が艶やかになっているロールさんは苦笑いを浮かべながら言う。
「こりゃあ、あの普段は誰にでも手厳しいキアズが手放しで褒めるだけのことはある……」
タングスさんは剣と盾をしっかりと握り、身構えた。髪は生えていない。おそらく、若はげだったのだろう。
「キアズさんが言っていた、キララさんは新種の魔物を狩ったと言っていたのも嘘じゃなかったんですね」
鳩尾下当たりにあった胸の膨らみが脇下辺りにまで戻り、胸の張りが増したように見えるチャリルさんは私の方を見ながら言う。
皆が体の変化に気を取られている間に、大きなゴブリンが大量に集まって来た。
「今は話よりも討伐の方に集中しないとな!」
タングスさんは突進し、先頭にいる大きなゴブリンを止めに掛かる。
「おらっ! 俺が止めるから、後から……」
タングスさんがゴブリンに突進すると、三メートルあるゴブリンの体が紙吹雪かと思うほど軽々吹っ飛んだ。
ゴブリンの体は地面を八度ほど跳ねたり転がったりしたあと、木々を背にようやく止まる。
「はぁ? さっきは俺の方が弾き飛ばされたんだが……」
突っ込んだタングスさんの両脇から大きなゴブリンが一体ずつ飛び出し、石剣を振りかざす。
「脳筋バカ! 周りを見なさい! 『ウォーターバレット』」
ロールさんは杖先をゴブリンに向け、詠唱と共に魔法陣を展開。魔力をそそぐと、音速を越えた水の球が二発飛ぶ。
二体のゴブリンの頭部が水球の衝突共に耐えられず、頭が首から捩じとられるように吹っ飛んだ。真っ黒な血液が首から噴水のように吹き上がり『ウォーターバレット』の余波で体が倒れた後も地面を転がっていく。
「は……? え、威力どうなっているの? 魔力量が心配だから牽制のつもりだったのに……倒したんだけど」
ロールさんも魔法の威力向上に驚きが隠せない様子だった。
大きなゴブリンは男のタングスさんを無視した。女に狙いを定めていると声で知っている。そのため、私たちに向って突っ込んできた。
三体中、二体はタングスさんが引き留めたが、一体は変わらず突っ込んでくる。
「すまん! 通した! イチノロ、一体を頼む!」
「任せろ」
イチノロさんがロールさんの前に出て剣の柄を握り、親指で鍔を弾いて抜剣。引き抜く力を利用した居合切りのような攻撃をゴブリンに放つ。
「なっ! 身体強化しすぎだろ!」
イチノロさんの身体能力の向上により、剣速が普段より上がっていたのか、拍子がずれていた。そのため、ゴブリンの体に剣が当たらず、通りすぎる。だが……、ゴブリンの首が勢いよく跳ね飛ぶ。
「は、はは……。魔力が勝手に飛んだぞ……。どうなっているんだ……」
イチノロさんは苦笑いを浮かべ、周りに蔓延る大きなゴブリン達に目掛けて剣を振るう。素早い振りによって三日月状の斬撃が飛び、敵の体から真っ黒な液体が飛び出す。
「うわ……、これ、やっべぇ……。剣を普通に振っているだけなんだが……。一八歳の身体能力と今までの経験則が合わさったら魔王も倒せるんじゃないか?」
「イチノロ、調子に乗らない! さっさと動く!」
ロールさんは杖を構えた状態で後方から冷静に叫ぶ。
「へいへい……、言われなくてもわかってるよ」
イチノロさんは辺りを見渡し、ゴブリンの数が多い右翼に走る。
対してロールさんは左翼の方を見る。言葉を交わさずとも連携が自然に取れていた。さすがSランク冒険者パーティー。経験は全く無駄になっていない。
「ふぅ……。慈愛の女神よ、敵に光の導きを与えたまえ……」
チャリルさんは両手を握りしめ、呪文らしい言葉を呟くと、持っていた魔導書が開き、空中に浮く。
光ると地面に倒れていたゴブリン達の死体が光の粒子になって消えた。残ったのはゴブリンの魔石だけ。掃除係りなのかもしれない。
死体だけが掃除されるのかと思ったら、生きている個体も光に包まれ粒子に変わっていく。
「あ、あれ……。お、おかしいですね。魔力が無い死体だけにしか反応しないはずなのに……。でも、好都合なので良いです。ふうっ!」
チャリルさんは力を強め、長い金髪が浮き上がるくらい魔力を放出する。すると、ゴブリンがいる場所に光りの柱が立ち、散り散りになったゴブリンの断末魔が聞こえてくる。聖職者の奇跡は魔物にとって効果抜群らしい。
「はは……、こりゃ、何がどうなってるのか……」
ゴブリンを仕留めていたタングスさんは苦笑いをうかべ、光の柱を眺めていた。ライトアップされた森の中にいるよう……。普段は見れない綺麗な光景なので目を奪われる。
彼氏と来たいデートスポットランキングでも上位に食い込んできそうだ。まあ、近くに女を食いつくそうとしている三メートル超えの化け物がいる場所だけれど。
――ベスパ、私たちを躱していった魔物たちはどうなってる?
