理解されなければ問題ない
「う、うぐぅう……。うわあああああああっ!」
青髪の少年は武器も持たず、ブラックベアーに特攻した。最悪の手段だ。勝てる見込みもないのに、ブラックベアーに突っ込んでいくなんて自殺行為と変わらない。
「でも、変われたんじゃないかな」
私は杖を北東側に向けて指揮者のように凛と構える。
ブラックベアーは大口を開き、青髪の少年の首に齧り付こうとした。牙はすでに抜かれているため、実際に噛みつかれても傷はつかない。まあ、噛む力が強すぎるから首の骨が折れるかもしれないけど……。
「ああ……」
青髪の少年は恐怖から気を失い、全身から力が抜ける。
「ベスパ、小爆発」
「了解です」
ベスパは口を開けたブラックベアーの口内にいた。
「あんた化け物だし、死なないでしょ。『ファイア』」
私はネアちゃんに退いてもらい、杖先に小さな『ファイア』の魔法陣を出現させる。魔力を突っ込み、ぱしゅっと言う情けない音を立てながら口内のベスパに向って亜音速で飛んで行く。
風船を水の中で爆発させたような鈍い音がブラックベアーの口内で鳴り、真っ黒な煙を吐きながら下あごが吹っ飛んでいた。
ブラックベアーは大量の黒い血を吐き出し、四つん這いでもがいていた。だが、下あごが外れたくらいで死ぬ魔物ではない。いずれ元に戻るはずだ。
「よっこいしょっー!」
私は杖を振り、先端に移動していたネアちゃんをブラックベアーの体にくっ付ける。ほんと、よく伸びる糸だ。釣りしている気分になる。
ネアちゃんを浮かせながらブラックベアーの体に糸を巻き付ける。ただ、いきなりきつく縛ると面白味が無いので、ブラックベアーの体に糸を纏わせるくらいに止めておいた。
その間に青髪の少年と紫髪の眼鏡をベスパに頼んで私の背後に運ばせる。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
獲物を奪われたと思ったブラックベアーは顎が外れていると言うのに、傷を負っていないと言いたいのか、大きな声で叫ぶ。もう耳がガンガンするので、本当に止めてほしい。
叫んだと思ったら、両手両足を大きく動かし、地面を抉りながら駆け出す。あっという間に時速八〇キロメートルを超え、真っ黒な瞳を大きく見開きながら突進してくる。
だが、ブラックベアーは気づいたようだ。体に巻き付けられている糸が次第に締め付けられていると……。
体が動けば動くほど、大量に巻き付けられた糸が絡まり、毛糸のように丸まっていく。
ブラックベアーが気づいたころには遅く、前足が前に出せなくなり転がる。そのまま、真っ黒なゴマ団子のようになり、大玉転がしかと思うほど大きな玉が迫ってくる。
「ゴマ団子いっちょ上がり。『ウィンド』」
ブラックベアーの側面から強風で進行方向を変え、向かい風を起こすことで速度を落とさせる。
私の真横に巨大なゴマ団子が停止し、つぶらな瞳が私に向いた。
「グラァ……」
(めすぅ……)
「はいはい、良い相手が見つかるといいね」
私はゴマ団子をポンポンと叩き、落ちつかせる。
観覧席は驚くほど静かだった。さっきまで青髪の少年を応援する声がそこらじゅうで巻き起こっていたのに……。
今はレオン王子の叫ぶ声と赤髪の少女が怒号を放つ声、獣族の少女が気合いを込めた声、三頭のブラックベアーの咆哮しか聞こえない。
「な、何が起こった……」
「わ、わからん……。ブラックベアーの口が爆発して少女が杖を振った後、ブラックベアーが走り出したらあの球体になってしまった。使った魔法は『ファイア』と『ウィンド』だけだ。他は何をしたか全然わからん!」
「くっそ! わからないことをどうやって評価すればいいんだっ!」
後方にいる試験監督の方々は髪を掻きむしり、理解できない自分に腹を立てていた。
糸は極薄で目で見えにくい透明だ。こんなの遠目から見ただけでわかる人間はいない。
私は魔力を練り込んでいるのでよく見える。『ファイア』と『ウィンド』を使ってブラックベアーを拘束したと言うとんでもない荒業を見せることになったが、試験監督の方達が理解してないと言うことは他の受験生の大半が理解してないと言うことになる。
どんな荒業も理解されなければ、誰にも説明できず広まりようもないだろう。
「ふむぅ……。うまいのぉ……」
空を見上げれば、私の方をガン見している変態エロ爺ことドラグニティ学園長が髭を触りながら箒に乗って浮いていた。
彼は私が何をしたのか気づいてそうだ。まあ、あの人は私のことを色々知っているので、今さらだろう。
「むむむ……。あの爆発力、どういう仕組みだ。なぜ口が爆発したんだ……」
赤髪の問題児先生こと、フェニル先生は目を細め、先ほどの爆発がどういう原理か考えている様子だった。
ただの『ファイア』じゃ爆発しない。ベスパと言う魔力体に高密度の火種をぶっこむと過度な燃焼が起こり、爆発する。魔法と物理攻撃の両方を併せ持つ、私の得意技だ。火力の調節が難しいのが欠点かな。
「さて、残りは三体になったけど……。残り時間は」
私はポケットに手を突っ込み、懐中時計を見る。午前一一時四〇分。もう、四〇分も経っていた。いや、他の生徒からすれば、後二〇分もあるのかと絶望するかもしれない。
