ヌータウロス
――魔物を放つってどんな魔物だろう。ホーンラビットとかスライムとかならいいけど、勇気がある者を見たいって言っていたし……。ブラックベアーが出てきても私は言葉がわかっちゃうから倒せないぞ。
私はトランクを床に置き、ばかっと開ける。とりあえず魔物が出てくるらしい。
倒すのが目的なら、周りの援助に努めればいい。
ネアちゃんの糸が仕込まれた黒いグローブを取り出し、手にはめておく。私、なんか悪い仕事する前みたいな姿だな……。
「一時間おきに魔物の強さが上がっていく。制限時間は一二時まで。万が一、誰も戦えない状況になったら一二時を待たず午前中の実技試験を終了する。魔物は倒す、拘束するどちらでも結構。ともかく、最後の魔物までたどり着けるよう、頑張ってくれ」
ドラグニティ学園長は試験について、さらに詳しく話していた。
「では、一五分後、午前九時から実技試験を開始する。皆、参加するかどうか、周りと話し合わず、自分で決めるように」
ドラグニティ学園長はすーっと飛んで行き、上空から消えた。
「実技試験はいつ参加してもらっても構わない。初めは見過ごして戦えそうだと思ったら途中から戻ってきてもらってもいい。戦えない者は試験監督の指示に従って観客席に移動してくれ」
フェニル先生はいつの間にか台に乗り、受験生たちに声を掛けていた。
「魔物と戦うのが実技試験ですって……」
「どうしましょう。わたくし、魔物なんて見た覚えがありませんわ」
「魔物って強いのかな?」
「さあ、ゴブリンとかホーンラビットなら余裕で倒せるんだけどな。戦った覚えはないけど」
「俺に掛かれば、どんな魔物でもぶっ飛ばせるぜ。周りのやつらが邪魔しなければな!」
「昨日の筆記試験が難しすぎたし、ここで挽回しないと……」
私の周りでドラグニティ学園長の話しを無視し他の参加者と相談する者、フェニル先生の言葉を聴き一回目は様子を見るのか観客席に移動する者、魔物なんて軽く吹っ飛ばしてやるぜと言っている者。
色々いるが、一五分の間に残ったのはざっと半分くらい。三万人くらいの受験者がドラグニティ魔法学園に集まっているため、一万五千人の受験生が残った。まあ、これだけの数がいたら、大概の魔物は倒せると思う……。
一つ心配なのは実戦経験がある者が一体何人いるのかと言う点だ。
皆、箱庭で育てられた箱入り娘だったりするのだろうか……。
私は危険極まりない外で育ってきたので、八〇メートルを超える巨大なブラックベアーが出てこない限り、驚きはしないと思う。
「では、この場に集まった者が今から実技試験を受けると言うことで良いな。今ならまだ間に合うぞ。戻ってもいいし、出なくてもいい。実際、皆が手を合わせても勝てるかどうかわからん魔物だからな。安全を考えるなら、出てほしくないのが本音だ」
ドラグニティ学園長は午前八時五五分ごろに空に飛んできた。大きめの檻に巨大なシーツを被せ、周りに見えないようにしている。
――なんか、檻がデカくないか? スライムが超大量に入ってるとか? ホーンラビットだらけだったりするのかな……。
檻は高位置にあり、魔物の声は聞こえなかった。どんな魔物なのか、知らせないために隠ぺい魔法みたいな特殊魔法でも使っているのかも。
ドラグニティ学園長の言葉で初めから実技試験を受ける者は増えて減ってを繰り返し、ざっと一万人くらいになった。
やはり、魔物を初めて見る者は恐怖するに決まっているか。
「では、午前九時になった。今から、実技試験を開始する!」
ドラグニティ学園長は真下に降りてきて八メートル四方くらいの檻を闘技場の中心に置く。
私達は教員の指示により闘技場の端に寄せられていた。
ドラグニティ学園長は巨大なシーツを持ちながら再度浮上。すると、檻が四方に外れ、魔物が露になる。
「グモオオオオオオオオオオッツ!」
巨大な闘牛っぽい魔物が八頭現れた。
高さは三メートル強、頭から尻尾まで四メートル弱と言う象みたいな闘牛だ。
巨大なだけで恐怖なのに頭部から二本の角を生やし、体が筋肉質すぎる。
体の色は橙色で、つぶらな瞳はすでにギンギン……。お腹が減っているのか発情期なのか知らないが怒っている模様。
さすがに初見だと私もビビった。
「うわああああああああああああああああああああああああっ!」
受験生は当たり前のように大混乱。多くの者が逃げまどう形になる。
「ま、まじかよ……。あ、あれってヌータウロスだろ……。なんで、初っ端から討伐難易度C級の魔物が……」
「あ、あれが魔物……。普通の生き物と雰囲気が全然違うじゃねえか……」
「む、無理よ、無理に決まってるじゃない! ふざけないで!」
「どうやって倒せばいいんだ! 剣で勝てる相手じゃないだろ!」
