プルウィウス流剣術
「バタフライさん、メロア様の前にっ!」
上空に飛んでいたバタフライはブラックベアーの真ん前に飛ぶ。そのまま、黄色い鱗粉を突風と共に吹き付けた。
ブラックベアーは雄叫びを上げながら目を押さえ、身を大きく揺さぶり悶えていた。どうやら、催涙スプレーのような効果があると思われる。
――なに? バタフライってただの蝶かと思ってたけど、ビーより優秀じゃん。
「キララ様、聞き捨てなりませんねっ!」
復活していたベスパは私の頭上をブンブンと飛びながら叫ぶ。
「はぁ、今は張り合っている場合じゃないの。だから、実技試験に集中して」
「ぐぬぬ……。あんなひらひらした綺麗な姿の野郎に負けるなど……」
「なにもかも負けてるんだから、逆に悔しくないんじゃない」
私はビーの姿とバタフライの姿を比べ、圧倒的にバタフライのほうが美しかった。月と鼈だ。バタフライとビーなんて言ってもいい。
西側にいる赤髪の少女と黒髪の令嬢の方も、攻撃と援助が合わさっており、ところどころ危ないが何とか一時間もちそう。
私は一番問題だと思っている東側を見た。
「ぎゃわわわわわわわわっ!」
紫髪の眼鏡が大きな魔導書を脇に挟みながら全力疾走している。足が案外速い……。運動神経は良い方なのか。
ブラックベアーは紫髪の眼鏡を追いかけているが追いついていない。見るからに全力疾走していた。だが、眼鏡に追いつけない状況を見ると何かしらの魔法を彼が使っていると思われる。
「ああ、何で僕がこんな目にっ! 戦闘はからっきしなんですよぉおっ!」
紫髪の眼鏡は魔導書を開き、手の平を当てる。魔導書に魔力を注ぐと、魔法陣が出現した。
「『スモック』」
手の平の前に魔法陣が出現しており、ブラックベアーに向って詠唱を言い放つと紫色の危ない毒ガスのような霧が散布された。
ブラックベアーは咆哮を放ち、紫色の霧を一瞬で散り散りにする。走る速度は落とせても咆哮の威力は落ちておらず、地面が抉れるほどの風圧が生れる。
「うわっ!」
紫髪の眼鏡は風圧によって吹っ飛び、地面を転がってローブを砂まみれにしていた。受け身の取り方も自然で、戦い初心者に見えなかった。
「く……。はわわ……」
腰が抜けた眼鏡はじりじりと後ずさりながら巨大なブラックベアーを見つめていた。
「グラァァ……」
ブラックベアーは獲物を狙う鋭い目つきを紫髪の眼鏡に向け、のっそのっそと歩く。そのまま両手を持ち上げ、眼鏡に覆いかぶさるように顔の横に手を付く。
真ん前にいると言うのに、食べようとせず口を開けて咆哮を放つ。
「あぁ……」
眼鏡は白目を向き、気絶していた。
――うわ、ありゃトラウマだわ。気絶しない方がおかしい。
「すぅ……」
私が紫髪の眼鏡を可哀そうと思っていると、呼吸を整えながら両手で剣を持ち上げている青髪の少年が跳躍していた。
「プルウィウス流剣術……」
青髪の少年が何かしら剣術を使おうとしたらしいが、危機察知能力も高いブラックベアーは自分の獲物である紫髪の眼鏡の襟首に噛みつき、持ち上げた状態で移動する。
どうやら、安全な場所で食事したいと言うブラックベアーの特性が現れた結果、紫髪の眼鏡は移動させられているだけで済んでいるらしい。
母ライオンが子ライオンを移動させる方法と同じだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。スージア君……、ごめん。君が作った隙、逃してしまった。すぐ、助けるから」
青髪の少年と紫髪の眼鏡はもう親しくなったのか友情のような絆を感じた。青髪の少年の青い瞳がとても輝いて見える。本気になっているらしい。
ブラックベアーは紫髪の眼鏡を地面に置き、毛を逆立たせて身を大きく見せ、青髪の少年に威圧していた。
「くっ……。なんで、なんで脚がすくむんだ……。戦わないと駄目なのに……」
青髪の少年は、眼は本気だが、体が恐怖しているらしく、一歩が踏み出せない様子。
――全く、仕方ないな。
「青髪の子っ! 頑張ってー! 一歩踏み出せば、怖くないよっ! 君なら出来る!」
私は青髪の少年を応援した。元トップアイドルとして他者を応援すると言う使命のもと、今の私に出来る仕事を精一杯やり遂げる。
「え……?」
青髪の少年は私の応援を聞いてあっけにとられ、目を丸くしていた。
「ブラックベアーは大きくて強い! でも、君も同じくらい強いでしょ! 大丈夫! 今までの努力は無駄にならないよ! ここにいる誰よりも勇気があって最後まで残ったんだから、君は十分強い! 自身を持って!」
