まだ一回目……
「今だっ!」
レオン王子は初陣を切り、剣先をヌータウロスの横っ腹に突き刺す。黒い血が吹き出すが、命を奪えるほどの傷は与えられていない。
ヌータウロスは痛みから、すぐ立ち上がり暴れ牛の如く全身を振り出す。
剣を腹部に突き刺しているレオン王子は剣の柄を放さず、暴れるヌータウロスの体にしがみ付きながら剣をさらに深く突き刺していく。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ! 『ボルト!』」
「ギュモオオオオオオオオオオッ!」
レオン王子は剣を杖に見立て、手の平から剣に電撃を流し、ヌータウロスの体を攻撃した。
ヌータウロスに電撃が流れると、体から黒い煙が吹き出し、力なく倒れる。そのまま全く動かなくなる。『ボルト』だと威力が低くギリギリ死んでいない。でも、気絶して動けなくなったようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。よしっ!」
レオン王子は手を握りしめ、私の方を向いてきた。
――いや、私の方を向かなくていいから。
私はレオン王子の男気を感じ、優秀な王族なんだなと確認する。その後、奥にいる赤髪の少女と青髪の少年の方を見た。
「へぇ、やるじゃん……」
赤髪の少女はレオン王子の方を見ながら、ヌータウロスの突進を躱す。余裕を感じさせる所作だ。
「くっ! こいつ、デカくて、早すぎる!」
青髪の少年は紙一重で突進を躱し、地面で一回転した後、体勢を立て直した。そのまま、ヌータウロスの姿を見失わないよう、しっかりと見ている。
ヌータウロスは突進を躱されたが、急速旋回し、威力が一.五倍くらい増した突進を再度放つ。
「あんたは下がってなさい。ビビりなんていても邪魔にしかならないわ」
「ぼ、僕だって戦える!」
赤髪と青髪は互いにいがみ合い、目の前から来る脅威に視線をやっていなかった。ヌータウロスは先ほどよりも速度が上がっているため、余所見している余裕はない。
「ギュモオオオオオオオオオオッ!」
「あ、忘れて……」
赤髪の少女は前を向いたころ、もう回避できないくらいヌータウロスが近づいていた。強さがゆえのおごりと油断か。
「くっ!」
青髪の少年は赤髪の少女を突き飛ばし、自身は剣の腹で突進を受ける。巨大なトラックに見えるほど大きなヌータウロスの攻撃を真正面から受けたらただじゃすまない。だが、
「ギュモっ!」
ヌータウロスはいつの間にか、青髪の少年の四五度方向上空に飛んでいた。
青髪の少年は剣の腹でヌータウロスを持ち上げ、力を空に逃がしたのだろう。あのような剣技は見た覚えがない……。少年の体の線は細い。そこから考えて力技と言う訳ではなさそうだ。
「ちっ! 勝手に突き飛ばしてんじゃないわよ!」
赤髪の少女は青髪の少年に突き飛ばされた後、地面を転がって体勢を整え、空中に浮いているヌータウロス目掛け、跳躍。
「『フレイズキック』」
赤髪の少女は右足に炎を纏わせ、強烈な踵落としをヌータウロスに与えた。
ヌータウロスが地面に衝突した瞬間、隕石が落ちたのかと思うほど強烈な爆風が起こり、土煙が酷い。
私は腕で顔の前を覆い、咳しながら奥を見る。
「ふぅ。いっちょ上がり」
赤髪の少女は地面に立ち、黒焦げになったヌータウロスが巨大なクレーターの中で息絶えていた。
「はぁ……、何とか倒したみたい。よかったよかった」
私は安堵したのだが、思い出した。懐中時計を見ると、丁度午前一〇時。
「午前一〇時になった。このまま続けるぞっ!」
上空に黒いローブを着た爺が、巨大な檻を浮かせながら言う。彼の表情は満面の笑み。完全に楽しんでいる顔だった。
「あ……。まだ一回目だった。もう十分すぎると思うのだけど……」
「今から中央に入りたいと思う者は速やかに移動せよ。逆に、もう戦いたくないと思う者は観客席に移動するがいい!」
ドラグニティ学園長は実技試験の有無を子供達の判断にゆだねる。
五〇〇〇人いたのが、二五〇〇人になった。だだっ広い闘技場の中だと、凄く少なく見える。
「では、ここに残った者は戦うと言う判断でいいな?」
レオン王子と赤髪の少女、青髪の少年、私は残り、闘技場に立っている者は頭を縦に軽く振る。
「よろしい。では、次の間の魔物を投下しようっ!」
ドラグニティ学園長は地面に置かれていた檻を浮かして、別の巨大な檻を中央に置いた。そのまま檻の内部を隠しているシーツを持ち、箒で浮上する。
「シャアアアアアアアアアアアアッ!」
檻が破壊されると、サーベルタイガーのような超巨大な魔物が五頭も姿を現した。
名をティグリス。体長は三メートルほどだが、動きがヌータウロスよりも単調ではなく、縦横無尽に動きまわる。
先ほどのヌータウロスが直線攻撃だったのに対し、次の魔物は動きが全く予想できない。いきなり止まるし、急発進もする。円を書くような動きや、跳躍だってお手のもの。壁も走れそうな身体能力だ。
「うわあああああああああああっ!」
受験者は鼠のように散り散りに逃げ始めた。もう、猫のネズミ捕り現場を見ているようで私の目が回りそうになる。
「皆っ! 落ち着け! さっきの戦いを思い出すんだ! ティグリスの脚を狙って動きを鈍らせてから攻撃すれば勝てる!」
レオン王子は持ち前の統率力を発揮し、大声を出して他の受験者に指示を出す。
巨大なティグリスは多勢無勢を防ぐため、一人でいる者を着実に狙い、巨大な手で叩くように攻撃していく。
どうやら、爪は事前に抜かれているようだ。そう言うところに安全性を感じる。
「シャアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
(雌っ!)
