赤髪の少女と青髪の少年
「キララ様、皆さんを助けなくていいんですか?」
ベスパはレオン王子を地上に下ろし、戻って来た。
「助けるも何も、全員を助けていたら試験にならないでしょ。私だけが受かっちゃうよ」
「なるほど、他の者の試験を邪魔しないでいるわけですね」
「そう言うこと。死なないとわかっているんだから、助ける必要もない。何度も助けていたら、皆、調子に乗るかもしれない。そうなったらこの試験の意味が無いよ」
「ギュモオオオオオオオオッツ!」
(めすううううううううううううっ!)
一頭のヌータウロスが涎塗れの口を大きく開けながら私の方に突っ込んできた。声を聴く限り、発情しているようだ。
「殺すのはかわいそうだし、捕まえる方向で行こうか」
私はローブの内側に手を入れ、魔力伝導率五八パーセント程度の杖を取り出す。
「ネアちゃん、よろしく」
「わかりました!」
杖の先端にネアちゃんが糸をくっ付けた。
私は釣り糸を飛ばすように杖を振り、ネアちゃんをヌータウロスに飛ばす。魔力でネアちゃんを操作し、ヌータウロスの脚を糸で縛って拘束した。
「ギュモォ……」
(メスぅ……)
ヌータウロスは地面を擦るように転がり、脚が動かなくなると何もできなくなり無力化される。
「これで、一頭は減ったし、他の皆の負担も減るでしょ」
今、闘技場で暴れているヌータウロスの数は六体。受験者の数は五〇〇〇人を切っていた。
ヌータウロスは他の受験者に突進を繰り返し、多くの途中退出者を出した。
初っ端からこんな化け物を投入するなんてと思うが、心をぽっきりと折られる良い機会なのだろう。
心が折れてから、前に出られるのかが強くなれる者の分かれ目だと思う。
ただ、私のような異端児と言うか、元から戦闘経験のある人間は少なからず存在した。
「『ファイアボール』」
肩に届く程度赤髪を靡かせ、巨大な火の球をヌータウロスに大量に発射する少女。
火の玉がヌータウロスに直撃し、焼肉のような良い匂いが漂う。
ヌータウロスは丸焦げになり、地面を擦るようにして灰になる。超火力だ。
私も、あそこまで一瞬で灰にすることは難しい。
――あの子、髪色からしてフェニル先生の知り合いかな? どことなく顏が似てるし。
私は赤髪の少女に視線を向けていると、不意に目が合った。
彼女の服装は赤色を基調とした動きやすい冒険着だが、雰囲気は完全にお嬢様。凛とした表情がヒガンバナのようで美しい。
私はあまり拘わらない方が良い階級の少女だと察し、視線をそらして残りのヌータウロスを見る。
五体となり、闘技場に蔓延る威圧感は初めよりも薄まった。だが、依然として巨大な闘牛が闘技場の中を暴れ回っている。
「皆っ! 焦らずによく見るんだ! 相手も必死になって抵抗している! こちらが怯えれば活路と見なして突進してくるぞ!」
レオン王子は通る声を出し、周りの受験生を奮い立たせていた。
統率力があり、気が弱い者達を束ねてヌータウロスよりも大きな団体に見せかける。
ヌータウロスは自分よりも大きな相手だと判断し、突進中に回避行動をとった。その横っ腹にレオン王子は国宝かと思うほど輝く銀の剣を切りつける。
ヌータウロスの大きな横腹がスッパリと切れ、黒い液体が吹き出した。レオン王子の体に少々掛るが、彼は一切怯まない。
「一斉に掛かれっ!」
レオン王子は初陣を切って前に出たと思ったら、剣で切りつけると言う行為まで達成し、周りを奮い立たせる。王子がそこまでしたら、見ている者が奮い立たないわけがない。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
受験者たちは王子に続き、ヌータウロスを両側から挟むようにして攻撃した。
たとえかすり傷のような小さな一撃だとしても、何度も攻撃さればひとたまりもない。
遠くから見たら原始人のマンモス討伐を彷彿とさせる戦い方でなんか、興奮した。
「ふぅ……」
闘技場の奥の方を見ると清潔感溢れる青髪の少年が剣を持ち。姿勢を正しながら呼吸を整えていた。
――ああ、あの子強いな。
私は青髪の少年を見た途端、体がピリッと痺れるような感覚を得る。
シャインと同じ匂いがしたのだ。どことなく、全身から溢れ出る闘気と言うか、やる気、元気、勇気……。は違うか。
雰囲気がシャインやバレルさんと同じ剣士なのだ。
全身から溢れ出る魔力が、彼の集中力の高さを物語っている。
そんな、強者感あふれる青髪の少年に向って巨大なヌータウロスが突進する。
「く……」
青髪の少年はヌータウロスに突進され、……回避した。
――あれ? 回避なの?
