やったは、ジジイ……
逆に、出てくる者がほんの数名。
青髪の少年の勇姿に突き動かされた平民かもしれない。中には人族以外もいた。
……で、最終的に残った者は八名。
「えっと……。嘘……」
私を含めて八名だ。闘技場の観客席が受験生でいっぱいになっていた。貴族が多く、もう裏口入学でいいか、みたいな雰囲気が出ている。
逆に残っている面々は私と赤髪の少女、レオン王子、疲れ切った青髪の少年、フサフサの耳が特徴的な可愛らしい獣族の少女、長い黒髪が綺麗なご令嬢、丸眼鏡に加え大きめの魔導書を持った少年、最後の魔物だと言うのに逆にやる気満々の橙色髪の少年だ。
「この面々でティグリス五体以上の魔物と戦わないといけないと……」
「キララ様なら大概の魔物は問題ないと思いますが何を怯えているんですか?」
ベスパは私の頭上を飛び、翅音をブンブンと鳴らしながら訊いてきた。
「いや、これだけ人数が少なかったら、多くの人の注目を受けちゃうなと思って……」
「ああ、確かに……。ですが、皆さんが貴族と言う訳ではありませんし、キララ様はとても貴族っぽいので上手く溶け込めていますよ。戦い方が地味なので、赤髪の少女と青髪の少年、レオン王子の陰に隠れられています」
「あ、そう? ならいいけど……」
私は屈伸運動をしながら体を訛らせないようにする。
「では、ここにいる者が最後まで残った受験生と言うことだな。よろしい! では、お主たちの勇姿と根性、努力、才能、全てを見せてもらおうか!」
ドラグニティ学園長は冒険者時代の気分が盛り上がっているのか、あのバレルさんでも死ぬと思ったと言わしめる化け物のような雰囲気をこれでもかと放っていた。
そのまま、地面に巨大な檻を置き、布を持って空に飛びたつ。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
体長、五メートルを超える巨大なブラックベアーが四頭現れた。
言わずもがな、化け物が咆哮を放つと、闘技場の地面が抉れるように砂ぼこりを上げる。なんなら、竜巻のような突風が吹き荒れる。その影響で私達の髪が靡き、観覧席にいる子供達が泣き騒いでいる。
「ああ、やったわ……。あのジジイ……」
「う、嘘でしょ……。な、なんでブラックベアーなんて……」
さっきまで意気揚々としていた赤髪の少女は完全に戦意喪失していた。
「くっ! こ、これが、ドラグニティ魔法学園か……。本当に容赦ない……」
レオン王子は目を細め、咆哮によって巻き起こった砂塵を腕で防ぐ。
「ああ……、死んだ……」
青髪の少年はしりもちをつき、剣を置いていた。
さっきまで観客席にいてわざわざ最終戦に出てきた者達は苦笑いしながら涙を流している。きっと最後の最後で根性を見せたのだろうが完全に裏目に出ていた。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
(メスうううううううっ!)
「ブラックベアーも発情中ですか……。ああ、どうしようかな……」
――ここで、私が全頭を捕まえたら、さすがに目立ちすぎる。ここにいる皆で頑張って倒しましたって言う雰囲気が欲しい。
巨大なブラックベアーが叫ぶと、全身の毛穴が縮こまり、鳥肌になる。もう、羽根が全て抜け落ちてチキンになってしまう。
数名、漏らしてるんじゃなかろうか。
私は超超巨大なブラックベアーを見ているのに加え、彼らよりもデカいクロクマさんと長い間生活してきたので、大分慣れていた。それでも、咆哮を聞くと怖気がする……。
「皆さん、ブラックベアーは怖くて強い魔物です。あいつらは魔法攻撃が一切効きません。つまり物理攻撃が主体となります。そうなると戦って勝てと言うのは難しいので、逃げましょう」
私は今までの経験則を織り交ぜ、この実技試験の本性をよむ。
「第一に私達は死にません。なので全力で逃げて攻撃できる時はする。それくらいで十分評価されます。なんたって相手は一頭で冒険者五人は必要な討伐難易度Aランクの魔物です。私達に勝たせる気はありません。皆さん、二組で四包囲にバラバラになって四頭を分割し、体力を温存しながら助け合って逃げましょう」
「な、なるほど……。って! あいつら、平面だろうが斜面だろうが、関係なく滅茶苦茶早く動くんだ! 一時間も逃げられるわけがない!」
青髪の少年は涙目になりながら吠えていた。
「二組の内一人は囮になり、囮の近くにいる者がブラックベアーに遠距離から攻撃します。そうすればブラックベアーの意識は攻撃された者の方に移るはずです。今の彼らは頭が性……、んんっ、えっと欲求でバカになっているので、冷静な判断は出来ません」
「な、なんであんたが、そんなことわかるのよ」
赤髪の少女は私に睨みを効かせながら訊いてきた。
「私はSランク冒険者のフロックさんとカイリさんと話した経験があるんですよ。彼らにブラックベアーを狩らせたら右に出る者はいません。そんな彼らから直々に話を聞いた私の説明は説得力が不十分でしたか?」
私は信用がある者を出汁に使い、十分な説得力を持たせる。
