三対一
――赤髪の女子、凄い戦闘狂だな……。さすがフレイズ家。ニクスさんの妹なわけだけど、お父さんとお母さんの良いところをどっちも持ってるんだ。……ニクスさん、どんまい。
私は妹の方が完全に強い状態のニクスさんを哀れんだ。
まあ、私も同じ状況だが、女なので別に強さとか要らない。でもニクスさんは男なので、妹に負けると言う一番悔しい状況に陥っていた。
そりゃあ、家を出たくなるよな。でもあっちはあっちでハーレムしてるし良いか。
「メロアさんっ! もう、やめてください! それ以上戦ったら、身が持ちませんっ!」
黒髪の令嬢は大きな声で叫ぶ。どうやら、赤髪の少女と一緒に戦い、絆が芽生えたらしい。
「フレイズ家たるもの、こんなところで燃え尽きるわけにはいかないのよっ!」
赤髪の少女が両手と両脚に纏っている真っ赤な炎の勢いが増した。魔力を一気に使っているようだ。
「おらあっ! 『ジェットナックル』」
噴出した炎の勢いを利用し、ブラックベアーの顔をぶん殴る。
「グラアアッ!」
ブラックベアーの巨体が吹っ飛び、地面を転がった。亜音速を越えた拳をくらったら、さすがにブラックベアーの脳も揺れ、足下がおぼつかない様子だ。
「はあああっ! もう一発『ジェットナックル』」
赤髪の少女がもう一体にも同じ技を使い、攻撃を放った。だが……。
「くっ……、こんな時に……」
赤髪の少女の手足に纏われていた炎が一気に消える。どうやら、魔力が枯渇したらしい。
ブラックベアーはお得意の時速八〇キロメートルの瞬発力を利用し、突進を放った。
バタフライが間に入るも、鱗粉による攻撃が間に合わず、赤髪の少女と共に巻き込まれ、吹っ飛ばされる。
「ぐぅ……。サキア……、逃げて……」
赤髪の少女は壁に勢いよく衝突し、意識を失った。
「く……。メロアさんがここまで頑張ったんですから、私が逃げるなんて出来ません……」
黒髪の令嬢は大きめの杖を持ち、支え代わりにして立ち上がる。
体が震え、膝が笑っている。でも、立てている。周りにいる観戦者なんかよりもずいぶんと強い精神を持っている方らしい。
「はぁ、はぁ、はぁ……。バタフライ……来て」
黒髪の令嬢が呟くと、空から一匹のバタフライが舞い降りてきた。ビーのように呼べばくるようだ。私と同じ使役型スキル。でも、ベスパのような魔力体は見えない。
バタフライが一匹舞い降りてくると、ブラックベアーの周りをひらひらと踊るように回る。
「グラッ! グラアアッ! グラアアアアッ!」
バタフライは一頭のブラックベアーを翻弄することは出来ていた、だが、生憎その場にもう一頭いる。
余っていたブラックベアーは黒髪の令嬢に向って容赦なく突進した。
「くっ!」
黒髪の令嬢は紙一重でブラックベアーの突進を躱す。案外動ける人間だ。恐怖の中、体を動かせる精神力も素晴らしい。
私なんて、初めてブラックベアーを見た時、一歩も動けなかったのに。なんなら、おもらししなかっただけマシな方だ。
攻撃を躱されたブラックベアーは急旋回し、黒髪の令嬢の背後から突っ込む。
「グラアアッ!」
不思議なことに一頭のブラックベアーがもう一頭のブラックベアーの前に出た。
「グラアアッ!?」
突っ込んでいたブラックベアーは前に出てきたブラックベアーに突進し、一頭を吹っ飛ばす。
「はぁ、はぁ、はぁ……。う、上手く行きました」
吹き飛ばされた方のブラックベアーの頭上に、バタフライがひらひらと舞っている。真下に鱗粉が振り撒かれており、ブラックベアーに何かしていることは明らかだった。
バタフライに鱗粉を撒かれているブラックベアーは叫び、前方にいるブラックベアーに向って突っ込む。
黒髪の令嬢の隣を擦過し、全くの無反応だった。まるで、目の前にいるブラックベアーが黒髪の令嬢とでも思っているかのようだ。
ブラックベアー同士の戦闘が起こり、傷や牙が無いことから鼬ごっこのようにじゃれ合っているだけ。だが、時間稼ぎには十分。残り一〇分と言ったところだ。
「くっ……。もう少し……、あと少しだから……」
黒髪の令嬢は杖で身を支え、ふら付いていた。大量の魔力を消費し、すでに立っているのがやっとの状態らしい。
ふとした瞬間、ブラックベアーは同種の頭上にいるバタフライに気づいたのか、食い付いた。
バタフライは容易く捕食され、二頭のブラックベアーが戦いを止める。
「あっ!」
黒髪の令嬢は仲間が食われたことにショックを受けたのか、膝から崩れ、そのままぱたりと倒れ込んだ。その光景を見るに、彼女はバタフライが大好きなのだろう。私とは真逆だ。
「って言うか……、この状況は少々まずくないですか?」
残り時間は八分。にも拘わらず、この場に残っており、動ける人間は私だけ。
「き、棄権するんだ……。もう、十分戦った……。私たちの勇姿は伝わったはずだ……」
奥で動けず、座り込んでいるレオン王子は弱々しく呟いた。きっと、私の身に危険が迫っていることを案じ、言ってくれたのだろう。
「でも、皆、限界まで戦ったんですよ。私だけのうのうと棄権するわけにはいきません。私も、最後まで戦います!」
――うう、本当は物凄く棄権したいんだけど、皆、頑張りすぎちゃったからな。私だけ、根性を見せられていない。まだ、技術しか評価されてないから、後は私がどれだけ頑張れるかで決まるな。ベスパ、三対一の動きを演算で処理できる?