私はてっきり、剣を振りかざして肉塊にするかと思ったのだが、そこまでの力が無いのだろうか。
いや、私の観察力からして彼は強い。だが、体が震えている。ヌータウロスほどの魔物と戦闘経験が無いのだろう。
――この瞬間を切り抜ければ、成長出来る瞬間だ。頑張れっ!
私は他の受験生の応援をしていた。なぜかわからないが、頑張っている子を応援したくなったのだ。服装は冒険者のような軽装備。雰囲気は一般人っぽいので、外部受験者かな。
赤髪の少女も腕を組みながら私が見ている青髪の少年を見ていた。
「くっ……!」
青髪の少年は目にも止まらぬ剣速を見せ、ヌータウロスの大きな角を一本切り裂いた。
「やっぱり、強いね。でも、なんで角……。頭でも切り割けそうだったけど……」
私が疑問に思っていると、赤髪の少女が青髪の少年のもとに走る。
「ギュモオオオオオオオオオオッ!」
ヌータウロスは角が一本切られ雄叫びを上げた。完全に怒ったらしく、急旋回しながら、青髪の少年に最短距離で突っ込んだ。
「くっ!」
青髪の少年は予想していなかったヌータウロスの動きに身が一瞬硬直し、ヌータウロスのの直撃をあと一メートルで受けると言ったところ、
「『フレイズブレイク』」
赤髪の少女が足に炎を纏わせてヌータウロスの横腹を蹴りつけた。
その瞬間、何かが爆発したのかと思うほど大きな火花が散った。加えて打撃音とヌータウロスの叫び声が重なる。
攻撃を受けたヌータウロスは、巨体がゴム玉のように軽々弾き飛び、燃えながら闘技場の壁に衝突。
高さが八メートル近くあるのに加え、観客席に攻撃が入らないように結界に近い魔法が施されている。不意に攻撃が観客席に飛んでも問題ない。
「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、ありがとう、ございます……」
青髪の少年は跪き、呼吸を整えながら呟いた。
「あなた、ビビりなのね。男のくせに情けないわ」
赤髪の少女は腰に手を当てながら、攻撃を放った反動で乱れた赤髪を耳に掛ける。赤髪が風に靡き、風に吹かれる桜のような良い匂いがしそうなくらい可愛らしい。
だが、発言は挑発と全く同じだった。
「く……」
青髪の少年は視線を下げ、悔しそうに歯を食いしばっている。きっと言い返す言葉が無かったのだろう。
ヌータウロスの数は残り四頭。
一頭がレオン王子と受験生が集まる左側へ。
一頭が赤髪の少女と青髪の少年がいある奥の方へ。
残りの二頭が……、私の方に向って雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
「仲良く突っ込んでこなくていいのに……」
「キララ様、あまり余裕をぶっこいていると普通に吹き飛ばされますよ」
ベスパは手を頭部に当て、二本の角を作りながら私の頭上で呟いた。
「わかってるって、油断はしないよ」
私はネアちゃんがくっ付いている杖先を釣り糸を飛ばすように振る。
ネアちゃんが、空中をしゅーっと飛び、透明なキラキラと輝く糸をお尻から出しながらヌータウロスの角に張り付いた。
私はネアちゃんを魔力で操作し、角同士をくくる。
二頭のヌータウロスは離れられなくなり、走る速度が絶妙に違うため、脚がもつれた。
二人三脚が失敗した時のように、互いが互いの力に引っ張られ、前に倒れ込む。
「あらよっと!」
私はネアちゃんを操る要領で巨大な肉体を持つ二頭のヌータウロスを魔力で軽く浮かした。そのまま、野球のバットを振るように腰の捻りを使って杖を振る。
糸の長さと遠心力の結果、ヌータウロスの速度は闘技場の壁に勢いよく叩きつけられるころに、音速に軽く到達しただろう。
二頭のヌータウロスは壁から戻ってくる強烈な反発力を全身に受け、気絶した。
「よし、後は捕獲っと。ベスパ、お願い」
「了解です」
ベスパはネアちゃんを持ち、気絶しているヌータウロスの体を糸でぐるぐる巻きにした。
「あとの二頭は二組が何とかするでしょ」
荒事を終えた私はレオン王子の方を見る。
「皆! また一頭きている。次は簡単な魔法で足下を崩すんだ。ヌータウロスは足下が弱い!」
「おおおおおおおおおおッ!」
少年少女が杖を持ち、ヌータウロス目掛けて突き出した。
「『ファイア』」
「『ウオーター』」
「『ウィンド』」
などなど、初級魔法をヌータウロスの足下に放っていく。
ヌータウロスは地面がデコボコになり、明らかに走り辛そうだ。加えて、前に出した足元が魔法で攻撃され、くぼんだ地面に脚を取られた影響で体勢を崩す。そのまま、重たい頭から地面を擦るようにこけた。




