落ちこぼれSランク冒険者
「ここは天界じゃないわ。普通に現世よ」
ロールさんは魔女帽子を被り直し、茶髪の男性に話しかけた。
「そうか……。はぁ、仕事漬けの日々は変わらないってことか……」
茶髪の男性はため息をつき、頭部を掻く。地面に落ちている自分の剣の柄を握り、状態を見る。黒い血液を布で拭き取り、左腰に掛けられている鞘に戻した。
「このかわいい子は誰だ? あと、超デカいブラックベアーの置物がそこに見えるんだが、さすがに幻術か偽物だよな?」
「さあ……、可愛い子は私もわからないわ。でも、ブラックベアーは本物よ。でも……」
「ふっ!」
茶髪の男性は死んでいた瞳に光りが差したかのように眼を見開く。柄を握りしめて剣を抜き放った。雷が落ちるような速度に加え、体の流れも一切の滞りが無い。クロクマさんの首目掛けて一閃を放つ。
「ちょっ! 私の話しは最後まで聞きなさいよ!」
ロールさんが声を掛けるも、茶髪の男性の剣は止まらない。
私は茶髪の男性が狙っている場所が演算でわかった。鎖剣を鞘から抜くのも遅れず、動かす。
力は無いが、ほんの一瞬でも拍子をずらせば、クロクマさんの反射速度で回避できるはず。
「つっ!」
茶髪の男性が放った一閃が鎖剣に当たると、私の剣が腕ごと後方に弾かれる。でも、クロクマさんの首に剣が触れずに済んだ。
茶髪の男性は信じられない状況を見たかのような苦笑の表情を浮かべる。
「おいおい……、まじかよ。防がれたんだが……」
「バカ! そのブラックベアーは女の子が使役している魔物なのよ!」
「な……、まじ?」
茶髪の男性はあっけにとられた声を出し、土下座してきた。あまりにも潔い。
「えっと、助けようとしてくれたのはわかりますし、いきなりブラックベアーが現れたら驚くのも理解できるので、もう頭を上げてください」
「す、すまなかった。ブラックベアーを使役している子供に合ったのは初めてだったから、手が先に出てしまった。あぁ、えっと、俺は『聖者の騎士』で剣士をしているイチノロだ。よろしく」
イチノロさんは私に頭を下げ、剣を鞘に納めながら立ち上がる。
「うう……、け、結婚……、結婚……、結婚したい……」
金髪の聖職者さんは願望を口から漏らし、意識を保っていた。どうやら、結婚したい欲が強すぎて生き残れたようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、あれ……。私、生きてる……。体を潰されたのに、なんで?」
金髪の女性は腹部を撫でながら考え込んでいた。あどけなさが残る顏が可愛らしい。冒険者じゃなければ、一般的な家庭を築けていただろう。
「チャリル。あんたも、そこの少女に助けられたのよ。お礼を言いなさい」
ロールさんは金髪の女性に手を差し伸べ、立ち上がらせた。
「こ、子供……。ひゃっ! ぶ、ブラックベァアっ!」
金髪の女性はロールさんに抱き着き、恐怖で顔を引きつらせる。
「安心して。あのブラックベアーは敵じゃなくて味方だから」
「ぶ、ブラックベアーが味方……。じゃあ、あの子のスキルで操ってるってこと?」
「まあ、そうなんじゃない?」
「マンドラゴラが作り出した都合の良い幻術だったりしない?」
「幻術を受けている感覚はしないから、問題ない。そもそも、マンドラゴラの幻術なら、ボロボロだった私たちはマンドラゴラの体に吸収されちゃってるって」
「確かに……。じゃあ、本当に私達は助かったのね……。うう、うわぁーんっ! ありがとうございますっ!」
金髪の女性は私に飛びついてきた。そのまま、頬擦りされて巨大な乳を体に押し付けられる。
ゴブリンの臭い血のにおいと金髪女性の花のような良い香りが合わさり、トイレの中に、においがきつい芳香剤が置かれているような絶妙な気持ちになる。
「えっと……、苦しいです……」
「ああ、ごめんなさい。えっと、私は『聖者の騎士』で聖職者をしているチャリルって言うの。私、まだ死にたくなかったから本当にうれしくて……。ああ、もう、真っ暗な空に浮かぶ天使の使いが見えたところだったから、死ぬのかと思ってたわ」
チャリルさんは私が空を飛んでいるところを見ていたらしく、天使と見間違えたようだ。私ってそんなに可愛いんだー、えへへー。
「でも、どうしてここに……」
チャリルさんは私の姿を見ながら首をかしげる。
「冒険者がウルフィリアギルドに連絡してくれたみたい。ほんと逃げ足だけ早いんだから」
ロールさんは皮肉たっぷりの発言をする。腕を組み堂々としている姿は魔法使いっぽくない。
「君の名前は何というんだ?」
ロールさんの発言に苦笑いを浮かべていたタングスさんは私のもとに近づいて来て、名前を訊いてきた。
「初めまして『聖者の騎士』の皆さん。私の名前はキララ・マンダリニアと言います」
私は軽くお辞儀しながら礼儀正しく言う。
「キララ……マンダリニア……」
タングスさんとロールさん、イチノロさん、チャリルさんは皆、目を丸くしながら私の名前を復唱していた。ちょっと危ない宗教団体に見える……。
「マンダリニアっ!」
皆は大きな声を出し、私を抱きしめた。四方向からむぎゅむぎゅと押しつぶされて体が壊れてしまいそうだ。
「キララ・マンダリニアってことはジーク・マンダリニアの娘ってことか!」
タングスさんは大きな声を出して訊いてきた。
