獣族の少女
「上級魔法を使っているわけでもないのに、ブラックベアーを吹き飛ばす火力。あの三頭と互角に戦いあった戦闘力、あの子は一体どれだけの経験を積んできたんだ」
フェニル先生は微笑みながら、腕を組み、体をうずうずさせているのか足踏みしていた。
「キララさん……、か、カッコイイ……」
地面に座り込んでいたレオン王子は私の方を見ながら、目を輝かせていた。
「ん、んんっ! 丁度一二時になったようだな。今から、一時間後、午後の個人戦試験を始める。試験監督が受験番号を言うので聞き逃さないように。では、休むもよし、食事をとるもよし、体を動かすもよし、好きなように時間を使ってくれ」
ドラグニティ学園長はブラックベアーを回収していった。
ブラックベアーは檻の中に引き込まれ、檻が閉じる。きっと危険な状態になったらあのように捕獲できる仕組みだったのだろう。
「キララ様、お疲れさまでした」
頭上にベスパが復活し、私に言う。
「お疲れ様。フルーファもお疲れ様」
私は近くに寄って来たフルーファの頭を撫でる。そのまま、先ほど約束した通り、頬にキスした。加えて、角にデコピンする。
「いつつ……。愛と鞭の差がひどすぎる……」
フルーファは頭を抱え、伏せしていた。
「私がブラックベアーに囲まれていた時、隙を作ろうと思えば作れたでしょ」
「さ、さぁー。俺は危険だと判断したら助けようと思ってただけで、あの時は危険だと思わなかっただけだ」
「はぁ、確かに助かったから……、まあいいか……。でも、本当にあんな場面になったら手を貸してよ」
「はいはい……。命がけで女王様を手助けすればいいんでしょ……」
フルーファは棒読みで呟く。ペットにしては忠誠心が足らないようだ。
「じゃあ、一時間の休憩をしますかね。と言うか、他の子達は……」
私は気を失ったり、倒れた子達を見た。試験監督が駆け寄り、容態を確認している。そんな姿を見て言た後、後方から何者かに抱き着かれた。
「んーっ! キララちゃん、凄かったよー。なんで、空中で逆さになれたの! あの爆発は何! そもそも、ブラックベアーをどうやって捕獲したの!」
後方にいたのは赤い瞳を燃やしているフェニル先生だった。大変興奮しており、鼻息が荒い。
「ちょ、放してください。今、私は休憩中ですよ。試験妨害です」
「ああ、すまない。にしてもキララちゃんは全然疲れていないように見える……。さっきまで三時間も戦っていたんだよね。なのに、その余裕って、凄い歴戦の猛者感があるんだけど」
フェニル先生は目を細め、私の体をじろじろ見てきた。何か、不正でもはたらいているのではないかと疑っているのかもしれない。
「とりあえず、午前中の試験は終わりだ。お疲れ様。午後からは個人戦になる。まあ、ブラックベアーを三頭もいなせるキララちゃんにとってはお遊びみたいなものかもしれないが……」
「いえ、私はブラックベアーに興味があって色々調べて情報を沢山持っていたから対処できただけです。何も知らない相手と戦うと、それはそれで難しいですよ。不意打ちをくらうかもしれませんし、スキルだって何かわからないんですから」
「それもそうか。じゃあ、午後も楽しみにしているよ」
フェニル先生は私の状態を見て何も問題がないと判断したらしく私の元から去って行った。
「じゃあ、ベスパ。またここに来るのも面倒だし、教室から昼食を持ってきて」
「了解です」
ベスパはぶーんっと飛んで行き、八〇秒もしないうちに戻って来た。
私は雨風が凌げる闘技場の観客席に移動する。椅子と言うか、岩と言うか、平たい座席に座り、重いバスケットを膝の上に置いた。
「メイド長……、さすがに多すぎますよ」
バスケットを開けるとパンパンのパン。こんなに食べられないのにと思いながら一個取りだす。すると隙間から果物が見えた。ゴンリっぽい。
私はゴンリを手に取り、空に投げる。
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐっ!」
ベスパはゴンリを手に取ると、先ほど手助けしてくれた一八匹のビーが集まり、ゴンリを種まで食い尽くす。
私はパンを一個食しただけでお腹が膨れた。次も動くので、あまり食べたいと思わないのだが……。そう思っていると、後方から何かしら視線を感じる。
「ん……。うわっ! も、モフモフちゃん……」
後方にいたのは銀色の短い髪と大きな獣耳、ふもふもした尻尾が特徴的な獣族の少女だった。さっき一緒に戦っていた子で、お腹が減りすぎて倒れていたはず。
「は、腹が減った……」
獣族の少女は頬がこけ、やせ細っているように見えた。
尻尾や耳のせいで健康的に見えたが、よくよく見れば線が細い。その状態でよく戦えたなと感心した。
――お腹が減って戦えなくなるから、最後だけ参加したのか。納得。
「えっと、食べる?」
私はバスケットの中身を獣族の少女に見せる。
「い、良いの……?」
すでに口から涎を垂らし、今にも食いつきそうな視線を私に向けてきた。
「私はもうお腹いっぱいだから、好きなだけ食べていいよ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁいっ! ありがとうっ!」
