会社設立
私は事務仕事を終え、ベッドのシーツを綺麗に洗う。
清潔な場所の方が寝つきも良くなる。とにもかくにも、どこにしたって綺麗な方がいい。
埃のせいでアレルギー性鼻炎になったら鼻水が出て仕事に集中できないし、不衛生な場所で繁殖したウイルスによって風邪を引く可能性もある。体調不良ほど仕事の効率を下げる要因も他にない。こまめな掃除は欠かさないのにかぎる。
私は部屋全体に『クリーン』を掛け、完全に綺麗な部屋にした。
もう、数時間前の面影はなく、キアズさんがこの部屋に入ってきても自分の部屋だと絶対にわからない。
応接室に向かい、キアズさんにそろそろ起きてもらう。
「ううん……。ハァ……」
キアズさんの顔色は大分よくなり、仕事ができる営業マンのような雰囲気が感じられた。今は寝ているので、穏やかな顏を浮かべている。疲れが抜けているように見えた。
「キアズさん、起きてください。もう、昼過ぎですよ」
私はキアズさんの肩に手を当て、軽く揺らす。
「う、ううん。へ……、昼過ぎ……」
キアズさんは自分の懐中時計を見て、顔を青ざめさせる。
「うわああああああああああっ! 寝過ぎたぁあっ!」
キアズさんは寝坊した少年みたいな声を出し、クロクマさんの上から飛び降りると応接室を出ていく。
「なんか、若返ったみたい」
キアズさんの体に私の魔力が流れ、細胞の働きが活発になった影響で古びた細胞が一気に生まれ変わり、少し若返っていた。魔力は他者を軽く若返らせられると言うとんでもない力がある。大量に加え、魔力の質が体に合わなければ現れない効果だ。ただ、私の魔力は大量でどの人の体にも合う自然の魔力と似ているため皆に分け与えられる。
効果は一時的なので、悪影響は無い。若かりし頃の軽い体を存分に楽しんでもらえるだろう。そう思っていると扉が開き、皴が無い若々しいキアズさんが戻って来た。
「す、すみません。なぜか叫んでしまいました……。お恥ずかしい」
「いえいえ、寝過ぎたら誰でもああなりますよ。なので、気にしないでください。それで、気分はどうですか?」
「え……。ああ……、なんか、よすぎて逆に怖いと言うか……。肌艶、髪、体臭まで若返ったみたいです……」
キアズさんは近くの窓ガラスに映る自分を見て言う。まあ、実際八年くらい若返っているように見える。
「キアズさん、悪いことかもしれないので先に謝っておきます。仕事を色々と片付けてしまいました。ごめんなさい」
私はキアズさんに向って頭を下げる。
「え……。仕事を片付けた……。あの依頼をもう分けたと言うんですか?」
「まあ、そうですね。見て回りましょうか。話はその後で」
「は、はい」
キアズさんは四の五の言わずにコクリと頷いた。
私はキアズさんが部屋をあとにした後、クロクマさんを『転移魔法陣』に入れ戻していた。なので、今はぬいぐるみのように可愛らしい姿になっている。首輪をつけ、もとに戻らないようにした後、抱きかかえキアズさんの後ろを追う。
「ええ……。お、終わってる……」
キアズさんは依頼書が大量に置かれていた部屋の中を見て目を丸くした。苦笑いを浮かべ、私と部屋の中を何度も見回す。
「このFランクとDランクの依頼は雑用です。こっちの少ない方が魔物を倒す依頼です」
「そんなところまで……。キララさん、一人でこんなことはできませんよね……」
「はい。私のスキルで行いました」
「ギルド職員が大人数で行って何時間もかかる作業を一人で半日も掛からず終わらせたんですか……。これを優秀なんて言葉で片付けていいのでしょうか」
キアズさんは苦笑いが止まらず、あたふたしていた。
依頼書の置かれていた部屋を見てもらったあと、ギルドマスターの書斎に入る。
「は……。え……、こ、ここはどこですか……」
キアズさんは見知らぬ部屋に入ったと勘違いしたのか、当たりを見回す。しまいに、壁に付けられている部屋名が書かれた木版を見て確実に自分の部屋だと知った。
「仕事が溜まっていたようなので、私が片付けておきました。あっているかわかりませんが、計算したので間違いは少ないと思います。最近の魔物の発生量から見て、勝手に書き加えているので、キアズさんが確認してください」
私はキアズさんに計算結果が書かれた八枚のメークル皮紙を手渡す。
「武器の発注数、ポーションの発注数、冒険者達の支給量、売上料、損失額、納税額、冒険者数、ギルド職員の給料……。て……、これ、全部終わらせたんですか?」
「はい。ささっと計算して午前中に終わらせました。こういう作業は得意なんですよ」
「は、はは……。私がどれだけ手を回しても終わらなかった仕事が……、半日で……」
キアズさんは頭を抱え、笑っていた。
今まで手作業で行って来た仕事を全てコンピューターでやれば、あっという間に終わるのと同じ現象を感じているはずだ。
事務が得意になると言うスキルがないのか、ギルド職員の方達が一生懸命時間を削って仕事していたのがバカらしく思ったのかもしれない。
まあ、一瞬で出来る仕事に時間を使うなんてもったいない。私は、無駄な時間が嫌いなんだよね。