「は、はい……。そうです。えっと……今は非常事態なので、魔物の討伐を優先しましょう」
「あ、ああ。そうだな。にしても、ジークの娘に助けられるとかなんだか、運命みたいだな」
タングスさんは微笑み、私の体から離れた。
「よし! なぜかわからないが、滅茶苦茶元気になった! 魔物共を蹴散らすぞ!」
「ちょ! この脳筋バカ! 今、体の骨、どれだけ折れているかわかっているの!」
ロールさんはタングスさんの体を殴る。鎧の上から殴るなんて勇気があるな。
「もう骨がくっ付いてる。心配いらない」
「は? 嘘でしょ。回復魔法も掛けていないのになんで、そんなにすぐ治るのよ」
「知らん。だが、治ったのなら戦えるってことだ! まだ、魔物は残ってる。このままぶっ倒れていたなんて情けなさすぎるだろうが。俺たちは腐ってもSランク冒険者なんだぞ! このままじゃ、本当に長い間冒険者していただけの落ちこぼれ集団なんて言われ続ける。そんなんでいいのか?」
タングスさんは世の中の評価に不満があるようだ。まあ、頑張って来たのに色々言われたら嫌だろうな……。
「まあ、嫌だけど……。実際そうだし。私たちは年増の落ちこぼれSランク冒険者でしょ」
「おい、それは言うな。否定しろよ! 俺の心がズタボロになっちまう!」
タングスさんはさっきまでボケていたのに、いきなり突っ込みに周り、切れのあるチョップをロールさんの頭部に放つ。
「いったー! もう、頭かち割れるかと思ったんだけど! ほんと、女に手を上げるとか、最低っ! これだから脳筋は嫌なのよ!」
ロールさんはぺちゃくちゃ喋り、頭部を押さえていた。
「嘘つけ、全然力入れてねえよ。ほら、ほらほらっ」
タングスさんは同じようにロールさんの頭にチョップを当てる。だが、寸止めしているようで、痛みは与えていない様子。
「はぁ……、こんなところでいちゃつかないでくれ。面倒臭い」
イチノロさんは二名に突っ込み、ため息をつく。
「「いちゃついてない!」」
タングスさんとロールさんは頬をほのかに赤らめながら大きく叫ぶ。イチノロさんの合いの手を待っていたかのようだ。
「ふっ……。仲が良いんですね」
「もう『聖者の騎士』は仲がいいことだけが取り柄だよー」
チャリルさんは苦笑いを浮かべながら笑っていた。だが、苦労が顔に出ている。
「キララ様、話し合っている間に大きなゴブリンが大量の魔力に引き寄せられてこちらに向かって来ています。親玉っぽい個体もいますから気を引き締めてください」
ベスパは私の頭の中に話しかけて来た。
どうも、ゴブリンの群れを率いている個体がいるようだ。頭が悪い大きなゴブリンをまとめ上げているのだから、大分危険な魔物だと考えられる。
「皆さん、大きなゴブリンの群れが近くまで来ているようです。私とクロクマさんも戦力になりますから、一緒に戦いましょう」
「はは……、ジークの娘と共闘するときが来るなんて……、夢みたいだな!」
タングスさんは感慨深かったのか、目頭を擦っていた。
「ええ……。冒険者を辞めて彼女を幸せにする未来を選んだジークのもとに生まれた娘と一緒に戦えるなんてほんと……、やだ、泣けてきちゃった……。私たちもあの時結婚に走れば、これくらいの子供がいたのね」
ロールさんも目尻から透明な液体をこぼす。どうやら、自分の年老いた年月に涙を流しているらしい。
「ああ……、ジークは幸せになったんだな……。俺は今でも辛い日々だぜ……」
イチノロさんは剣の柄を握りながら、軽く跳躍していた。
「私もさっさと結婚しておけばよかったです……。そうすれば、こんな死地にいなかったのに。適当な男を捕まえて離脱するのが正解だったと過去の私に言っておけばよかった」
チャリルさんは聖書のような小さな本を取り出し、胸に当てながら抱えた。
「皆さん、後悔するのはまだ早いですよ。生きている限り、挽回できます!」
四名の冒険者は私の発言に押し黙る。
「大切なのは、生き残ること。死んだら終わりですからね。だからここで生き残りましょう!」
私は皆を鼓舞する。援助係りとしての仕事をするつもりだ。
「まったく、子供に励まされてどうする」
「ほんとそうね……。恥ずかしいわ」
「危険な仕事は大人がするもんなのにな……」
「まあ、相手を選ばなければ今からでも結婚出来ますし、生き残らないと駄目ですね」
タングスさんとロールさん、イチノロさん、チャリルさんの表情が私の発言を聞いて変わった。とてもやる気に満ち溢れているいい表情だ。さっきまで死にそうだったのに、心が変わると顔つきも変わるらしい。
「皆さんを今から強化します。全力で戦ってください」
「キララちゃんは付与魔法が使えるの?」
「まあ、付与魔法に近いですね」
「そうなの……。一般人のキララちゃんが付与魔法を使える理由はわからないけど……、すごくありがたいわ。今、私の魔力がほとんどないから、付与魔法を使う余裕がなかったのよ」
「では、掛けますね」
私は指先に魔力を溜める。
白熱電球のフィラメントに電流が流れてじんわりと光を放つように、指先が眩しく輝きだした。
以前よりも魔力量が各段に上昇しているので、すぐに溜まる。
ここは王都から結構離れた位置なので、悪魔にも気づかれにくいはずだ。以前、この付近で戦っていたバレルさんに使った時も全く問題が無かったので、今回も使わせてもらう。




