『可能』か『不可能』か
「ええ……。だいぶ過酷……。と言うか、皆、筆記試験はお金で合格しているようなものなんだから解く必要が無いんじゃ……」
「それは違いますよ、キララ様。これが普通に解けないとやっていけないと言うことです。皆、それに絶望しているわけですね」
ベスパは頭上をブンブン飛びながら私に教えてくれた。
「ああ……、なるほど。さぼってきたつけが回ってきて自分に失望しているわけか……。貴族も大変だ」
大金を払うのは親なので、親の期待を裏切ると言う行為は自分の価値を落とすことになる。貴族の世界がどうなっているか知らない。でも、彼らは学園に入ってやっていけるのだろうかと言う底知れない恐怖を味わっているのだろう。
まあ、普通に過ごしている者は天才か、はたまた馬鹿かのどちらかだ。
私はトイレをすませて八階に戻り、一人で試験を受けている者の中から第八王子のレオン王子を探す。
きっと受験番号一番だろうなと思い、一号室を覗いた。
すると、机に突っ伏すレオン王子がいた。筆記試験で完全に打ちのめされたようだ。
レオン王子ならたくさん勉強しているはずだし、誰よりも努力しているはず。上手く出来なかったのだろうか……。
「うぅ……。気持ちが悪い……」
レオン王子が顔を上げると顔色が最悪だった。明らかに普通の体調じゃない。
「え……。あの顔、絶対風邪じゃん。ベスパ、レオン王子の熱を測ってきて」
「了解しました」
ベスパは扉をすり抜け、レオン王子の首に針を差し込む。
「四〇度ですね」
「高熱すぎっ!」
私は扉を堂々と開け、レオン王子のもとに駆け寄る。無礼かもしれないが、放っておくわけにはいかない。
「レオン王子、今、絶対に風邪ひいてますよね!」
「そ、その声……。き、キララ……か?」
「風邪ひいてますよね?」
「あ、ああ……。体調管理がなっていないな……。まったく……」
レオン王子は気絶しかけており、完全に体調不良……。そんな状態で、ドラグニティ魔法学園の筆記試験を受けていたのか。普通に精神力強者すぎる。それで、試験官に並の学力と思わせるなんて、さすが王子。
「君、このお方が誰か知っての行動か?」
近衛騎士と思われる男性が私の肩に触れた。
すると、近衛騎士は膝を折り、正座しながら眠る。どうやら、ベスパが『ハルシオン』を打ったらしい。まあ、高度八八八八メートルに連れていくよりはいいだろう。
「レオン王子、この水を飲んでください。と言うか、なんで、風邪なのに医者に治してもらわなかったんですか。今、熱が上がったわけじゃないですよね」
「もとから調子が悪かったんだが……、試験を受け始めたら途端に気分が悪くなって……」
「試験の内容に打ちのめされていると言うことですか?」
「そう言うことになるかもしれないな……。恥ずかしい話だが……」
私は試験管に入っている特効薬をベスパが持ってきた紙コップに注ぎ、飲ませる。
「この水……、美味いな。あれ……、頭の痛さが消えたぞ。どういうことだ……」
「ちょっとした回復薬です。知り合いが作ってくれた品が残っていたので効いてくれてよかった」
私は試験管の蓋を締め、ローブの中にしまう。
「回復薬を使ってくれたのか、すまない。これほどの効果がある回復薬なら、相当いい品だったのだろう。こんど、埋め合わせさせてもらう」
「い、いえいえ、気にしないでください。レオン王子が辛そうだったから使っただけですし、結局使う場面が無かったらもったいない品ですし、王子に飲んでもらえてよかったです。えっとえっと、ああ、もう午後の試験が始まってしまいますね。じゃあ、後半も頑張りましょう! きっと大丈夫ですから!」
私はレオン王子の手を握り、満面の笑みを浮かべ、はげました。
「あ、ああ……。そう、だね……」
レオン王子の顔がまた熱り、熱が再発したのではないかと思い、おでこに手を当てるも、熱っぽくない。なら、大丈夫か。
「じゃあ、レオン王子。絶対に合格しましょうね!」
「あ、ああ……」
レオン王子はぼーっとしており、何を考えているのか、よくわからなかったが顔色が良くなったので問題ないはずだ。
私は八号室に戻り、呼吸を整える。椅子に座って懐中時計を開くと午後一二時二〇分ごろ。
フェニル先生が教室に戻ってきて私の机の上に問題冊子と回答用紙を置いた。
「では午後からの筆記試験を始める。午後一二時三〇分になった、始め」
私はフェニル先生の合図で冊子を開き、魔法学の問題に取り掛かる。
大問八まであり、全て魔法に関する問題。まあ、魔法学なんだから当たり前か。
魔法学の問題は魔法陣の解読と構成だ。
読んで、間違っている部分を書き換えよとか、魔法陣の意味を答えよとか、そんな問題が七〇問くらい与えられる。ただ、私の得意分野なので中盤まではスラスラと解けた。だが、途中から雲行きが怪しくなってくる。
「……あの、問題に黒く塗りつぶされている部分があるんですけど。表記はあっていますか?」
「ああ、間違っていない。その部分は補填して考えろ」
「ふぇ……? 補填って……。なにでですか?」
「魔法陣から読み取ることだな」
「な、なんじゃそりゃ……」
問題を読んで、何を解けばいいのか理解してから魔法陣を見て答えを出すと言うのが普通だ。だが、問題と魔法陣を交互に見て問題を完成させてやっと答えを考えなければならないと言う無駄に面倒臭い問題が出てきた。
頭が二つあってようやく普通に解ける問題に、心が折れそうになるもベスパを使い、頭が割れそうになるのを防ぐ。
大問八は解けたら大金が入ってくる未解決問題。
試験の点数に入ってこないため、解く者はほぼ無い。だが、加点対象なので解かないわけにはいかない。半分くらい解き、もう半分は適当に書く。
魔法学の試験を終えるとフェニル先生が問題冊子と問題用紙を回収した。
「キララちゃん、君の頭はどうなっているんだい? こんな問題、よく解けるね」
――それ、教師のあなたが言います?
