紫髪の眼鏡
「れ、レオン王子が仰るなら喜んで!」
「ぼ、僕にそんな大層な役目……、尽くせません……」
「丁重にお断りさせていただきますぅっ!」
私はレオン王子に頭を深々と下げ、早々に逃げる。
「ちょっ! 君っ!」
レオン王子は私を引き留めようとするも、名前が呼べないので私は止まらない。さっさと個人試験を受けて帰らないと面倒事に巻き込まれそうだ。
――大貴族に拘わって良いことはないと思う。うん、こき使われて疲れるのが落ちだ。慣れ合うなら出来るだけ気を使わない相手がいい。ミーナが一番話しやすかったな。
そんなことを思っていたら、前の方からモフモフの尻尾を振り、耳を動かしているミーナが歩いてきた。どうやら、今から試合に臨むようだ。
「ふん、ふん、ふんっ! よーし、個人戦だっ! 頑張るぞ! あ、キララ。お疲れー」
やる気満々のミーナは私に気づいたのか、思ったよりも小さな手を高らかに上げて振っている。
「お疲れ。個人試験はどうだった?」
「いやぁー。私、魔法が駄目駄目だから、半分くらい失敗しちゃった。でも、身体能力はものすごく褒められた」
ミーナは後頭部に手を置き、満面の笑みを浮かべながら言う。元気な子犬のようで可愛らしい。
「でも、お腹が減って……」
ミーナは腹部を撫でる。バスケットに入った大量の料理を食べたのに、もう、お腹が空いたようだ。
「じゃあ、これでも食べて」
私は懐から乾燥したビーの子が入った小袋を取り出す。
「これは……、スンスン……。ビーの幼虫」
ミーナは小袋の上から匂いを嗅ぎ、一発で言い当てた。
「正解。よくわかったね。ビースト共和国ではよく食べるの?」
「時々。巣を見つけて遊びで叩き壊すと巣ごと吹っ飛んじゃうから少ししか食べられないけど、美味しいよね。私、この味好き」
ミーナは手の平にビーの子を取り出し、口に放り投げる。
「んんっ! う、美味しい! なんか、私の知ってるビーの子じゃないんだけど!」
ミーナは尻尾をブンブン振り、ビーの子をピーナッツの如く口の中に放り投げていく。
「お腹も膨らんでいくし、なにこれ、なにこれ!」
ミーナはお腹が満たされたのか、とても嬉しそうだ。
「えっと、そのビーの子は魔力を沢山含んでいるからお腹に溜まるんだよ。これで、この後の試験も頑張れそう?」
「うんっ! ありがとう、キララ! すごく元気が出た!」
ミーナは私にムギュっと抱き着いてきた。獣特有の汗っぽいにおいがどこか田舎町の犬みたいで落ち着く。
「喜んでくれてよかった。じゃあ、頑張って」
「うんっ!」
ミーナは闘技場の方に走って行った。
私はミーナを尻目に歩き、個人試験を受けていたものたちとすれ違っていく。最後の方になると、紫髪の眼鏡がどんよりした空気を放ち、歩いていた。
「はぁ……。確実に落ちた……。もう、次の試験を受けたくない……。さっさと帰りたい……。でも、ただじゃ帰れないんだよな……」
デカい魔導書を抱え、とぼとぼ歩く紫髪の眼鏡は足下の小石に躓き、転んだ。
「ぐはっ!」
紫髪の眼鏡は真ん前に突っ込んで眼鏡を地面にぶつける。その衝撃で眼鏡に蜘蛛の巣状の亀裂が入り、割れていた。
「ああ……、終わった……。もう、終わりだ……」
紫髪の眼鏡はレンズが割れた丸眼鏡を外す。すると、驚くほど美形だった。美少女、美男子、どちらともとれる。子役なら、ライトとためがはれそうだ。
ライトが王子様風イケメンとすれば、紫髪の眼鏡は悪役貴族っぽいイケメン。眼付きが鋭く、蛇のように長いため、背筋がぞくりとするような危ない雰囲気を放っている。
――眼鏡が壊れたのは可哀そうだ。あれが無いと生活も難しいだろう。
「すみません、大丈夫ですか?」
私は紫髪の眼鏡に手を差し伸べる。相手がイケメンだったからではない。
「ん……。ああ、ありがとうございます……」
紫髪の眼鏡は私の手を取り、立ち上がった。身長は眼鏡の方が高いが、私とあまり変わらない。低めの方だろう。
「ううん……。視界が最悪……」
「その眼鏡、直しましょうか?」
「え? 直せるの……。じゃあ、お願いします」
紫髪の眼鏡は私に眼鏡を渡してきた。
私はベスパにレンズを直してとお願いする。
「了解しました」
ベスパはレンズの割れ目を魔力で浸し、割れていなかったかのように接着した。魔力で覆い、破損の可能性を低める。
「はい、直りましたよ」
「ああ、ありがとうございます……」
少年は眼鏡をかけた。落ち着いたのか、一呼吸おいている。
「えっと、貴族の方ですか?」
紫髪の眼鏡はビクビクと怯えながら訊いてくる。
「いえ、平民ですよ。なので、気にしないでください」
「ほっ……。よ、よかった……。超高額な修理費を支払わされるかと思いました」
「はは……。えっと、最後まで頑張れば、学園の人達は見ててくれると思います。頑張ってください」
「ありがとう……。応援されるなんて、珍しい経験だ……」