私は青髪の少年を褒め続け、勇気を与える。
ブラックベアーは話し合いを待つような律儀ではないため、お構いなしに突進してくる。
「くっ……。で、でも……、あ、あんな魔物……勝てるわけない」
「青髪、頑張れっ! 行けるぞっ! さっきのティグリスとの戦い、滅茶苦茶カッコよかった!」
会場から誰かが青髪の少年に声援を送った。私が声を上げたからだろう。誰かが声を上げれば、次から次に声をあげる。
「さっきと同じように戦えば勝てるかもしれない! もう一度あの手に汗握る戦いを見せてくれっ!」
またもや、青髪の少年に対する声が上がった。
「は、はは……。すぅ……」
青髪の少年は微笑みを浮かべた後、呼吸を整える。恐怖し委縮していた体が自然体になり、雰囲気が別人になった。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
ブラックベアーは攻撃範囲に青髪の少年が入ると片腕を上げ、勢いよく振りかざした。
「プルウィウス流剣術、シアン流斬……」
青髪の少年が持っていた剣身が青っぽく見えたと思ったらブラックベアーの右手が少年の体をすり抜けるように空振りしていた。ブラックベアーの困惑した表情と私たちの感情は同じで、何が起こったのか理解できなかった。
ブラックベアーは深く考えず、近くにいる青髪の少年にそのまま突進する。
「プルウィウス流剣術、シアン流斬……」
青髪の少年が剣を振ると、ブラックベアーは少年の後方に移動しており、またもや攻撃が外れた。
「グラアアアアアアアア……」
ブラックベアー急停止したのち、旋回して体勢を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
青髪の少年は両手で柄を握りしめ、体を震わせながら肩を上下に動かす。どうやら緊張と剣術による疲労が蓄積しているらしい。
ブラックベアーは青髪の少年の疲労なんてお構いなしに地面を抉りながら突進する。だが今回は縦横無尽に駆け回り、変則を付けている。
青髪の少年の周りを回るように走り、勢いよく飛びつく。
「プルウィウス流剣術、シアン流斬……っ!」
青髪の少年が持つ剣の剣身がブラックベアーの掌に当たる。本来なら、攻撃を流せたのだろうが、剣身を握り締められ、少年の方が振られる。
――手の皮が厚すぎるんじゃボケっ!
私は矢筒から矢を抜き、弓に掛けて弦を引く。
「ベスパ、ブラックベアーの右手首。突き刺さるくらいの威力で!」
「了解です!」
ベスパは仕事が貰えてうれしそうに矢先にくっ付いた。
私は『ウィンド』の魔法陣を発現させ、矢を放つ。
魔法の威力はベスパに任せ、先ほどの威力よりだいぶ弱めた。だが、目にも止まらぬ速さで矢は飛び、ブラックベアーの右手頸に突き刺さる。
手首に矢がいきなり突き刺さり、困惑したブラックベアーは剣を放した。
「うわっ!」
青髪の少年は剣の柄を一向に放さなかったおかげで剣事空を飛んだ。地面に衝突するかと思ったが、上手く受け身を取り、地面に転がる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。く、くっそぉ……。初っ端の力があれば……」
青髪の少年の握力はすでに限界を超えており、手を地面につけて立ち上がることも出来なくなっていた。先ほどの力は鍛冶場の馬鹿力と言ったところだろう。
ブラックベアーは手首に刺さった矢に噛みつき、引っこ抜く。黒い血液が地面に滴っていたが数秒もせずに自己修復した。傷口を舐めても痛みが無くなったのか、口角を上げている。完全に直った模様。
――なんで、回復能力が普通に高いんだ、あの魔物。強さの設定が間違ってるって。
ブラックベアーは倒れている青髪の少年を見て、勝ったと思ったのか紫髪の眼鏡のもとに戻ろうとした。
「ま、待て……。まだ、終わってない……」
青髪の少年は額を使い、無理やり立ち上がると剣も持てない状態でブラックベアーに声を掛けた。
「グラアァ……」
ブラックベアーは青髪の少年に気づくと進行方向を変え、強者感を出しながらのそのそと歩いている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
青髪の少年は過呼吸になり、今にも倒れそうだ。なんせ、目の前から死が近づいてくるのだ。怖くないわけがない。