獣族の少女はバスケットに飛びつき、パンを両手に持って食らいつく。お腹が相当空いていたのか、尻尾をブンブン振りながらパンパンのパンをペロリと食切ってしまった。
あの小さなお腹の中にどうやって埋まっているのか気になるくらいだ。
バスケットの中にあった、牛乳を手に取るとただの水でも飲むかのように蓋を開ける。
「ん……。これ、モークルの乳の匂いがする」
「そうだよ」
「え……、でも、何か良い匂い。全然臭くない」
獣族の少女はモークルの乳をグイッと飲んだ。
「くっ! うっまああいっ! すごいすごいっ! なにこれ!」
獣族の少女は鼻下に白いひげを作りながら、目を輝かせた。皆、牛乳が好きなんだな。
「なにって、モークルの乳だよ。美味しいでしょ」
「うんっ! 物凄く美味しい! ……はっ、も、もう無い……」
獣族の少女はバスケットの中に手を伸ばすも、全て食切ってしまったので、空っぽだった。
「まだ、お腹空いているの?」
「えっと、食べられる時に食べろって父上が……」
「なるほど、食いだめする種族なんだ。でも、もう無いから諦めてね」
「うん。その、ありがとう、沢山食べさせてくれて」
「いいよいいよ、私じゃ、食べきれなかったし、この後、個人戦があるでしょ。モフモフちゃんも戦わないといけないし、お腹が空いていたら実力も発揮できないからさ」
「私はモフモフちゃんじゃない。ミーナ。あなたの名前は?」
「ミーナ。そう、ミーナね。私の名前はキララ」
「キララ……。キララ、君は女だよな?」
ミーナは目を細めながら呟く。
「女だよ。そう言う、ミーナも女だよね?」
「うん」
ミーナは至極当然のように頭を縦にコクリと動かした。
「さっきの試験はどうなった? 私、寝てたからわからなかった」
「えっと……逃げ切って終わったよ」
「へえー、凄い。誰が逃げ切ったの?」
どうやら、ミーナは周りが見えない性格らしい。ミーナも最後の方まで残っていたのに、他の者に感心を示していなかった。
「まあ、誰かが残ったみたいだよ……」
私は自分だけが残ったと言うのも、なんか恥ずかしいので、適当に答える。
「そうか……。誰か残ったのか。すごいな……。私、この学園に入って強くなりたいの! だから、絶対に入りたい!」
ミーナは両手を握りしめ、辺りの空気を大きく震わせるくらい元気よく言う。
「えっと、ミーナは獣族だよね。ビースト共和国から来たと思うんだけど、ルークス語が上手だね。知り合いがいるの?」
「ビースト共和国にいた時、ルークス王国の者達と一緒に生活していたの。ただ、ブラックベアーみたいな狂暴な魔物が活発化して住めなくなって……。離れ離れになった……」
「へ、へぇ……。ルークス王国の者と一緒に生活していたからそこまで会話が出来るんだね」
私は革で作られた水筒を持ち、水を飲む。
「ハンスさん……、どこでどうしているかな……。はぁー、会いたいよー」
ミーナは、急に乙女の表情を浮かべながら、ぼそっと呟いた。
「ぶーっ!」
私は口に含んでいた水を勢いよく吹き出す。
「ちょ、キララ。大丈夫?」
ミーナは私の方を見て呟いた。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ……。う、うん。無事……。えっと、ハンスさんって?」
「え? ああ、ルークス王国の人で一緒に生活していた。獣族にも優しい人族は珍しくって、街の皆と仲良くしてたの。でも、一年くらい前、魔物が活発化したら皆離れていった……」
ミーナは膝を抱え、モフモフした耳と尻尾をヘたらせる。
「どんな人か覚えてる?」
「そりゃあ、覚えてるよ。藍色の短髪で男、身長は一七〇センチメートルくらいで年齢は一八歳くらい。剣を使っていて物凄く勢いがある戦い方をするの」
ミーナは頬に手を当てながら身をくねらせ、満面の笑みを浮かべながら楽しそうに話している。
――んー、当てはまっている。私の知り合いのハンスさんがミーナの知り合いと同一人物なのだろうか。
「ハンス・バレンシュタインって人?」
「え……、な、なんで知ってるの!」
ミーナは目を見開き、私の肩に手を置いて訊いてくる。
「今、冒険者として働いているよ。冒険者パーティー名は『キラー団』。私の知り合いだよ。ハンスさんはお金を稼いで、ビースト共和国に戻る気らしい。逃げたのを後悔してるって」
「ええええっ! そ、そうだったんだ! はは……、よかった。生きてたんだ」
ミーナは涙目になり、ハンスさんが結構と言うか、大分好きなんだろうなと察する。
「よしっ! ハンスさんも頑張ってるんだ、私も頑張らないと!」
ミーナは先ほどよりも気合いを入れ込み、立ち上がった。
「ありがとう、キララ。もし、学園に受かったら、また話そう!」
「うん、そうしよう」
私は頷き、答えておく。まだ、このドラグニティ魔法学園に入ると決めていないが、彼女はブラックベアーと対等以上に戦えていた。きっと受かる。もし、落ちていたら、学園の見る目がない。
文面だけでも平等をうたっているのだから、獣族と言うだけで落ちたりしないはずだ。




