洗礼された剣技
「では……、始め!」
「プルウィウス流剣術、フラーウス連斬っ!」
青髪の少年は私が初めて見る剣術を披露した。
私に初見の技を放ち、対処される前に倒しきる作戦らしい。と言うか、移動速度が早すぎて、音を置き去りにしている。
もう、いつの間にか私の目の前におり、剣を振りかざしていた。咄嗟に手袋に仕込まれた糸を引き、頭上に振りかざされている剣を止める。
「くっ! おもっ!」
一振りの剣があまりに重く、力が雑魚な私が受け止められるわけなかった。糸を剣に一瞬引っ掻けた影響で速度が落ちた。そのため、紙一重で回避に成功する。だが……。
「ふっ!」
どうやら、青髪の青年が使っている剣技は連撃らしく、一撃目よりも確実に速度が上がった切り返しが私を襲った。
「『ロックアップ』」
私は地面に杖先を向け、青髪の少年の足下に魔法陣を展開する。その瞬間、地面が盛り上がり、少年の攻撃が私の頭上でずれた。
「つっ! 魔法の扱いがやっぱり上手い……」
青髪の少年は地面に叩きつけられる勢いで上空に移動した。『ロックアップ』により盛り上がった土柱はざっと八メートル。あそこから降りてくるのも至難の業だ。飛び降りたら普通の人間なら確実に骨折する。
「さて……、次はどう来る」
私は青髪の少年の強さを甘く見ていない。なんせ、目の前に一瞬で現れるなんて、普通の人間にはできない荒業だ。多分、ハンスさん(元盗賊)より強い。
「ふぅ……。プルウィウス流剣術、シアン流斬」
青髪の少年は呼吸を整え、流れる水のように絶壁を滑り落ちてきた。巨大な滝が崖から落ちるような自然な落下で、土柱の側面を滑っている。ほぼ九〇度の壁なのに、スノーボードでもしているようだ。
柱の周りを旋回し、速度を上げ、私に切りかかってくる。ほんと、水の流れが攻めてくるようで恐ろしい。
――ベスパ、ビー達で青髪の少年の動きを演算。
「了解です」
青髪の少年の動きは先ほどよりも遅かった。だが、剣が流れてくると身の毛がよだつ。
少しでもベスパの演算が遅れていたら、私の首に剣が届いていた。
魔力で足裏を地面に固定し、拍子を見計らって勢いよく魔力を噴出。一センチメートルほど後方に移動した影響で、剣が私の前を通過する。
「くっ! これも、躱すのか! まだだっ!」
青髪の少年はスケートのように地面を滑り、私の後方に一瞬で移動した。
――なに、その動き! 地面は滑らないでしょ! いや、滑っているように見えているだけか……。
青髪の少年の足さばきがあまりにも綺麗で、まるで地面の上を滑っているようだった。
無駄な動きが無く、洗礼されている。
剣を真下から切り上げられ、背中をバッサリ……いかれなかった。なんせ、私の目は今のところ全方位についており、死角がない。来る場所も演算でわかる。
「『ロックアップ』」
私が立っている地面を八〇センチメートルほど上げ、加速力を付けた後、青髪の少年の頭上でバク中する。
その際、剣が振り抜かれた後だったので、グローブに仕込まれている糸を彼の体に巻き付けた。
私は青髪の少年の背後を取り、糸を引っ張る。
「く……、なんだこの糸……、全然切れない……」
青髪の少年はバレルさんのように頭が切れる剣士ではないらしく、糸を炎で燃やそうと言う発想が生まれなかったようだ。そのおかげで私は彼を完全に拘束し、杖を背中に突きつける。
「そこまで! 勝者、受験番号八番!」
試験監督は手を上げ、私の勝利を高らかに言った。
「ふぅ……。まいりました」
青髪の少年は潔く負けを認めた。この潔さが彼の強さに直結しているのだろう。すでに、ブツブツと何かを呟いており、成長のための思考している。魔物相手に極度に恐怖していたのに、人間が相手だと、ここまで自然と動けるらしい。先ほどの戦いだけでは、実際の実力が見分けられなかったな。
「ありがとうございました」
私は青髪の少年から糸を外し、頭を下げた。
「あ、ありがとうございました」
青髪の少年も頭を軽く下げた。
「惜しかったな! やっぱ、あの黒服の子、凄いぜっ! 初見でパーズのフラーウス連斬を防ぐとか、とんでもないな!」
橙色髪の少年は試合を終えた青髪の少年に話し掛けていた。
「うん……。全部、完璧に対処された……。やっぱり、ここの学園は凄いよ!」
「おっ! やる気に満ちてる表情だな。珍しい。まあ、プルウィウス連邦でお前に剣で勝てる奴、中々いないもんな。子供なら、ゼロだろ」
「はは……、どうだろう。でも、ここの学園なら、もっと強くなれる気がする……。あの黒服の子とどれだけの差があるかわからないけど、勝ちたいな……」
「なら、鍛錬し続けるしかねえなっ!」
「もう、ライアンは鍛錬のことしか頭にないの? 脳筋って言われちゃうよ……」
「バカ野郎、俺は案外頭脳派だっつーの!」
青髪の少年と橙色髪の少年は互いに力を高め合っている存在のようだ。
「キララ様……、俺の出番が無くね?」
フルーファは地面に伏せしながら、呟く。
「まあまあ、私が不利な相手にフルーファを投げつけるつもりだから、それまで我慢して」
「我慢したくない……。今すぐ逃げ出したい……」
