好敵手にならない
「それでは……、始め!」
試験監督の右手が振り下げられ、合図が放たれる。
「『ブースト』」
メロアは両手両足に轟轟と燃える炎を纏った瞬間、叫んだ。
――さっきの青髪の少年より早い!
「キララ様!」
ベスパは光りのような速度で移動し、メロアと私の中央に飛び込んだ。
「ゼロ距離爆発」
私は杖先に小さな『転移魔法陣』と『ファイア』の魔法陣を展開し、魔力を送り込む。コンマゼロ秒で、ベスパの尻に『転移魔法陣』が現れて『ファイア』が吹き出される。そのまま直撃し、破裂。
「くっ!」
一瞬で勝負を決めようとしていたメロアの真ん前で爆風が起こり、彼女は吹っ飛んだ。
生憎、メロアが一歩踏み込んだ瞬間に爆音を発し、移動中に燃え盛る拳を突き出していたのでベスパの爆発は周りに見えていないと思われる。
「なにが……」
メロアは私が何をしたのか理解できておらず、一瞬思考を回している様子がうかがえた。だが、その思考は彼女の体を硬直させるのに十分すぎる時間だ。
「『ファイア』」
私はメロアに向って小さな炎の塊を放つ。
「考えるのは後!」
メロアは思考を切り、攻めに徹するのか『ファイア』に突っ込んできた。
「おらああっ!」
拳を『ファイア』に突っ込み、自身の炎に巻き込む。どうやら、メロアに火属性魔法を打ち込むと、彼女の火属性の魔力に飲み込まれてしまうようだ。
――あんまり多属性を見せたくないんだよな。もう、土属性と風属性、火属性の魔法を使っちゃったし……、あ、雷属性と水属性も軽く使っていた。ちょっとやばいな。
私は火属性に有利な水属性魔法を使いたいが、さすがに目を引くと思い、使用できなかった。
「んー、とりあえず『ロックアップ』」
私は地面に杖先を向けて呟いた。すると地面がデコボコになり、走り辛くなる。
「くっ! おらああっ!」
メロアは足裏から大量の炎を吹き、戦闘機のように移動していた。どうやら、火の噴出力で体を浮かせられるようだ。
――さすがに、燃費が悪そうな力技だな……。突き出される拳の攻撃は音速を越えそうだ。戦闘機の最速はマッハ三(音速の三倍)。まあ、そこまではいかないか。でも、確実に早い。
私は五属性の魔法を使ってしまっている。
その時点で十分やばい者扱いされていると思うので、今さら何しても驚かれないだろう。だが、悪目立ちしたくないと言う気持ちが私をせき止める。このままでは攻撃を受けてしまうのだけど、どうやって止めようか。
「『エアノウ』」
私は風魔法を使い、私の周りから八メートルの範囲を空気の膜で囲む。その際、酸素濃度を極端に下げた。少しの間、息を止める。
「おらああっ! くっ!」
メロアが八メートルの中に入ってくると手足に纏われていた炎が極端に小さくなった。気圧が低くなり、血圧が上昇。叫んだら脳への血流が一気に増え、高山病(気圧の低下や酸素の欠乏などが原因となり、息切れ・めまい・動悸・頭痛・吐き気・耳鳴り・難聴などが起こる)のような状態になる。
「ぐ……」
メロアは気を失いかけたにも拘らず、靴裏で着地した。
超加速していたのに一気に減速できるんだなと感心するも私も息できなかったので、魔法を早く解きたい。
「『ロックバレット』」
私は空間に酸素がない状態で喋る。今は息が吸えないので、この攻撃を外すと大分不利になる。
でも攻撃をしっかり当てないと勝利にならないし、今しか好機を作れない。
「…………」
メロアは私の杖先を見て、目をぎらつかせている。もう、銃口を睨む狂犬のようだ。
その姿に私は一瞬恐怖し、手もとが狂いそうになるが落ちついて魔力を魔法陣に入れ込む。
魔法陣から精製された石が飛び、メロアに向かう。
「…………」
メロアは体を横に転がし、石を躱した。魔法を使っていないのに亜音速の石を躱せるとか、動体視力がバグっている。
シャインのような者がこの世界に他にもいるようだ。
――シャイン、仲間がいっぱいいてよかったね。
私は『ロックバレット』を撃ちまくった。
「くっ……」
メロアは歯を食いしばり、走り出した。酸素が無いのに全力疾走だ。もう、倒れてもおかしくないのに、攻め込んでくる。
――ほんと、戦闘狂だな。大人しく当たってほしいんだけど。
私は『エアノウ』の効果範囲から出るために、後方に移動しながら『ロックバレット』を放つ。
「ふっ!」
メロアは『ロックバレット』を回避しながら八メートルより高く跳躍した。もう、人間技じゃない。
やっぱり人族と森の民のハーフだからかな。
そんなことを思っていたら、酸素がある空間にメロアが出た。
メロアは息をたらふく吸い、陽光に照らされる赤い髪が本当に燃えているかのように赤かった。
どうやら、体から発せられていた熱のせいで髪を止めていた紐が燃えたようだ。そのせいで赤い髪が広がり、ものすごく神々しい。
「その空間に入ったら火が消えるとか、面白いじゃない。息も吸えないし、まるで水の中にいるようだったわ。でも勢いがあれば、何も問題ないっ! 『ブースト』」
メロアは両手両足を盛大に燃やした。先ほど、フェニル先生から威力を考えろと言われたばかりなのに、もう忘れているようだ。
