オークのようなゴブリン
「どうやら、来てよかったみたいだね」
私は空中ブランコをしている状態で矢を引く。体幹を案外使うので、体がプルプルと震えて狙いが定まりにくい。
「結果、そうなりましたね」
ベスパは私に危険が及ぶ行為をして欲しくないため、機嫌はよくない。
「ふぅ……。『ウィンド』」
私は詠唱を呟き、矢じりの先端に小さな魔法陣を展開する。
「とりあえず、あの大柄の魔物を倒すか。ベスパ、矢の軌道修正をお願い」
矢に魔力を込め、強度を高めたら弦を放した。
魔力が込められた矢は魔法陣を通り、鋭い風を纏う。
『聖者の騎士』の近くは光があり、視界は確保できていた。光をわざわざ出さなくても敵が狙える。
「了解です」
ベスパはビーを操り、金髪の女性を押さえている大柄の魔物の頭に矢先をむけた。
亜音速で飛ぶ矢が魔物の頭部を破壊させ、そのまま、他のビーたちが矢の起動を連続で変えていく。
『聖者の騎士』の周りにいる魔物の頭部を完全に打ち抜き終わった矢は犬のように私のもとに戻って来た。
矢に込めた魔力が丁度尽きたのか指の間で挟むだけで捕まえられた。
「いや……、ここまでしろとは言ってないんだけど……」
「魔物はどうせ倒すのですから、キララ様の手を煩わせるまでもなく、こうした方が早いと判断しました」
ベスパは頭を下げ、呟いた。
「まあいいか……。とりあえず、早くみんなの手当てをしないと。ベスパ、おろして」
「了解です」
ベスパは高度を落とし始めた。
一時間ぶりに地に足ついた私は地面に倒れている『聖者の騎士』たちの治療に取り掛かる。
はげている筋骨隆々の男性は大きな魔物にぶん殴られ気絶。
青髪の魔法使いの女性は魔力の使い過ぎで魔力枯渇症になり気分を悪くしていた。
茶髪の男性は背中をバックり切られており、出血がひどい。
金髪の聖職者は魔物に体を軽く押しつぶされた影響か、口から血を吐いていた。
「これ……、重症な方達が多すぎるな。早く治療しないと」
私は背中を切られている男性と金髪の女性が重傷だと判断した。治療と言っても医者のような大層な技術や知識は持ち合わせていない。
ネアちゃんにお願いして傷口を縫合してもらい、私の魔力を与えて細胞を活性化させるくらい。
「ほんと、間に合ってよかった」
バートンで森の中を移動したら時間がかかるが、ビーなら同じ距離でも障害物がないので到着時間は八分の一近く短縮されるだろう。もう、山岳で起こった事故に向かう救急車とドクターヘリくらいの違いがある。
「ベスパ、魔物がこの近くまで来ないように軽く誘導して。クロクマさん、迫りくる魔物たちを軽くひねってあげてください!」
私はサモンズボードを胸もとから取り出し、描かれている『転移魔法陣』に魔力をそそぐ。
出口となる『転移魔法陣』が展開され、ブラックベアーのクロクマさんが現れた。
彼女の首輪を取り、魔力をそそいで本来の姿を取り戻してもらう。
真っ暗な森の中に巨体が現れ、いきなり現れた敵ならちびりそうなくらい怖いが、味方だと安心感が大きすぎる。
ベスパとクロクマさんは向かってくる魔物の群れを分担させる。
ビーが誘導、クロクマさんが恐怖の対象になり、魔物たちに避けさせる作戦だ。
後ろの方に冒険者さんたちが来ているので大きな被害がでないと思うが……、最悪、挟み撃ちにして一網打尽にする。
「ネアちゃん、背中の傷を縫い付けて」
「わかりました!」
私はアラーネアのネアちゃんを親指と人差し指で挟み、男性の背中をなぞるように動かす。すると、ぱっくり切れて血で染まっていた背中が閉じていく。ガタガタの切れ味でとても痛そうだったが、ネアちゃんのおかげで綺麗に縫い付けられた。
魔力を流し、細胞を活性化させて自己治癒能力を最大まで引き延ばす。
私は内臓の方に攻撃を負った聖職者の女性にライトの特効薬を飲ませる。私の魔力がふんだんに含まれているため、内側の損傷を治してくれるはずだ。おまけに外側からも魔力を流し、傷を塞いでいく。
私が『聖者の騎士』の治療中に筋骨隆々の男性は自力で起き上がった。何とも耐久力が高い……。
「はぁ、はぁ、はぁ……。きっつぃ……。魔力を使い過ぎた……」
魔力枯渇症に苦しんでいた魔法使いの女性も目を覚ました。
「こんばんわ。『聖者の騎士』の方達ですよね?」
「え……。子供……?」
「な、なんでこんなところに子供がいるんだ……」
筋骨隆々の男性と魔法使いの女性は私の方を見て混乱していた。今まで意識が飛んでいたから仕方ないか。
「冒険者の方が、西の森に魔物の大群が現れたから増援を要請しにウルフィリアギルドまで来たんです。私ならすぐに移動出来て『聖者の騎士』を助けられると思ったので、来ました」