「青髪の少年と紫髪の眼鏡は気絶してるから戦えない。一頭拘束しても戦っている者とブラックベアーの数がさっきと変わらないから、戦況も変わらない。どっか一頭止めた方がいいかな」
私は北側、西側、南側を見ながら、危険そうな場所を判断する。
「くっそ! 攻撃が全然通らないっ! 威力が足らないのっ!」
南側にいる獣族の少女は未だに戦っていた。やはり獣族なだけあって体力がすごく多い。ほぼ一人でブラックベアー一頭を引き付けている。
私が耳を打ち抜いただけの仕事しかしてないと考えると、彼女はすでに冒険者五人並みの戦闘力をほこっているのではないだろうか。
それだけで、獣族の身体能力の異常さがわかる。
「グラアアアアアアっ!」
「おらああああああっ!」
ブラックベアーの吠える声と獣族の少女が吠える声が重なる。
ブラックベアーの爪や牙は全て取り除かれているため、超危険と言う訳ではないが、重さや筋肉量はそのままなので、平手打ちをくらうだけで首が飛んで行くほどの力が生まれる。
獣族の少女はそんな化け物にかかんに攻め、蹴る、殴るを何度も行っていた。
――あんなに強いのに、最初と二回目になんで出てこなかったんだろう……。
私がそんなことを考えていると、獣族の少女の動きが一気に鈍くなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう……、お腹空いた……」
獣族の少女のお腹からぐるるるるっーっという可愛くない虫の音が鳴り、彼女はヘロヘロと倒れる。
「ちょっ! モフモフちゃん、そんなところで寝たら危ないよっ!」
「ご、ごめん……。お腹が空いて、力が出ないの……」
――たくっ、愛と勇気だけが友達さって言う正義のヒーローが言いそうな発言……。まあ、誰でもお腹が空けば力が出ないか。
ブラックベアーの方は空腹の方が逆に狂暴になる。ほんと、お前らの活力どうなってるんだよ。これだから化け物は困る。
――ベスパ、モフモフちゃんを後退させて。フルーファが引き付けるから。
「了解です」
ベスパは地面にへたり込んでいる獣族の少女の襟首を持ち、フォークリフトのように運ぶ。
「キララ様……。俺、あの化け物と追いかけっこしないといけないの……」
フルーファは目の前から迫る、巨大な黒い化け物を同じく黒い瞳で見ていた。
「うん。でも、フルーファなら出来るでしょ。時間稼ぎくらいしなさい。女王の命令は?」
「絶対……。はぁ……。仰せの通りに……」
フルーファはこじんまりした小さな魔力体の状態から顕現し、中型犬くらいの大きさになって私の前に現れる。
「ん……。なんか、受験番号八番の少女が犬? を出したぞ」
「使役した動物か? だが、魔物にも見えるぞ……。いきなり現れたと言うことは妖精?」
後方にいる試験監督の方達はフルーファがいきなり現れたため、魔物と言う判断ができていなかった。
まあ、今となってはフルーファも全身を私の魔力で構成している魔力体なので魔物と言うよりかは妖精と言ったほうが近いだろう。なので、解釈違いではない。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
ブラックベアーは獲物を奪われたと思いこんでおり、空を飛んでいる獣族の少女を追いかけ、私の方に向って来た。
「さて、フルーファ。翻弄して時間を稼いで」
「わかったよ……」
フルーファは身を屈め、地面を搔きながら勢いよく走る。さすが、ウォーウルフ。素早い身のこなしで、弧線を描きながらブラックベアーに向かった。
「おらああああああっ!」
フルーファは牙をブラックベアーの腕に突き立て、思いっきり首を振るい、警察犬のように引っ張りまくる。
「グラアアアアッツ!」
ブラックベアーはいきなりの出来事に状況を理解できず、黒い血を腕から滴らせていた。
攻撃対象がフルーファに移り、腕に噛みついている動物の首に噛みつこうと口を開けた。
「ふっ!」
フルーファはブラックベアーの体を後ろ脚で蹴り、体操選手かと言うくらい華麗にバク転しながら、着地。顎を地面に付けるくらい低姿勢で身構えていた。
ブラックベアーは攻撃されて物凄くいら立っているように見えた。フルーファが付けた傷は魔力によって塞がれ、八秒と経たずに修復される。
そのまま四つん這いになって咆哮を放ち、子供が軽々吹き飛ぶ風圧をフルーファに浴びせる。
「くっ! こんなもんかよ……。クロクマさんはもっとスゲーんだぜ」
フルーファはクロクマさんと目の前にいる雄のブラックベアーを比べ、どっしりと身構えていた。そりゃあ、八〇〇体の魔物をビビらせる咆哮を見ていたら、この程度の叫び声、彼にとっては余裕だろう。
「じゃあ、フルーファ。そのまま、ブラックベアーを引き付けておいて」
「いつまで?」
「んー、私がいいって言うまで」
「ご褒美は?」
「私のキッス」
私は投げキッスするように口もとに手を置いて、あざとく言う。
「ちっ……。仕方ねえなっ!」
フルーファはやる気になり、ブラックベアーに再度向っていく。




