今後の予定
「……なんか、私、燃料だと思われてない?」
「そ、そんなことはないぞ。うん、無いと思う……」
フェンリルは視線を白々しく背けた。
どうやら、私は神獣の二体から燃料をくれる良い相手と思われているようだ。まあ、それがいいか悪いかわからないが、ずっとついてくるわけじゃないし、燃料は増え続けるので構わない。
逆に貰ってくれてありがとうと言ったほうがいいかも。
私はメイドさんに髪を洗ってもらい、他の部分は自分で洗った。ついでと言わんばかりにフルーファとフェンリルも洗う。
両者共に白いもこもこ泡が身に纏わりつき、メークルのようになっていた。
お湯で洗い流すと両者は身を震わせ、水しぶきをあげた。
私は体を温め直し、お風呂場を出て脱衣所に入る。
「はぁー、さっぱりした」
「行くわよっ!」
とあるメイドさんがお風呂場に全裸で向かう。
「おおおおおおっ!」
他のメイドさんたちも一斉に入って行った。
私の汗がにじみ出たお湯に入ったメイドさんたちは全身に魔力が染みわたり、疲労回復の効果を得る。だが、今回はそれだけじゃなかった。
「ええ……、ふ、古傷が……」
「私も、腰痛が治ったわ……」
「さっき指先を切ったのに、塞がった……」
「な、なんか髪がフサフサに……」
後方のメイドたちがとても不思議そうな発言をしていた。
私はさすがに異常だと思い、気になったので近づいてみる。すると、いつも以上にお湯がキラキラと輝いているように見えた。
「キララ様、どうやらこのお湯にフェニクスの魔力が漏れ出したようです」
ベスパは目に魔力を溜めながら私に言った。
「フェニクスの魔力……。なんかやばそう……」
私は傷が元からすぐに治る体質なので気づかなかったが、他の女性の体に合った火傷や古い切り裂き傷が瞬く間に綺麗になっていく。
私の魔力だけでは古傷を完璧に治すのは不可能なので、フェニクスの何らかの能力だと思われる。
「まあ……、気にしないでおこう」
私は喜ぶメイドさんたちをしり目に脱衣所で寝間着に着替えて牛乳を一杯飲み、寝る準備を整えたら部屋に戻る。
「はぁー、今日は寝る……。もう、疲れた……」
私はベッドにもぐりこみ羽毛布団を被った。
足の方から毛がフサフサになったフェンリルとフルーファがもぞもぞと入ってくる。
弱冠一二歳の生娘のベッドに入り込んでくるなんてどこの変態だと思ったが、子犬の大きさになっていたので別に嫌な気はしない。
二匹の暖かい犬(魔物と神獣)に寄り添われながら眠ったら私のストレスは軽く飛んだ。
次の日、私は朝日を浴びながら、両手を上に持ち上げてぐーっと伸び、体を解した。
「はぁー、よく寝た……。今日から受験した学園の結果を待つのみ。そう考えると、気が楽だなー」
私は寝相が悪い二匹の友達を撫で、朝からフサフサの手触りを堪能した後、ベッドを降りて立ち上がる。
窓を開けて部屋の空気の入れ替えると、そよ風が髪を靡かせ頬を撫でる。
小棚に置かれた水差しを持って、コップに水を入れる。緑が綺麗な庭園の景色を見ながら一気に飲みほした。
「ぷはーっ! きもちいいっ!」
目の前に広がる庭園は庭師の方が完璧に仕上げているので、寒い二月ごろでも殺風景と言う訳ではない。草木の並びが芸術的で京都の日本古来の庭園を思い出した。質素な風景もそれはそれでいいのだ。
「ふわぁ……。おはようございます、キララ様……」
眠そうに目を擦るベスパは頭上をふらふらと飛び、八秒ほどで目がシャキッと冴えたのか、気分良さげに空中をブンブンと飛び回る。
「うん、おはよう。今日もいい天気。それだけで気分がいいよ」
私は澄んだ青空にポツポツと浮かぶ空島を見ていた。白い雲も流れ、何と平和な一時なんだと思う。受験が終わったと思うだけで気分爽快。ほんと、単純な性格だ。
私は懐中時計を手に取り、時間を確認。午前七時。いつもより少し遅い起床だ。
寝間着を着替えていると扉が叩かれる。
「はい」
「朝食の準備が出来ましたので、食堂にお越しください」
「わかりました。すぐに行きます」
私は実家から持ってきたオーバーオールとクリーム色っぽい生地で出来た長袖シャツを着て、フロックさんから貰った黒いブーツを履く。少々肌寒いので黒い外套を肩から羽織った。
「武器は……鎖剣と杖で良いか」
私は左腰に黒い鎖剣、外套のポケットによく使う魔力伝導率五〇パーセントの杖、右腰に真っ白な魔力伝導率一〇〇パーセントの杖を入れた杖ホルスターを付ける。
戦闘に行くわけじゃないが、いつどこで誰に襲われるかわかったもんじゃない。なので、武器を身に着けておくことは王都内で必須だ。
ライトが作った特効薬が入っている試験管が八本付けられた試験管ホルスターも腰に巻きつけ、準備完了。
「キララ様、気合いが入ってますね」
「仕事人は服を着替えると本気になるんだよ」
「なるほど、なるほど。だから、服を着ていない魔物はだらけているのですね」
ベスパは真っ赤な蝶ネクタイを縛り、ベッドの上で臍天しながらぐでーっと眠っているフェンリルとフルーファを見た。