「キララさん、切実なお願いがあります」
キアズさんは私の両肩を持って目の前で言う。
「ギルドマスターに興味はありませんか?」
キアズさんはあほらしい発言を真剣な表情で放った。眼がガチだ……。
「あ、ありません!」
私は大きな声で叫び、腕を交差させてバッテンを作りながら完全に拒否する。
「うう……、キララさんはギルドマスターの才能があります! あんな大量の仕事をすぐに片付けてしまえるなんて、この仕事をするために生まれてきたようなものじゃないですか」
「別に、ギルドマスターにかぎった話じゃありません。私はキアズさんの助けになればと思ってやっただけです。最近、奥さんとも会えていないと受付嬢から聞きました。今日は家に帰って愛してあげてください。その姿なら、惚れ直されるかもしれませんよ」
「……キララさん。うう、ありがとうございます」
キアズさんは感極まって泣いていた。
仕事が相当辛かったのだろう。仕事に追われていると鬱になりやすいし、役職に就いていると大きな責任も感じているだろうから、無理もない。
私はキアズさんの部屋にあるソファーに腰を掛けた。
「じゃあ、話し合いの続きと行きましょうか」
「はい。ぜひ!」
キアズさんは元気よく返してきた。もう、先ほどの彼と全くの別人だ。今の彼の頭は完全にフル回転している。話合いも円滑に進むはずだ。
「まず、私はクロクマさんに王都でも出歩けるよう記章を付けてもらいたいんです。魔物の通行許可書みたいなやつです」
「ああ、なるほど。先ほども襲われなかったですし、長時間ブラックベアーの上で寝ていた私が証言人になれますから構いませんよ」
キアズさんは菱形が二つ重なったような記章をクロクマさんの首輪に付ける。
「これで、このブラックベアーも王都を出歩けます」
「ありがとうございます。じゃあ、二つ目。私、会社を立ち上げたいんです」
「か、会社……。えっと、今、いくつでしたっけ?」
「一二歳です」
「一二歳で会社……。まあ、作れなくはないですけど……、どういった仕事ですか?」
「んー、雑用屋って感じですね。さっきも見てもらった通り、FランクとDランクの依頼の八割が雑用でした。あの処理をするほど冒険者に余裕がないのは資料を見たので、わかります。あの分の雑用を私が作る会社で請け負う訳です」
「な、なるほど……。キララさんの手腕は今、見た通りですもんね……」
キアズさんは部屋を見渡し、私の有能さをひしひしと感じている様子だった。
「草むしりとか、ゴミ出しとか、どぶ攫いなんて、私の得意分野としか言いようがありません。そんなところに人手を割くなんてもったいないと思いませんか?」
「は、はい。思います。私もずっと悩んでいたので……」
「なので、私が会社を立ち上げます。雑用の依頼は私の方に全て回してください。依頼料は私が八割、提供側のウルフィリア冒険者ギルドが二割ってところでどうですか?」
「願ってもない申し出ですよ。でも、キララさんだけで大丈夫なんですか。さっきも見てもらったと思いますけど、一日であの数ですよ。比較的近場なので遠出する必要はありませんけど……」
――ベスパ、大丈夫そう?
私は脳内でベスパに話しかけた。
「余裕です。キララ様の魔力を受け取れば、皆、身を粉にして働きますよ。キララ様はお金を儲け、私達は魔力を受け取り増えていける。王都に住み着いているビーも大量にいますし、なんら問題ありません」
私はベスパに問題ないと言われた。最悪、何か問題が起こっても対処できるはずなので、会社を早速設立しようと思う。止めたくなれば誰かに会社を売ればいいし、設立すると言う一歩が大切だ。
「問題ありません」
「そうですか。では、キララさんは会社の社長と言うことになります。株式会社にしますか、それとも個人企業主にしますか?」
「私は個人企業で構いません。無駄にお金を掛けなくてもすぐに仕事ができるので。ああ、でも、会社の本部が欲しいのでこのウルフィリアギルドの中にある空き部屋を貸してもらえませんか?」
「会社の本部……。なるほど、キララさんが仕事する場所が欲しいと言うことですね」
「はい。ウルフィリアギルドから依頼を委託するのならすぐ持って来れるギルド内に会ったほうが良いと思うんです。もし、規模が大きくなっていくようなら別の場所に部署を設立してもいいかもしれませんね」
「えっと……、キララさんは本当に一二歳ですか? もう、普通の子供に見えないんですが」
「いやだなー、私は子供ですよ。見てください、このぺったんこな胸を。どこをどう見たって子供ですよ」
「まあ、そうなんですけど……。新種の魔物を討伐したり、神獣に気に入られたり、大量の仕事をすぐに終わらせたり、会社を設立したり……。もう、理解が追い付かなくて目が回ります。でも、キララさんがいてくれて助かるのは間違いないので、引き留めるのももったいない。これから、よろしくお願いいたします」
キアズさんは私に深々と頭を下げて来た。
優秀な人材がたとえ子供だったとしても躊躇なく頭を下げられる姿勢は尊敬に値する。やはり、キアズさんも優秀な人間なのだ。




