ドラグニティ魔法学園の受験日
二月一八日、天気は晴れ。
「んー、はぁ……。いい朝。寒いけど……」
私は『ヒート』の魔法陣を使い、部屋の空気を暖める。懐中時計を開き、確認すると時刻は午前六時。
「ふーはぁー。大丈夫、緊張してない。頭もすっきりしてる。今日の筆記試験で心を折られるわけだけど、私なら大丈夫」
私は自分の気を高めながら、服を着替えた。いつものおんぼろな私服だ。
「キララさん、少しいいですか?」
早朝、服を着替え終わったころに扉が叩かれた。声からしてルドラさんだ。
「はい。なんですか?」
「今日はドラグニティ魔法学園の試験日ですよね。貴族の方が八割以上ですし、服装も気を配った方が良いかと思いまして」
ルドラさんは男物の紳士服を持ってきた。子供サイズで、私の抜け殻かと思うほど大きさが似通っている。
「私に男装しろと?」
「いえ、服装を整えると言う点に意識を向けました。ドレスだと試験を受けにくいかなと思いまして」
「なるほど……。確かにそうですね。じゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
私はルドラさんから男物の紳士服を受け取った。脚の長さや体の大きさはメイドたちによるドレスの着付けで知られてしまったので、完璧に合っていた。どうやら、私のために一着オーダーメイドしてくれたらしい。優待特典かな?
「ああ、ラッキーになっちゃった。まあ、いいか」
私は服装を整えると、以前、王都に来た時のような格好になった。
黒いズボンにワイシャツ、蝶ネクタイに黒い上着。どれも上質な布で触り心地が良い。
革靴と革ベルトで身を引き締め、ローブを羽織り寒さ対策したら髪をポニーテールにセットして準備完了。
前髪はネアちゃんにセットしてもらいヘアピンに擬態してもらう。
蝶ネクタイの下にディアを潜り込ませる。
「キララが男になった……。いでっ!」
フルーファが私を見て男呼ばわりしてきたので、角にデコピンした。結構脳に響くらしく、転げ回っている。
「まったく、私は女の子だよ。男じゃないんだからね」
「すみません……」
フルーファは伏せをして謝って来た。まあ悪気はなさそうなので許そう。
「今日は筆記試験と面接だから、フルーファは家で待機ね。明日は出番があると思うから、それまで我慢してて。なんなら、体を鍛えていてもいいよ。ずっとぐーたらしてるでしょ。体が訛ってるんじゃない?」
「俺は毎日運動してるぜ……」
フルーファは仰向けになり、手足を動かしていた。
「それが運動だと言うのなら、私はもう一度角に攻撃しようかな」
「う、嘘です……」
フルーファは動きがぴたりと止まり、苦笑いを浮かべた。
私は筆記用具が入ったトランクを持ち、食堂に向かう。
「うぅん……。あれ? ラッキーさん……。ああ、キララさんか」
寝起きのマルティさんとばったり会った。彼は眼を擦り、私の姿を凝視してきた。
「おはようございます。マルティさん。今日は試験の日なので、頑張ってきますね」
「ああ、キララさんも受験するんだ。えっと、頑張ってね。心を折られても諦めちゃ駄目だよ」
マルティさんはドラグニティ魔法学園の生徒なので試験の恐ろしさを重々理解しているようだ。でも、マルティさんが入学できたと言うことはやはり根性が大切なのだろう。
彼のバートンに対する思いを見れば根性があるとすぐにわかる。
少し見える手足部分を見ても傷が多い。きっと体中怪我だらけで青じみが出来ているのだろう。体の動きがぎこちない。
きっと、昨日も練習しっぱなしだったのだろう。
私は彼の体に触れ、魔力を流した。
「お、おお……。な、なんか体が熱くなってきた。あれ、眠気が飛んだ、体もいたくない。キララさん、何をしたの?」
マルティさんの表情がすぐに明るくなり、訊いてきた。
「魔力を流しただけです。魔力が多くあれば、体の自然回復力が上がるんですよ」
「なるほど、そう言うことか。ありがとう、キララさん。これで、今日も練習を頑張れるよ!」
マルティさんは両手を握りしめ、活力の源である朝食を取りに食堂に向かった。
「ん……。ラッキー君?」
「あら、ほんと。ラッキー君だわ」
ルドラさんの両親であるケイオスさんと、テーゼルさんは私の姿を見て呟いた。
「ケイオスさん、テーゼルさん、おはようございます。えっと、今更ですが私はラッキーじゃなくてキララです。以前はこの姿でお邪魔させていただいていましたから、だましていてすみません。ちょっとした事情で変装をしていました」
「えっ! ら、ラッキー君がキララちゃんだったのか……。き、気づかなかった……」
「そうだったの……。じゃあ、ルドラの弟子って言うのも……」
「はい、嘘です。まあ、完全に嘘とは言い切れませんけど、ラッキーはキララだったと言うことを知っていただければと思いまして」
