得意分野
「今日はただ話しに来ただけなのに、まさか、こんなに良い小遣い稼ぎができる仕事が転がっているとは……。私のスキルにもってこいだし、大量の魔力を消費できるし、社会貢献も出来る。最高だね。やらない方がもったいないよ」
「ですね。正教会も王都に貢献している者をとやかく言うはずがありません。なんせ、スキルを使っているわけですからね。まあ、キララ様が社長と言うのは避けた方が良いと思うので、別の者に頼むべきかと」
「んー、クレアさんとかが適任かなー」
私はパッと思いついた人物で考える。
クレアさんはルドラさんの妻だ。今、実家の村の牧場で一年間社会体験として働いている。
彼女は仕事が好きな部類の人間だ。
ルドラさんのお母さんであるテーゼルさんと同じ匂いがする。私と近し人間でもある。なので、社長の代わりになってもらえないかと考えたわけだ。
「とりあえず、キアズさんに報告報告」
私は依頼書の整理仕事が終わったのでキアズさんが眠ている応接室に移動した。
「ううん……。お母さん……。あったかぃ……」
キアズさんは寝ぼけながらクロクマさんのお腹に抱き着いてきた。大きな食いしん坊の不思議な生き物に抱き着く少年のようだ。
「よしよし……。良い子ね……」
クロクマさんは大きな手でキアズさんの体を優しく撫でていた。見かけはとても怖いが、優しい言葉を掛けているというギャップに頭がこんがらがる。
「キアズさん、まだ寝ちゃってる……。じゃあ、キアズさんがしなきゃいけない雑用を私が引き受けちゃおうかな」
私はキアズさんを寝かせたまま、彼をよく知る者に話しを訊き、仕事内容を教えてもらうことにした。
「すみません。ギルドマスターってどんな仕事をするんですか?」
私は受付に戻って、先ほど話していた女性に尋ねる。忙しい時間帯を過ぎていたので、並ばずに話しかけられた。
「え? ギルドマスターですか……。そうですね、いつもは事務仕事していて……、たまに冒険者さんを叱り……、お得意様の相手して……、夜遅くまで振り分けの仕事をしていますね」
「へぇー、多忙なんですね」
「そりゃあ、王都一の冒険者ギルドであるウルフィリアギルドを担っている方ですからね。仕事量は普通の人の八倍以上はありますし、私達から見たら尊敬しかありません。
奥さんともずいぶん会えていないそうですし、疲れがたまっていると思います。助けてあげたいですけど、私たちも一杯一杯で……」
「奥さんとも会えてないんですね……。それは可哀そう……。えっと、ギルドマスターは貴族ですか?」
「えっと……。中級貴族の三男だったような……、でも、平民と言われても気にしないくらい身分はどうでもいいみたいです」
「なるほどなるほど。身分は気にせず仕事一筋って感じですね。じゃあ、雑用は私が完璧に片付けておきますか」
私はキアズさんの仕事内容をある程度把握した。
お得意様との話しは出来ないので、素行の悪い冒険者さんを叱ったり、事務仕事したりして時間を潰そう。
「おいっ! ギルドマスターを出しやがれ! なんで俺が取って来た素材が金貨一枚にもならねえんだよっ!」
髪が針のように逆立ち、奇抜な防具を身に着けた荒くれものの冒険者が受付嬢を守る透明な分厚いガラスをバンバン叩きながら言う。
ああいう迷惑な冒険者もいるんだな。
「す、すみません。今、ギルドマスターはお取込み中で……」
「はぁっ! 知るかよ、さっさと呼んで来いよ! 俺は時間が惜しいんだよ!」
「なら、さっさと仕事に行けばいいんじゃないですか? その叫んでいる時間の方が無駄ですよ」
私は受付の外から荒くれている冒険者に向って言う。
「は? なんだ、ガキ……」
「え? ガキ? そんなことを言っても良いんですかー」
私は外套の襟辺りを翻し、今さっき取り付けたフレイズ家の記章をちらつかせる。
「な……、嘘だろ……。ん、んんっ。ああー、し、仕事仕事~。仕事、楽しいな~!」
荒くれた冒険者はちらりと見せられたフレイズ家の記章にビビり、身をひるがえして逃げるように去って行った。
周りの者は私が何をしたのか、よくわかっていないようで子供に言いくるめられた男を見ながらクスクスと笑っている。
「えっと、ありがとうございました……、で良いんでしょうか」
受付嬢は頭を下げ、感謝してくれた。
「いえいえギルドマスターは少々取り込んでいますから私が代わりに追い払っただけです」
――フレイズ家の記章の効果凄い……。殺人も請け負いそうな荒くれている冒険者を一瞬で沈めてしまった。穏便に話合いが出来るなんて、さすが強い領土は違うな。さて、仕事仕事。ベスパ、キアズさんの仕事場に案内して。