フルーファは目に手を当てながら、視界を閉ざす。
「キララ様、お怪我はありませんか?」
ベスパは私の周りを飛び、心配してくる。
「うん、演算がギリギリ間に合ったから、剣を躱せたよ。ありがとう。にしても、あの青髪の少年、音を置き去りにするほど早く動けるとか、凄すぎるね。魔法かな?」
「いえ、魔力が動いている様子は確認できなかったので呼吸法か、剣術の類だと思われます」
「呼吸法と剣術だけで、あそこまで早く動けるの……。まあ、シャインも似たようなものか」
私は青髪の少年がシャインと同じような人間なのではないかと勝手に予測する。でも、シャインより現実内に収まっているので、今後に期待ってところか。
「ふろあああああああああっ!」
爆炎が後方から吹き荒れ、太った貴族が地面を転がって来た。プスプスと燃えた音を出し、服が溶けている。
私は『ウォーター』で軽く処置した。体は防御魔法で守られているため、問題ない。ただ、素っ裸になっており焼かれる前の艶やかな豚のよう。可愛らしい象さんが……、んんっ。ベスパが放映を考え軽く光り、少年の象徴を白飛びさせていた。
「ふんすっ! 弱い男に興味は無い!」
後方を見ると、少年を焼いたのは赤髪の少女だった。
――に、ニクスさんの妹さん、こわぁ……。あの温厚なニクスさんの妹とは思えん。
私は苦笑いを浮かべ、試験監督がぶっ飛ばされた少年の容態を見る。何ら問題なかったが、一応医務室に運ばれていた。
ただ、女の子にボコられたと言う経験は男の心に深い傷を負わせただろう。
私は闘技場の観客席に戻る。
「メロア、火力を出せばいいってものじゃないといつも言っているだろう! 使い方をもっと考えろ!」
闘技場の壁際で英才教育を行っているフェニル先生が赤髪の少女に吠える。
「うう……。ごめんなさい……」
数分で指導を終えたフェニル先生はすぐに仕事に戻る。
「はぁ……。お姉ちゃんはがみがみうるさいな……。わかってるっての……」
赤髪の少女は壁際に座り込み、赤い宝石のペンダントを取り出す。加えて服のポケットから一枚の絵を取り出した。
「あぁ……、ニクスお兄ちゃん……。なんで出て行っちゃったの……。ちゅっちゅ」
赤髪の少女は絵にチュッチュと何度も口づけしていた。
「…………」
――いま、ニクスって言った?
「あの、いぬっころと叔母さんめ……。私のニクスお兄ちゃんを奪いやがって……。見つけたら燃やしてやる……」
赤色の髪が燃えているように輝き、少女の魔力がにじみ出る。
――あの子、やばいブラコンだ。どこか、メンヘラっぽいし、ニクスさん、逃げて正解だよ。
「ニクスお兄ちゃんにドラグニティ魔法学園に受かったって言う朗報を送らないといけないし、次も勝つぞ! うおおーっ! 待っててね、ニクスお兄ちゃん。絶対絶対あの雌共から助け出してあげるから!」
赤髪の少女は立ち上がり、スパーリングを始めた。
私は何も聞かなかったことにして、闘技場の観覧席で休む。
「人は見かけによらないのですね」
ベスパは腕を組みながらこくこくと考え込んでいた。
「はは……。まあ、ニクスさんは優しかったし、妹にも甘く接してたんだと思う。だから、あんな化け物が生まれちゃったんだろうね」
私は苦笑いを浮かべ、ニクスさんの苦労を察する。
親の才能を全く受け継がなかったのに、才能満載の妹から怖いくらい愛されまくってて……、ほんと可愛そうだ。
私は観客席で一時間ほど待った。すると、私の受験番号が呼ばれた。
「ふぅ……。よしっ!」
目の前に立っているのはニクスさんの絵にキスしまくっていた赤髪の少女だ。
「うう……。ついてない……」
私は目の前の子と相性が最悪だ。
火属性魔法を使われるとネアちゃんの糸が容易く燃える。そのため、糸による拘束や防御が出来ない。鎖剣も火属性魔法が苦手なので、燃え尽きる可能性がある。
魔法主体なら良いのだが、彼女はゴリゴリのゴリラ戦闘。もう、戦闘力に全部能力を注ぎ込んだような子だ。超接近戦、亜音速のパンチ、超火力の炎。接近戦が苦手で火属性魔法が弱点の私にとっては最悪の相性だ。
「あなた! 名前は!」
赤髪の少女は腰に手を当てながら聞いてきた。
「わ、私の名前はキララです。よろしくお願いします」
私は敬語で丁寧に挨拶した。
「キララね。私の名前はメロア・フレイズ。フレイズ家の人間よ。戦いたくなければ降参しなさい!」
赤髪の少女は私に言う。まあ、一対一で負ける気がしないのか、私の気持ちを汲んでくれているのか。
――戦いたくないなって言う気持ちを見透かされちゃったのかな。
「いえ、私は最後まで戦います!」
「……いいわ! 気に入った! 熱い試合にしましょう!」
メロアは赤色の髪を短めのツインテールにしていた。そのため、子供っぽさが増している。
「ふぅ……。試験監督! 合図をよろしくお願いするわ!」
「は、はい。では、受験番号八番、受験番号一八番、互いに礼」
「よろしくお願いします」
私達は頭を下げ合う。
「互いに構え」
私は杖を右手で握り、右脚を少し引いて軽く構える。
「ふうぅ……」
メロアは両手を握りしめ、ファイティングポーズを取った。