「はは……。まあ、そうかもね……。って! フェンリル、さっさとウルフィリアギルドに戻って!」
「うへぇ……?」
フェンリルは寝ぼけた声を上げ、臍天した状態で両脚を犬かきのように動かす。寝ぼけすぎて全力で走っていると思っているようだ。
「はぁ……、まあいいか、最近はよく移動しているって言うし……」
私はお腹が空いたので、二匹の間抜けを置いて部屋を出て食堂に向かう。
「あ、キララさん。おはよう。昨日の試験はどうだった?」
部屋を出て食堂に向っているとルドラさんの弟である、マルティさんと遭遇した。マルティさんも食堂に向かう途中だったようで話しかけてくれたようだ。
「そうですね……。もう、魔物と戦わされるとは思ってませんでした」
「はは……、そうなんだ。誰か凄い子いた? 最後の魔物まで到達したかすらわからないけど」
マルティさんは受験経験者だからか、試験内容を何となく知っているようだ。
「えっと、最後の魔物まで到達しました。ほんと、やりすぎって思いましたね。だって、私がいた闘技場で最後の魔物まで残っていたのはたった八人ですからね」
「八人……。いや、八人も残ってるなんてすごいよ。僕達のころなんて最後の魔物に挑戦した人は片手の指の数もいなかった」
マルティさんは昔を思い出し、身震いしていた。
「さすがに生き残った人はいないよね」
「えっと……、一人だけ残ってました……」
「えっ! すごい! どんな子! 今日、学園の中で話題になると思うし、訊いておきたい!」
マルティさんは私の話を食い入るように聞き、質問してきた。
「え、えっと……。お、男の子か女の子かわからない中性的な見た目と服装で茶髪だったかな……。あと、魔法と剣を使って物凄く強い魔法は使ってなかったです。でも、三種類か四種類の属性魔法を使っていたと思います……」
「えぇっ! よ、四種類の属性魔法! 凄い才能を持ってるんだ……。他には!」
「ほ、ほか……、魔物を操ったり、空に軽く停滞したり……」
「魔物を操る? 空に停滞? な、なにそれ……。スキルなのかな」
「は、はは、そうかもしれませんね。わ、私は逃げ回ってました」
「まあ、それが普通だよ。闘技場の中に入ってるだけで充分加点されてると思うから、安心して」
マルティさんは腰に手を当て、話のネタが出来たと嬉しそうに食堂に向かう。
「にしても、今までの話を聴く限り、容姿がキララさんみたいな人が他にもいたんだね」
「あ、あはは……、そ、そうですねー」
私は営業スマイルで満面の笑みを浮かべ、後頭部に手を当てた。
私とマルティさんは食堂に移動した。
一番奥の誕生日席にマルチスさん、その近くにケイオスさんとテーゼルさんが座り、ルドラさん、クレアさん、マルティさん、私の順に座る。
「キララ、昨日の試験はどうだった? 上手く行ったか?」
マルチスさんは孫を持つお爺ちゃんのように私に質問してきた。私も大分、この家族に受け入れられていると言うことだろう。
「そうですね、上手く行ったと思います。試験監督の方の視線が怖かったですけどね」
「それだけ、注目されているって証拠だ。どうでもいいやつは見られないからな。特に貴族なんて見ても面白味がない。どうせ金で入る奴らだ。逆にキララは実力で行くわけだから、試験監督の目が向くのも無理はないさ」
マルチスさんは試験をよくわかっており、学園側を皮肉るように言葉を吐いた。
パッサパサのパンをかじり、自分の歯でしっかりと噛んでいる。
彼曰く、抜けた歯は無いらしい。もう、歯がしっかりと生えていると言うだけで凄いと思ってしまう。
虫歯の原因は砂糖なので、幼少からウトサを食べてこなかった私は一切無い。
でも、王都の人々は虫歯になる人が多いのか、歯がない者は結構いるらしい。だから、柔らかいパンが主流になりつつあると言う背景があった。まあ、柔らかいパンの方が美味しいからと言う理由もある。そんな中、パサパサの硬めのパンを好んで食べているマルチスさんは今後も長生きするだろうな……。
「キララ、今日から何をするか決めているの?」
ルドラさんは私の方を見ながら聞いてきた。口調は実家にいる影響で、貴族っぽい。
「んー、特に決めてないですけど、冒険者ギルドから会ってほしい相手がいると言うのでその人達に会って来ようと思っています。連絡を取らないといけないので、もう少し後になるかもしれないですけど」
「なんだ、キララ。冒険者ギルドに伝手があるのか?」
マルチスさんは冒険者ギルドと聞いて食いついてきた。マルチスさんの護衛だったバレルさんは元冒険者だ。だから、マルチスさんも冒険者と言う言葉に敏感に反応するのかもしれない。
「はい、王都に来るまでにちょっと色々ありまして……。元から冒険者ギルドが提示しているテイマーの資格を持っているんです。将来、少しでも使えるかなと思って。なので、なじみは深いですよ」
私は外套のポケットから銅板が付いたネックレスを手に取り、見せる。




