ビジネスチャンス
「クロクマさん、叫ばないようにお願いします」
「は、はい」
クロクマさんは私の魔力を受け取ると風船のように膨らみ、元の体型に戻っていく。
「は、はは……。ははは……」
キアズさんは視線を少しずつ上にあげていく。
「グルアァ……」
クロクマさんは両手を顔の横に持ってきて小さな声で可愛らしく鳴いた。
「この子は正真正銘のブラックベアーです。キアズさんなら、話しても良いかなと思いましてここに来ました」
「ブラックベアーを操っている少女……。わ、訳がわからない。スキルですか……」
「まあ、スキルと言えばスキルですね。でも、色々と条件がそろえば、誰でも出来ます」
「そ、そんな……、スキルを使わずに魔物を操るなんてあり得るのですか……」
「詳しいことは言えませんけど、魔物の使役はスキルが無くてもある程度可能です。まあ、この発見は私がしたわけじゃなくて弟ですけど」
「……キララさんの弟」
キアズさんはもう、色々と頭がパンクしているらしく、目頭をぎゅっと抑えて血流をよくしていた。
「キアズさん、お疲れのようですね」
「ええ……。冒険者ギルドのギルドマスターなんて多忙すぎて寝る時間もありません……。ほんと、いつ倒れるか不安な毎日を送っていますよ」
キアズさんは目の下のクマを擦り、弱々しく呟く。
「なら、ここに丁度大きなフカフカベッドがあるので、眠ったらどうですか?」
私はクロクマさんの方に指をさす。
クロクマさんもやる気なのか、腕を広げて抱き着いて来てと言わんばかり。
「い、いやいや、そんな危険な行動は出来ません。私はまだ死にたくないですよ」
キアズさんは魔物のクロクマさんに恐怖していた。まあ、間近に四メートル近い巨大な熊がいたら誰でも恐怖するか。
「でも、寝ていないのは仕事の効率を落とすので、ちゃんと寝た方がいいですよ。冒険者ギルドのギルドマスターってどんな仕事をするのか教えてくれたら、簡単な作業は私が代わりにやります。こう見えても事務作業に自身ありです」
私は無い胸に手を置き、胸を張って堂々と喋る。
「……お言葉に甘えてもいいのでしょうか」
キアズさんは泣きそうになりながら言う。どうやら相当追い詰められているようだ。
なんせ、まだ一二歳の少女に事務作業を任せるなんてどうかしている。でも猫の手も借りたい状態なのか、キアズさんは私をとある部屋に連れて行く。
「うわ……。すごい依頼の量……。なんですか、これ……」
私の視界に見えたのは依頼が書き記された後の依頼書の束が重ねられた塔が何本も立つ部屋だった。
もう、木箱の中も全部依頼。どこを見渡しても依頼依頼……、もう嫌になりそうなくらいの枚数がある。
「最近、依頼数が膨大に増えています。景気がいいのか依頼を出しに来る者が急増したんです。毎日消費してもこの枚数が溜まっていきます……。これを難易度ごとに分けるのが本当に大変でギルド員全員で夜通し作業していて……、全員寝不足でして」
「なるほど、増えた依頼のせいで眠気と戦っていたわけですね。じゃあ、私は依頼を分ける作業を行えばいいわけですね」
「はい……。えっと、依頼の難易度別に分けるための基準があるので、それを覚えてもらってから各難易度に分けてもらえると、凄く助かります。あと書類に印を押し、ギルドマスターが確認したと証明しなければならないので、その作業は私がします」
「了解です。では、キアズさんはとりあえず寝てください。頭がぼーっとしている状態じゃ、話しもうだうだになってしまうと思いますし、数分寝るだけでも全然違いますよ」
「そうですね……。では、軽く寝させてもらいます……」
「その前に、これを一杯」
私は光る水こと特効薬が入った試験管を腰からとりだした。
これは私の魔力がふんだんに入っているので疲労にも良く効く。
キアズさんが飲めば元気を取り戻せるはずだ。
眠る前に一杯飲めば、たった数分の睡眠時間で長時間眠った時と同じ疲労回復効果が得られるやばい飲み物だ。
現代の日本で売り出せばバク売れ間違いなし。
もちろん、副作用など無く完璧な睡眠に近いので何度使っても癖になりにくく、人間の活動時間が八時間伸びるだろう。
そうなったら、社畜が増えて仕方ないだろうなー。
「これを飲めばいいんですか……」
キアズさんは判断能力も鈍っていたのか、試験管に入った液体を何も不思議がらず一気飲みした。キアズさんの体の中に私の濃い魔力がしみ込んでいく。
「では、お休みなさい……」
キアズさんは私に試験管を手渡したあと壁に背を付け、崩れ落ちるようにして床で眠る。
「クロクマさん、キアズさんを抱きしめてベッドになってあげてください」
「わかりました」
クロクマさんはキアズさんの両脇に手を入れ、抱きかかえる。
私とクロクマさんは一度応接室に戻る。クロクマさんがデカすぎて依頼書の束が置かれた部屋に入れなかったのだ。部屋もクロクマさんが横になれるほどの隙間もなく、応接室の方が気持ちよく眠れると考えた。