紫髪の眼鏡は頭を軽く下げ、大きな魔導書を抱え、闘技場の方に歩いていく。ビクビクとしていたのが嘘のように普通に歩いていた。何ともそこが知れない……。
私は大きな泉がある近くまでやって来た。どうやら、敷地の広場で個人試験を行うらしい。
「えー、皆さん。試合の方、お疲れ様でした。続いて個人試験を行います。最も得意な魔法を泉の方に全力で放ち、どこまで飛ばせるかと言う飛距離と威力を見る魔法の試験。身体能力の試験を行ってもらいます。時間も無いので、ぱっぱっぱっと周りの様子を見ながら行ってください」
――え、滅茶苦茶簡単な試験だ。ここで心を折りに来ないの? んー、何か怪しい。
私はあまりにも簡単な試験に疑問を抱いた。
難しい試験を考えていたので拍子抜けだが、簡単なら簡単で構わない。でも、心を折られる準備はしておこう。
私は八番目に並び、前の者達を見る。一発目はレオン王子だった。まあ、王族が一番なのは何となくわかるかな。
「『サンダーボール』」
レオン王子は手の平に電撃を溜めた球を握りしめ、野球ボールを投げるように勢いよく飛ばした。
だが、力が一瞬抜けたのか、距離がたいして伸びず、二〇メートルほど。まあ、一〇〇メートル飛ばせば魔法使いの上位一パーセント。
受験生で魔法を二〇メートル飛ばせれば凄い方だろう。
魔法を二〇メートル飛ばせたらフリジア魔術学園だと大いに盛り上がる。ただ、レオン王子は不服そうな表情だった。
そのまま、二番から七番の者が得意な魔法を使って放って行く。
ただ、眠気に襲われたかのような一瞬のぐらつきのせいで飛距離が出ず、ゴルフで池ポチャするような静かな試験になっていた。
魔法を投げたり、とどめてから放ったりしている者は軒並み距離が短い。大振りや長い詠唱を行う者も距離が伸びない。
「次、受験番号八番」
「は、はい!」
私は声を上げ、泉の前に立った。
「キララ様、どうやら、近くの試験監督がスキルを使用し、魔力の流れを乱しています。魔法を放つ一瞬、膝カックンされたような力の抜け具合を受けると思われます」
ベスパは私の脳内に話しかけて来た。
――なるほど。魔力を乱されたからみんな、力が抜けていたのか。じゃあ、スキルが発動する前に射出してしまえばいいわけだ。
私は魔力伝導率五〇パーセントの杖を杖ホルダーから取り出し、構える。
「スゥ……『ファイア』」
私はクラウチングスタートかと言うくらい素早く足を踏み出し、フェンシングの突きの如く杖先から魔力を吐き出した。
詠唱により展開した魔法陣から勢いよく飛び出た『ファイア』は泉の水面を靡かせながら移動し、八〇メートル付近で消える。
速度重視だったので威力はそこそこ。
でも、周りは絶句していた。これくらいなら、ギリギリ行けると思ったのだが……。試験監督たちは目を合わせ、話し合いをしている。
生憎、私は『ファイア』が発射された後、体が気だるくなった。それでも、距離が伸びた。下級魔法とは言え『ファイア』の発射速度が早すぎたらしい。その点も驚かれたのだが、距離と正確さも目を引ていた。
長距離を真っ直ぐ飛ばすなんて……と言う声がちらほら聞こえる。四五度上方向に放てばよかったと後悔する。
私は日が沈み、視界が悪くなってきたころに個人試験を行ったので遠くの者から姿が見えてはいないと思う。
なんなら、黒い服のおかげで陰に紛れていただろう。いや、辺りは『ライトボール』によって結構明るかった……。
『ファイア』も真っ赤に燃え、遠くからでもわかるくらい色がはっきりしていた。そのせいで誰かが物凄い『ファイア』を放ったと長蛇の列の中で話が止まらない。
――や、やっちった。速度意識しすぎて飛ぶ距離の補正が伸びてた……。二〇メートルくらいで消すつもりだったのに。
「仕方ありません。高評価なのだからいいじゃないですか。魔力を薄めている影響か、キララ様が撃ったと知られていませんし」
ベスパは私の頭上を飛び、呟く。
「まあ……。気づかれていないのなら良いんだけど……」
私の後を追うように、大量の受験生が魔法を放って行く。やはり平均距離は一〇メートルちょっと。その中で八〇メートルも飛ばせば、そりゃあ、ざわつくよな。
皆、いつもより距離が出ないことに戸惑い、実力が上手く出せなかったと言う失望の表情を浮かべていた。
この試験の魂胆は敵からの攻撃に気づけるのかと言う題目でもあるのか、試験監督に抗議をするような者もおり、記録している試験監督が微笑みながら皆を採点していく。
私は他の者が身体能力の試験を受けている場面を見る。
どうやら、この試験は武術の試験も兼ねているらしく、八項目あった。
こっちの方が多いのは魔法が使えない者にとってありがたいだろう。ただ、身体強化や他の付与スキルを使っても良いと言う条件付きなので、身体能力に自信がない私にとってはとても困る……。魔法ありとは言え厳しそうだ。




