勇気を出す
ティグリスはレオン王子の剣を余裕で躱し、素早い平手打ちを繰り出す。
「くっ!」
レオン王子は相手の巨体を利用し、見にくい足下に潜ってティグリスの前足を切りつけた。
ティグリスの前足に剣筋が入り、黒い血が勢いよく吹き出す。
「今だっ! 私は魔法で守られている、魔法の攻撃が当たっても効果がない! 思いっきり放て!」
レオン王子は闘技場全体に響くような大声で叫ぶ。
「う、うおおおおおおおっ! 『ファイア』」
魔法が使える内部進学組は各自、得意な魔法を放ち、怪我を負っているティグリスに攻撃する。
足を切りつけられ、隙を生んでしまったティグリスは数百人の魔法攻撃をくらっていた。初級魔法とは言え、何発も食らえばひとたまりもない。
案の定、ティグリスは激痛で叫んでいる。だが、懸命に威嚇もしていた。それでも魔法は止まらない。
「今、楽にしてやるっ!」
レオン王子はティグリスの首に剣を振りかざし、叩き切った。太い首が簡単に切れたところを見るに、相当良い剣だと思われる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
レオン王子も受験生たちの魔法を数発くらっているので、普通に痛そうだし、何度も前に出て精神もすり減っているはずだ。
でも、精神力が強いのか、眼はまだ死んでいない。なんなら、もう一頭倒そうと思っているような凛々しい表情を浮かべている。
「これで、残り三頭か……」
三頭中、二頭のティグリスを請け負っていたのは青髪の少年と赤髪の少女。今でも全力で戦っていた。
「はああああっ!」
赤髪の少女の燃える拳がティグリスに打ちこむが、躱されている。
「くっ! なんで当たらないのよっ!」
赤髪の少女はイライラしているのか、大きな声で吠えていた。
「ただ大振りしているだけじゃ、攻撃は当たらない。相手の行動を見て次の動きを予測するんだ!」
青髪の少年はティグリスに猛攻を受けているものの、攻撃を全ていなした。ただ、攻撃をあたえている様子はない。
「こいつらの動きを読むとか無理でしょ! と言うか、あんたはさっさと攻撃しなさいよ! このビビり!」
「ぼ、僕はビビりじゃないっ! ただ、手が出せないだけだ!」
赤髪の少女と青髪の少年は能力値は高いものの、連携が上手く行っていない様子だ。
「シャアアアアアアアアアアアアッツ!」
残りの一頭が私の方に走ってくる。私が捕獲している生きた仲間を助けに来たのだろうか。
「シャアアアアアアアアアアアアッツ!」
(メスぅうううっ!)
「……まあ、発情中の魔物が同種を助けるなんて気持ちを持っているわけないか」
私はネアちゃんが乗っている杖先をティグリスに向ける。
「おお、あの少女がまたティグリスと戦うみたいだぞ。今度こそ、しっかりと見させてもらう……」
「ああ、目を放すわけにはいかんなっ!」
後方から異様な圧力を感じ、戦いにくいな……と思わざるを得ない。
――簡単な魔法でサクッと倒せないかな。あの予測できない動きをされる前に攻撃を当てればいい。と言うことは、攻撃が予測できる位置にまでおびき寄せれば良いと言うこと。
私は杖を構えたまま攻撃せず、じっと待つ。まるで置物になったように、動かない。
ティグリスは私が攻撃してこないと思うや否や攻撃の体勢に完全に入る。前足を高らかに上げて平手打ちしようとしている。その攻撃の体勢に入った時、ティグリスは回避行動がすぐにとれない。
「『ボルト』」
私はティグリスが前足を上げ、攻撃しようとしてきた瞬間に前に出て、広い懐に入る。
そのまま、ネアちゃんを下げた杖先をティグリスの腹に当てて雷属性の初級魔法『ボルト』を流した。
「シャアアッツ!」
魔物と言えど、食べられる肉があるため、タンパク質で構成された物体だ。電撃を浴びせれば筋肉が収縮し、体が硬直する。
私の『ボルト』をくらったティグリスは口から泡を吹き、気絶した。その後、目を覚まされると面倒なのでネアちゃんの糸で拘束しておく。
「な……。あの巨大なティグリスに一度も恐れず、至近距離から魔法を放った……」
「肝が据わりすぎだろ……」
後方から、私の精神力の高さを評価された声が聞こえる。きっと得点の取得は上々だろう。
「なるほど……。ああやって当てれば良いのね!」
赤髪の少女は私の戦いを横目で見ていたのか、戦い方を盗んだようだ。
「ふぅ……」
赤髪の少女は気をため、拳の炎を先ほど以上に燃やしている。
ティグリスは停止している赤髪の少女を吹っ飛ばすため、完全に攻撃体勢に入った。
「ここっ!」
赤髪の少女は素早い踏み込みでティグリスの懐に飛び込むと、素早い拳の一撃をティグリスの胸に打ち込んだ。
ティグリスは拳を受け、燃えながら吹き飛んだ。地面に当たるたび、体がボロボロと零れ、灰になって崩れる。
「そこまで待てるなんて……。で、でも……。やるしかない……」
青髪の少年は剣の柄をしっかりと持ち、隙の無い構えを取る。やはり十分鍛え抜かれていた。必要なのは勇気だけらしい。
ティグリスは青髪の少年に向って攻撃を繰り出す。
「くっ!」
青髪の少年は恐怖から身を引き、回避行動に移った。猫パンチは回避できたが、肝心の攻撃は出来てない。
「ああ、もうっ! じれったいわね!」