多くの受験生が大きく叫び、ヌータウロスと呼ばれている魔物を無駄に怒らせる。
大概の魔物は大きな音が苦手と言うか、驚くとさらに興奮してしまうので、静かにしなければならない。
「まったく……。皆、魔物学で勉強してるはずなのに……。まあ、極限状態だから仕方ないか」
私はブツブツと言いながら、中央で頭を上下に振りまくり、後ろ足で地面を掻いて今にも突進してきそうな八頭のヌータウロスを見た。
「皆! これは実技試験だ! 体を見ろ、防御魔法が掛かってる! たとえ、攻撃をくらっても死にはしない!」
レオン王子は剣の柄を握り、呼吸を整えていた。
やはり王子なだけあり、皆を纏めるのが上手いのか焦りまくっていた受験生たちはぴたりと静まり返った。
「そ、そうだ。これは試験だ。死なない……。死なないけど……」
「グモオオオオオオオオオオオオオオオッツ!」
ヌータウロスは吠えながら、地面を勢いよく掻き、走り出した。八頭の魔物は八方向に綺麗に別れ、視線の先にいる受験生に突進していく。
「うわあああああああああああっ! や、やっぱ怖いよっ!」
受験生の半分が途中で逃げ出し、試験監督に保護されていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……。お、俺は、ドラグニティ魔法学園に入るんだ。絶対、絶対入るんだ! 母ちゃんを楽させてやるんだっ!」
とある生徒は体を震わしながらもヌータウロスに果敢に迫っていく。
服装からして平民の家系だろう。優秀な頭を持ち、根性があったのか、その者はヌータウロスの突進の真ん前から突っ込んでいく。
さすがにあれでは死まっしぐらだ。
「ベスパ、あの子を持ち上げて」
「了解です」
ベスパはヌータウロスよりも早く移動し、少年の襟首を持って浮上した。
「うわっ! な、なんだっ!」
「ギュモッ!」
ヌータウロスは少年に躱され、勢いをつけすぎた結果、闘技場の石壁に衝突。千鳥足になり、頭を何度も振っている。
きっと、脳震盪を起こしているのだろう。
「今だっ! 掛かれ!」
レオン王子はこれ見よがしに一頭のヌータウロス目掛けて剣を突き立てる。
他の受験生もレオン王子の掛け声と共に槍や剣で攻撃していった。
「グモォ……」
一頭のヌータウロスは地面に倒れ、絶命する。
黒い血が地面に沁み込み、他の受験生の体にも付着していた。何とも原始的な戦い方だが、悪くない戦法だろう。
ただ、一頭倒したところで残り七頭残っている。
開始からすでに一〇分経っており、一時間ごとにさらに強い魔物が投下されるとのことなので、余裕はない。
「キララさん、少年を浮かせたのは君かい!」
レオン王子は勘が鋭いのか、私が少年を助けたことを見抜いた。
「はい、私ですよ。次も同じような作戦にしますか?」
「ああ、次は私が突っ込む。ギリギリまで引き寄せてから持ち上げてほしい!」
「了解です」
「皆! 一頭ずつ着実に倒していくんだ! そうすれば、全頭倒せる!」
レオン王子の声が闘技場に響くと、怖がっていた受験生たちは徐々に立ち上がり、中央を向き始めた。
「ギュモオオオオオオオオオオッツ!」
ヌータウロスはオス同士で頭突きし合っており喧嘩していた。その光景を見るに、大分興奮している。やはり発情期なのだろう。
でも、二月だから早い気もする……。そう言う魔法でも使ってるのか。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
レオン王子は剣を構えながら大声を出し、ヌータウロス目掛けて走っていく。なるべく壁際におびき寄せたいので注意を引かせてから全力で引き戻り始めた。
ヌータウロスはレオン王子につられ、追いかけ始めた。
速度は優に六〇キロメートルを超えており、ほぼ自動車と同じだ。きっと体重も相当重い。あんな物体にぶつかったらただじゃすまないな。
レオン王子は壁際に近寄り、私の方を見た。
「ベスパ、レオン王子を浮かばせて」
「了解です」
ベスパはレオン王子を掴み、すぐに持ち上げる。
「グモオオオオオオオオオオッツ!」
ヌータウロスは仲間の死を見て学習したのか、壁に突進せず体を傾けて弧線を描きながら走っていた。
「なっ!」
レオン王子は急な魔物の成長に言葉が出なくなっており、近くに集まっていた受験者が軒並み突き飛ばされる。
一度突き飛ばされたくらいではびくともしない防御魔法が付与されており、皆無事だ。だが、死を具現化したような恐怖が目の前から襲ってきたら簡単に立ち上がれない。
「ああ……。トラウマになっちゃうな……」
私は遠目からヌータウロスに弾かれて宙を舞う子供達を見ていた。