「い、いえ……。その二人なら私も知っているわ……。確かに、あのお二方が言っているのなら、信頼できる……」
赤髪の少女は私の話に賛成してくれた。
「お、おいっ! お前ら、話し合っている場合じゃねえみたいだぞ!」
髪色が橙色の元気盛んな少年は叫んだ。視線の先に、ブラックベアーが四頭、こっちに向って走ってきている。
「くっ、彼の話しを聴いたほうが良いんじゃないでしょうか! 魔物学観点から考えても正しい判断と思われます!」
眼鏡をかけ、大きめの魔導書を持っている紫髪の少年が頷く。
「わ、私も賛成いたします。ここで、良いところを見せないと私は家に帰れませんわ!」
長い黒髪がとても綺麗なご令嬢が身の丈ほどある大きめの杖を持ちながら言った。
「よ、よし。皆、ここで集まったのも何かの縁だ。私たちで一時間必ず生き残ろう!」
レオン王子は表情をますます凛々しくし、大きく頷いた。
「この中で足が速いと思う者は両端に移動してください。他の者はブラックベアーに向って遠距離攻撃が出来るよう、初級魔法で硬い石や棒なんかを作り、威嚇攻撃できるように準備してください」
私は土属性魔法で手もとに石を生み出した。脚が遅いので、引き付け役を担う。
両端に移動したのはレオン王子と橙色髪の少年だった。
そのまま、壁に沿うように思いっきり走る。両者とも、男子だからか脚が早く、あっと言う間に奥側に移動した。
小学生までなら足が速い子に惚れそうになると言うのもわかるが、私は三〇歳を過ぎたおばさん。
カッコいいなんて普通思わないのだが吊り橋効果か、目の前に恐怖の象徴がいると勇気を見せた男子がカッコよく見える。そもそも彼らは一二歳だと言うのに、大人びすぎているのだ。
レオン王子と橙色髪の少年の次に赤髪の少女と青色髪の少年が壁を沿って移動。
最後に黒色髪の令嬢と紫髪の少年が走っていく。最後、私と獣族の少女が残ったわけだが。
「ははは……。ぶっ飛ばすっ!」
銀髪獣族の少女はブラックベアーに恐怖するどころか作戦を無視して突っ込んだ。
「ちょっ! 話し聞いてた!」
「私、ルークス語、わかんないっ!」
「いや、喋ってるじゃん!」
獣族の少女は短パンに胸当てだけと言うあまりにも寒そうな軽装備。
靴底の厚いブーツを履き、手首から肘辺りに巻かれた布で筋肉が割けるのをある程度防いでいるようだ。ボクサーのバンテージ(試合時や練習時に拳に巻く包帯)のようにも見える。だが、武器は持っておらず実質素手でブラックベアーに立ち向かうのと同じ状況だ。
そんな無鉄砲な少女は狂犬の如く超低姿勢で全力疾走。
――空気を読まない子供だ……。自分勝手なんだから。でも、気を散らすにはちょうどいいか。
私は肩にかけていた弓を左手に持ち、矢筒から矢を一本手に取る。
「もう、仕方ないから援護してあげる! 一頭だけ引き付けて、他の三頭は別方向に意識を向けさせて!」
「…………わかった!」
獣族の少女は一言叫び、返事した。やはり、ルークス語がわかるらしい。
「ちゃんと聞けて偉い!」
私は弦を弾きながら弓を構える。
――ベスパ、獣族の少女に矢が当たらないよう制御して。あと、ブラックベアーを殺すのも可愛そうだから、耳に当たるように軌道修正。
「了解です」
ベスパは矢の前にくっ付き、獣族の少女の行動を見る。
「ふおらあっ!」
獣族の少女はブラックベアーの真ん前に現れると、地面から突き出るような上段蹴りを繰り出す。
立ち上がったブラックベアーの大きさは五メートルほど、上段蹴りしたとしても届いて腹あたり。
四つん這いで移動している状態だったので蹴りが顔に打ち込まれた。すると、ブラックベアーの体が黒い球体になり、衝撃を緩和しながら地面を跳ねる。数回跳ねた後、地面を滑りながら四つん這いで停止。
「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
まったくの無傷。顔を蹴られたと言うのに痛みを感じないのかと言うくらい効いていない。ただ、他の方向に誘導することは出来ていた。
「レオン王子っ! こいつを二人で引きつけましょう!」
橙色髪の少年が剣の柄をしっかりと握りながら叫んでいた。
「ああ、そのつもりだ! 決して無理をするな、わかったか!」
「…………」
橙色髪の少年は少々沈黙する。無理したいのかもしれない。
「返事っ!」
レオン王子の声が会場に良く響いた。
「は、はいっ!」
橙色髪の少年はレオン王子の声に反応し、元気よく叫んだ。
「ふおおおおあっ!」
獣族の少女は二頭目の顔を蹴りつける。またしても別方向に弾き飛んだ。
「メロアさん、共にあのブラックベアーの足止めをいたしましょう!」
黒髪の令嬢が杖を構えながら堂々と言う。
「私、遠距離攻撃が出来ないから、遠距離攻撃はサキア嬢に任せる!」
赤髪の少女は気を高め、赤い髪が揺らめくほどの魔力を発し、手足に発生している炎をごうごうと燃やしていた。
「了解しましたわ!」
黒髪の令嬢は杖をしっかりと握りしめ、張りのある良い声を出していた。




