聞くだけで気分が悪くなる
「えっと、どういうこと……」
私は頭に疑問符を浮かべた。
隣の教室を覗くと一人の青髪の少年が椅子に座っている。緊張しすぎており顔が髪色と同じくらい真っ青だ。
「これが心を折るってこと……?」
私は平民だ。さらに右隣りの人も茶髪の少年で平民っぽい。緊張している様子はなく、周りをきょろきょろ見ながら椅子に座っている。
「ベスパ、これは平民だけ?」
「いえ、貴族だと思われる者達も数名、部屋に一人で試験を受けるようです。他の生徒は三〇人程度、部屋に集められて試験を受けるようです。なんの意図があるかわかりませんが、学園長が資料を見て選んだのでしょう。キララ様に期待している証拠かもしれませんよ」
「はは……。まあ、心を折りに来ているわけだからね。さて、私の心をぽっきり折ってもらいましょうか」
私はいつも一人で勉強していたので、逆にこの方が集中できるかもしれない。
私は教室に入り、やけに良い机と椅子に触れる。埃や木の割れ目など一切無く、ぐらつきすらしない。もう、固定されているようだ。集中力が切れないよう、配慮されている。
トランクとバスケットを机の上に置く。トランクを開き、筆記用具を取り出して筆記試験の準備を整えた。準備を終えたら、トランクを床に置き、その上にバスケットを置く。
「よし、頑張るぞっ!」
私は両手を握りしめ、頬を叩く。
午前八時、教室の扉が叩かれた。扉を開けると試験監督と思われる赤髪の女性が入ってくる。
「おはよう、キララ・マンダリニアちゃん。私が今回試験監督となった、フェニル ・フレイズと言う者だ。よろしく頼む」
「フェニル・フレイズ先生ですか……。フレイズって、あのフレイズ家の方ですか?」
「そうだ。学園長直々に君の試験監督に当たれとの命令だ。以前はニクスがお世話になったようだな。感謝している」
フェニル先生はどうやら、ニクスさんのきょうだいらしい。
燃えているように赤い髪とルビーのようなきれいな瞳、森の民の血を引いているからか、とても美人だ。加えて……胸がデカい。
ただ、服装は冒険者に近く、革製の胸当てと膝上の丈しかないショートパンツ、肩から赤いローブを羽織っていた。脚は寒そうだが、性格はとても熱そうだ。
武器は一本の剣を左腰に掛けており、雰囲気が独特の強者感を放っている。見るからに強そう……。
「いえいえ……。と言うか、なんでフェニル先生が私のことを……、ニクスさんが喋ったんですか?」
「ニクスが手紙をよこしてきてな。記章を少女に渡したと言うんで、何事かと思ったが、目の付け所が悪いやつじゃないから、気になっていたんだ。キララと言う名前は聞いたが、それだけしか知らなかった。今回の試験で学園長から君の才能を見るようにと命令されている。私も楽しみでここまで来た」
フェニル先生は私の才能を確かめに来たそうだ。
やはり、ドラグニティ学園長の目に留まった者に一人の試験監督を付け、徹底的に才能を見抜こうとしているわけか。
さすが天下のドラグニティ魔法学園……。って……、私、凡人だからね。い、一応凡人としてここに来てるから。フリジア学園長はきっとお世辞を言っているだけだから。
私は自分の才能とやらを信じられず、自暴自棄になり、才能が無いと決めつけ、勉強を頑張って来た手前、いきなり才能があるんじゃないかと言われてもにわかに信じられなかった。
「では、キララちゃん。今回の試験の説明をしよう」
フェニル先生はテニスコートくらいあるんじゃないかと思うほど大きな黒板に文字を書き始めた。
午前八時三〇分から数学の試験開始。試験時間は六〇分間。休憩は一五分。
数学、ルークス語、外国語、魔法学、魔術学、錬金術学、薬草学、魔物学の八教科。
昼休憩はルークス語が終わってから三〇分間。
全教科が終わるのは午後六時三〇分。
「まあ、こんなところだ。今回の試験は例年より教科数が多く長く苦しい戦いになるだろう。午後六時三〇分後、私と面接を行う。帰れるのは午後七時過ぎだと思ってくれ」
「わ、わかりました」
――聞いただけで気持ち悪くなってきた……。
「スキルの使用はありだ。存分に使ってもらって構わない。この部屋から出なければ不正行為と見なされないから、試験中に立ったり動いたりしてもかまわない。トイレがしたくなれば、私に言ってくれ」
「えっと、一ついいですか?」
「質問を受け付けよう」
「わけられている人と、わけられていない人の違いはなんですか?」
「簡単に言えば、多額の資金で筆記試験を突破する者達が集まっている方で、実力で入ろうとしている者が一人部屋だ」
「な、なるほど……。お金持ちは筆記試験が免除になるわけですか……」
「まあ、簡単に言えばそうだな。だが、別に差は無い。本気か本気じゃないかの違いだ。私はそのような者達を好かんがな」
フェニル先生は腕を組み、教卓にもたれ掛かりながら本気で言っているように見えた。
――ニクスさんは八男って言っていた。フェニル先生は女性だから、本当に多くのきょうだいがいるんだな。ニクスさんは皆強いと言っていたし、フロックさんもフレイズ家はやばい奴らばかりとか言っていた。やっぱりフェニル先生も化け物の方なのかな?