「後方で冒険者さんたちが頑張って戦っています。戦況はよろしくないですね」
――なら、軽く手を貸してあげてほしい。ゴブリンの隙を作るとか、死にそうな者を避難させるとか。バレない程度に援助してあげて。
「了解です」
ベスパは光り、ビーたちを後方の冒険者たちのもとに送る。
「じゃあ、私も仕事しますか」
私は蛆虫のように湧き出てくるゴブリンの頭部に向け、矢を放っていく。
ある程度の貫通力と精密性があれば眉間に突き刺さった矢が脳漿を後方にまき散らしながら飛び出す。
矢は綺麗な茶色だったのに、あっと言う間に真っ黒になっていた。
頭部に矢が刺さったゴブリンは地面に倒れ、チャリルさんの魔法か聖術か何かよって消える。
「ははっ、やるじゃねえか!」
イチノロさんは私の弓を褒めて来た。頑張って練習してきたので普通に嬉しい。受験の時に使う機会があまり無かった。逆に実践で役立つ時が来るとは。
「まだまだ頑張りますよ」
私は指先を空中に浮いている矢に向け、指先を頭上で一回転させながら別個体の頭部に指先を向ける。
すると、矢は指先にしたがって円を描き、急加速。その過程でもゴブリンの側頭部を貫通してイチノロさんの近くにいるゴブリンの頭を弾き飛ばす。
イチノロさんは耳の真横を通った矢に度肝を抜かれ、身を震わせていた。
クロクマさんもしっかりと働き、ゴブリンの頭部を地面とすり合わせ、卵のように難なく潰す。黒い染みが墨汁を落とした時のように広がった。
首に噛みついて骨をかみ砕く。爪で体をばらばらに切り裂き、肉塊にする。
もう、味方じゃなかったら恐怖でしかない。
ゴブリンは五体ほど集まってクロクマさんに向かう。いや……、ちょ、止めた方が。私は頭の悪い大きなゴブリンに同情しているらしい。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
クロクマさんは二足歩行から四足歩行の体勢になり、肺に空気を目一杯溜め込んで咆哮を放った。
口から放たれた咆哮は魔力を帯びており、ただの風なんかではなく空気圧の球のような圧力を持っている。
ゴブリンたちの体が圧力に負け、体に風穴が開く個体、木に衝突してぺちゃんこになる個体が現れる。
根の張りが弱い木々が吹き飛び、周りに誰もいなくてよかったとしか言いようがない状況となった。
まあ、クロクマさんもしっかりと考えて咆哮を放ったに違いない。
「なあ……、あのブラックベアー普通の個体より、何倍も強くないか?」
タングスさんはロールさんに言う。
「ええ……、普通のブラックベアーより魔力が八倍くらいあるんじゃないかしら。あの身軽さ、咆哮の使いどころ、攻撃の多様性……。もう、完全に戦い慣れているわね」
ロールさんは顎に手を置きながらクロクマさんの姿を見る。
「ブラックベアーって年齢や大きさによって討伐難易度がBからAランクに変わる魔物だろ。あの個体はAランク、またはそれ以上の強さがあるよな?」
イチノロさんはチャリルさんの方を向きながら言う。
「そうですね。魔物は魔物や人間を倒せば倒すほど強くなります。あのブラックベアーは相当な魔物を倒しているんでしょう……。私達も万全な状態じゃなかったら四人で倒せるかどうか……」
チャリルさんは身震いしながら言う。
「それを操っているキララってどうなるんだ?」
イチノロさんは周りに軽く訊いた。
タングスさんとロールさん、チャリルさんは押し黙る。
「そいやっ! そりゃっ! おらあっ!」
私は弓の鍛錬と言わんばかりに矢を放ちまくった。
入り組んだ木々がある中、ビーたちの軌道修正で木の裏に隠れているゴブリンの頭部を貫通させられる。
木の裏から貫通させる方法もあるが、目立ちそうなので行わない。その方が矢へのダメージも抑えられる。
木を主原料にしているので何度も作り直したらエコじゃなくなっちゃうよ。




