根性を見せた
三頭のブラックベアーも私と同時に走り出した。四足歩行で、我先にと私を狙ってくる。
一頭のブラックベアーが前に残り、二頭のブラックベアーが両側に分かれた。どうやら、奴らは連携しているらしい。頭がいい魔物は連携が取れるからやっかいだ。
一頭の雌を確保するために雄が三頭寄ってたかって……。まあ、私がそれだけ可愛いってことかな?
「キララ様、余裕をぶっこいていると、痛い目を見ますよ……」
ベスパは翅を鳴らしながら頭上で呟いた。
――余裕なんて無いよ。本当はものすごく怖いんだからね。
私は三頭のブラックベアーに囲まれ、周りから見たら絶体絶命の危機……。相手はゴブリンやスライムではなく、討伐難易度Aランクの魔物だ。
一頭ですら高難易度なのに、三頭を相手にしたら普通に討伐難易度Aランク以上だろう。
八匹だったビーがブラックベアーの増加により、演算の処理速度を上げるために一八匹に増え、直径二八メートルほどの大きな半球体を作る。全方位に万遍なく配置されていた。
全ての情報はベスパやビーの脳内で処理され、私へと繋がる。まあ、簡単に言えば私の頭の中がスーパーコンピューター並、何ならそれ以上の処理速度ってことだ。
目の前のブラックベアーは大きく手を振り上げ、そのままお手してくる。あの手に潰されれば普通なら頭がぺっしゃんこ。即死だ。
「ふっ!」
私はブラックベアーの攻撃を紙一重で躱し、鎖剣を縦に振るう。
ブラックベアーの手にすっと筋が通ると、日本刀で切られた巻藁のように割かれた。
――毎度のことならが切れ味が良すぎるな、この剣。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
会場から歓声が上がった。ブラックベアーの腕が一本落ち、確実に攻撃が入ったとわかったが故に盛り上がったようだ。
この国の国民は戦いや熱狂する競技を見るのが好きなので、こういうコロッセオの闘技のような試合を見て興奮しているのだろう。まあ、女の子が超デカい化け物三頭と戦うなんて、当時のローマでもしてなかっただろうな。
「グラッ!」
腕を切られたブラックベアーはたじろぎ、腕を見つめる。魔物なので大概すぐ再生するはずだ。目の前の個体は魔石に再生の魔法陣が書き込まれた個体じゃないと思うので、首を落とせば倒せる。
ここで倒してあげた方が幸せなのだろうか。
私は腕が再生するか見ていた。だが、どうも再生しない。そう言えば、爪や牙も再生していないな。そう言う薬品でも飲ませているのだろうか。
――なんか、戦わされて可哀そうだな……。でも、魔物だから人を殺すかもしれない。ここで倒してあげた方が彼らの為なのでは……。んー、この子達は何も悪いことをしてないし。
「キララ様、無駄な思考をすると処理速度が落ちます」
「あ……」
ベスパの忠告を聞いた途端、側面からブラックベアーの平手打ちが飛んできた。
だが、その瞬間を見計らいフルーファが平手打ちに食い付き、私の危機を救う。
私はフルーファが食らいついているブラックベアーの腕をすぐに切り落とし、フルーファがすぐに動けるようにする。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
また、私の攻撃がブラックベアーに入ったことで周りの観客が叫んだ。
「あの、男女、凄いぞっ! あの滅茶苦茶速い攻撃に剣を正確に当ててやがる!」
「どうなってるんだ! 三頭を同時に相手しているんだぞ! 何かのスキルか?」
「スキルだったら、光って見えるはずだろ。あの男女の体は光ってない。自分の力だけで戦ってやがる!」
「あ、ありえないだろ! 剣聖かよ!」
周りの反響が大きく、何を言っているのか聞き取り辛い。でも、今は話を聞いている場合じゃない。
別個体のブラックベアーが巨体を利用して覆いかぶさってくる。
私は一歩踏み出し、身を回転させたあと、ブラックベアーの隣をすり抜ける。そのまま、振り向き際、背中を切った。
ブラックベアーの背中から真っ黒な血が吹き出し、地面に倒れる。
だが、そうやすやすと倒れてくれる魔物じゃないことくらい、今までの経験で知っていた。
背中から血を流している個体は一秒と経たないうちに立ち上がり、四つん這いで咆哮を放ってくる。傷を負っているとは思えないほどの威力で、私は耳を塞いだ。だが、突風がすさまじく、軽々と吹っ飛ばされる。
私は地面を転がり、耳鳴りがする中、またもや周りに三頭のブラックベアーが囲って来た。