「ま、まあ、スキルと日ごろの勉強が功を奏しただけです……」
フェニル先生は封筒に冊子と回答用紙を入れ、教室を出て行く。
私はあまり解きすぎるのもいけないのかと思い、ベスパにどれくらいの正解率を目指せばいいか聞くことにした。
「ベスパ……」
「八割取れればよさげですね。大問六まで完璧に解けていれば入学は硬いかと」
ベスパは私の思考を読み、質問する前に答えを言う。
「なるほど……。八割ね……。じゃあ、今まで超全力で頑張ってたけどやりすぎ?」
「んー、スキルを使っていますからやりすぎと言う訳ではないと思いますよ。他の生徒もスキルを使って問題を解いていますから、そのまま突き抜けていいかと。でも、八割取れていれば上位八パーセントに入っていますから丁度良いぐらいなんじゃないですかね?」
「確かに……。じゃあ、八割を目指すか」
上位八パーセントなら、合格なのは間違いない。いや、九万人の八パーセントじゃ意味なくね……。そんなことを考えていたが、あくまで目安だとベスパは言った。まあ、答えがわかったわけじゃないし、そうなるのも無理はないか。
魔術学と錬金術学はとても似ていた。
魔法陣を描く問題が大半で、紋章画家になった気分だ。
ただ、毎日毎日魔法陣を描き続けた私にとっては解ける問題ばかりで、勉強してきたかいがある。心を折る要素としては各文字が細かすぎて失敗するとまた書き直しになるところだ。
少し間違えただけでも魔法陣は上手く作動しないので、失敗するとすべてやり直し。心に来る。
薬草学は草の絵を見てなんの薬草か判断しろとか言うあまりにも理不尽な問題だった。ただの雑草にしか見えないが、雑草に詳しすぎるベスパが完璧に答え、苦手な薬草学を乗り切る。
「あぁ……。さ、さすがに疲れた……」
午後五時三〇分、薬草学を終え、机に突っ伏す。
「一五分後に最後の魔物学を始める。五分前に問題冊子と回答用紙を配る。最後まで気を引き締めるように」
フェニル先生は部屋を出て行く。
外は暗くなり、教室の天井に付けられている魔石の照明が私を照らしていた。あと一教科終えたら、面接をして筆記試験が終わる。
もう、試験勉強をしなくても良いんだと思うと気が楽になったが、学生になってからも勉強が始まるだと思い直し、気分が悪くなった。
大分精神に来ている。そう思い、部屋の空気を入れ替える。
魔道具によって部屋は暖かくなっていたが、そんなこと気にしていられない。
学園から見える王都の夜景が結構と言うか、ものすごく綺麗で心が洗われた。電気の光ではなく魔石の光なので少々禍々しい気もするが、逆に幻想的だ。
一五分の休憩なんてあっという間に終わる。
私は椅子に座り、フェニル先生は机の上に問題冊子と回答用紙を置いた。
「さて、最後だ。頑張るぞ」
私は頬を叩き、気を締める。ここが正念場だ。
「では、本日最後の筆記試験、開始」
フェニル先生は懐中時計を見ながら言った。
私は問題冊子を開き、魔物の生態や種類などの問題を解いていく。魔物と接点があった私からすれば、取り組みやすい学問だったので身を守るためにもしっかりと勉強しておいた。
ゴブリンやスライムはもちろん、ブラックベアーの問題まで出てきた。
「魔物と信頼関係を築くことは可能か……」
私は回答が『不可能』と言う問題に出会った。
だが、ライトの研究からすれば『可能』と言う答えになる。
こういう場合、不可能と書けばいいのはわかっているが、魔物と信頼関係を築けている私は可能と書いた。まあ、八割取れればいいから間違っていてもいいかと言うことで……。