「『ブレイズブースター!』」
メロアは炎をジェット噴射しながら、ミサイルの如く降ってくる。あれがこの場に打ち込まれれば確実に地面が破壊され、私の体がどうなるかわからない。
防御魔法が掛けられているとは言え、頭を勢いよく打ったら危険だ。
――ベスパ、ビー達にネアちゃんの糸を持たせて網を作って。
「ですが、燃やされるんじゃ……」
――この中なら、燃えないでしょ。
「なるほど……。了解です。ただ、あの威力を一八匹のビーで耐えられるか……」
――そこは勝負だね。負けたら、負けたで仕方ない。
「わかりました」
ベスパは光り、闘技場にいたビー達がネアちゃんの糸を引っ張り、網を作る。
「オラアアアアアアアアアアアアアッ!」
メロアは、獣かと言うくらいの咆哮を放ちながら『エアノウ』の中に突っ込んでくる。
案の定、火は消えた。だが、速度は変わらず、私目掛けて突っ込んでくる。
私はミサイルを躱せるほど化け物ではないので直撃を受けるか、受け止めるかのどちらか。受け止めると言うのもなかなかやばいのでは? い、いや、考えない考えない。
『エアノウ』の中にメロアが入った瞬間、ビー達が上空に飛び、網を引っ張る。
それでもメロアの蹴りは止まらず、私の顔目掛けて飛んできた。
「はああああああああああああああああっ!」
メロアの咆哮が『エアノウ』内でも響き、私は攻撃の風圧によって地面に叩きつけられる。
だが、メロアの肺の空気が一気に出た影響か、眩暈や倦怠感、意識低迷が起こった。
「くっ……。あと少しなのに……」
メロアの威力が徐々に弱まり、彼女は目がうつろになり意識を失った。
私はすぐさま『エアノウ』を散り散りにして酸素を取り込む。いきなり酸素を大量に取り入れたせいで頭が痛くなったが、少しずつ引いて行った。
メロアさんの様子を見ると、息はしており窒息しているわけではなかった。魔力枯渇症により倒れただけのようだ。
「ふぅ……。危なかった……」
「しょ、勝者、受験番号八番」
試験監督の方は私の方に手を上げ、他の試験監督に知らせる。
私は危なかったが三連勝できた。
後は個人試験を受けるだけだ。早く終わってくれると助かるんだが……。とりあえず、目立たないようにしないとな。
「あの男女、フレイズ家の化け物を倒したぞ……」
「まじかよ……。フレイズ家って化け物ばっかりいる家だろ、そいつに勝てるってもっと化け物じゃないか……。どこの貴族だよ。社交会で見た覚えがねえぞ……」
「あれだけイケメンなら、覚えてるはずなんだけどな……。他国の貴族かも」
「ああ、なるほど、他国の貴族か。それじゃあ、わからなくても仕方ないな」
周りは私の姿を見ながら、ぼそぼそと話していた。
私のあだ名が男女になっているのはどうかと思うが……、勘違いされてもどうせ、会話することなく今日の試験は終わるはずなので気にしない。
「く……。なんで、私の火が消えたの……」
「火は燃やすための燃料が無いと起こらないんですよ。火のついたロウソクをコップに入れるといずれ消えますから試してみてください」
「え……?」
メロアは首を傾げた。まあ、火が燃える原理とか化学だし、理解していなくても仕方がない。
「何でもないです。でも、最後は危なかった。もっと高位置から攻撃を放たれていたら、私が負けていましたよ」
私は地面で大の字になって倒れているメロアに手を伸ばす。
「もう少し助走していれば勝っていたのね……。くぅうう、くやしいいいっ!」
メロアは私の手をぎゅっと握り、勢いよく立ち上がった。
「キララ! あんた、私の好敵手になりなさい! この屈辱は必ず返してやるわ!」
メロアは私の手を握りながら、大きく叫ぶ。
「……丁重にお断りさせていただきます」
私は彼女の手を放し、頭を深々と下げた。
「ちょっ! ちょっと待ちなさいよ! ねえ、ねえってばぁあ!」
メロアは兎のようにピョンピョン飛びながら叫ぶ。さっき気絶しかけたんだからあまり動かない方が良いのに。
――あんな戦いを何度も挑まれちゃ、私の身が持たん。そもそも、戦いに来ているわけじゃないし、普通に学園に入ったと言う資格が欲しいだけだし……。友達になるにしても、お兄ちゃんが大好きすぎるブラコンとは一線を置きたい。
私はメロアから離れ、闘技場の観客席に移動した。だが……。
「キララちゃん! 君は、本当にすごいねっ! あのメロアから一本取るなんて!」
私のもとにメロアの姉であり、ドラグニティ魔法学園の教師であるフェニル先生がやって来た。元から赤い瞳がめらめらと燃えており、興奮しているようだ。
「す、すごいことですか? まあ、火を使って来た相手を水の中で倒したようなものなので、褒められることじゃないと思いますけど……」
「いやいや、メロアはフレイズ家の中でも優秀なんだよ。ニクスとは大違いさ。まあ、ニクスが悪い訳じゃないんだけどね。弟たちと比べても遜色ない強さを持っている。まあ、私が一番だけどね」
フェニル先生はどことなく、面倒臭い性格を発揮し、自分が強いとアピールして来た。まあ、神獣を従えている時点で確実に強い。