「あんたらも発情しとるんかいっ!」
私は一人でいたので、ティグリスに狙われていた。
私の見た目が弱そうだからかティグリスは馬鹿正直に突っ込んでくる。
私はティグリスの飛び込みを股抜けのように躱した。その際、グローブに仕込まれているネアちゃんの糸を使い、前足と後ろ足を縛る。
ティグリスは頭から地面に突っ込み、何をされたのか全くわかっていない顔を浮かべた。すでに手足を縛られ、身動きが取れないまま地面に転がっている。
私が指を引っ張れば、ティグリスの手足がバラバラになるわけだが、可哀そうのなのでネアちゃんに縛り直してもらおう。
杖先にいるネアちゃんをティグリスに飛ばすと、繭のように糸だらけにして拘束してくれた。
「キララさん、終了しました」
仕事を終えたネアちゃんは両手を振り私に元気よく話しかけてきた。
「お疲れ様。まだ個体がいるし、いつでも出られるように準備しておいて」
「はいっ!」
ネアちゃんは明るく元気よく返事をする。
私はルアーを戻すように杖を引き、ネアちゃんを杖先に戻す。
「あの少女、さっきから狂暴な魔物を軽く捕獲しているぞ。討伐より捕獲の方が何倍も難しいと言うのに……」
「ああ、しかも何をしているのか全くわからん。魔法の類ではなく、道具を使っているのか?」
「魔法なら、魔法陣が浮かぶはずだもんな。光が見えないとなるとスキルでもないし……。どうやって戦っているんだ?」
どこからか、私を調べる試験監督たちの声が聞こえる。
――そう言えば、これ、生徒達の実力を見る実技試験だった。魔物が凶悪すぎて忘れていたよ。
私はあまり派手なことをせず、律儀に魔物を捕獲し、動けなくさせている。
周りから見たら地味なだけだが、地味で良いのだ。派手な部分は私以外の誰かがやってくれるし。
「おらああああああああっ! 燃えろっ!」
赤髪の少女は両手、両足を燃やしながら、ティグリスに肉弾戦を挑んでいた。
だが、ティグリスはヌータウロスほど直線的な攻撃はない。そのため、予測出来ない攻撃に苦しめられているらしく、巨大な平手打ちで弾き飛ばされていた。
「くっ! 面倒臭いわね!」
「すうぅ……。はあっ!」
青髪の少年も別個体と戦っており、息をしっかりと吸ってからの鋭い剣を一閃で放つ。
だが、感覚が鋭いティグリスは攻撃範囲の剣先ギリギリで止まり、剣が過ぎ去ってから急発進。
筋肉を人間以上に自由自在に動かしている。
普通の人間は絶対に出来ない動きで、青髪の少年もまた、平手打ちで弾き飛ばされた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ティグリス、初めて戦うけど、強いじゃない……。燃えてきたわ」
「はぁ、はぁ、はぁ……。なんで、こんな強い魔物ばかり……。爪があったら、僕、今頃切り裂かれてる……」
赤髪の少女と青髪の少年は背中合わせになり、前方にいる巨大なティグリス二頭に睨まれている。
もう、二匹の鼠が二匹の猫に狙いを定められている場面と同じで、助けたくなる。が、私は遠目で見守った。
――今が成長の時、きっと手を貸さないことで彼女たちが大きなものを得られるはず。
私はもう一方のレオン王子たちの方を見た。
ティグリスは大口を開け、威嚇しながら全力疾走していた。
「『ファイアっ!』」
「『ウォーター!』」
「『ウィンド!』」
受験者は顔を強張らせながら杖を握り、ティグリスに初級魔法を放つ。だが……、ティグリスの感覚と運動神経が魔法の速度を上回り、余裕で回避していた。
「くっ! 全然当たらない! レオン王子、どうしたら!」
「くっ……。ど、どうすれば……」
レオン王子は、統率はとれるものの、当てが外れると思考が出来なくなる人間らしい。頭は良いが、頭の回転速度が遅いと言った感じだ。
「シャアアアアアアアアアアアアッ!」
巨大なティグリスが本陣に到達し、獲物を捕らえるために巨大な手を振り上げる。
「うわあああああああああああっ!」
受験者は巨大な手に弾き飛ばされていき、ティグリスはレオン王子の前に来た。
「くっ!」
レオン王子は恐怖を感じているだろうが、歯を食いしばって前に出ていた。
やはり勇気は持ち合わせているらしい。
王族の使命か、はたまた、正義感が強いのかわからないが彼は無謀にも突っ込んだ。
「皆っ! 私がこいつを引き付ける。その間に攻撃するんだ!」
レオン王子は決死の覚悟の面持ちを浮かべ、ティグリスに向って銀剣を振りかざす。