一度小さくしてから戻の大きさに戻すと言う二度手間を行って、応接室でクロクマさんは仰向けになりキアズさんをお腹の上に乗せ、優しく撫でていた。もう、母親と赤子のようだ。
その光景を見た後、私は依頼書が山積みになっている部屋に戻る。
「えっと、ウルフィリアギルドの依頼はF、E、D、C、B、A、S、SSランクまであると……。値段による違いと依頼を受ける者の強さ、人数などを考慮し、分けていく必要があるね」
私はキアズさんから貰った依頼を分ける際に行われている判断材料を見ながら、依頼書に目を通す。
ゴブリンの討伐や薬草採取、どぶ攫いなどの雑用まで何でもギルドに頼めばいいやと思っているような民たちの依頼が大量にあった。
冒険者は雑用係じゃないし、何でも屋じゃないって言うのに……。ただ、依頼主が困っているのは確かだ。
「さて……、ベスパ。数の力を見せつけちゃおう」
「了解です。丁度、窓があってよかったですね」
ベスパは木製の窓を開け、風通しを良くする。
私は部屋の扉を閉め、廊下で待った。
先ほど覚えた依頼書の分別規則をベスパに伝える。
お金、冒険者のランク、動く人数、魔物の強さ、などを考慮し、大量の依頼を八分割させる。
まあ、SSランクなんて言うSランク冒険者が数名係りで行うような依頼は滅多にないはずだ。
そもそもSランク冒険者は八組くらいしかいないのだから、普通にSSランクなんて言う依頼が出たら王国の滅亡とか、そんな危機以外ありえないだろう。
私は扉の奥でブンブンと言う嫌な音が鳴っているのを聞かないために両手で耳を塞いで待つ。ざっと八分待った頃……。
「キララ様、全ての依頼の分別が終了しました」
魔力体のベスパは扉をすり抜け、私の前に現れる。
「うん、やっぱり早いね」
「単純作業は私の得意分野ですから」
ベスパは胸に手を当てて、軽くお辞儀をする。
紳士っぽいがキザな部分が強調され、少々気に食わない。でも、ギルド員の方達が夜通し働いていたのが八分で終わってしまうなんて……。
ほんと、私の社畜たちは優秀だな。
「皆に特別手当を出しておいて」
「さようでございますか……?」
「うん、頑張って働いてくれたんだから、その分の報酬は与えないとね」
「かしこまりました。では、先ほど働いた者達に特別手当を支給します」
ベスパは私の魔力を働いたビー達に振り分ける。
頑張って働けばその分魔力が貰えるので彼らも努力するのだ。
ブラック企業がブラックたるゆえんは残業代をきちんと支払わなかったり、労働環境が悪いからだ。
私の社畜たちは働くの大好きすぎる者達で、社長である私がちゃんと魔力を支給しているので、皆、死に物狂いで働く。
まあ、働きすぎで死んじゃう個体もいるけど、それが本望らしいので気にしすぎてもいけない。
なんせ、相手は虫だからね。彼らに尊厳なんて存在しない。虫を殺して法律違反なら、全世界の者たちが法律に違反するだろう。
「さて、どんな感じにまとまっているかな」
私はビー達が部屋を出た後、扉を開ける。
先ほどまで山積みになっていた依頼の紙が八等分されていた。
まあ、ほぼ六等分だけど……。
Sランクの依頼とSSランクの依頼は一枚も無かった。箱の中身が空っぽだ。
対してFランクとDランクが群を抜いて多い。続いてCランク、Bランク、Aランクの順に多い。
「こんなに差があるんだ……。危険度が高いのはAランクだし、困っている者が多いのもAランクか。毎日毎日、雑用の仕分けに時間をかけるなんてもったいなすぎる。この間に危険な魔物が暴れ出したら依頼を出した意味が無い」
私は依頼書の上の方に二カ所穴をあけ、ネアちゃんの糸でまとめる。
後でバラバラになったら面倒だ。
まあ、大方の依頼は雑用ばかりで、はっきり言うと冒険者がやる必要もない程度。
草むしりに掃除、配達……。全部全部冒険者がやっていたら本当に冒険者が必要な場所に必要な人材を送れない。
「…………んー、お小遣いでも稼ぎますか。新しい企業でも立ち上げて雑用を請け負う会社。試験運用しても良いな。ギルドの一室を借りて私が社長をやって、ビー達に仕事をさせれば……。でも、雑用じゃない依頼もあるんだよな」
私は整理整頓された部屋の中で顎に手を当てながらグルグルと回っていた。
考え事している時は歩きながらの方が効率がいい。
そう、世界のありかたをたった十数年で大きく変えてしまった天才が言っていた。たとえ、凡人でもマネできるところはした方がいいに決まっている。
「ベスパ、FランクとDランクの依頼をさらに分割して。んー、大まかで良いから雑用と魔物退治の二つに分けてもらえる」
「了解です」
ベスパは依頼書を再分割してみせた。すると魔物の討伐依頼の方が圧倒的に少ない。全体の八分の一程度だ。
「うん、良い感じ。残りの八分の七は全部雑用か。これだけ雑用を冒険者ギルドに頼むってことは雑用を行う会社が王都にほとんど無いと言うこと。ふふふ……、新しいビジネスチャンス……」
「き、キララ様が燃えておられる……」
私が大金のなる木のにおいを嗅ぎつけると、ベスパは目を輝かせながら私を見ていた。