「まあ、別に気にしないさ。ラッキー君でもキララちゃんでもどちらでもいい」
「そうね、どちらも可愛いくて目の保養になるわ」
ケイオスさんとテーゼルさんは貴族にも拘わらず騙されても怒らなかった。まあ、私だからかな。
「キララ、さっさと座りなさい。食事が冷めてしまう」
マルチスさんは私の席に置かれた料理に視線をやる。
「はい、失礼します」
私は椅子に座り、両手を握り合わせ、神に祈ってから食事を始めた。
フリジア学園長がいない食事はとても静かで料理の味を目一杯楽しむことができる。彼女がいるときは宴会で、今は食事、と言った具合に違った。
どちらも良さがあるので、朝の優雅なひと時を最後の紅茶一杯で閉めるのが何とも言えない乙の味がする。
「ふぅ……。良し、いい具合に目が覚めた」
「キララさん、こちら、今日の昼食です」
メイド長は私の食事が終わったのを見計らい、バスケットを私に渡してくれた。
「ありがとうございます。では、皆さん。お先に失礼します」
「ああ、頑張りたまえ」
マルチスさんは私に激励をくれた。
「キララさんなら大丈夫。きっと上手く行く」
ルドラさんも微笑みながら勇気をくれる。
「キララちゃんの努力量は誰にも負けないだろう。俺が恥ずかしいぐらいだ」
ケイオスさんはお腹を摩りながら、微笑んだ。
「キララちゃん、あなたはとても賢い子よ。自信をもって」
テーゼルさんは凛々しい表情で元気をくれた。
「キララさん、今日が踏ん張り時だよ! 明日はもっときついから、ここで諦めないようにね!」
マルティさんは絶妙に怖いことを言う。
私は午前七時に屋敷を出る。厩舎に移動し、レクーを迎えに行った。
「おぃ、レクー。俺と勝負しやがれ」
全身が真っ黒のバートン、マルティさんの相棒イカロスがレクーにメンチを切りながら話掛けていた。
「イカロスさん、僕は無駄な争いを好みません。あと、他の子達が怖がっているので、大人しくしてください」
「きゃぁー、レクー様、カッコイイっ!」
「交尾してっ!」
「レクー様の赤ちゃんほしいっ!」
雌のバートン達がレクーの背後に回り、首を振りながら悶えている。
「ちっ! うっせえ、黙ってろ雌共!」
イカロスは歯茎をむき出しにしながら雌のバートンに吠えた。
「イカロスさん、女性を相手にする時は親切にしないと、いけないらしいですよ。ほら、ここは危ないから、少し離れているんだ」
レクーは雌バートン達のほうに振り返って指示する。
「きゃああああああああっ!」
雌バートン達は構ってもらえたことに嬉しすぎて黄色い声を出しながら離れる。
「お前ばかりモテやがって! ふざけんじゃねえぞっ!」
イカロスは泣きそうになりながら、吠えた。なんか、可哀そう……。
「二人共、喧嘩は駄目だよ。イカロス、モテたいならもっと紳士にならないとね」
私はイカロスの頭を撫で、落ちつかせる。
「き、キララ……」
「むぅ……」
レクーは私に頭を擦りつけてきた、どうやらイカロスに嫉妬したらしい。
「はいはい、撫でてあげるよ」
私はレクーの頭を撫で、落ちつかせる。そのまま、厩舎から出し、手綱を付け、腰にトランクを付ける。私の膝にバスケットを置き、体で固定。手袋を付けて準備完了。
「じゃあ、レクー。ドラグニティ魔法学園まで行くよ。ベスパ、一番早い道を教えて」
「了解です」
ベスパは光り、王都の交通情報を一瞬で処理、完璧な通路を導き出したあとレクーの前を飛んで私達を導く。
一時間前なので、今までよりも比較的快適に進めた。それでも到着時刻は午前七時四八分。ギリギリだ。正門前に行くとピカピカな鎧を身にまとっている騎士の方が立っており、各貴族たちの確認をしている。
「おはようございます。受験票を見せてください」
「おはようございます。これです」
私はドラグニティ魔法学園の受験票を見せる。
「はい、確かに確認しました。では、学園の中に入り、指定された教室に移動してください」
「わかりました」
私は以前、訪れた経験を活かし、厩舎の位置にすぐ到着。
レクーを厩舎に入れ、トランクとバスケットを持って巨大な学園の中に入……ろうとしたが、キラキラに輝く貴族たちが入り口にパンパンに詰まっており、入れなかった。
平民が割り込んだら切られるかもしれない。大名行列みたく、土下座した方が良いだろうか。そこまでする必要はないか。
私は平民だが、背筋を堂々と伸ばし、校舎の入り口に向かう。逆に堂々としていれば不審がられることもないだろう。
堂々とした姿勢がよかったのか、他の貴族に何か文句を言われたりしなかった。
逆に堂々とし過ぎて少し引かれていた気がする……。まあ、学園内に入れれば問題ない。
「えっと……。私の受験番号は……。八番だから上の方か」
私は一桁の受験番号なんて初めて見たが、気にせず、入口に書かれていた私の試験場所に移動。八階の八号室にやって来た。扉を開けると机が一つだけあった。