「はい、可能です。ただ、キララ様の体が動きについてこられるかどうかが問題ですね」
――なるほど。私の体は貧弱だからな……。あまりにも厳しい動きを要求されると無理か。でも、やれるだけやってみるよ。動きの処理はお願い。後は私の根性だけだから。
「了解しました。ですが、別に剣術にこだわる必要はないのでは?」
――魔法だと根性感が出ないでしょ。ただ立って詠唱を言うだけって……、叫べば根性を表現できると言う訳でもないし、動いていた方が頑張ってるなーって思うものなんだよ。特に、最後まで残っている者が頑張って動いていると、皆応援したくなるの。
体育の授業で、身体測定と言う物凄く嫌な響きの授業があるわけだが、その中でも特に二〇メートルシャトルランと言う競技がある。
あれが嫌いな学生は全体の八割を超えるだろう。だが、最後まで残っている人間を見ると、凄いとか、応援したくなる。
私はシャトルランで最後まで残った経験はなかったが、今、同じような経験をしていた。
「確かに、最後まで残ったキララ様を応援したくなる気持ちはありますね。では、戦いに行きましょうか」
ベスパは赤い蝶ネクタイをグイグイと引っ張り、気合いを入れていた。
「そうだね。いっちょ、根性を見せますか!」
私は屈伸運動を行い、体を動かす。
「おい……、あの男女、まだ戦う気らしいぞ」
「うへぇ、嘘だろ……。ブラックベアーが三頭だぞ。あんなのBランクの冒険者パーティーでも手こずるって。なんなら、普通に全滅するだろ。Aランクの冒険者パーティーが戦って五分五分ってところのはずだ」
「でも、何かあの男女も普通に雰囲気、やばくね……」
「まあ、わからんこともない……。勝つ気じゃないだろ。普通に全力出して逃げ切る算段じゃないか?」
「ああ、そうだと思うが……、あのやってやるぜって言う表情、中々狂ってないか?」
「う、うん……、確かに……。にしても、滅茶苦茶可愛いな……」
「おい、止めとけって。あいつが男だったらどうするんだよ」
「男でもよくないか」
「お、お前……、まあ、良いか……」
周りの観客席から、ざわめきが聞こえる。どうも、私の姿を見て、何をするかあらかた予想がついたのだろう。
二頭のブラックベアーが私の方に向って来た。
一頭じゃ、怖くて逃げた癖に、数が増えると戦う気が湧いてきたのだろう。やはり、多くの動物は群れたがる。数は力だからね。
「キララ様……、俺、どうしたらいい……」
未だにブラックベアーと戦っていたフルーファは私に話しかけてきた。
「フルーファは私の援護。私が躱しきれない攻撃を防いで。失敗したら、お仕置きだからね」
「うう……。責任重大」
フルーファはブラックベアーのもとを離れ、私の隣にやって来た。
「キララさん、私にも手伝わせてくださいっ!」
杖の先からゆっくり移動して髪留めになっていたネアちゃんが声を上げる。
「私も、私もっ! キララ女王様の役に立ちたいです!」
ブローチになっているディアも声を上げる。
――二匹ともありがとう。でも、手の内を見せるのはあまりよくないから、今は見ていて。
「うう……。わかりました……」
ネアちゃんとディアはシオシオとしながら、呟く。どちらも、自ら面倒な戦いに身を投じてくれる精神の持ち主で、尊敬するよ。
「「「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」
三頭のブラックベアーが大口を開き吠えまくりながら私の方に寄ってくる。もう、巨大な戦車がズンズンと迫ってきているようだ。全身の黒い毛が逆立ち、完全に戦闘態勢に入っている。
「じゃあ、行きますっ!」
私は両手で鎖剣の柄を持ち、三頭のブラックベアー目掛けて走る。




