根性と天才
「ドラグニティ魔法学園の過去問……。一日で一回やり切れたら良いんだけど、うまくいくだろうか……」
私は冊子を開き、問題を解いていく。
今日、フリジア魔術学園の試験だったにも拘わらず、休まず勉強に取り組めたのはフリジア学園長に勉強しなければいけないと言ってしまったからだ。
そうしないと彼女が部屋にまで押し寄せてきそうな気がした。
仕方なく冊子を開いてみるが、勉強を始めてよかったと思い返す。
一日でもサボれば、普通に解けなくなりそうな問題ばかりだった。
「ドラグニティ魔法学園の試験は筆記と実技が二日間にわけられてるんだよな。それだけでエルツ工魔学園やフリジア魔術学園と全然違う。筆記試験は八科目あるし……、実技試験は当日までわからない。さすが貴族でも入るのが難しい学園なだけはある」
「キララ様なら大丈夫ですよ。きっと大丈夫です。うん、たぶん大丈夫です」
ベスパの言いようが、どんどん下がっていく。私の気分と連動しているのだろう。
「やるしかないか……」
私は勉強を開始し、午後一二時に就寝した。
☆☆☆☆
二月九日、私のもとに手紙が届いた。
宛名は『聖者の騎士』
どうやら、お父さんと街で開業医をしているリーズさんが昔所属していた冒険者パーティーの方達の方から連絡を取ってきたようだ。
ウルフィリアギルドのギルドマスターのキアズさんから私の泊っている場所を聞いたのかな?
私は手紙を開け、読んで見る。
四枚の手紙が入っておりパーティーの一人一人が書いてくれたらしい。皆、私に会いたいそうだ。赤子だった私の成長を知りたいのだとか。
私からしたら初対面の者達なので、会うのは緊張する。加えて試験前だ。
私は『聖者の騎士』宛てに手紙を書いた。
『ドラグニティ魔法学園の試験が終わった後なら時間があるので、会いましょう。それまでは勉強に集中させてください』とつづり、ベスパにウルフィリアギルドに出してきてもらった。
ドラグニティ魔法学園の試験が行われる二月一八日までの九日間、フリジア学園長は毎日のようにマドロフ家にやって来た。
お忍びで来るらしく、珍しい食材なんかも持ってくる。
私としてはいい迷惑なのだが、マドロフ家からしたらスポンサーが贔屓にしてくれているわけだから、断るわけにはいかない。
毎回毎回招き入れ、食事の席を共にする。
フリジア学園長は悪い方ではなく、寂しがり屋のお婆ちゃんみたいな方だ。なので、若い子に大概甘い。でも、仕事の話をするとあっという間に雰囲気が変わり、学園の方針を考えている時なんかは学園長だ……と言う雰囲気を醸し出す。やはりすごい方なのだろう。
「キララちゃーん、好き好きーっ!」
フリジア学園長は私に抱き着きながら、頬擦りしてくる。肌や髪の艶、爪の光沢が九日前より八〇倍は良くなっていた。目を見張るほど美しいため、目の保養に持ってこいだ。ただ、あまり懐かれても困る……。
私達は部屋の中で話し合いをしていた。
「フリジア学園長、私は明日試験なんですけど……」
「ああ、すまない。最近、キララちゃんへの愛が溢れて止まらないんだ。ぜひ、私と永遠の誓いを立ててくれ」
フリジア学園長は私に求婚までしてくる……。過度なファンを作ってしまうと大変だ。
「物凄く困るのでやめてください」
「残念……。まあ、半分冗談だと思ってくれ」
フリジア学園長は、はははっ! と大口で笑いながら言う。なら、初めから冗談なんて言わないでほしいんですけど。
フリジア学園長から、ドラグニティ魔法学園の試験内容を少し聞いた。まあ、過去の傾向だけしか聞けなかった。筆記試験で心を折り、実技試験で能力を見た後、心を折るそうだ。
「心を折ってばかりじゃないですか……」
「だから前も言っただろう。ドラグニティ魔法学園は才能を無理やりにでも爆発させて超最高級の料理にする場所だ。言うなれば、初めから美味いと思っている食材を徹底的に不味いと言い、折れた素材は捨て、残った素材だけを使う。まあ、心を折って残った者が良い素材になるための最低条件なわけだ」
「なるほど……。根性を見ているわけですね……」
「そう言うことだ。才能があっても根性が無い者はいずれ折れる。強者の最低条件は心の強さだ。私としてはこの教育方針を否定したいが、否定しきれない……。それだけの実績を残しているわけだからな」
「でも、スキル主義社会ですよね。根性なんて……」
「ドラグニティ魔法学園は強スキルを引き受け、指導する場所でもある。これはスパイスだ。根性がある者は強スキル持ちじゃないことも多いからな。あいつらに負けまいとする根性が料理を爆発的に美味くする」
「なるほど……。才能と根性をぶつけ合わせて爆発させているわけですか」
「ま、簡単に言えばそうだな。キララちゃんの根性が想像できないが、死線を潜っているのだからあるだろうな」
「根性には自信がありますよ。逆に、私の実家は物凄い貧乏だったんです。お父さんの月収は月金貨二枚でした」
「き、金貨二枚……。良く生活できたな……」
フリジア学園長は苦笑いを浮かべていた。どうも、金貨二枚は超低賃金らしい。
「でも私がスキルをもらってから、根性で乗り切り、今では月金貨二八枚くらいの手取りを渡せるようになったんです」