「質問は以上か?」
「じゃあ、スキルで試験の答えを見つけるのはありですか?」
「構わない。試験の答えは学園長が持っている。見られるのなら、見てもらっても構わん」
「はは……。なるほど、答えを見ることはほぼ不可能と……」
冒険者で殿堂入りしそうなくらい一位を取り続けているドラグニティ学園長から答えを盗み見るなんて、簡単じゃない。と言うか、ほぼ不可能だ。
でも、ディアを使えば見れそうだよな。いやいや、そんな方法を使うのは姑息だ。止めておこう。今まで勉強した実力で突破する。
「質問は以上です」
「そうか。では、午前八時二〇分になったら問題冊子と回答用紙を配る」
フェニル先生は値段が高そうな大きめの封筒を取り出す。
「わかりました」
私はバスケットの中から革製の水筒を取り出し、水分補給をした。
「ん……、えっと、試験中に過去問を見てもいいんですか?」
「ああ、構わない。その時間があるのならな。そもそも、最後の問題以外同じ問題はない」
「……どれだけ問題数が多いんですか。と言うか、やっぱり最後の問題は同じなんですね」
「おっと……、秘密事項だ」
フェニル先生は微笑みながら人差し指を口元に当てていた。
私は呼吸を整え、瞑想をする。
「ふむ……。やはり、とてつもない魔力量だな……。周りの魔力が彼女に集まっている……」
フェニル先生は私の休憩中も教室におり、監視してきた。もう、実験動物みたいな気分になるのでやめてもらいたいのだけれど……。
「八時二〇分になった。では、問題冊子と回答用紙を配る」
フェニル先生は紙製の問題冊子と回答用紙を机の上に置いた。
「試験時間の午前八時三〇分になってから開けるように」
「はい」
私は懐中時計を机の上に出し、時間を確認する。あっという間に一〇分が過ぎ、長い針が六に到達した。
「では、始め」
私は問題冊子を開き、数学の問題に取り掛かる。
大問八まであり、大問一から文章問題。なんなら、大問八までほぼ全て文章問題だ。計算の過程が加点に入る形式らしく、とりあえず計算過程を書かなければ点数が貰えなさそうなので、片っ端から書いていく。
大問八まであると言うことは大問一つ一つに一〇分も掛けられない。
まあ、大問八は解けるのだが、普通は解けちゃいけない問題なので五分程度で良いだろう。
始めの方が簡単と言う訳でもなく、計算の仕方や問われ方が変わってくるためどれも難しい。確実に点を取らせる気が無い。言うなれば、初めからラスボスだ。
「ぐぬぬぬぬぬっ!」
私は羽根ペンの先に着けていたインクが切れるたびにイライラしながら、計算過程を書いていく。初っ端から頭が沸騰しそうだ。
――ん、待てよ。スキルを使っていいんだったな。ベスパ、私が式を作るから計算過程を全部書いて行って。
「了解です」
私が問題を読み、計算式を作ったらベスパが計算し、全ての計算過程を紙に書いていく。
「ふむふむ……。勉強しているね……。スキルも器用に使っている……」
フェニル先生も教卓で何か書き記しており、私の行動を記録をしているようだ。
計算過程が長いせいで時間が掛かるものの、ベスパが使えるので脳への疲労は大分軽減できた。
私が文章を読み公式に当てはめると言う部分に脳の処理を回せるので、回答の間違いも減らせているはずだ。
そもそもベスパが何匹ものビーの脳を通して計算しているのでコンピューター並に間違いが少ない。まあ、侮ると失敗するから最後に見直しは欠かせないけど。
自動で計算してくれる電卓を使っているような状態で大問七まで答えを書き切る。残り時間は一五分ほどあり、大分まいた。