赤髪の少女は青髪の少年が倒そうとしているティグリスを倒そうと割り込む。
「待てっ、メロア! その個体は青髪の少年が倒す!」
レオン王子は赤髪の少女を知っているらしい。つまり、赤髪の少女も貴族……。まあ、きっと社交界とかで会っているんだろうな。
「レオン王子……。でも……」
赤髪の少女はレオン王子に引き留められ、行動を止める。
「気にしなくても良い。私の見立てからすれば、彼は十分勝てるはずだ」
「……わ、わかったわ」
赤髪の少女は歩みを止め、腕を組みながら青髪の少年の勇士を見守る。
「くっ!」
青髪の少年はティグリスの攻撃をまたもや回避、もう大きな猫が臆病な鼠を角に追い込んで捕まえようとしているようにしか見えない。
「さてさて……、この実技試験で一番重要な部分だ。ここで成長するんだ……少年」
私は遠目で自分の息子を見守るような暖かい目を向ける。
「シャアアアアアアアアアアアアッ!」
ティグリスは攻撃が全く当たらない青髪の少年にイラついていた。そりゃあ、攻撃が全て空振りしたら誰でもイライラする。魔物も同じだ。元から発情期でイラついているのだから、沸点が低い。
「はああああっ!」
青髪の少年はティグリスに切りかかった。だが、予備動作がバレバレなのか、ティグリスは華麗な身のこなしで後方に飛び、剣を回避する。
青髪の少年とティグリスの一対一の対決は長い間続いた。
懐中時計を見ると、もう、午前一一時になろうとしている。私たちが四体のティグリスを倒したのが一〇時二五分くらいだったので、もう三〇分以上も戦っていた。
――剣道とか時間制限はない。一試合本気でするだけで腕に力が入らなくなることもざらにある。でも、今、青髪の少年は三〇分以上も殺し合いしている。そんなの手に力がずっと入っているはずだ。全力を出し続けていたら握力が無くなって、腕が持ち上がらなくなっちゃうよ。
「くっ……、握力が……」
青髪の少年が持つ剣の穂先が下がっていた。握力が抜け、構えを維持できないようだ。このままだと、攻撃手段を失ってしまう。
対するティグリスは魔力さえあれば動き続ける魔物だ。体力が多く、ハイエナのように相手が倒れるまで攻撃を繰り返している。もう、完全に殺しにかかっているわけだが……、少年に防御魔法がかかっているせいで、一向に倒せない。
私の持っている懐中時計の長い針が一二に向かおうとしていた。もうすぐ一一時だ。一二時に試験が終わるのだとしたら、次が最後の魔物。
ティグリスは普通の冒険者でも一人で倒すのは難しい。何たって、爪が抜かれているわけじゃないし、もっと食事をとり、力を付けた自然な魔物。彼らは森の中で生活しているわけだから、木々なども使ってくる。
こんな平坦な土地で戦うなんて普通に考えたらあり得ない。でも、爪が抜かれていなかったら危険だと判断されるくらい強い魔物なわけだ。これだけ長い間、戦えたら十分すぎる。きっとあの青髪の少年は受かるだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……。くっ……」
青髪の少年は手に力が入らず、剣を落とした。
「シャアアアアアアアアアアアアッ!」
ティグリスはこれ見よがしに前足を引き、少年目掛けて振り下ろす。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
青髪の少年は大声を出しながら落ちた剣を持ちあげ、ティグリスの内側に潜り込む。そのまま剣を振り上げ、真下に振り下ろした。だが……。
「あ……」
手の握力が無くなっているせいで振り上げたさい、力を使い果たしたらしく剣が手からすっぽ抜けていた。
「ベスパ、青髪の少年を救出」
「了解です!」
ベスパは空中に光りの筋を残すほど速く移動し、青髪の少年の襟首を持って離脱。
ティグリスの平手打ちは空振りに終わり、隙を生んだ。
「ふっ……。まあまあ頑張ったじゃない」
「メロア、もう時間がない、私たちで倒す」
「わかったわ。じゃあ、レオン王子の手を煩わせる必要もないし、私だけで倒す!」
赤髪の少女はレオン王子の隣から飛び出し、青髪の少年を探しているティグリスのもとに一直線に走る。
赤髪が靡き、赤みが強い衣装によって炎が走っているように見えた。
「おっらああっ! 『フレイズキック』」
赤髪の少女は隙だらけのティグリスの顔面に燃える蹴りを打ち込む。
ティグリスは不意を突かれ、吹っ飛んだ。空中で燃えた後、壁に衝突し、灰となって弾ける。
「やっぱり、あの威力、普通じゃないな……。スキルか何かだろうな」
私は赤髪の少女の攻撃力の異常さに目を細める。あんな攻撃が人に当たったらただ事じゃない。
「丁度一一時になった。見事、ティグリスを五頭、しずめたようだな。今年の受験生も優秀な者が多くて大変うれしく思うぞ。では、三種類目の魔物を討伐してもらう。今の人数じゃ、ちっと少ない気もするが、中に入りたい者はおらんか? 逆に、もう出たいと言う者は好きに出てもらって構わん」
ドラグニティ学園長は箒で空を飛び、ひときわ大きな檻を浮かばせていた。
受験生たちは今のティグリスよりも強い魔物が出てくると思い、完全に恐怖していた。
そのため、多くの者が観客席に移動している。