「もしかして、その見た目で子供じゃないとか?」
「森の民とか、小人族とか……。いや、可愛すぎるから妖精族とか?」
両者とも、惚け顔を浮かべ、私の姿を舐めるように見回してくる。
「今はそんなことどうでもいいです。まず、仲間の状態を確認する方が先じゃないですか?」
私は茶髪の男性と金髪の女性に視線を送る。
「はっ! イチノロ! チャリル!」
筋骨隆々の男性は倒れ込んでいる二名に駆け寄る。いや、遅いって。
「う、うぐぅ……」
茶髪の男性は命に別状はなさそうだ。出血のせいで意識は朦朧としているが、呼吸は安定している。
「く……、かはぁ……」
もう一方の金髪の女性も息を吹き返した。
咳しながら血を吐き、呼吸を整えている。
きっと口の中や気管支に溜まっていた血を吐いただけだろう。鼻血や目の充血がないので脳内へのダメージはなさそうだ。
「キララ様、元凶が来ます」
魔物の誘導を行っていたベスパは私の脳内に声を掛けてきた。
「皆さん、今回の魔物の群れは魔物の大量発生ですか? それとも、別の問題がありますか?」
「確証は持てないが、大量発生だと思う。見た目はゴブリンなんだ。だが、デカさが普通じゃない。オークと同じくらいある」
筋骨隆々の男性は地面に転がっている大きな魔物を見ながら言う。
――え、この魔物、ゴブリンだったの……。いや、デカすぎるでしょ。
通常のゴブリンは幼稚園児と言うか、小学生低学年程度の身長。だが、今回のゴブリンは二メートルを優に超えていた。
彼らの頭脳はとても高いはず……、話し合えるかもしれない。
私はそんな悠長な考えを持っていたのだが……。
「ギャアアアアアアアアアッツ!」
前方から現れたのは三メートルを超える巨大なゴブリンだった。
鷲鼻に真っ黒な目、黒っぽい肌を見るに多くの魔力を含んでいるようだ。ただ、ゴブリンと言うにはあまりにもデカい。
もう、オークやオーガと言ったほうがしっくりくる。
「くっ! ロール! その子とイチノロ、チャリルを抱えて逃げろ! こいつは俺が引き留める!」
筋骨隆々の男性は大きな盾と剣を持ちながら巨大なゴブリンの前に出る。先ほど倒れていたのに、もう体力が回復したのか、防御役としての役割を果たそうとしている。
「ちょっ! 馬鹿! 一人で相手できる魔物じゃないでしょ! タングス、死ぬわよ!」
「仲間を守って死ぬなら本望だ! さっさと先に行け!」
巨大なゴブリンは手に岩を砕いて作ったのか、大きな石の剣を持っていた。ただ、刃が鋭く研いだように見える。道具を使える生き物は総じて賢い。やはりゴブリンも子供程度に知識は持ち合わせていそうだ。
近くに転がっている大型のゴブリンの手に血が付いた石の剣が握られている。遠目で分かりにくかったが茶髪の男性はあの石武器で背中を掻っ捌かれたらしい。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
筋骨隆々の男性は巨大なゴブリンに向っていく。
体長差は大人と子供だ。筋骨隆々の男性は人間にしてはとても大きい。
体格に恵まれており二メートルを超えている。
でも、相手の方が大きく身軽だ。なんせ、腰みのしかつけていない。
筋骨隆々の男性の方は鎧と大きな斧を持っている。重戦士または盾士と言う奴だろうか。
巨大なゴブリンが石の剣を力任せに振るう。周りの木なんて全く気にしておらず、当たった木の方が抉られてスナック菓子でも貪るような奇怪な音を立て、切られていた。
「ぐっ!」
筋骨隆々の男性は石剣を大きな盾で受け止めたものの、軽々吹っ飛ばされている。全身筋肉の魔物は人間ごとき軽々吹っ飛ばせるのだ。
「あのバカっ。だから言ったのに。ごめん、お嬢ちゃん。私もこいつを引き留めないといけないみたい。そこに横たわっている女の人だけでも助けてあげてほしい。男の方は自業自得よ!」
魔法使いの女性は魔力枯渇症だと言うのに、巨大なゴブリン相手に杖を構える。
「あの……、あまり見ない方がいいかもしれませんよ」
魔法使いの女性は私の発言が理解できなかったようで「え?」と呟きながら私の方を見た。その瞬間、
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
巨大なゴブリンの真横からさらにデカいブラックベアーが襲い掛かる。首元に巨大な牙を突き立て、首の骨を軟骨でも食べたのかと誤解すほど容易く折った。
それで終わりかと思えば首を大きく右往左往に振り、三メートルの巨体を、まるで人形を振り回す犬ように追い打ちをかける。
いつの間にか巨大なゴブリンの首と胴体が離れ、大きな頭は茂みに転がっていき、地面に巨大な首無し死体だけが残った。