「ん? キララちゃんはどういう仕事をしているんだい……」
「私ですか? 大きく言えば経営者、小さく言えば配達員ですかね」
「全然違うんだが……。キララちゃんは商業の才能まで持っているのか……」
「興味があって色々やっていたら上手く行っただけですよ。巡り巡ってここまで来ました。明日の試験に受かったら夢にまで見た学園生活が始まるんです。いやー、楽しみですね」
「私からするとキララちゃんはすでに学生の域を超えているのだが……。精神、能力、考え方、どれもこれも他の学生とは比にならないぞ」
「そうですか? 私は普通の子供だと思いますけど……」
「この私とスラスラ喋れている時点で、普通の子供ではないと思うが……」
フリジア学園長は苦笑いを通り越して、失笑していた。
「フリジア学園長は話しやすいですし、面白いので気分転換に丁度良いです。勉強ばかりしていたら頭がボンっと爆発しちゃいそうになるので、助かってます」
「そうかそうか。私もキララちゃんの役に立っていたか」
フリジア学園長はベッドの上でフルーファの体を触りながら微笑む。
「数日、キララちゃんを見てきたが、君は他の生き物の声をベスパから聴いているのだな?」
「はい。ベスパが聞いた声が翻訳されて私に聞こえてきます。私の声はベスパが翻訳してます。脳内で会話できるので、便利ですよ。ビー以外は距離が離れすぎるとできませんけどね」
「なるほど、私のスキルと少し似ているな」
「でも、心情は聴き取れません。口から出た言葉しか翻訳できないんです。なので、頭の悪い魔物や動物の声はわかりません」
「ふっふーん、私はわかるんだなー」
フリジア学園長は私に勝る部分があり嬉しそうに胸を張る。学園の学園長なのだから、張り合うつもりはない。
「フルーファ、キララちゃんのことをどう思っている?」
フリジア学園長はフルーファの顔を挟みながら聞いた。
「ただ、餌をくれる飼い主」
私からは表面上の言葉しかわからなかった。
「なるほどなるほど。超超好きらしいぞ。好きすぎて顔を舐めまわしたいらしい。魔物にも慕われるなんて、キララちゃんの優しさがにじみ出てるじゃないかー」
フリジア学園長はニマニマしながら言う。
「グワアアーっ!」
フルーファは毛を逆立てながら大きくなり、フリジア学園長を押し潰す。
「へぇー、フルーファ。私のこと、超超好きなんだー。いつもはそっけないくせに」
私はフルーファの体を優しく撫でてあげる。
「ぐ、ぐぬぬ……」
フルーファの黒い尻尾がブンブン振られていた。わかりやすい奴め。
「ぷはっ……。やはり、賢い魔物は言葉と心情の二つを持ち合わせているようだな。だが、魔物を飼育することはできないと決定づけられているが、なぜキララちゃんにここまで懐いているんだ?」
フリジア学園長はフルーファから這い出て訊いてきた。
「その決定が間違っているそうですよ。賢い魔物となら信頼関係の代わりに相手に与える物が必要だそうです。まあ、詳しいことは弟の論文を読めば……」
「弟の論文……。えっと、キララちゃんに弟がいるのは資料で知っていたが、論文とは?」
「いえ、忘れてください」
――弟が天才だなんて言っても信じてもらえるかどうか。そもそも、危険だし……。って、考えちゃ駄目!
「なに……。キララちゃんの弟も天才なのか?」
フリジア学園長は耳を軽く光らせ、私の心を読んできた。
「私は凡人ですよ。でも、弟は確実に天才です。まだ幼いので、村から出したくないんのであまり詮索しないでください」
「むぅ……。気になるぅ、キララちゃんが言う天才が気になるぅ……」
知識欲の塊であるフリジア学園長は知りたいことがあると、うずうずするのか多動になっていた。
「一つ、一つだけ教えてくれ。弟君の天才具合を」
「じゃあ、一番軽いやつで。魔法で空に浮きながら他の魔法が使えます。年齢は九歳です」
「て、天才だっ!」
フリジア学園長は飛び跳ねながら部屋の中を暴れまくる。
「九歳で魔法の同時使用だとっ! 空に浮かぶ魔法は魔力の操作が難しい。その話を聞くからして宮廷魔法使い以上の実力があるんじゃっ! まてまて、さっきの論文の話と言い、スキルをもらっていないのにも拘わらずか……。はは、ははははっ! 長生きしてみるもんだな!」
フリジア学園長は有頂天になり、神様に感謝していた。彼女はわくわくドキドキをくれる者は皆、大好きな変人である。天才は大好物らしく、知識が増えるのが楽しいのだとか。
「はぁ、九歳となるとあと三年かー。待ち遠しいな。フリジア魔術学園に入学してくれないだろうか……」
フリジア学園長は両頬に手を当て、にこにこ笑顔で脚をぶらつかせながら言う。あまり話すと長話をしてしまいそうで、勉強に集中する。
夕食を得てお風呂に入り、フリジア学園長は帰って行った。
「はぁ……。疲れた疲れた……。無駄に体力を使うんだよな、あの学園長……」
私はベッドに寝ころびながら、フルーファを抱き枕にする。
「むむむ……。キララ、そんなに抱き着くな。暑い……」
「えー、私が超超好きな癖にー」
「くっ……。あのちびっ子、無駄なこと言いやがって……」
フルーファは不貞腐れながら私のペットとして抱き枕の役割をしっかりとこなした。