傷を負っている個体はそのまま。つまり、本来の強さを発揮できない。
私の体力はまだ残っているし、剣も振れる。そう思っていた。
「「「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」
「くっ!」
ブラックベアー三頭は私の周りを囲った状態で、至近距離の咆哮を放ってきた。
近距離戦が無理なら、遠距離攻撃をすればいいと言う奴らの判断だろう。あまりにも的確過ぎる。誰かが操ってるんじゃないかって思うくらいだ。それだけ頭が良いと言うことか……。
私は両耳を塞ぎ、そのまましゃがむ。ビー達を耳元に付ければノイズキャンセリングしてくれるわけだが、耳元でビーの羽音を聞かなければいけないのはもっと地獄だ。
「キララさんっ!」
レオン王子は私の方に向って何かを叫んでいたが、周りが工事現場の騒音を濃縮してヘッドホンで流されているかと思うほどうるさすぎて聞こえない。
――ベスパ、聴覚遮断。
「了解です」
ベスパは私の聴覚を奪った。これで、私の体を押しつぶさんとする風圧だけだ。鼓膜が破れないように耳の穴を魔力で塞ぎ、突風を防ぐ。
――く……、息苦しいな……。
体がブラックベアーの咆哮で発生する突風により圧迫され、吐き気を催す。ものすごい圧迫で、巨人の手の中にいるようだ。
私は手の平を床に当てる。
「ウィンド」
自分の耳が聞こえないので、ベスパの聴覚を借り、発音を聞いた。
手の平に触れている地面に魔法陣が展開した。詠唱は成功したようだ。魔力をそそぎ、真下からの突風を起こす。
両側が圧迫された状態で真下から強風が吹くと物体は上に持ちあがる。もちろん、私の体も宙に浮いた。
ざっと八メートルほど空に浮かび、当たりを見渡す。
――フルーファ、助けに入ってくれればよかったのに。
「いやー、キララ様にも苦労してもらおうかなーって」
――性格悪いね。
「キララ様のペットなんで」
フルーファは、私の性格が悪いみたいに呟く。私の性格はどう考えても聖人でしょうが……。
「おいっ! あの男女、飛んだぞ!」
「ウィンドで飛んだのか!」
「だが、あのまま、だったら落下するぞ……」
「でも、もう、残り時間は一分を切ってる。このまま、逃げ切るんじゃないか?」
「空に浮かぶほど魔力を放出してるんだぞ、すぐに魔力切れになるに決まってる」
周りは私が浮かんでいる事実に驚いていた。私はただ、ビー達が張っているネアちゃんの糸に立っているだけなんだが……。
――勘違いされても困るし、下りるか。でも、その前に、あの三頭が邪魔だな。
私は靴の甲を糸に引っかけ、上下逆さまになる。
生憎この鎖剣もネアちゃんの糸が先っぽまで、纏わされている。つまるところ、魔力が通せる杖なわけだ。
「ベスパ、爆風中、威力小」
「了解です!」
ベスパは三頭のブラックベアーが私の存在を探している中、中央に舞い降りる。
両手を広げ、まるで神からのお告げを伝えに来たかのようだ。
「はぜろっ!」
ベスパは周りか自分に言ったのかわからないが、憎たらしい決め顔を浮かべていた。
「『ファイア』」
私が詠唱を呟くと真っ黒な鎖剣に入っているネアちゃんの糸がきらりと光り、私の魔力が伝わっている姿を模す。
剣先に伝わった魔力は光りを放ち、魔法陣を真っ赤に染め上げると轟轟と燃える火の塊が真下に発射された。
火の玉はベスパに吸い込まれるように落下し、ブラックベアーの真ん前にいるベスパと衝突する。魔力と魔力がぶつかり合い、原子核同士の核分裂反応のような莫大なエネルギーが放出され、勢いよく爆ぜる。
ブラックベアーたちは爆風に巻き込まれ、後方に吹っ飛ばされた。熱の威力は弱いので、痛手にはならないはずだ。
その間に、私は黒煙に向って飛び込む。足元に発動させた『ウィンド』の魔法陣に魔力をそそぎ、落下の衝撃を押さえて着地。
黒煙も『ウィンド』によって吹き飛ばされ、私は一二時ピッタリに戦いを終えた。
「ふぅー、頑張ったーっ! いやぁー、もの凄い根性を見せたよ!」
私は鎖剣に付いたブラックベアーの血液を一振りで落とし、綺麗な布でしっかりと拭き取手から、黒い鞘に納める。
「グ、グラァァ……」
(めすぅ……)
ブラックベアーの三頭は爆風で耳と目がやられたのか、剥製の絨毯のように倒れていた。
「な、何が起こって、どうなったんだ……」
「わ、わからねえよ……」
試験監督の方々は頭を抱え、呟いていた。
「わかっておったが……、こりゃあ……とんでもないのが来たのぉ……」
上空にいるドラグニティ学園長がブツブツと呟いていた。