「了解です」
ベスパは私の前を移動し、迷路のように広い建物内を進む。
私はベスパについていき、大きめの扉の目の前にやって来た。
ギルドマスター室みたいな言葉が書かれた質の良い看板が掛けられており、当たり前のように鍵がかかっていると思われる。
ベスパは扉をすり抜けて内側から鍵を開ける。
私は振れる前から鍵が掛かっていなかった扉を開けて中に入った。
まあまあ広い部屋で、もう至る所に大量の紙が置かれており、倉庫ですか? って言うのが第一印象。
正面に大きめの艶やかな机があり、いかにも高級そうな黒革の椅子が置かれている。
机の上に奥さんとお子さんらしき人物の絵が飾ってあり、微笑ましい。だが、資料が私の身長くらい積み上がっており、今にも倒れそうだ。漫画家の部屋でもここまで荒れていないよ。
商談でも行うのか、机の右隣りにソファーとローテーブルが置かれている。仮眠用のベッドも部屋の隅っこに置かれており、シーツやマットレスが洗われた形跡はない。
汗染みが白いシーツに付着しており、汚らしい。木製の床は至る所が埃塗れ。最後に部屋の掃除をしたのはいつだろうか。
「これは、いつ過労死してもおかしくないね。さて、仕事の前の仕事だよ。ディア、床に落ちている埃やゴミなんか、全て食べて綺麗にして。床も綺麗に磨いておいて。出来れば壁と天井もお願い」
「わっかりました!」
私の胸でブローチに擬態していたディアはぴょんっと飛び、床にくっ付く。すると扉の中や床のすみ、資料の間などからブラットディアがぞろぞろ現れ、ディアの周りに集まる。
ディアが命令するとブラットディア達は高速で動き、掃除を始めた。
「さて、ベスパは……ってもうやってるね」
ベスパは山積みの資料を分けていた。
納期や滞納できる仕事は後回し、すぐにやらなければいけない仕事を纏め、机の上に乗せる。他の資料は机の上以外の場所に置き、圧迫感を無くした。そうするだけでも仕事の効率は各段に上がる。
「うん、すっきりした。この資料は読んでもいいのかなー、って、ベスパが読んでるし、別にいいか」
私は納期が迫っている仕事に目を通す。
どうやら、冒険者が使う武器やポーションの発注数などを計算し、必要な量を提示しなければならないらしい。
「ははー、私の得意分野」
私は冒険者の数と今まで買われた武器、ポーションの資料をベスパに探してもらった。
その資料から最近の魔物被害の件数も考え、計算から武器とポーションの数を求める。
ただ計算しただけで、提出するわけではない。
これをキアズさんに見せて良いと言われれば、彼が面倒な計算をする必要が無くなる。時間が生まれ、久々に家に帰れるのではないだろうか。
「さっ! どんどんやっちゃうよ!」
私は冒険者たちの依頼料の計算や、売り上げ金、出費額、国に収める税金など、様々な計算をベスパと協力して終わらせていく。
大量にあった資料はみるみるうちに無くなっていき、いつの間にか机の上に八枚のメークル皮紙が置かれているだけの状態になっていた。
いらなくなった資料はネアちゃんの糸で縛り上げ、後でどうするかキアズさんに訊けばいい。
「今の時間は……。あ、お昼前に終わっちゃった」
私はポケットから懐中時計を取り出して蓋を開ける。午前一一時五八分。午前中に溜まりに溜まった事務仕事を終わらせてしまえるほど私のスキルは有能なようだ。
「戦うのは向いていないけど、こういう事務仕事なんかに関してはやっぱり有能だね」
「おほめいただきありがとうございます。キララ様のために身を粉にして働けて私たちは幸せ者です」
ベスパは机の上に立ち、軽く会釈してくる。
「キララ女王様! 掃除が終わりました!」
ディアはベスパの隣に移動し、大きな声で伝えて来た。
私は辺りを見渡した。すると、新品同様の輝きを放っている部屋が視界に映る。革製のソファーや黒いローテーブルも綺麗になっていた。窓ガラスもピカピカで透明度が増しているように見える。
やはり清潔感に溢れ気持ちがいい部屋で仕事した方が効率は上がる。
「ありがとう、ディア。あと、他のブラットディア達」
私はディアの後方に均等に整列しているブラットディアたちにもお礼を言う。
社畜になりたいとのご所望なので、他のブラットディアたちが生活している『転移魔法陣』の中に飛び込んでもらった。
これで、他の人が見たら害悪極まりないブラットディアの捕獲も完了。
私としては手下が増え、ありがたい限りだ。




